2025年7月4日金曜日
18と81の自分探し。
2024年12月8日日曜日
「Stay Hungry. Stay Foolish」
スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs/1955-2011)私と同年だが既に56歳で亡くなっている。誰もが知る彼は、型破りの才能と反骨と情熱の人で、革新的発想でAppleを創業、MacintoshやiPod、iPhoneが現代に残した功績はあまりに大きい。
48歳で「すい臓癌」発症、56歳まで死と向き合い「死は生命最高の発明」の言葉を残した。2005年闘病中に母校スタンフォード大学で講演。死があるから生物は進化する。君たちもいずれ消えていくからこそ、本意でない人生を生きて時間を無駄にしてほしくない。そして最後に「Stay Hungry. Stay Foolish」と学生に願った。
「ずっと飢えていろ、ずっとバカでいろ」とは、現状に満足して小賢くなるより、絶えず貪欲に何かを求め挑戦し続けろという意味だろう。最近の「冒険より安定指向」への警鐘だ。
しかし私の解説など、本人の「最後の言葉」には敵わない。先ずは全文を一読願いたい。
■スティーブ・ジョブズ『最後の言葉』
他の人の目には、私の人生は成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし仕事を除くと喜びの少ない人生だった。人生の終わりには、富など、私が積み上げた人生の単なる事実でしかない。病気で寝ていると人生が走馬灯のように思い出される。
私がずっとプライドを持っていたこと、認められることや富は、迫る死を目の前にして色褪せていき、何も意味をなさなくなっている。
この暗闇の中で生命維持装置のグリーンライトの点滅を見つめ、機械的な音が耳に聞こえてくる。神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。
今やっと理解したことがある。人生において十分にやっていける富を築き上げた後は、富とは関係ない他の事を追い求めた方が良い。もっと大切な何か他のこと。それは人間関係や芸術やまたは若い頃からの夢かもしれない。終わりを知らない富の追求は人生を歪ませてしまう。私のようにね。
神は誰もの心の中に、富によってもたらされた幻想でなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。
私が勝ち得た富は一緒に持っていけるものではない。私が持っていけるものは愛情に溢れた思い出だけだ。これこそが本当の豊かさであり、貴方とずっと一緒にいてくれるもの、貴方に力を与えてくれるもの、貴方の道を照らしてくれるものだ。
愛とは何千マイルも越えて旅をする。人生に限界はない。行きたいところに行きなさい。望むまで高峰を登りなさい。全ては貴方の心の中にある、貴方の手の中にあるのだから。
世の中で一番犠牲を払う「ベッド・賭け」が何か知っているかい?シックベッド(病床)だよ。貴方の為に誰かドライバーを雇う事もできる。お金を作ってもらう事も出来る。だが貴方の代わりに病気になってくれる人を見つけることは出来ない。
物質的な物は無くなっても、また見つけられる。しかし一つだけ無くなってしまっては、再度見つけられないものがある、人生だよ。命だよ。
手術室に入る時、病人はまだ読み終えていない本が1冊あったと気づく。「健康な生活を送る本」貴方の人生がどんなステージにあれど、誰もがいつか人生の幕を閉じる日がやってくる。
貴方の家族のために愛情を大切にしてください。貴方のパートナーのため、貴方の友人のために。そして、自分を丁寧に扱ってあげてください。他の人を大切にしてください。
実は最近、ひと月足らずで家内の両親が逝去する悲劇に見舞われ、彼の言葉が染みる。あの吉田兼好は「死を嘆かず生を喜べ」と言っている。
ぜひ、皆さんも熟読くだされば幸いです。
2024年2月23日金曜日
事件と報道の裏側。
能登地震から2ヶ月。その間に様々な事件が報道されたが、その大半が痛ましい事件と企業や政治家と芸能系のモラルハザードとは、被災地で苦労される報道と比べると情けなくなる。
企業や政治家の不正は、倫理観の欠如に組織が絡むと始末に追えない。性加害もガキ大将の鬼畜化だから大将を除くしかないが、これも派閥解消で裏金を幕引きしたい輩と同じで、対症療法を繰り返すだけで根本的に何も解決しない。
一方、報道にも問題ありで、権力に忖度した弱気な報道や、スキャンダル事件は発行部数を獲る週刊誌のスッパ抜きを、マスコミが視聴率や閲覧数を獲りに追いかける図式。必然的に報道は偏り、重要でも地味な事件は飛ばされる。
ペンは剣より強く動画はペンより強い!
