2022年9月16日金曜日

顔パンツを外す。

まだマスクは外せないが、今は自粛も行動制限もなく、せめてコロナ禍での活性化を目指すが、コロナ前に戻るのは到底無理だ。

一方、この2年でリモートの会議や商談が定着。互いに集合は不要になり、大幅な時間短縮を実現したが、私は初会から画面だけの関係は、正直ちょっと怪しく感じてしまう。これはマスク顔だけの付き合いも同様で実在感がないのだ。

我々はマスクの下を、勝手に平均二割り増しの美男美女に想像してしまうらしい。マスクを取ったら、がっかりなんてあり得る話だ。

今、話題の全顔を晒せない「顔パンツ」は言い得て妙だが、本末転倒、何か違う。因みに私はマスク顔の知り合いに、違う場所でお会いしても、同一人物と判別する自信は全くない。

しかしマスクは当面続くから曖昧に付き合うが、早く全顔でお付き合いしたいものだ。


「顔パンツ」を乗り越えて


災害速報や政府の会見で、アクリル越しの素顔や、透明マスクを使うのは、聴覚障害の方が読唇しやすいとの配慮があるそうだ。耳が不自由だとマスク越しの対話は苦手なのだ。

以前も書いたが、全てのゲストに応えるTDLは、耳の不自由な人も歌を楽しめるようミッキーは手話を交えて歌う。車いすスペースや音声/触地図、点字パンフなどTDLの「身体的な機能が低下している方」への通常対応なのだ。TDLのような機能低下の人々への対応が、社会全体にもっと浸透すれば、どんなに素晴らしいか。

私はマスクやリモートを簡単に語るが、視聴覚障害の方々にしたら、素顔に触れる事も、表情や声色を読み取る事も、読唇術も困難となると深刻な事態。ましてリモートでは尚更だ。

しかし、リモートの文字起こしや手話通訳の導入など進んでいないのも現実。

そうコロナ禍で最も苦労されているのは、そんな方々なのだ。想像を超えた彼らの不便さを思うと、自分の苦労など取るに足らない。

願わくはウイズコロナの未来が、全ての人々に「優しい世界」へと進化することだ。

せめて私自身も不便さを愚痴る前に、相手の方に何が出来るかを考えようと思い知った。
















2022年8月28日日曜日

変われたら変わる。

 以前も紹介した言葉。世の中で変わらないのは「他人の心と自分の過去」で、世の中で変えられるのは「己の心と自分の未来」まさに名言だ。

良否問わず過去は戻らない。明るい未来の為には自分をどう変えるかだ。反省多き過去ならば、今までの自分の生き方が間違っていたのだ。

対人関係が原因なら、相手の人間的側面を知り、好感を持つ努力から始める。相手をよく知らないから苦手にしてしまう。(ザイアンスの法則)

社内での提案も、己の都合を優先し相手を変えようとせずに、事前に反論者への根回しや譲歩するのも「突破力」の一つだ。加えて、決めるなら満場一致させないと、推進も責任も提案者に偏り、ヘタ打つと孤立無縁になってしまう。


家内のために自分が変われ!


結婚して25年、未だに「家内の為なら今すぐ死ねる」と周りに言い続けている。とっておきの秘訣は「今日もまた自慢した」と家内に伝える事だ。何を自慢したかまで話すと、家内がその事で進化するから不思議だ。そして、また自慢するのだ。


カネボウ存亡でテンパった事も一度や二度でない。その都度、家内に救われた。ある事態の収拾で奔走した時に血尿まで出た時、もう限界だなぁと音をあげたことがある。

家内に「買ったばかりのマンションを売り払い、田舎に帰ろうか」と相談したら「売るより貸そうよ」と言われ拍子抜け。あれだけ喜んだ持ち家に執着しない(フリ)をしてくれた。あの一言で肩の力がすーと抜けたことは今でも忘れられない。

霞が関での取り調べは「大丈夫、命までは取られない」と思わせてくれた安息場所が我が家だった。玄関でその日の「重く傷んだ鎧」を脱ぎ捨てる動作をしてドアを開けていた。

これは効果的。イメージトレーニングと同じで「背負ったものを脱いだ」と思う事で、オン・オフが切り替わり、気持ちが軽くなるのだ。

仕事のウサを家に持ち込むと簡単に家庭は崩壊する。私には、家族との食事、子どもと遊ぶ、家内との世間話など、何でもない日常が自分をどれだけ救ってくれたか。

時は流れ、今は娘は仕事で息子は別居で食事はバラバラ、世間話は家内と娘、そして重い鎧も無くなった。仕方ないが少し寂しいものだ。今後引退した時に、粗大ゴミにならぬよう家内との接し方を見直さないとヤバいことになる。

先ずは結婚式で、皆様に誓った言葉を思い出せ!

