2024年7月19日金曜日

新人に教えられ…。

新卒が研修を終え7月から各事業部に配属された。息子と同年度は俗にいう「さとり世代」だが、見る限り冷めた面子は一人もいない。

新人の日報から不安や期待は窺えるが、私は「誰もが通る道」とは言わない。昔、そう言われ「知るか、自分は初めてだ」と反発したからだ。

因みに私は配属後、得意先に追われ振り返るどころではなかった。これがある程度業務を把握した頃に、不安と期待がどう変化したかが重要で、これは継続への意志を固める局面になる。

その後の人材育成は入社3~5年でステップUPを考える。カネボウでは転属転勤のジョブローだが、環境が同じなら後輩の指導や業務の幅を広げ「中堅社員」の自覚と周知を促す。

仮に転職するなら職歴書に記載する内容次第だ。短期間の浅い経験はあてにならず、面接で知見が深いとなれば高額でも欲しくなる。

しかし新人のうちは、不安と不満の変化を楽しむつもりで、雑用でも何でも引き受けて、自分の価値を上げる為に全てを吸収する時期だ。


「親思う心に勝る親心」からの脱出。


先日、新人の息子が社販で購入の車で、金沢から6時間かけて戻ってきた。全日本学生柔道に一期生が集結したようだが、仕事優先で帰りを急ぎ、我が家には2時間ほど立ち寄っただけだった。

それでも息子は家族分のサイフを初任給で購入し、カードを添え置いていった。感激する一方で、彼の厳しい台所を知る親バカの私は、自炊の息子に大量の冷凍総菜を返礼したのだった。

そういえば大昔、私も両親にペア時計を贈った事がある。両親が何度も電池交換し大切に使っていた事を、家内から聞くまで私は知らなかった。嫁にまで自慢した親父の気持ちが今はよく判る。今更だが「子を持って知る親心」を実感する。

今までは「親思う心に勝る親心」と嘆いたが、息子から財布を貰った時、私は自分の親に対する不義理を思い出した。殆ど実家に戻らず随分と心配させた。私同様に顔を出さない息子は昔の自分そのものだ。それこそ因果応報ってやつだ。


そんな親不孝の私が思い知る『いずれは出来なくなる貴重なこと』を共有したい。

一生で、子どもと過ごすのは2,400日、家を出て親と会うのは480日、子どもの行事参加は30回、家族全員での休日は500日。何と少ないことか!私は子ども行事と家族休日の賞味期限は切れてしまったが、今からでも遅くないことがある。

そう、家内との休日は使用期限中だ。皆さんも貴重な機会が使用可能なうちに、自身の環境保全と豊かな人生の為に家庭サービスも頑張ろう!




















2024年7月2日火曜日

時と旅とDNA。

今も全国の取引先出張は多いが、インバウンド地区の宿泊費の高騰は凄まじく、社内規定を無視しても予約出来ない事態には困っている。

旅費以外にも交通機関の進化で行程も見直す。最近は乗り換え不要の北陸新幹線に感謝。他には空港が遠い所は新幹線に替えた。例えば広島は新幹線だと3時間50分で飛行機は1時間半だが、市内にバス1時間と空港待ちと乗り継ぎの総時間は殆ど変わらずコストも安い。

それに新幹線は乗り換えずに済む。長時間だが気が楽だしPCとスマホで広島到着。故に本州内で新幹線の駅がある出張は基本的に飛行機をやめた。


強い奴より敏感な奴が生き残る。



人は自力の速度以上で移動するほど疲労度が増すらしい。同時間の移動だと『自動車<電車<飛行機』と速いほど身体の負担は大きくなる。

大昔ヒトの移動は徒歩だった。つい160年前の江戸時代は庶民の間で「徒歩旅」が大流行。日本橋~京都の東海道500㌔を14泊15日で歩いていた。宿場まで1日平均40㌔歩き往復1か月の楽しい長旅だ。今は新幹線で2時間12分、徒歩の50倍速の負担はかなり大きい筈だが、我々はもはや高速に対し身体的支障を感じなくなっている。

ヒトは文明進化に変化対応する進化論なのか。ダーウィンは「強いものが生き残るのでなく、変化に敏感なものが生き残る」と言ったが、同種の劣性遺伝子は淘汰される。つまり足の遅い兎は捕食され逃げ足の速い俊敏な遺伝子が繁栄するのだ。