カネボウ迷走時は、粉飾・上場廃止・買収と連日の報道で、私でも地下駐車場から出入りしマスコミ回避、朝は各新聞に弊社の掲載がないと取引先の対応不要で安堵する日々だった。
特ダネを掴んだ新聞社は、週末の売店の新規買いを狙い金土日の3部作を仕込むから金曜は要注意だ。これは報道のデジタル化でも変わらない。
ついでに取材を受ける注意点。様々な角度から質問されるが、答えを一貫させ余分な発言は厳禁。最初と最後の単語を繋いで「見出し」にするのは得意技で、見事に自分の意図から離れるが、それぞれ発した言葉は事実なので尚更厄介だ。
今は活字より映像(動画)。人は外見や態度で相手を判断するから謝罪会見は特に気を使う。マスコミと視聴者の心証次第では、今後の業績を左右するから失敗は許されない。
会社の不祥事会見では、謝罪・原因・再発防止の3点を固めたら、擬似会場で撮影しての想定問答からお辞儀までシュミレーションする。実はこれを請け負う会社があるのには驚いた。
多くの謝罪会見で異物混入のペヤングは、即対応と本気の再発防止策の会見で売上を伸ばした希少な事例。だが大半は囁き女将の船場吉兆、スシロー、日大、健忘症の大臣のように炎上する悪事例ばかり。その原因は、遅い、ごまかす、態度が偉そう(傲慢)で、事態を甘くみた結果である。
傲慢は百害あって一利なしだが、謙虚は良いこと尽くめだ。正直不動産じゃないが、今は正直者はバカを見ず「オネストisベスト」の時代なのだ。
『謙虚を失った確信は、確信でなく慢心になる』やはり松下幸之助は鋭いなぁと実感した。
2023年10月13日金曜日
娘の会社の顧問。
娘の会社(建材メーカー)の開発部に、現役フルタイムの78歳の顧問がいる。後期高齢だが、娘曰く、私より元気で頭もキレッキレらしい。
資材設計のコツや難しい計算は、顧問に聞けば即答で部内は一様に尊敬の眼差しだ。娘から「顧問は凄い」とよく聞くので色々と尋ねてみた。
私より10歳年上だが、日頃の運動量と体型が全く違うらしい💦以下に列記してみる。
①最寄駅から会社まで片道25分歩く(娘はバス)②体型は中肉中背の筋肉質(昔から体重が一定で腹など出ていない)③若者との会話が好き(新しい情報に詳しい)④何より建築業界では著名人(現在の耐震天井の生みの親)
顧問の功績と知見なら生涯雇用は当然か。加えて経営陣にもストレートに意見するようで、又それが的を得てるらしい。上に物申すは私も得意だが、言葉の重さは足元にも及ばない。
誰もが求める「柔軟で積極果敢なデキる奴」
モノづくりには経験豊富な凄腕職人を求めるが、会社では経験でこなす人より、得た知見を環境変化に柔軟に対応できる人材が欲しい。これは現社員でも絶対に手放せない存在だ。
しかし、そんな「デキる奴」は自己成長を求め、条件次第で転職していく。今や帰属意識は会社にでなく「やりがいのある仕事」に紐つくのだ。
それを理解しない旧態依然の企業は、日本株式会社の如く年功序列や派閥がはびこる。そして「やりがいのある仕事」を創出する努力を怠る。
さて今回、顧問から学ぶべきは「健康管理」「知見伝承」と「自己啓発」の3つ。この実践は「デキる奴」へと繋がる対策でもある。
顧問は赤門の大学で建築を学び、企業では耐震のV字理論を確立し、実証データは会社が一般公開している。そもそも頭の構造と姿勢が違う。
しかし我々凡人の能力は高が知れている。だから持てる力を最大化する為、自己啓発を積むのだ。こうして積極果敢なデキる奴を増やすほど、会社の人材は「人財」として蓄積される。
最後に「ほんの少しの違い」を再紹介。デキる奴とは、言葉より行動で示し、話すより傾聴し、お金より成長を求め、未来を見て可能性を探り、他責より自責で捉える人のことだ。
少しの違いが、やがて大きな差になる事を、今一度噛みしめようと痛感した。顧問に感謝!
■(株)桐井製作所「耐震天井ストーリー」
https://www.kirii.co.jp/aseismic/story.html
2023年9月1日金曜日
異常な熱さの先は。
今年の夏は暑いでなく「熱い日」が続く。最近の気象現象は異常であり、熱中症の数と過去にない雨量で未曾有の被害を更新している。
一昔前は局地的大雨と呼び「線状降水帯」を知らなかった。継続集中して豪雨をもたらす線状降水帯は、瞬く間に浸水や土砂崩れを引き起こす。
専門家は「地球温暖化」による気温上昇で、空気中の水蒸気が増えることで連なって発生する雨雲「線状降水帯」が年々激増していると言う。
つまり地球温暖化が元凶で、今が最も深刻で「地球沸騰化」とも言われる。化石燃料の「発電と製造」に加え「森林伐採」でCO2は増加の一途だ。
自分の不始末は自分で後始末。
この温暖化、2,100年に地球平均温度で5~6度上がり海面は最大で82㎝上昇すると試算されるが、それ以上の驚きは過去との対比。1901年からの20世紀100年間で、地球温度が1.09度、海面上昇が19㎝と比べると温暖化の加速は凄まじく、67年後に迫る2,100年を考えると恐ろしくなる。
陸地の一部が水没しても我々は「ヤバい困った」と言い続けるのか。気候変動に無関心と揶揄される日本人は「何とかなるさ」と後回しにしがちだが、もはや許される域でない。
世界では「パリ協定」196か国が気候変動対策として各国が削減目標を掲げるが、公平性と実効性では各国のお家事情が絡むのは事実。
因みに日本は2030年までに「温室ガス46%削減」を掲げるがそう簡単でない数値だ。
国や企業任せにせず個人の努力も重要だが、私といえば、ガソリン車に乗りクーラー全開で正直、エネルギー問題はどこ吹く風である。💦
自分たちの不始末を、子や孫に背負わす訳にはいかない。ネットで個人的な温暖化対策を調べると「省エネと節約」の徹底しかない。日々の努力で発電と製造品をどれだけカットできるか。
★そこで我が家で取り組む基本事項。
①自家用車は避け、公共交通機関を利用する。
②余分な買い物はしない。(フードロスの撲滅)
③節電・節水の徹底。(消灯、冷蔵庫の開閉、空調の設定:冬20度・夏28度)
当たり前の節約運動だから「楽勝だな」と家内に言ったら「問題は貴方よ」と言われた。確かに余分な買い物も設定温度の度外視も私の仕業だ。
『温暖化を偉そうに語るなら、我が家の省エネを徹底しろよ』と自分自身に喝!が先。そう危機感だけ煽っても何も解決しないのだ。
2022年10月15日土曜日
よっさんの教え。
田邊家の仲人でカネボウの大恩人に電話した。ここでは「吉さん」と呼ばせて頂くが、販社から本社時代の上司で、出会いから30年が経つ。
鐘紡解体で、吉さんは化粧品本部長から食品事業に異動、のちにクラシエ食品の社長となる。引退後は奥さんとゴルフ三昧で優雅なものだが、前立腺を患ったと聞き、慌てて連絡を取った。今はホルモン投与で安定していると聞き一安心した。