『友(家内)の悲しみに我は泣き、友(家内)の喜びに我は舞う』の「友」を「家内」に変えると豪語した25年前を、しんみりと噛み締めた。💦


■「人を知るほどに好きになる」は本当だ。 (ザイアンスの法則)

http://tanabeshiho.blogspot.com/2013/11/blog-post.html?m=1










2022年8月4日木曜日

BADをGOOD変換。

 経験を積むと、腹が立つ事や悔しい事は減るかと思ったら、むしろ以前よりしょうもない事で腹が立つ。最近では日常でムッとする事が多い。

乗ろうとした電車のドアが直前で閉まった。昼飯カレーの夕飯がカレーが出た。朝から大雨。エアコン故障。注文と違うものがきた。欲しいものが品切れ、思いきり脛か爪先をぶつけた、痛。

ムッとする程度でも、自分が原因だと情け無くて悔しいが、外的の原因だと相手に腹が立つ。どちらも精神衛生上よくないのは確かだ。

一方で嬉しい事が直ぐ浮かばない時は、自分のバッドニュースの感度は敏感なくせに、グッドニュースのセンサーは鈍感なのだ。勝手なものだ。

ならば、先ほどのムッとしたBAD事件をGOODの愉快に変換したら、楽しく前向きになれる筈。

電車のドアが閉まったから、駆け込み乗車の危険を回避できた。クーラーが壊れたから節電できる。朝から雨で水不足が解消できた。品切れは節約。ぶつけた箇所が骨折せずラッキー。

ほら、捉え方次第でGOODに変わる。これを機に一つでもプラス思考変換を意識づけたい。


もっと早く言ってよ!


センサーと言えば、若い社員との感覚の違いにも驚かされる。先日、若手が予約したホテルが、本人だけ朝食付きで我々は素泊まり。意図的かと嫌味を言うと、ネットの入力ミスと謝るが、詫びる前に入力画面の確認不足を反省せよ。

こんな段取りミスが取引様への配慮不足になる事を案じ、ついバッドセンサーが稼働する。

もう一つ、バッドニュース・ファースト報告の遅れも課題。これは即対応だから、CMのように「もっと早く言ってよ」と叫びたくなる。

仕事の報告は、グッドかバッドかの結論を先に言ってから、その説明だ。聞く側はグッドの場合は「どこで褒め」バッドは「何が原因か」かと、聴く耳をどちらかに変えるからだ。


さて、バッドな心を少し前向きにする名言は、『雲の上はいつも晴れ』。今は暗雲立ち込めようが、その上空はいつも必ず快晴だよ。

と書いたら、今日もバッドニュースが飛び込む。また仲間がコロナ自宅待機になる。ここは「早く回復し元気倍増で復活」と捉えるしかない。

やはり「コロナに腹が立つ」は変えられそうもない。まだまだ修行が足りませんな。💦






2022年7月15日金曜日

「わたせ せいぞう」の世界。

学生時代、漫画家になりたかったが、イラストは趣味の域でバンド活動や暴走族に明け暮れ、大学も気楽な風来坊生活を送ってしまった。💦

さすがに会社員では、クリエイティブな宣伝部を目指したが、結果はコテコテの営業職。後半の本社で企画やデザイナーのプロをみて、自分には創作の世界は無理だと諦めた。


「わたせ せいぞう」との再会。


先日、大丸東京で「わたせ せいぞう」展示会を見つけて、嬉々として家内と出かけた。

わたせ せいぞうは、80年代の漫画モーニング初の全編カラー連載「ハートカクテル」で出会い、都会的でお洒落なイラストに魅了されたものだ。

今は、東京のカレと京都のカノジョの遠距離恋愛の12か月「暦を巡る冒険」が好評で「東京暦~6月」の東京タワーもステキだ。因みに私のスマホの待ち受けは、オープンカーの2人である。

