2022年5月22日日曜日

ブログは私のボケ防止。

 ブログを始めた2012年暮れ、花王からカネボウコスミリオンに異動して、OEM事業の更なる拡大を目指しHPを刷新し社長ブログも追加開設した。

社長ブログで、團十郎との舞台白粉やカネボウの歴史や技術を紹介すると、かなり引き合いが増えて、私は密かにブログの効果を喜んだ。一方、花王ネットパトロール隊はグループ会社のサイトや私のブログまで逐一チェックしていた。

ブログで、打倒!資生堂を合言葉に夜中も働く「泥棒・カネボウ・消防」と当時のカネボウの自虐ネタを面白おかしく紹介した時のことだ。

すぐに花王からクレームがついた。残業ゼロを目指す花王として、これは誤解を招くと言う。私は「昔の話で、当時の営業魂を伝えただけ」と反論。会話は平行線なので、一旦見直すと返答したが、全く変更せずに今に至っている。

それにしてもブログはよく続いた。最初は文章がくどくて長文なので、修飾語を減らし簡潔なビジネス文章を心掛けてきて、今は何とか人様に読んで頂ける文章になったようだ。

その時々の思考を文章化すると、己の考えが纏り論理的思考力が育つらしい。それが話し方も上達させるし、何より好奇心が旺盛でいられる。まさにブログはボケ防止にはもってこいである。


実はブログで書けない話がある。


常に本音を書いたが、正直、ある重要な過去を「あやふや」にしている。実は当時、私も何度か東京地検特捜部に呼ばれた。勿論、一介の部長が直接関与する訳もないが、2005年の巨額粉飾の経緯、役員逮捕、崩壊までの一連は、地検特捜と再生機構の絡みで、表面化した事実と、当たり障りのない事以外は書けていないのだ。

当時は事件の信憑性より、世間がどう捉えるかの対応に振り回された。実際、新聞での粉飾報道から昼のワイドショーに移行した途端、お客様から「嘘つき会社」の烙印を押され、店頭で化粧品の容量まで疑われた時は、本当に辛かった。


品格あるお公家様揃いの鐘紡は、根性の野武士社員の化粧品軍団の利益献上と滅私奉公で、幾多の危機を乗り越えたが、もはや限界であった。

そして上位下達の組織は「迷走する主君を裏切れず」に自制なく崩壊していく。鐘紡は解体され、優秀な野武士社員は会社を去り「落武者は薄の穂に怖ず」の境遇にさせてしまった。

鐘紡は2008年に121年の歴史に幕を閉じた。世界に冠たる鐘紡と言われた名門企業の末路は、私如き者にまで、黙して語らずの重荷を背負わせた。

誘われた出版話も、当時のチェーン店部長が知り得る話は「墓の下まで持っていく」と決めたので丁重にお断りした。その後、鐘紡事件は何冊か出版されたが、渦中の役員から自己弁護と一儲けの暴露本が出たときは、さすがに情けなかった。


きっと巷の多くに「黙して語らず」を背負う方が他にもいる筈だ。沈黙を守り一刻も早く忘却の彼方へ飛んでいけ!と願っているに違いない。

ボケ防止の話から逸れてしまったが、私はこの事件が消化不良のままである。ブログ10年目の節目で、その事を吐露した勝手をご容赦願いたい。

いつか全てを書くか、その前にボケちまうかだが、一つ言えるのは、この事件は、既に興味の失せた「昔の哀しい裏話」であることだ。合掌。