自分が放射線治療で大変なのに「志保、家族は元気か?お前も歳やから無理すなよ。またゴルフ行こうや」と私を案ずる言葉に涙が出そうになる。
12年前、花王広島から浦安に戻った日。吉さんから「今から嫁さんと行くわ、昼飯食おうや」私が「荷解き中で何もないすよ」と断わると「ええから心配すな」と電話を切られた。
やがて奥さんと弁当持参でやって来て、近況話と食事が終わると「これプレゼントと晩飯や」と手作りの薔薇の鉢植えを置き、奥さんが追加の食料を家内に渡し「康代さん押しかけてごめんね。飲み物は冷蔵庫よ、じゃあね」と帰ってしまった。
あっという間だったが、有難味が湧いてくる。引越しは食事に困ると晩飯まで用意し、様子をみたら去って行くとはカッコ良過ぎる。
自分も転居を繰り返したから、心憎い気遣いができる。私も真似して仲間の転居に差し入れると、この心配りが次の後輩へと連鎖していく。
本社では吉さんと何度も修羅場を潜った。当時は本体からの化粧品へ無謀な売上要請の結果、市場に商品がダブつき非取引店での乱売が多発した。
混迷する流通とブランドの護持に、闇マーケット相手に一番苦労した時期で、本体に盾付き「煮るなり焼くなり好きにしろ」と腹を括った仲で、盃を交わした義兄弟のようだった。
吉さんが与えた影響。
吉さんは「仕事に厳しく人に優しく」の権化。言い訳をせず、自己犠牲もいとわない。本社時代「将来、お前の下で俺が参謀の方が上手くいく」と何やら勝手に画策していたようだ。
「自らで部下を上司にする」解釈不要の自己犠牲の組織人事だが、結果は会社自体が解体に追い込まれる事態となり全ては絵空事となった。
彼曰く、仕事の成果は人間力の掛け合わせ。個々の能力を最大化させるのがマネジメント。今は未完でも前向きで向上心ある奴を配置すると、後々格段の差がでると教えてもらった。
そして真摯に「仕える」人にヒゲをつけ「任せる」こと。任せても口を挟まないと相手の成長は止まる。吉さんはそんな事を教えてくれた。
さて、吉さんの近況だが、放射線治療が功奏し元気一杯だ。ただ、女性ホルモン投与で筋肉が落ちゴルフの飛距離がガタ落ちとぼやいていた。私が「今なら勝てるな」と言うと「飛距離じゃ負けるが、まだ勝てるやろ」と嬉しそうな返事。
元気で強気な言葉に、私は思わず笑みがこぼれた。吉さん、いつまでも元気でいてや。
2022年3月21日月曜日
悩み多き者よ。
小学生の頃「自分は何処から来て、何処に行くのか」と考えたが答えは出なかった。誰もが抱く成長期の謎かと思っていたが、ウチの子どもには「考えたこともない」と一蹴された。
この疑問は人間の持つ「意識」から派生するが、我々は意識を感覚的にしか理解できない。小難しい話になるが、生物学的には生存に必要なエネルギーとの関連が深い。
もともと「意識」とは、生物が不足したエネルギーを補うために、移動する目的で備わってきた機能だと言われている。小さくシンプルな生物は、ただ食物を取り込むだけで「意識」は必要としないが、ヒトはそうはいかない。
言語を使い五感を駆使し良質な食物を求め、狩猟や農耕など集団意識を形成し、膨大な時をかけ意識と感情を複雑化させてきた。
言語の進化は同時に「嫉妬・優劣・差別」などの感情も育て、意識的に嘘をつく生物にもなった。これが無毛な争いの始まりでもある。
突き詰めると、人類の文明や産業などあらゆる活動はエネルギーを巡る歴史に他ならない。
悩み多き者、肩の力を抜いて。
要するに「ヒト」は面倒くさくて貧欲で厄介な存在なのだ。故に「悩み多き者」になる。
自分が存在する答えなど無いと思えば「なるようになれ」の達観と、飾った世界に流されず今日を精一杯生きる一途さも好きになれる。
ところが悩む時は、簡単に割り切れない迷路にいる。その時こそ「まっいいか」のノリが、乗り越える術になる事を、頭の隅に留めるのが大切。
江戸時代の佐賀鍋島藩士で「葉隠」で有名な「山本常朝」は、武士道とは死ぬことと見つけたりと唱えた一方、短い人生、好きな事で暮らし嫌な事をするのは愚かなり。と今時の若者が曲解するような名言を残している。
先日、友人から「葉隠」の真理を教えられ、誤解に気づいた。死ぬことなりとは「決死の観念」で己の死と向き合い、今を死人と解釈すれば、何も怖い物はなく「死ぬこと」を超える苦しみなどないと達観して、今の辛苦を乗り越えるそうな。
人間の一生は、誠にわずかな事なり。
好いた事をして暮らすべきなり。
夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして
苦しみて暮らすは愚かな事なり。
好きな事だけは魅力だが、決して好き勝手に過ごすことではない。死ぬ以外は全て楽勝だから「〜せねばならない」の義務化など些細なこと。まさに人生を楽しく過ごすコツである。
しかし私は、やるべき事が億劫になる。ここは「明日への好奇心」になる関心事を探し「命までは取られない」の気楽さを身につける事だ。
いや、こうして愚痴ること自体が、恵まれた環境だ。もし、今日やる事も好奇心も無くしたら、生きる目的を失い、エネルギー補充だけの「意識不要」の生き様しか残らないのは悲しい。
そう考えると「文句を言ってるうちが華」であり「言われるうちも華」なのである。そして、しんどい時は「まっ、いっか」で笑うとしよう。
2021年10月16日土曜日
心の声をきく。
「発言」に自分の想いと感情をしっかり乗せて表現すると言葉は「言霊ことだま」に変わりパワーを持つ。それは相手の魂を揺さぶる力を持つ。
決して大きな声で、気負って話すことではない。伝えたい気持ちを強く持ち、相手の反応に合わせて言葉のトーンやリズムを変えるのだ。
言葉を言霊にするコツは、話し方に「間・まをとる」ことを私は講演経験で学んだ。聴く側の「心の声」と対話する想定で語ると間をとる事になる。
例えば「…これで売上は上がります」と言って一呼吸して見渡す。会場の大半が『本当かな』と心でつぶやく。このつぶやきを心で聞く時間を取り「そうです!上がります。但し途中で止めたり、中途半端はいけません」と繋げる。そして反応をみる。
落語家は左右の肩で人物を分け、声色と表情を替えて見事に演じるが、講演も商談も相手の反応を観ながら間を取るので、とても参考になる。
話術上達には落語が実に効果的。今更と思わず一つ好きな演目の完コピなら楽しい。私は枝雀の「代書屋」を覚えたが今は忘却の彼方だ。💦
挨拶でも「お早うございます」と言ったら、返事が無くても「お早うございます」と心の声を聞いてから次を続ける。焦って、相手の挨拶の途中で「本日は…」と被せてしまうと、事務的とかヒトの話を聞かないという印象を与えてしまう。
ヒトの話を聞け!