展示会では、わたせ氏がお客様からの完全オーダーイラストを制作する企画があったが、値が張るにも拘らず残念ながら終了していた。


ブランドは世界観が決め手。


今回、わたせ せいぞう作品に再会して、77歳になる彼が一貫して世界観を変えずに、透明感溢れる作品を描き続けている事に感動してしまった。

現在、私が取り組む「SINN PURETE」もブランドの世界観を守り、その継続の差積化を目指すが、まさにその重要性を彼の作品が教えてくれた。


不易流行。時代の流れで価値の変化はあれども、本質的な事は変わらない。最近、恋愛やデートが億劫で敬遠する人が増えていると聞く。面倒を嫌う臆病な風潮だろうが「人を好きになる」という人間の本質と、自然の摂理に勝るものなどない。

人間が欲する感情は不変。わたせ作品のテーマ「恋愛」のときめきや「純愛」の素晴らしさが、恋愛を躊躇する若者に届け!と願うばかりだ。

恋愛とブランドは永遠に!と願う私には、粋でカッコいい世界観を守り続ける「わたせ せいぞう」に大感謝となる展示会であった。









2022年6月29日水曜日

流行り歌に泣き笑い。

 コロナ以来、行かなくなった場所の一つにカラオケボックスがある。以前は2次会で仲間と騒いだものだが、感染には危険な場所と指摘され、加えて会食もなくなると全く行かなくなった。

昔、取引先の大切な社長が肺気腫になり、歌う事がリハビリらしく度々お付き合いした。隣で拍手する私に「1人カラオケは虚しいから」と感謝され妙に納得した事を覚えている。

取引先様とのカラオケ接待では、盛り上げ役に徹っするが、請われたら歌うことだ。年配女性が相手ならサブちゃん系の男演歌、年配男性は皆で歌える懐メロ、若い世代なら子どもの頃の流行歌と定番曲を決めていた。

老若男女の場では、誰もが分かる歌が無難。上手い下手など関係ない。ただしマニアな十八番でも聞き惚れるほど上手いと、これはこれで盛り上がる。しかし私の定番曲はもはや懐メロ。今さら新曲を仕込むことも無く、突然、持ち歌が再ブレイクするのを待っている。


歌は世につれ 世は歌につれ


学生時代はギターで歌を覚えたが、社会人になると、流行歌がその時々の心に寄り添った思い出の歌として、五感にインプットされるから、いつまでも深く心に残る。


つい先日、公私共にお付き合いのある元宝塚・宙組のトップスター「姿月あさと」の昭和歌謡祭に出かけた。さすがの歌声に聴き惚れれていると、偶然、思い出深い曲が披露され感激した。

それは「Mr.サマータイム」1978年のサーカスのヒット曲。姿月さんの美声に包まれながら、私が入社したカネボウの昭和53年夏のキャンペーンを思い出す。岐阜販社に配属され、セミナー会場にポスターを貼りながら何度も聴いた曲だ。

ライバル資生堂の矢沢永吉「時間よ止まれ」に負けじとばかり、MrサマータイムをBGMに柳ヶ瀬の店頭イベントのビラ配りや、売り場争いを繰り広げた熱い夏を思い出していた。

姿月さんに、その話をしたら「次回は何の思い出を歌います?」と返された。この機転と笑顔に、私は益々「姿月ファン」になってしまった。

”歌は世につれ 世は歌につれ。人生で多くの歌と巡り会い、情景まで浮かぶ思い出曲が自分の「名曲アルバム」になる。自分の泣き笑いの数だけ思い出の流行り歌は増えていく。

湿っぽい話になるが、おふくろが亡くなる前に病院の窓辺でよく歌っていた「ミカンの花咲く丘」。地元静岡の童謡だが、戦後の少女時代の歌であり、窓辺から見える駿河湾を見ながら、昔を思う大切な「名曲アルバム」だとその時知った。


貴方の名曲アルバムはどんな歌だろう。お互い自分にとっての名曲は大切にしたいものだ。

先ずは、髪の毛フサフサの新人時代と、今は亡きおふくろに想いを馳せ、Mrサマータイムとミカンの花咲く丘をカラオケで歌うと決めた。♫






2022年6月10日金曜日

新宿まで揺られて。

 新宿に通い始めて4年目。ドアtoドアで片道90分、往復で3時間の通勤時間は、1日の稼働時間のかなりのウエイトを占める。

以前のフュージョンとカネボウは往復2時間弱だから、ジモスが一番長い通勤時間だ。混雑も戻り今更ながら首都圏の通勤は尋常じゃない。

最近の電車内は新聞や本を読む人が激減し、殆どがスマホと睨めっこ。完全な生活必需品のスマホは、SNSや通話以外に地図、音楽、ゲーム、書籍、カメラを不要にしてしまった。

