瞬時によみがえる記憶と印象。容姿の変化はお互い様だが、根っこも眼光も変わらない安心感。「出会いは人生の宝」を実感するひと時である。
「ご縁」とは一体何だろう。人生は「命」という限られた時間を過ごすこと。この多くを、人様との出会いで費やす。生涯にしっかり出会える人は、約2000名程度と言われている。ならば、成長と感謝に包まれた出会いだけにしたいもの。私は、家内を筆頭に、多大な影響や成長させて頂いた出会いを「ご縁」と感じている。
私の人生最初の出会い・ご縁は両親だ。豊かな愛情と何不自由ない環境に感謝しかない。振り返ると、友人、先輩、先生、上司など良きご縁ばかりだ。良い悪いは自分の価値観なので、嫌悪、恨み、妬みの出会いの方は「反面教師」だと感謝するに切り替える。
いやいや、そんなに簡単じゃない。「嫌な奴は嫌だし、苦労したよ」もよく分かる。
私はそんな時「人生は一度だけ、そう思ったほうが楽しい」と唱える。相手を変えるより、自分を変えたほうが、よっぽど簡単だ。世の中で変えられないのは「他人の心と自分の過去」で、変えられるのは「己の心と自分の未来」と云うではないか。
固定観念・概念をぶち壊せ!
一般的に4歳までが生得的概念づくりといわれ「大きい・小さい・人・花・動物」などを認識、概念化する。人は優しい、動物が可愛い、花がきれいなどは、ここから始まる。そして、4歳過ぎに「自我」に目覚め、無数の概念の分別が本格的に始まる。
「真・美・善」と「偽・悪・醜」は成長過程での重要な分別。経験と脳の感覚機能の連合体で勝手な判断をするので、その環境次第で人それぞれ異なってくる。所詮、固定観念での「虚論」。善悪の概念は社会的秩序のために「法律」が生まれたが、これも国と歴史で変化するから、不変の概念の正解など存在しないのだ。
つまり、自分の固定観念と概念が正しいなどは大間違い。人様の本質を見抜き、自分の固定観念と概念を変えていくのが当たり前と、思い知ることだ。
歩道上の自転車を、突然なぎ倒す人をみたら「怖い人」と思ってしまうが、実は盲人用黄色ベルトを邪魔する自転車を排除して道案内したら「心優しい人」に変わってしまう。
小学生の理科テストの実話。固体の氷が解けたら「水になる」が正解だが、1人の子どもが「春になる」と応えた。これって、不正解?こんな素敵な感性の子には100点満点だよ。
感性を磨き、本質を理解し凝り固まった観念と概念をリセットすると、もっと色々なことが見えてくる筈。そうなると素敵な「ご縁」の出会いも飛躍的に増える気がする。
取りあえず、私の誕生日は祝って貰いたい日でなく、この世に生を授けてくれた最初のご縁「亡き母に感謝する日」に切り替えることを改めて決意した。
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良きご縁が楽しい |