話す側より相手が傾聴モードにさせるのも重要だ。私は初講演は冒頭にプライベートな自己開示をして、先ず私に興味を持って頂くようにする。
もう一つ「オウム話法」も大切。相手の言葉をそのまま反復する話法で、先方が「この人、私の話を聞いてくれる」と認識し心を開く効果がある。
「やってられない」と言われたら「やってられないですか」と受けてから「何がやってられないの?」と続ける。「嫌な事がありましたか」は絶対ダメ。違う言葉に置き換えたら、相手は私の話を聞いてないと思ってしまう。
同じ言葉を、やまびこのように繰り返すから効果的なのだ。別名エコー話法。
お客様が肌が「カサカサ」すると言えば、何処が「カサカサですか」と返す。それを「水分不足」ですね、と返すから立ち位置を替えられ、化粧水を売ろうとされると構えてしまうのだ。
話し上手は聞き上手。積極的傾聴の先には、揺るぎない信頼関係が待っている。
以前日本一の美容部員に同行取材したが、彼女はお客様の心の声を聴く天才だった。相手の仕草から悩みを察知し、絶妙な相槌とオウム話法でしっかり聞き出し信頼されるのだ。
彼女は、お客様の家庭や仕事の話を傾聴し頷くだけ。その間、相手の手を揉み頬に触れ「だからお肌が悲鳴あげてる」と一言。最後は、激励と共に化粧品を並べて「これだけ使ってみて」と、使い方5分の説明で販売終了。まさにカリスマ接客。
私達は、心の声をどれだけ正確に聴けるか。自分判断で相手を推察する以外に、相手の性格とその時の心模様を知ると精度は更に上がる。
その為には相手の「第一感情」を見抜くことだ。例えば、迷子の子どもを発見したお母さんが「あんた、何処行ってたの」と怒る。だが怒りは第二感情で、見つけた時の「安心・喜び」が第一感情なのだ。安心が徐々に転嫁して怒りに変化する。
相手の第一感情の発見は、その場の表情をよく観察するしかない。第一感情は、瞬時に表情に出るのでそれを見逃さないことだ。
さぁオウム話法、傾聴、間をとり、話術を磨こう。くれぐれも気を抜いた間延びや、間・まを抜く「マヌケ」にはならぬようにしたい!
2021年7月21日水曜日
大谷選手の無我夢中。
今、米国での大谷翔平の人気は凄まじい。当然だが日本でも大人気。私も大谷選手の異次元のショウタイムを観るのが日課である。
彼の細やかな礼儀作法や、野球と向き合う姿は日本人として誇らしく、我々が最も見習うべきは、彼の夢の実現への計画とその道のりである。
私は、花巻東の佐々木監督が仕掛けた目標設定表が、大谷を怪物にした原点と思っている。
前の会社フュージョン時代、マンダラーチャートがビジネスの目標設定に最適で、社内外の教育メニューにしていた。その際、大谷チャートを研究したので他人事とは思えないのだ。
彼の目標設定表は、何が必要で何をすべきか明確で、これを高校1年で作成したとは驚きだ。彼がこれを一途に追いかけた証が、今に繋がっていると深く納得できる代物だ。
9つのマスの中心に、目標「8球団ドラフト1位指名」と置き、具体的な「小目標」を周囲の8マスに、スピード160K、キレ、運、と設定していく。
次に小目標を中心に置く。彼は「運」を呼ぶ為に、①挨拶②ゴミ拾い③道具を大切に使う④審判さんへの態度⑤応援される人間になる⑥部屋そうじ⑦プラス思考⑧本を読むの8つの行動に設定。そう、彼のゴミ拾いは「運拾い」なのだ。
どうだろう。武道の礼節と心技体の鍛錬で、今の大谷選手の姿は野球を超えた野球道である。高校1年から軸をぶらさず継続する姿に感動してしまう。
無我夢中の姿に魅了される。
類まれな体格と運動能力は勿論だが、彼が更に凄いのは、自分を追い込むのでなく、純粋に野球を楽しみながら積み重ねている点だ。
そして結果的に、人は「無我夢中の姿に魅了される」という真理まで立証してくれた。
無我とは「我」を張らず、自我を捨てる忘我の先に「無我」が得られるという。そして次が夢中。子どもがゲームに没頭だが、夢に日付けをつけ計画に変えての行動を「夢中」としたいものだ。
「無我」は簡単ではない。人は地位を得ると自分を勘違いして「自我」が強まり、独善的で鼻持ちならない人になったりする。そうならない事が「魅力的で慕われる人」への道なのに、我を張り通す権威的心地よさには勝てないのだ。
結局、我々は大谷選手のような「一途で謙虚」が好きなわけで、周りに一途に謙虚に一隅を照らす人は必ずいる。遠くの大谷より近くの人の「無我夢中の仲間」を発見出来たら自分の励みになる。
「一途で謙虚で無我夢中」答えは分かるが、その実現は難しい。凡人は少しでも答えに近づくために、今日も大谷選手を応援するとしよう。
2021年4月26日月曜日
迷走から瞑想へ。
多くの企業と学校が、コロナ禍での新年度に突入した。在宅勤務が半々の娘は2年目に、柔道息子は無事に2年生に進級できた。
仲間と会えずに2年目を迎えるリモート環境。期待のキャンパスライフが消滅して、中退してしまった大学生は本当に気の毒である。
本年度は多くの式典・行事が予定されているが、感染拡大が開催を不透明にした。企画運営側は、従来の不安とは全く質が異なると頭を抱える。
ニュースタンダードを求めて
コロナが人々の習慣と価値観を変えたことで、生き方も大きく変わった。人々は、溢れるデジタル情報をじっくり吟味し、自分に有用な情報を得る選択眼を急速に進化させた。