紙の活字離れも深刻で、出版業界は様変わりだ。月刊誌は雑貨や組み立てキット付きがメインで、本来の雑誌はオマケのような小冊子である。


在宅できない人のお蔭で在宅できる。


それ以上の変化が働き方。在宅拡大が宅配、物流など在宅不可の業界の需要を増大させた。在宅不可の職種の方々がいてこその在宅勤務なのだ。

昨年、花王は新宿の首都圏販社を引き払い茅場町の本社に集結。社員は在宅か近隣営業所にフリー出社する勤務体制とした。花王はやる事が早いが生産・物流の在宅は今まで通りだ。


先日、娘の部署で役員との会食があり、娘は何を話してよいか分からず、ひたすら頷くだけで疲労困憊したようだ。リモートでは「人となり」までは分からない。コロナ入社組のあるある話だ。今の自粛緩和を機に、失われたコミュニケーションと元気な心を取り戻したい。

若者が、スマホとリモートに慣れてしまい、以前のやり取りが煩わしくなる前に、体温を感じるウエットな付き合いを再開したいものだ。

すると娘から「そんな付き合いは疲れるよ」と言われた。ヤバい、コロナ入社組に緊急事態宣言だ。通勤の面倒はあるが、職場仲間や先様とのリアルなやり取りも大切なのだ。

タスク管理の無機質な関係より「相手を知り好感を持つ」繋がりで仕事をした方が楽しいに決まっている。それが嫌なら対人不要な仕事に転職だ。

しかし無人島でもない限り、何処で何をするにも人間関係はついて回る。そして、それには「人間力」次第で全てを左右するのも事実。

私自身も人間力を高めたいと思う一人。そのために忘れてはいけない諺を思い出す。

『魅力ある人は夢を語り、魅力なき人は愚痴をこぼす』

そうか!ここで通勤時間を愚痴ってる暇があったら、与えられた3時間を自分にどう活かすかを考えろ、が結論になるわけだ。お粗末!








2022年5月22日日曜日

ブログは私のボケ防止。

 ブログを始めた2012年暮れ、花王からカネボウコスミリオンに異動して、OEM事業の更なる拡大を目指しHPを刷新し社長ブログも追加開設した。

社長ブログで、團十郎との舞台白粉やカネボウの歴史や技術を紹介すると、かなり引き合いが増えて、私は密かにブログの効果を喜んだ。一方、花王ネットパトロール隊はグループ会社のサイトや私のブログまで逐一チェックしていた。

ブログで、打倒!資生堂を合言葉に夜中も働く「泥棒・カネボウ・消防」と当時のカネボウの自虐ネタを面白おかしく紹介した時のことだ。

すぐに花王からクレームがついた。残業ゼロを目指す花王として、これは誤解を招くと言う。私は「昔の話で、当時の営業魂を伝えただけ」と反論。会話は平行線なので、一旦見直すと返答したが、全く変更せずに今に至っている。

それにしてもブログはよく続いた。最初は文章がくどくて長文なので、修飾語を減らし簡潔なビジネス文章を心掛けてきて、今は何とか人様に読んで頂ける文章になったようだ。

その時々の思考を文章化すると、己の考えが纏り論理的思考力が育つらしい。それが話し方も上達させるし、何より好奇心が旺盛でいられる。まさにブログはボケ防止にはもってこいである。


実はブログで書けない話がある。


常に本音を書いたが、正直、ある重要な過去を「あやふや」にしている。実は当時、私も何度か東京地検特捜部に呼ばれた。勿論、一介の部長が直接関与する訳もないが、2005年の巨額粉飾の経緯、役員逮捕、崩壊までの一連は、地検特捜と再生機構の絡みで、表面化した事実と、当たり障りのない事以外は書けていないのだ。

当時は事件の信憑性より、世間がどう捉えるかの対応に振り回された。実際、新聞での粉飾報道から昼のワイドショーに移行した途端、お客様から「嘘つき会社」の烙印を押され、店頭で化粧品の容量まで疑われた時は、本当に辛かった。