ではヒトの淘汰はどうか。お互い不足する遺伝子を補完し優秀な子孫を残そうとする恋愛・出産では、俗にいう「美女と野獣(秀才)」の組合せは自然の理に適っていた。

結果、最近の若者は「足長の美男美女」ばかり。次は頭脳まで優秀な人々が出現し、彼らが更に厳選した出産を続けると100年先に「大谷翔平と真美子夫妻」並みの容姿端麗・頭脳明晰の集団が街を闊歩する姿を見られるかもしれない。

それはそれで気味が悪いが、これも淘汰か。しかし、私はエリート集団より個性溢れる「十人十色 それぞれが美しい」の方が好きだ。「たで食う虫も好き好き」だから優劣でなく個性だと学べるし、多様性を認める社会が面白いのだ。


何にせよ技術革新は現在も進行中。リニアなど旅と時間はより便利に効率化される一方で、非効率で不便でも「旅情」が重要になる。散歩する山間の花を愛でたり、海辺でボーとお茶を飲むなど、観光より癒しの過ごし方に魅せられるのだ。

健脚なら徒歩旅に惹かれるが、私は家内とのんびり船旅が最高だ。効果効率で換算する出張でなく「時を忘れた旅」に原点回帰したいのだ。

ところが今はそんな旅が、一番金と時間が掛かり贅沢なことだ。ヤバ、こりゃ困ったもんだ。









2024年6月15日土曜日

よっ 若大将!

 昭和の思い出は数あれど、TVと映画が対峙していた頃、大好きな映画に加山雄三の「若大将」があった。You Tubeの若大将マニアの解説を観て、懐かさに思わずセット買いをしてしまった。

この映画、大学スポーツ万能の若大将(加山雄三)を主人公に青大将(田中邦衛)とスミちゃん(星由里子)との痛快青春コメディ。とにかく若大将がカッコよく観ていて心地良い。

第1作1961年「大学の若大将」6歳の私は再上映でドハマり。話題のシーンは若大将たち水泳部が大学の浄化槽の蓋で焼肉を焼く場面。脚本では公共のマンホールだったが、東宝幹部の「良識ある大学生はしない」と中止要請。それを逆手にとりマネージャーが便所の浄化槽の蓋を拝借、そこに用務員がハマる設定にして強行撮影。

結果は大受けで、幹部の「次回はマンホールで」の声には制作部を呆れさせた。しかし改めて若大将を観ると彼の破天荒ぶりと人の良さに驚く。

大学の授業料は使い込む、すぐ喧嘩して店は壊す、若大将の為に祖母が家業のすき焼き・田能久の肉や運転資金を流用と、犯罪紙一重なのに毎回父親の「勘当だ」で済むし、果ては若大将の大活躍で全て丸く収まるから不思議だ。

まぁそこは深く考えず、彼の奮闘と高度成長期の勢いを楽しもう。当初の3部までの話は4作1963年「ハワイの若大将」の大ヒットで継続は確定。

しかしこの後、黒澤明「赤ひげ」で加山は1年間拘束。ブランクによる人気低迷を案じたが、観客の飢餓感の方が勝り、5作1965年「海の若大将」では自作の歌もヒットし前作を上回る興行成績となり、若大将は確固たる地位を確立した。

同年の6作「エレキの若大将」は彼の音楽的才能に溢れ音楽映画としても大ヒット。突如スミちゃんと歌う「君といつまでも」はあまりに有名だ。このレコードは翌1966年に350万枚のトリプルミリオンセラーとなったのだ。

その後の4作品も人気は続くが、加山30歳の学生服はさすがに不自然で11作1968年「リオの若大将」で彼を卒業させ終了と考えたが、世間は許さず東宝得意のサラリーマン劇場に移行していく。高度成長の自動車メーカーを舞台に13作1969年「フレッシュマン若大将」もはまり役で、それ以降の会社員若大将も見逃せない作品だ。


若大将シリーズの苦悩と再生。


会社は次の若大将を狙い16作1971年「若大将対青大将」は加山主演だが、設定を離れ田能久は登場せず、二代目の大矢茂も中途半端で、惨憺たる結果となる。三代目の草刈正雄も振るわず、若大将シリーズは残念だが終焉を迎える。

ところが1975年に突如、若大将のオールナイト興行が爆発。若い人にも大ブームが起き、大学生の私も新宿のオールナイト一挙4本上映で一緒に歌い大声援の観客参加型を体験。その盛り上がりは凄まじく次回作に繋がるきっかけとなった。

