2026年4月11日土曜日

「道」に魅せられ。

 ブログで紹介した息子の柔道部OBの音羽山部屋の「光星竜」の勢いが止まらない。一月場所は何と序二段での全勝優勝を果たした。

彼は今場所の番付が序二段から「東 三段目三枚目」に昇格。そして今場所も勝ち越しだ。

更に音羽山部屋は、この春場所に「霧島 関」が3年ぶりに優勝、大関に返り咲いたのはご存知だろう。先々、光星竜が幕内に、霧島が横綱になる日も遠くないと勝手にワクワクする。

さぁ5月場所は国技館である。音羽山部屋の益々の躍進を願わずにはいられない。


武道とスポーツの違い。


柔道、剣道、相撲などの「武道」はスポーツとは異なる。スポーツは勝利、記録、楽しさの追求だが「武道」は礼節を重んじ「心技体」を鍛え人間形成を培う「道」の修行と云われる。

勿論、勝敗も大切だが柔道の場合、実際に強いのは3~5段の現役黒帯の選手が多い。因みに黒帯は初段~5段までで、その先は「生き様」も要求される。

6~8段の紅白帯や最高位9.10段の赤帯取得には、柔道指導者の経験と人格も問われる。知人の紅白帯の方は後輩に「柔の道」を伝えている。


あの大谷翔平は、高校時代からスポーツを超えた「野球道」を歩んでいる。あの謙虚さと気配りは「心技体」の鍛錬によるものだ。

飾らず、驕り高ぶらず、黙々と鍛錬し、当たり前のように球場のゴミを拾う。彼の一挙一動が、周囲の心をも変えてしまうのだ。

▪️大谷選手は無我夢中https://tanabeshiho.blogspot.com/2021/07/blog-post.html?m=1


日本では、何かを求める姿を「道」と呼んできた。「道」の字は、目指す姿の「首」と、歩む進むの「辶」を合わせ「道」となる。英語のRordでなく、精神修行として、古来より茶道、華道、武道など「求道」が人を成長させる「道」とされた。

これは、決して高尚な道だけでなく、誰でもどんな歩みでも「道」。当然、我々の生業も道である。

私の「会社道」は未だ半人前だが、そんな私でも必要とされる会社の「一隅を照らす」ことが出来るよう「心技体」の修行に励むのだ。

『この道より我を生かす道なし、この道を歩む』。さすが武者小路実篤はいい事を言う。