2022年8月4日木曜日

BADをGOOD変換。

 経験を積むと、腹が立つ事や悔しい事は減るかと思ったが、そうでもない。むしろ以前よりしょうもない事で腹が立つから年寄りは困る。

乗ろうとした電車のドアが目の前で閉まった。昼にカレーだと夕飯がカレー。朝から大雨。エアコンが壊れた。注文と違うものがきた。思いきり足のつま先をぶつけた、痛。

キリがない程ムッとする小さな事件。もはや腹が立つのか、悔しいのか、情けないのか分からない。勝手な話だが、自分が原因なら情けないと悔しいで、外的原因だと腹が立つ。何れにしても精神衛生上よくないのは確かだ。

多分、嬉しい事も同じだけある筈なのに、直ぐに浮かばないのは、自分のバッドニュースのセンサー感度は敏感なのに、グッドニュースのセンサーが鈍感になってしまったのだ。

ならば、不愉快なBADセンサーをGOODの愉快に変換したら、毎日が少し前向きになれる。

電車のドアが閉まったから駆け込み乗車の危険を回避できた。クーラーが壊れて節電できた。朝から雨で水不足が解消できた。ぶつけた足指が骨折しなくてラッキーだった。

ほら、捉え方次第でGOODになる。これを機に一つでもプラス思考へと意識づけたい。


もっと早く言ってよ!


センサーと言えば、職場の若い社員との感覚の違いにも驚かされる。先日、若手が予約したホテルが、本人だけが朝食付きで我々は素泊まり。意図的かと嫌味を言うと、ネットの入力ミスを謝るが、詫びるより確認不足を反省だ。

こんな段取りミスが取引様への配慮不足になる事を案じ、ついバッドセンサーが稼働する。

もう一つ、バッドニュース・ファースト報告の遅れも課題。これは即対応だから、CMのように「もっと早く言ってよ」と叫びたくなる。

仕事の報告は、グッドかバッドか結論を伝えてから説明すること。聞く側はグッドはどこで褒め、バッドは何が原因かと聴く耳を変えるからだ。


さて、バッドな気持ちを前向きにする言葉を一つ『雲の上はいつも晴れ』。今は暗雲立ち込めようが、その上空は常に快晴だよとの名言だ。

と書いたら、今日もバッドニュースが飛び込む。また出社不可になる仲間が増えた。ここは「早く回復し元気倍増で復活」と捉えるしかない。

やはり「コロナに腹が立つ」は変えられそうもない。まだまだ修行が足りませんな。💦






2022年7月15日金曜日

「わたせ せいぞう」の世界。

学生時代、漫画家になりたかったが、イラストは趣味の域でバンド活動や暴走族に明け暮れ、大学も気楽な風来坊生活を送ってしまった。💦

さすがに会社員では、クリエイティブな宣伝部を目指したが、結果はコテコテの営業職。後半の本社で企画やデザイナーのプロをみて、自分には創作の世界は無理だと諦めた。


「わたせ せいぞう」との再会。


先日、大丸東京で「わたせ せいぞう」展示会を見つけて、嬉々として家内と出かけた。

わたせ せいぞうは、80年代の漫画モーニング初の全編カラー連載「ハートカクテル」で出会い、都会的でお洒落なイラストに魅了されたものだ。

今は、東京のカレと京都のカノジョの遠距離恋愛の12か月「暦を巡る冒険」が好評で「東京暦~6月」の東京タワーもステキだ。因みに私のスマホの待ち受けは、オープンカーの2人である。

展示会では、わたせ氏がお客様からの完全オーダーイラストを制作する企画があったが、値が張るにも拘らず残念ながら終了していた。


ブランドは世界観が決め手。


今回、わたせ せいぞう作品に再会して、77歳になる彼が一貫して世界観を変えずに、透明感溢れる作品を描き続けている事に感動してしまった。

現在、私が取り組む「SINN PURETE」もブランドの世界観を守り、その継続の差積化を目指すが、まさにその重要性を彼の作品が教えてくれた。


不易流行。時代の流れで価値の変化はあれども、本質的な事は変わらない。最近、恋愛やデートが億劫で敬遠する人が増えていると聞く。面倒を嫌う臆病な風潮だろうが「人を好きになる」という人間の本質と、自然の摂理に勝るものなどない。

人間が欲する感情は不変。わたせ作品のテーマ「恋愛」のときめきや「純愛」の素晴らしさが、恋愛を躊躇する若者に届け!と願うばかりだ。

恋愛とブランドは永遠に!と願う私には、粋でカッコいい世界観を守り続ける「わたせ せいぞう」に大感謝となる展示会であった。









2022年6月29日水曜日

流行り歌に泣き笑い。

 コロナ以来、行かなくなった場所の一つにカラオケボックスがある。別段、大好きというほどではないが、以前は2次会で仲間と騒いだものだ。

しかし感染には危険な場所と指摘され、加えて会食もなくなると全く行かなくなった。

昔、取引先の社長が肺気腫になり、医者から肺の回復に歌う事を推奨され、頼まれて度々お付き合いした。こちらは拍手喝采の役回りだが、社長から「リハビリの1人カラオケは虚しいから」と言われ、妙に納得した事を覚えている。