それが、彼の芸能生活20周年の記念作品1981年「帰ってきた若大将」だ。全編が若大将のオマージュに溢れたこの作品は、本来の若大将の魅力が満載で大ヒット。加山雄三の若大将は見事に有終の美を飾ることになったのである。


昭和映画のシリーズ化の成功は、若大将、男はつらいよ、釣りバカ、ゴジラなどあるが、共通点は①主人公の強烈なキャラ②配役の魅力③安定のワンパターン。この三つが揃い「主人公の虜」になればマンネリは歓喜の定番化になるのだ。

昭和映画史に輝く若大将こと加山雄三は、湘南生まれの慶応ボーイ、スポーツ万能、シンガーソングライター、画家とまさに異能の87歳。

熟年でも私には永遠の若大将。憧れの彼に長寿祈願と感謝を込め一言「よっ若大将!」。










2024年5月31日金曜日

人不足の先は恐怖。

日本は今どこも人手不足だ。輸送、建設、飲食など深刻で、頼りの外国人は、労働環境の問題や円安の目減りなどで先行きは不透明である。

娘曰く、建設の施工管理者は常に人不足で休日返上当たり前。彼女は工期に追われるのが嫌で、建築資材メーカーに入社したが、施工側の外国人向け取扱説明書の納期に追われる。娘よ、やはり仕事は追われるより追うもんだ。

食品スーパーの裏方も外国人が多いが、特に惣菜の食材カットや調理は技能訓練が必要だ。製造業同様に技能者も高齢化で、先を担う若手と指導役の熟練職人の争奪戦は熾烈らしい。


この先、我々は何処に行く?


この人不足の元凶は人口減少にある。2004年の1億2,800万人をピークに2030年に1億1,150万人、2050年には1億を切り9,500万人と予測。高齢化率は2004年19.6%から現在の31.8%、2050年は39.6%と実に4割を占める超高齢社会になる。

そして後期高齢者(75歳~)のピーク2040年に、労働者と高齢者が同人数になる。つまり1人の働き手が1人の高齢者を支える社会。私も生存していれば85歳の迷惑爺いの1人である。

加え、全国の世帯平均人数2.27人は2047年に1.92人まで減少。つまり1人住まいの方が多くなる。全国最下位の東京は1.9名と2名を切って久しいが、いよいよ単身世帯が主流となり、サザエさんのようなホームドラマは傍流になるのだ。

加えて更なる追い打ちが「認知症」の激増だ。来年500万人の認知症が2050年は1,000万人になるいう。政府は予防と医療の見直し(オレンジプラン)を推進するが、このままでは4割の高齢者に認知症が4人に1人の恐怖社会が待っている。

…と、人不足の行方を書き進めたが、話が大き過ぎて、私如きでは結論は出ない。ただ一つ明確なのは、日本を背負う若者が近い将来、この問題に直面するという事実である。


倍賞千恵子【PLAN75】という2022年のSF映画がある。政府は75歳以上になると生死を選択できるPLAN75を導入。この仮想の制度を媒介に「生きる」という究極のテーマを全世代に問う作品だ。高齢者本人の葛藤、市役所の担当と外国人のケア担当の呵責など痺れる話だが、これが全くの絵空事でないから重く切なく怖いのだ。

私なりに今すべきは・健康寿命を1年でも伸ばす努力・どこまで人に寛容になれるかの再考・今一度生きる事に向き合う事かなぁと考えた。

ぜひ家族で「PLAN75」を視聴して、2040~50年の自分と取り巻く人々の姿を想定し「私は何をすべきか」を大切な人と話し合う事も必要だ。

因みに我が家は、私が要介護で重篤な病いの際は「尊厳死」希望と伝えてある。万が一「安楽死」が可能な社会になったら再考だが、願うのは私がその時ボケてないことだ。💦




2024年5月14日火曜日

ピカピカの新卒は。

多くの企業は新入社員を迎え、新鮮な風が吹いているが、一部の新人は想像した会社と違い「こんな筈じゃあない」と思う頃でもある。

今、退職代行が過去最多とは情けないが、焦燥な「五月病」の方に一言。そもそも完璧な会社などあるわけがない。それより今の会社で成果と知見を蓄えられるかを判断すべきだ。

キャリアアップの転職なら、職歴書に披露できる知見がないと勤めた意味がない。ただ嫌だから辞めますでは、同じことを繰り返すだけだ。


さて息子は新人研修を終え、運営する480店舗から大型の「金沢店」に2名で配属され、快適な社宅と親切な先輩に囲まれ元気に奮闘中だ。

実は私も26歳から5年間を福井で勤務し、最も営業力が培われた地。北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨と雪は多いが、何より人が暖かくて最高の思い出ばかりだ。


