久ぶりに広島に出かけた。花王出向で家族と過ごした広島を離れ10年が経つ。その間、竹宝堂の鉄舟氏のお孫さんの結婚式と、友人と熊野筆を訪れたが、かなり慌ただしかった。
今回は仕事で広島市内を巡ったが、先ず広島駅と駅ビルが改装されていて驚いた。訪問先様も益々お元気で、井口台の大型商業施設アルパークの全面改装の出店に期待で胸が膨らむ。
広島までは空港乗り換えが嫌で、新幹線で4時間揺られたが、車内で読んだ本、広島が舞台の袖月裕子「狂犬の眼」に夢中で退屈しなかった。
映画でも有名な「孤狼の血」の続編である。昭和63年の暴対法施行前の広島極道の抗争と刑事の物語だが、全くの創作なので念の為。
やくざ映画は1970年代「仁義なき戦い」が金字塔だが、10年前の広島時代に映画のモデルの人物の葬儀が呉であり、演じた菅原文太が出る出ないで話題になった記憶がある。
これは獄中の美能幸三の手記が元になっているが、今と違い戦後間もない頃の話である。
映画の孤狼の血では、マル暴の役所広司の「警察じゃけぇ、何をしてもえぇんじゃ」の広島弁は強烈だが、本来は優しい口調だ。特に女子の広島弁は穏やかで「ぶち可愛えぇ」と、映画の印象とは異なるので間違いなきように。
ええとこじゃけぇ きんさい広島
転勤で各地に住んだが、やっぱり広島が好きだ。もし極道映画の印象をお持ちなら、全くの誤解。娘は「老後は広島」と言うほどぞっこんで、家族も素敵な思い出ばかりである。
感動の平和教育とアオギリさん、家内お気に入りの宮島通い、ピザより多い宅配のお好み焼き、熱狂のカープ観戦、ゆったり流れる時間など、他では味わえない貴重な経験だった。
そして何より人が優しい。近所のご年配が「私ら一度死んだんよ。あとはオマケで生かされとるんよ。だから皆んなに感謝せんといけんのんよ」。
こんな心根を持つ方々が築いた街である。広島に家族で住んでくれるだけで嬉しいと喜んでくれ、我々を本当に温かく包んでくれた。
隣り近所、竹宝堂、花王仲間、子ども同士も未だ交流が続くのも、広島ならではである。
井口台からのんびり眺めた景色、静かな瀬戸内と遠くに浮かぶ宮島の赤い鳥居を思い出すと、娘と同じでまた広島に住みたくなる。
そんな想いにさせる懐かしい広島の旅であった。