ビジネスでは市場変化の大激震だ。化粧品市場はマスク多様でメイクが激減。スキンケアは好調だが、ここは各メーカーが争奪戦を展開中だ。
大手化粧品会社は広告をデジタルにシフトし、昨年はTVの広告料を超えた。デジタル集中は広告単価を上昇させ、中小の通販企業は四苦八苦だ。
化粧品には精神的効用として、オフの自分時間のスキンケアが「癒し」を与え、オンの戦闘モードはメイクで「励み」を与えると考えている。ところが、コロナ禍のリアルなコミュニケーション不足は「励み」の機会を減少させてしまった。
ゲームやお取り寄せの癒し需要は増えたが、健康、生活の不安は、満足、期待の「励みスコア」を下げた。まして在宅勤務はオンとオフの切り替えが難しく、ストレスは継続する。
マルチ・スマホ脳の迷走から瞑想へ
悲しい話だが、昨年の自殺者は女性が1.4倍も増え、11年ぶりに前年を超えた。心の不安定は生きる力を奪うので、心のケアは常に欠かせない。
洗濯機を回しメールを確認。PC睨みながら食事。こんなマルチタスク脳の酷使で疲弊すると、癒しと励みを求め、瞑想、ヨガ、座禅で穏やかな心や、漲る活力を得ようとする人が急増している。
脳科学でも実証された「マインドフルネス」の考え方は、世界的なブームへ拡大している。
瞑想のリラックスには、右脳からのアルファ波と「1/Fゆらぎ」が深く関わる。揺らぎ(リズム)は自然界の全てに存在し「万物は揺らぐ」だが、突発や意外性の揺らぎを除く、心地よい周期が「1/Fゆらぎ」だと言われる。
海の寄せては返す波の音、小川のせせらぎ、バロック音楽、ろうそくや焚火の炎など、生命の起源である地球の揺らぎと連動されている。
人は生を受けると、胎内で母親の血液の流れを耳にして育つ。この「ザー…ザー」という血流音は海の波と同じ1/Fリズム。海を眺めて癒されるのは、生命の起源に包まれるからだ。
当然、人の心音は1/Fだが、人工物や人口音の空間だけでは瞑想は得られにくい。たまには自然の中に身を置き、心音と同期させるのも必要だ。
休日は家内と裏手の公園から、のんびり海を眺めるとしよう。皆さんも、人混みを避け「1/Fゆらぎ」に包まれてみてはどうだろうか。
2020年10月6日火曜日
「遥かなる甲子園」から思う
今までの転居生活で、残り続けた書籍を整理したら、懐かしい本を幾つか発見した。特に感銘したとか希少価値の本でもない。
感激を超えて、これをきっかけに感動「感じて動く」の行動にさせた「感動の本」なのだ。
昔の書籍だが、営業時代に読んだ「遥かなる甲子園」戸部良也氏のノンフィクションと、これを山本いさむ氏がフィクションを加えた漫画本の2作品だ。私が手話に興味を持ち、後に美容部員に手話接客班を設置した原因となる本である。
物語は、沖縄に実在した風疹聴覚障害児の「北城ろう学校」が、高校野球に憧れる少年の為に硬式野球部を作り、高野連の壁と戦いながら、甲子園を目指す野球部16人の記録である。
米国で大流行した風疹が、翌年には沖縄の米軍基地外に広まり、感染した妊婦から多くの耳の聞こえない子どもが生まれた。沖縄県は6年間限定の(1978~1984)ろう学校の切ない背景がある。
聴覚障害は見た目では分かりにくく、誤解と偏見や差別の歴史がある。野球でも打球音や、掛け声が聞こえないと何倍も苦労する。
漫画では「福里ろう学校野球部」が甲子園出場を願い、質素な手作り部室と手縫いの補修ボールで、血の滲む練習を続ける。しかし、高野連は「日本学生野球憲章」を理由に登録を認めず、甲子園はおろか練習試合も出来ない現実。
不条理な扱いは、日本聴力障害新聞の記事に端を発し、地方紙、高校野球主催者の朝日新聞の記事へと広がり、ついに高野連は福里高校の加盟を正式に認める。最初で最後の3年生と先生が、沖縄県予選に参加した喜びは想像に余りある。
感心、感激の次に行動するのが「感動」
本来、差別がないのがスポーツ界。野球の「王貞治」が高校時代、日本一の早実ナインの国体の入場行進に彼だけが台湾籍を理由に外れた事実。しかし、20年後の1977年、日本初の国民栄誉賞に輝くのは、嬉しい歴史の変遷でもある。
王貞治の著書「飛べよ熱球」も感激の本。756号のHR世界記録を放った時、ホームベースで迎えてくれた張本選手の歓喜の姿が一番嬉しかった、と王は書いている。国籍問題の逆境を乗り越える者同士の想いが伝わる。
人々の普通とか通常とは何だろう。障害や差別を抱える方を特別や異常と捉えずに、その人の個性であると、誰もが認識する世界になって欲しい。
手話では、左手の平に右手の人差し指を置いて、ぐりぐりと動かす動作を「一生懸命」とか「努力する」という。手の平に穴を開ける、壁を突き破るという思いを込めた表現である。
そして、諦めないという表現は、否定形ではなく「努力+続ける」努力の動作に、歯を食いしばり、目を見開く動作を加える。全てに人々の思いが込められている。
何と素晴らしい表現だろう。この表現に出会えたお陰で、TDLのミッキーたちが、聞こえない子どもに「手話で歌い語る」ことにも気付けた。
そう、そんな時は、心を込めて左手の甲に右手で軽くたたき、片手で拝むように上げよう。
心から「ありがとう!」の表現である。
2019年3月31日日曜日
怒るより 溢れる笑顔が器量よし。