昭和の価値観を今に問うTV「不適切にもほどある」じゃないが、昔は馬車馬のように働き、どこにも頼れる熱血上司や教師がいたもんだ。今なら過重労働とパワハラで大炎上である。

1978年(昭和53)入社の私は社歌「鐘紡われら」斉唱の入社式や業界一位を目指す環境からか、愛社精神と火の玉社員ばかりで、それこそ働き詰めだったが不思議と楽しかった。

しかし鐘紡は崩壊してしまう。2004年の鐘紡解散の前夜に幹部が集い、涙ながらに最後の「鐘紡われら」を斉唱し、伝統の社章(3Sバッジ)を襟から外した無念さは忘れない。


自分の無限なる可能性を追求せよ。


さて前回、新卒は「さとり世代」と書いたが、それを物語る息子の話。事前提出の赴任先希望「挑戦・全国どこでも」は僅かで、大半が変化を嫌う地域指定の希望だったらしい。欲も夢もない「さとり世代」が透けて見える。彼らは21世紀生まれ初の大卒で、昭和男は理解に苦しむ。

一方、息子は全国どこでものお陰で、金沢を思い切り楽しめる。今後は、知らない街での出会いと経験が積めるラッキーな環境なのだ。


ところで彼は、盛岡研修や金沢移動の立て替えと給料日まで収入もなく、金沢に旅立つ前日に「当面のお金を貸して下さい」と頼んできた。

そうか、既に息子の仕送りは終了したのだ。健康保険と扶養家族と住民票から外れ、彼は完全な独立独歩の道となる。今後は「便りが無いのは元気な証拠」と見守るだけとは寂しくなるが、いや、待て、息子より私の子離れの時がきたのだ。

さて借金だが、家内の指示で年内返済の借用書を書かせ、相応の額を振り込んだ。家内には甘いと言われそうだが、私からの「最後の仕送り」にしようと思っている。💦


さぁピカピカの1年生よ。無我夢中で自己成長したい奴がキラキラに変わるのだ。それには先ず肩の力を抜いて仕事を楽しむこと。つくり笑顔でもNK細胞の活性化で気持ちが前向きになり、義務的で嫌々に見えるような態度は激減する。

この先、人間関係で悩んだり成果が上がらない時もある。そんな時は自分にパワー充電するチャンスと心得て、この言葉を肝に銘じよう。

『何も咲かない 寒い日は 下へ下へと根を伸ばせ やがて大きな花が咲く』

最後に一言。世の中、未だ昔の価値観のオジサンが幅を利かせているのも事実。さとり世代には面倒だろうが、そのことを忘れてはいけない。









2024年4月19日金曜日

年寄り笑うな 行く道じゃ。

今月で69歳になった。古希(70)までの一年間を大切に過ごすつもりだ。先日は主治医に「のんびり、リラックスして」と言われてしまった。

せっかちでダラダラ嫌いの私には耳の痛い話だ。要は、頭でのイメージと身体のアンバランスが出始めた私へのアドバイスなのだ。

実は、急に立ち上がる時の軽い立ち眩みが、直近何度か「クラっと感がつよい」と相談したら、心電図をとると言われ測定。心拍変動数とかの結果『自律神経の老化』だと言われた。

我々の生命維持機能を調整する重要な自律神経だが、この自律神経の失調はやる気が失せたり鬱化を案ずるが、老化となると不眠、動悸、めまい、疲労などが増えるらしい。

つまり脳と身体のテンポが微妙にずれる状態で、動作より自律神経が遅れ、脳に血が通う前に立つと一時的な貧血で立ち眩みが起こる。先生曰く、立つ途中で「捕まり立ち」して一呼吸おけ。加えて足の屈伸で血流を促し、脳に血が通えばクラっと感は軽減するとのこと。

それ、まさに爺いの動きだが、最近は緩慢な動作だけでなく「キレる老人」問題もある。これは怒りを抑える副交感神経が衰えて、交感神経が直ぐに興奮状態になるからだ。ブレーキが遅れる暴走事故も、些細なことで腹が立つのも、自律神経の老化が関与しているのだ。💦


自律神経の老化対策


さぁここで注目は「急速に自律神経は老化」するという事実。副交感神経は10年毎に15%下降、男性は20~30代、女性は30~40代で急降下するので、アスリートの引退も30代が多い。この減少幅は50代は20代の三分の一というから驚きである。誰もが他人事ではない。