品格あるお公家様揃いの鐘紡は、根性の野武士社員の化粧品軍団の利益献上と滅私奉公で、幾多の危機を乗り越えたが、もはや限界であった。

そして上位下達の組織は「迷走する主君を裏切れず」に自制なく崩壊していく。鐘紡は解体され、優秀な野武士社員は会社を去り「落武者は薄の穂に怖ず」の境遇にさせてしまった。

鐘紡は2008年に121年の歴史に幕を閉じた。世界に冠たる鐘紡と言われた名門企業の末路は、私如き者にまで、黙して語らずの重荷を背負わせた。

誘われた出版話も、当時のチェーン店部長が知り得る話は「墓の下まで持っていく」と決めたので丁重にお断りした。その後、鐘紡事件は何冊か出版されたが、渦中の役員から自己弁護と一儲けの暴露本が出たときは、さすがに情けなかった。


きっと巷の多くに「黙して語らず」を背負う方が他にもいる筈だ。沈黙を守り一刻も早く忘却の彼方へ飛んでいけ!と願っているに違いない。

ボケ防止の話から逸れてしまったが、私はこの事件が消化不良のままである。ブログ10年目の節目で、その事を吐露した勝手をご容赦願いたい。

いつか全てを書くか、その前にボケちまうかだが、一つ言えるのは、この事件は、既に興味の失せた「昔の哀しい裏話」であることだ。合掌。
















2022年4月30日土曜日

大学柔道物語⑤差し入れ。

 先日、久しぶりに息子の柔道部を見に行った。息子が小学柔道以来、公私ともにお世話になっている増田先生と差し入れの弁当を持参した。

昨年1部に昇格した帝京平成大柔道部は、これからが勝負の筈が大会の大半は中止。ここに来て、ようやく大会が開催され始めた。

先般、全日本Wカレッジ大会が天理大で行われ、帝京平成大も出場したが、上位に食い込めず残念だった。息子は選考会に発熱で自宅待機。大会以前に強敵「体調管理」に敗れた。笑えない話だ。


しかし早いもので、一期生の息子達は3回生だ。新1年10名に小野監督と三戸コーチと、新たに田中コーチが加わり総勢40名の体制となった。

柔道界では、全日本男子の井上康生監督が任期満了で、鈴木桂治氏と交代された。それに伴い帝京平成の小野監督が全日本の重量級コーチに就任。全日本と息子達の監督の両立は大変だと思うが、どちらも益々の活躍を期待してやまない。


一途な練習は噓をつかない!


当日は、出稽古の高校生や女子柔道部も参加した乱取りの真っ最中で、活気に溢れていた。

練習最後は乱取り1本取りで、勝敗がつかない2組の乱取りが延々と続く。その1組が肩で息する息子たち、ついに増田先生から懐かしい檄が飛ぶ。「勇斗!今だ、いけ~!」笑。

昼休憩に入り、1人2種類の弁当を差し入れたが、4個食う猛者もいて、100個の弁当は瞬く間に無くなった。皆が喜ぶ姿は嬉しいものだ。

創部3年目、伝統も実績もない無名柔道部だが、以前、小野監督が「絶対に諦めない雑草魂をもった部員にしたい」と言った言葉を思い出す。

質素な暮らしぶりと、朝晩のハードな練習に一生懸命の彼らを見ると、雑草魂が着々と育まれていると感じるのは、私のひいき目だろうか。

息子たちは午後の練習で、家内と下宿先に寄ったが自炊と洗濯は小まめにやっている様子。穴の開いたボロボロのアンダーウエアを洗濯し、大切に干してあるのを見て、1人暮らしのやりくりで、いつしか経済観念も生まれたようだ。

今回、柔道部の様子をみて少し安心した。息子はやはり柔道が大好きなのだ。これに不屈の雑草魂が備われば、この先、社会人になっても何とかやっていけそうな気がする。

それまでに私ができる事は、息子達の応援と私なりの柔道部の広報活動。少しでも知名度が上がれば良き後輩が集う一助になれるかもしれない。

これからも彼らに差し入れや、自宅に招待する為に、もう暫く引退せず仕事をするか。

さぁ頑張るぞ!柔道部から「元気チャージ」という差し入れを、私が貰った日となった。