怒りの感情は、自分の考えとは異なる言動を相手がした時に起こる。自分への怒りも、それを自身が異なる時に起こる。自分が決めた正解が「大切にしたい」こと。若い時は、正解を侵害されると、感情に任せ随分周りに迷惑をかけたものだ。
この怒りは、第二次感情であり「恐怖」「不安」「悲しみ」「落胆」「妬み」などの第一次感情と絡み膨大なエネルギーを持つ。これを客観的に理解し、怒りを重ねるうちに「正解」に柔軟に対応する事を学ぶ。こうした多様性の受け入れが、怒りの感情コントロールに繋がると思っている。
怒りをコントロールするには
米国大統領のアブラハム・リンカーンの「送らなかった手紙」は有名な話。彼は、怒り、失望、批判などを暴露した手紙を書いたが、それを決して送らなかった。机にしまい込み100年後に発見。手紙の効果・影響を天秤にかけた結果、書くだけで我慢したのだ。怒りを手紙に認めることが、感情コントロールに有効なのだ。私は昔「自分の中で怒りの感情がでてきたぞ、頭を冷やせ、3回深呼吸」と唱えていた。
ここで、自戒も込め感情コントロール「アンガーマネジメント」4つの方法を紹介する。
①怒りだしたら6秒間待つ。私は3回深呼吸だが、これで無駄な怒りを抑えられる。
②6秒間、もし○○だったらと考えてみる。意識をそらし立場の再考は相乗効果ありだ。
③「~すべき」の価値観は捨てる。自分の価値観の強要は無駄、捨てることだ。
④怒りを記録する。手紙と同様怒りを外に出し、何に怒ったかを確認する意味もある。
上記以外、有効的な秘策?を紹介したい。第一生命の「サラリーマン川柳」を眺め「みんな一緒だなぁ」と納得し笑い飛ばすのだ。怒りの解消に役立つこと必至。
「上司言う 俺は知らない聞いてない」「空気読め それより部下の気持ち読め」「早くやれ そういうことは 早く言え」ある、あると思わず苦笑、溢れる笑顔?である。
因みに「まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる」は尻に引かれた亭主の川柳だが、以前「ゴミの日に 出したいゴミはまだ寝てる」という傑作があった。セミナーで作者を問うと、女性は休日の亭主だ、男性は命令する妻だ、と真っ二つ。
立場違えば「正解」は、左様に真逆となる。くれぐれも、互いを侵害する事なかれだ!
気遣いを忘れると「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」。笑えないのでご注意を。
https://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/
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| 笑顔こそ「元気の源泉」 |
2018年11月24日土曜日
あいつは、気が利く。
「気が利く」とは、心配り・思いやり・配慮・気遣いなど。これは、好い奴・優しい・好感から信用、信頼へと波及しやすい。具体的な気が利く人の7つのポイントを挙げてみる。
まず①「挨拶と感謝」を大切にするので気持ちが良い。常に全体をみて②「場を読む」ので正確な状況判断ができ③「先読み」ができる。会話では④「相手を否定せず」⑤「聞き上手」なので人の気持ちや⑥「相手の気遣いに気づき」呼応した⑦「気配り」ができる。しかも、さりげないので、計算やアピールに映らないのだ。
並べると「気が利く」は容易ではない。しかし「気が利かない人」から学ぶ事はできる。「我」や「自己主張」は大切だが、極端すぎると付き合いが継続しない。先様が人物より、提案の中身次第だけになるからだ。また社内の軋轢も生みやすい。仲間の声を反映しないと、周りを巻き込む一体運営が成就できない。
前行程は神様、後行程はお客様
松下幸之助は「前工程は神様、後行程はお客様」と言う。部品などを供給する協力会社は神様の存在で、その後の行程を担う社内部署は、お客様のように接しろと言うことだ。
我が社も同様で、協力会社がなければ業務は滞るし、案件遂行の後行程、バックグランドの社内の企画・推進チームへの細心の気配りは、高質化と停滞解消への近道になる。
松下幸之助は、後ろの行程をお客様とするポイントを3つ上げている。
①お客様を意識した後行程の依頼をする。
②後行程の「しやすさ」を考えると知恵を出す事に繋がる。
③後行程に「困っていること」を聞いてみる。ニーズはそこにある。
世間で活躍する方は、自分の主張以上に相手を見つめ、謙虚である。総じて誰もが受け入れたくなる魅力がある。つまり根っこに「気が利く」があることだ。
「能ある鷹は 爪がない」
切れ者を目指していた生意気な頃、ガツンと言われた上司の言葉が、今なら沁みる。
「剃刀のような切れ者は要らない。能ある鷹は爪を隠すだ。突き詰めると『爪がない』方がうまくいく。皆が自分より優秀なのだから、協力を頼むのさ」
「真の賢人は、あえて愚鈍を装う」組織内に承認欲求が渦巻く中で、自分を殺して相手を活かし育てる度量は、さすがである。因みに、この元上司には今でも頭が上がらない。
「能ある鷹は、爪がない」「吾、唯、足るを知る」こんな心境になりたいものである。
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| 気が利く仲間に囲まれて |
2018年2月1日木曜日