老化現象は色々あるが、生命機能のアクセルとブレーキを調整する自立神経は最重要。この特効薬はなく日頃の生活で改善努力するしかない。

ここで自律神経を整える「7つの対策」を紹介するので、皆さんにも励行をお勧めする。

1.起きたら日光を浴びる(日光でセロトニンが活性化され体内時計を調整)

2.適度な運動をする(疲労回復因子を活性) 3.湯船につかる(ぬるめのお湯)

4.質の良い睡眠をとる。(心身の疲れと細胞の修復。寝る前のスマホ厳禁)

5.しっかり栄養を取る(ビタミン、ミネラル摂取。セロトニンは貯蔵できない)

6.腸内環境を整える(腸は副交感に直結、起床時に水、ストレッチ)

7.首を温める(血流の要で疲労・コリ改善)

この「7つの生活習慣」は忘れずに実行したい。人生100年と言うが、寝たきりでは意味がない。家や車も30年でガタが来て70年ではガタガタ。人も日頃のメンテナンスが大切なのだ。


因みに、赤ん坊はベビーコラーゲンが存在し、生命力に満ち溢れるが、人格が形成されるまでは、精神的に未熟なので大人の庇護下で育てられ、我儘な自己中心が許される。

そのうち「花」とか「犬」などの存在を理解し、綺麗や怖いなどの感情が生まれ、人格のベースが形成される。そこから成長が始まるから、最初の人格形成は大切なのだ。

肉体の成長は20代がピークだが、精神の成長は年輪と共に深みを増す。しかし最盛期は元気な社会生活中で、社会的孤立と高齢が進むと精神が退化し「老人の子ども返り」を引き起こす。

そう、いつの世も「子どもと年寄り」は別人格で扱うのだ。そして我々は自立神経の老化と共に、徐々に衰退していくのである。

『子ども叱るな  来た道じゃ、年寄り笑うな 行く道じゃ』忘れていけない言葉である。




2024年3月30日土曜日

大学柔道物語⑩最終話

息子が大学を卒業した。小5からの「柔道漬け生活」が終わるとなると感慨深い。声を枯らした応援、全国行脚、道場の送迎、毎日の食育と大変だったが、私と家内には楽しかった思い出ばかりで、今となれば感謝しかない。

息子は高校・大学と柔道推薦で引っ張られ、一体どこまで成長するかと勝手に期待した時期もあるが、根本的にそれは間違っていた。

過度な期待は「失望と挫折」と表裏一体だ。彼も自分に期待した筈だが、全国の上位になる厳しさに加え、大学2年後半に腰痛がヘルニアに悪化してからは、戦績より「勇斗(はやと)らしさ」探しが共通の期待に変わっていった。

彼はその期待に応えたようだ。後輩からの慕われ様と、12年、泣き言いわずにやり遂げた継続力は、勇斗らしい魅力的な武器になった。


柔道こぼれ話。


先日、帝京Gの卒業式が「日本武道館」で開催。柔道部にとっての武道館は、地区の代表しか臨めない全国大会の場所だけに、今後は一観客にしかなれない寂しさはあったようだ。

一方、嘉納治五郎が興した柔道の総本山である「講道館」は、やはり柔道家の聖地である。ここには高校柔道の思い出が数々ある。

講道館は「道場」であり、登録の息子たちも練習するが、何より強豪校ひしめく東京都の高校柔道選抜戦が行われ全国出場を賭ける激戦の場。「東京を制する者は全国を制する」と言われ、当時は声を枯らして応援したものだ。

講道館のこぼれ話。講道館近くの食堂には何と「1㎏ハンバーグ」のメニューがあり、それを食らう息子たちに他店の大盛話を聞くと安田学園の両国の「ちゃんこ・飯食い放題」と「すき家キング盛り」には2度びっくり!