にんげんりょく
あくまで私見だが、会話が乏しい方の傾向として「話下手」「聞き下手」「表現下手」が多く「無表情で声が小さい」もある。勿論、会話減少がスマホが原因と言うつもりはないが、子ども時代からの使用は「ヒトとの会話」を減らしている一要因ではある。
友人の日本プレゼン・スピーチ協会の荒井理事長は「人の話を聴く」と「人に話をする」ことは、相手と「命」をやり取りをすることだと言う。つまり「命=時間」。聴くことは、相手に時間(命)を差し出すことで、話すことは相手の時間(命)を頂戴することである。真摯なやり取りをしなければ、勿体無いし、相手に対して申し訳ない。
真摯なやり取りとは、スムーズな会話のことでなく、聴いてくれ、話してくれて「有難う、良かった」と思い合えること。その為に魂こめて五感で会話をすることだ。我々は地上最強の哺乳類上の「ヒト」であるが、ヒトとヒトの間に生きる「人間」でもある筈だ。
勿論、我々は「人間」として常に発展途上であり完成形ではない。未完成ゆえに「上っ面の会話と接触」は、相手の受け止め方に違いが出てくる。だから言動による被害者と加害者の過剰反応が横行する。受け止める感性と、好きか嫌いかの背景もあり、だれも真実は分からない。しかし加害者にならない為には「相手への気遣いしかない」のは事実。
「世の中」渡るには全て相手がいるわけで、無人島でもない限り「自分ひとりの起承転結」は限られる。だからこそ相手を想った「命のやり取りの会話」「五感で会話」を心がけ、仲間と、刺激しあい、励ましあい、認めあい、喜びあう方が良いにきまっている。
まず、些細なことから会話をはじめる。「苦手な相手」とはその方の「人間的側面」を知らない場合が大半だ。重要なことは「自分を分かってもらう」でなく「相手を分かろうとする」会話を肝と命ずることだ。そうすると、相手が違って見えることに驚く筈である。
人間力を育む達人たち「相田みつを」と「坂村真民」の言葉が、今更ながら身にしみる。
2017年5月29日月曜日
「~のに、なぜ」から「と」を「の」に変える。
「上長に相応しい自分」づくりへの努力は素晴らしいことだ。しかし世の中「努力すれば報われる」わけではない。報われる可能性が高くなるだけだ。スポーツの世界でも、その可能性を高めようと必死に練習するが成果は出ない。当然周りも必死に練習するので、競合との差は縮まらない。ここまでやれば、の判断基準がないから比べようがない。
先のオリンピックで名を挙げた柔道の井上康生監督は、100キロ級で世界TOPの名選手でもある。東海大時代、井上先輩の面倒をみていた後輩という知人が、息子と私に語ったことがある。試合形式の乱取り練習を1本5分を10本もやるとヘロヘロになる。全力疾走を50分続けるようなもので、元立ち以外は順番に当たるので、その間は休めるものだ。
井上先輩は、それを休まず50本、4時間連続でやる。当然終わったあとは身動きできない。死んだようになった彼を、2人の後輩が抱えて宿舎に戻し、自力で風呂にも入れず、後輩がシャワー室で先輩の身体を洗うのだが、ある日、井上先輩が途切れ途切れの声で「すまんが、このまま小便してもいいか・・」「どうぞ」と言うと、なんと血尿が出てきた。
「世界を目指す必死の努力は俺には出来ない、と悟った瞬間でした」そして「田辺くん、世界を目指すとはそういうことだよ。その覚悟でやり続ける決意を持って欲しい」と息子に語った。しかし、その練習とて優勝を保証するものではない。
これだけやった「のに、なぜ」勝てない。相手にこれだけしてやった「のに、なぜ」出来ない。
世の中は「のに」と「なぜ」のセット言葉が多すぎる。練習や努力をすれば達成すると思い込み、上手くいかなきゃ何故だと、自分の努力不足を他に転嫁する。それでは恨み節の繰り返しになるだけだ。
他責から自責に変えて、自分自身でやれることとして、まず心構えから見直すことだ。
柔道の練習をこれだけやった「のに」、この「のに」を捨てる。これは「私と柔道」の関係だから出て来るセリフ。「と」を「の」に変える。私「の」柔道、柔道の私、と改めるのに違和感はない筈だ。
私と会社、私と部下、上司、私と家族、などの対比関係から私の会社、会社の私、友の私、家内の私、に変えると「何故?」も自分の何故になる。
幾ら教えても変わらないは「教えてやる」の発想。相手が「学びたい」に変えられない己を恥じるのだ。師の背中を見て育つは、弟子が師に魅了され学びたい一心で成り立つ。相手が「と」を「の」に変わるのは自分自身から実践するしかないのだ。
2017・サラリーマン川柳に「パパお風呂、入れじゃなくて 掃除しろ」という川柳が入選していたが、井上先生なみの努力で「私の女房・女房の私」を実践し与え続ければ、いつか「私の夫・夫の私」に家内が変わる?も、期待せずに実践するんだな。
2014年9月24日水曜日
無意識の行動パターンを利用する。<前編>
2014年2月4日火曜日
限りある時間を精一杯生きる。
2013年11月1日金曜日
「人を知るほどに好きになる」は本当だ。
人は出会った瞬間、相手の値踏みを開始する。大抵の人は数十秒で、容姿、服装などで「あの人は感じがいい」と判断する。しかし「気に入らない」と決められたら、たまったものじゃない。