すき家の裏メニュー「キング牛丼」とは、並盛の6倍の肉に2.5倍の白飯で一杯1,230円、2,300kcalとコスパ最強のお化け丼だが、重量級の息子たちには強い味方であり、大判振る舞いの「すき家」さんには大感謝なのだ。笑


飾った世界に流されるな。


世間では今年の新入社員を「さとり世代」と呼ぶようだ。その最大の特徴は「欲がない」。夢や希望がなくても今が安定していれば満足で、恋愛に興味がない、旅行に行かない、無駄遣いしない、熱くならない現実派と言われる。

しかし育った環境が不景気とはいえ「枯れた年寄り」と変わらない。一方、息子たちは夢と希望に燃え鍛錬を重ね、大学でようやく坊主頭と不休の練習から解放された。こんな柔道小僧は悟るどころか欲望満載で、彼らがさとり世代とは到底思えない。


さて、息子は研修で発令の赴任地に引っ越すだろう。どこに行こうが赴任先の先輩に喰らい付き無我夢中で仕事を覚え、お客様の心に寄り添うのだ。柔道のように、まず仕事を好きになり、向いていると思うまで全力で取り組め。

そりゃ大変なことは当然。だが大変とは大きく変わるという意味だ。それでダメならやり直せ。長い人生、大した問題じゃあない。

息子よ、勇斗らしさを失うな。今どきの冷めた虚栄の「我」は捨て「無我」となり、己の目標・夢へ「夢の中」に入り込め。これが誰もが認める「無我夢中」の姿なのだ。

願いは「時代遅れ」の唄。不器用でもしらけずに、純粋でも野暮でなく、飾った世界に流されず、大切な人を思い続ける。こんな男が判る日が必ずくる。

最後に、昔から貴方に唱え続けさせてきた合言葉を、未来の勇斗に贈る。

『執念ある者は 可能性から発想し 執念なき者は困難から発想する』


■安田柔道物語最終編「時代遅れ」掲載

http://tanabeshiho.blogspot.com/2020/03/blog-post_17.html?m=1











2024年3月9日土曜日

国語力 ヤバいって。

最近、若者の国語力の低下を痛感する。彼らは国語の授業の「文中のコレとはどこを指すか」とか「作者の意図を要約せよ」の問題が苦手なのだ。結果、読解力がないから相手の言っている事や、その胸中を的確に把握できないのだ。

加えて語彙力と表現力が乏しいから、的外れの話が多く何を言いたいか分からない。微妙な会話のズレは友人なら愛嬌だが、仕事ではあり得ない。

実際、経済協力機構OECDが実施した国際的学力調査によると、全体的な学力の低下より最大の課題は「読解力の低下」だそうだ。やはり若者の国語力の不安は深刻な問題なのだ。

これは、スマホ社会になりSNSの超短文と絵文字のやり取りばかりで、読書など長文に触れる機会が激減しているからだ。スマホの時間は山ほどあるのに、読書する暇はないのだ。

読書量が圧倒的に足りないと論理的思考力が身につかず、本質を見抜くのが苦手になり文章を書くことも不得手になる。人間模様や心の葛藤を深く詮索するのが面倒になり、楽しくて分かり易いショート動画や音楽とゲームに走る。

因みに年配者との会話は大の苦手。昔からの曖昧な表現やことわざは、残念ながら理解不能だ。「この案件、注文が多くて骨が折れるな」に「え、肉体労働ですか」と、これ本当の話。労力を費やす表現と知らず「骨折」と認識。まさに説明するだけ「骨折り損のくたびれ儲け」だが、まぁこれも間違いなく通用しない。💦


衝撃的な本に出合うまで。


私の本好きのキッカケは、感動の本との出会いからだ。石森延男の「コタンの口笛」は頭を殴られたような衝撃だった。北海道のコタン(アイヌ集落)に住む姉弟が日本人の差別と偏見に耐え、強く生き抜く姿を描いた児童文学の金字塔だ。

小4の私はこの本で、人が人を差別するという事実と、世の中の理不尽に耐える子どもがいる事を初めて知った。これを機に好奇心が沸き、様々な本から多くの価値観を学び、その後の自分に大きな影響を与えたのは事実だ。

「物事の本質を知る」という事を端折ったら軽薄な奴になる。勿論、読書だけで思慮深くはならないが、相手の気持ちを察する力は必ず養える。

人生は「ヤバい」と「まじッ」の2つでは乗り切れない。今からでも遅くないから、誰もが認める名作を読み込み「勉強」することだ。因みに「音読」は読解が深まるからお薦めする。

「学びは一生」人は生きる限り学び成長する。読書に限らず、学ぶ気なら会話や日々の暮らしにも題材は幾らでもある。勉強の苦しさは一瞬だが、勉強をしなかった後悔は一生続く。

「知識は力」で有名な英国の哲学者フランシス・ベーコンが明快に教えてくれている。

『読書は人を豊かにし 会話は人を機敏にし 書くことは人を確かにする』納得の名言だ。