「人は見た目で判断してはいけない」と戒めるのは、人は見た目で判断するからだ。一度感じた印象は簡単には拭いきれない。概念・観念は、今までの経験と知見により、外観と物腰でその人を判断。職業や財布まで決め付けるから怖い。
因みに私自身、4年前まで90キロ超えていて、おまけにスキンヘッド。サラリーマンと思われず「怪しい奴」と思われて苦慮した覚えがある。
最初の冷静かつ批判的見方から、知り始めての変化を「熟知性の法則」、別名「自己開示の法則」として発表したのが、米国の心理学者ロバート・ザイアンスである。
「熟知性の法則」の3つの法則とは
1、人は、初めて会った人には、批判的で冷淡で攻撃的である。
2、人は、その人のことを知れば知るほど好感を持ち始める。
3、人は、その人の人間的側面を知った時、好感を持つ。
ザイアンスが『熟知性の法則』を発見した出来事を紹介したい。ニューヨークの地下鉄での事件を、皆さんも観客として読んでほしい。
ある日、地下鉄に男性と3人の子どもが乗り込んできた。お父さんらしき男と、12歳ほどの女の子、7.8歳と3歳ぐらいの男の子2人の4人連れ。地下鉄は通勤時間を過ぎ、座席は半分ほど空いていて車内は静かであった。ところが、この親子らしき4人が乗り込むや否や雰囲気は一変する。
下の男の子2人の行儀が悪く騒がしいのだ。走り回る子どもの傍らの父親らしい男は見ているだけ。お姉ちゃんらしい女の子もまるで他人事。
見かねた一人の女性が「子どもたちを静かに!」と男を咎めた。乗客全員が「そうだ!よく言った、何と非常識な親子」と思った。誰もが冷たく批判的なのは当然だろう。
咎められ事態を察した父親は、暫く沈黙し意を決したように口を開いた。「大変申し訳ありません。気が付きませんでした。…こんな話をすべきではないかもしれませんが、12歳の娘は普段は弟の面倒をよく見る子です」「入院している母親に代わって、頭が下がるほど家のことをしてくれます。どうか娘は責めないでください」父親は、静かに語り続けた。
「実は、先程入院中の妻が息を引き取りました。家族で彼女を天国に見送ることができました。6歳と3歳の息子は、久しぶりにママに会えたと喜んでいます。痛み止めのせいで眠るように息を引き取ったので『ママ、ぐっすり眠ったね』と喜んでいます。元気になると信じているようで」と父親は、はしゃぐ息子たちを見つめた。
「私は、息子の嬉しそうな姿を見たら『ママは眠ったのでなく、もうこの世にいないんだ』とは、どうしても言えません。今の彼らには理解できないかもしれません」
はしゃぐ子どもたちの声が車内に響く。
「私はこれからの事を考え塞いでいました。お恥ずかしい話ですが、息子の行動に気がつかず、すみません」父親の目から堰を切ったように大粒の涙。そして傍らの娘を抱きしめた。
「お姉ちゃんは、母親の死を理解してます。今まで気丈に振舞い、泣き言一つ言わず、家事を引き受けママの代わりをしてくれました。しかし、先程から下を向いたままです。普段は弟の面倒を良く見る娘です。彼女まで責めないでください」
親子を咎めた女性と居合わせた車両の乗客は、その時こう思ったのです。「この親子に、我々は何か出来ないだろうか」と。まさに、最初の批判的、攻撃的な感情が一転し、同情から愛情までを、この親子に抱くのである。
これが「人は、その人のことを知れば知るほど好きになり、その人の側面まで知ると好感を持ってしまう」という、ザイアンスの法則である。
未だに、通りすがりの殺傷事件が後を絶たない。自分の感情だけで攻撃する。もしその被害者が、一人息子の誕生日を祝う為、家路を急ぐお母さんと知っていたら犯行に及べるか。きっと「相手を知る」ことで、人は優しくなれるはずである。
「嫌な人」とは知らない人のこと
私達は、仕事でもプライベートでも必ず苦手と思う人がいる。どうも気が合わない。自分のことを判ってくれない。いちいち癇に障るひと人。
憎い・妬む・嫌いの前提は、相手の本質を知らない事が殆ど。表面的には知っていても、本質や真実は知らない。無論、それは相手も同じで相手と鏡のように呼応する。
そこには「優しい気持ち」は存在しない。これは「自己開示の法則」とも言うが、この本質は、自分を開示して好きになって貰うのでなく、相手を開示させて、その人を好きになるということ。すると、こちらの自己開示に耳を傾けてくれる。
マネジメント手法に「積極的傾聴」がある。深く聞き取ると、マニュアル応酬を超える。部下の成功報告を聞く時は、何処を褒めようか?と思いながら聞き、逆に失敗談なら、どこに課題があってどう対処するか、と考えながら聞く。
私は、疲れて帰宅しても、家内からその日の出来事を根掘り葉掘りと聞く。面倒くさいと思ってはいけない。そのうちTVのホームドラマより面白くなってくるから。
全ての人でなく、せめて周囲の方々は好きになりませんか?の話だ。そして、新たな出会いは意図的に相手を知り、好感を持った方が楽しい筈。
そうなればしめたもの。知人が友人となりファンへとなり、そして最後は「サポーター」へと素敵な仲間が増えていく。嫌な奴や、苦手な奴より、楽しく素敵な方の思い出だけ残したほうが、健康にも、精神的にもよっぽどいいじゃないか。
この夏を振り返りながら、以前「女性の魅力とは」をテーマで話した「ザイアンスの法則」を今一度思い返してみた。




