本社営業時代、取引先とのカラオケでは盛り上げ役に徹するが、出番では迷わずに歌うのも大切だ。

相手が年配女性ならサブちゃん系の男演歌、年配男性は皆で歌える懐メロ、若い世代は子どもの頃の流行歌など定番曲を決めていた。

老若男女の場では誰もが知る歌が無難だ。上手い下手など関係ない。ただしマニアな十八番も聞き惚れるほど上手いと、これはこれで盛り上がる。

しかし定番曲はもはや懐メロ。今さら新曲を仕込むアンテナは機能不全だが、五輪の桑田のSMILEをダウンロードする機能ぐらいは残っている。


歌は世につれ 世は歌につれ


学生時代はギターで歌を覚えたが、その気も失せた社会人では、流行歌がその時々の心に寄り添った思い出の歌として、五感にインプットされるから、いつまでも深く心に残る。


つい先日、公私共にお付き合いのある元宝塚・宙組のトップスター「姿月あさと」さんの昭和歌謡ショーに出かけた。そこで偶然、忘れられない一曲が披露され感激してしまった。

それは「Mr.サマータイム」1978年のサーカスのヒット曲。姿月さんの美声に包まれながら、私はカネボウ入社の昭和53年夏のキャンペーンを思い出す。岐阜販社に配属され、セミナー会場の壁にポスターを貼りながら何度も聴いた曲だ。

ライバル資生堂の矢沢永吉「時間よ止まれ」に負けじとばかり、MrサマータイムをBGMに柳ヶ瀬の店頭イベントのビラ配りや、売り場争いを繰り広げた熱い夏を思い出していた。

姿月さんに、その話をしたら「次回は何の思い出を歌います?」と返された。この機転と笑顔に、私は益々「姿月ファン」になってしまった。

”歌は世につれ 世は歌につれ”…人生で多くの歌と巡り会い、情景まで浮かぶ思い出曲が自分の「名曲アルバム」となる。自分の泣き笑いと共に、思い出の流行り歌は増えていく。

湿っぽい話で恐縮だが、おふくろが亡くなる前に病院の窓辺で歌っていた曲が、故郷の童謡「ミカンの花咲く丘」。戦後の少女時代の大切な思い出の歌だと、その時初めて知った。


貴方の名曲アルバムはどんな歌だろう。お互い自分にとっての名曲は大切にしたいものだ。

先ずは、44年前の新人時代と15年前に亡くなったおふくろに想いを馳せ、Mrサマータイムとミカンの花咲く丘をカラオケで歌うと決めた。♫






2022年6月10日金曜日

新宿まで揺られて。

 新宿に通い始めて4年目になる。ドアtoドアで90分、往復で3時間の通勤時間は、1日の稼働時間のかなりのウエイトを占める。

以前のフュージョンやカネボウは往復2時間弱だから、ジモスが一番長い通勤時間になる。今は混雑も戻り、やはり首都圏の通勤は尋常じゃない。

最近の電車内は、私も含め新聞や本を読む人は激減し殆どの方がスマホと睨めっこ。もはやスマホは生活必需品でSNSや通話以外、地図、音楽、ゲーム、書籍、カメラを不要にした。

紙の活字離れも深刻で、出版業界は様変わりだ。月刊誌は雑貨や組み立てキット付きがメインで、本来の雑誌はオマケのような小冊子である。


在宅できない人のお蔭で在宅できる。


それ以上の変化は働き方。在宅拡大で宅配、物流など在宅不可の業界との二極化が加速した。在宅不可の職種の方があっての在宅勤務なのだ。

昨年、花王Gは新宿の首都圏販社を引き払い、本社の茅場町に集結。社員は在宅か近くの営業所にフリー出社できる勤務体制とした。花王はやる事が早いが生産、物流など在宅不可の方々は今まで通り。


先日、娘の部署で役員との会食があり、娘は何を話してよいか分からず、ひたすら頷くだけで疲労困憊したようだ。リモート面識では「人となり」までは分からない。コロナ入社組のあるある話だ。

今の自粛緩和の流れが、失われたコミュニケーションと元気な心を取り戻す機会としたい。

若者が、スマホとリモートに慣れてしまい、以前のやり取りが煩わしくなる前に、体温を感じるウエットな付き合いを再開したいものだ。

すると娘から「そんな付き合いは疲れるよ」と言われた。ヤバい、コロナ入社組に緊急事態宣言だ。通勤の面倒はあるが、職場仲間や先様とのリアルなやり取りも大切なのだ。

タスク管理の無機質な関係より「相手を知り好感を持つ」繋がりで仕事をした方が楽しいに決まっている。それが嫌なら対人不要な仕事に転職だ。

しかし無人島でもない限り、何処で何をするにも人間関係はついて回る。そして、それには「人間力」次第で全てを左右するのも事実。

私自身も人間力を高めたいと思う一人。そのために忘れてはいけない諺を思い出す。

『魅力ある人は夢を語り、魅力なき人は愚痴をこぼす』

そうか!ここで通勤時間を愚痴ってる暇があったら、与えられた3時間を自分にどう活かすかを考えろ、が結論になるわけだ。お粗末!








2022年5月22日日曜日

10年前からボケ防止。

 ブログを始めた10年前、花王からカネボウコスミリオンに異動した翌年、新たなOEM会社としてHPを刷新し、社長ブログも開設した。

團十郎との舞台白粉などカネボウの歴史や技術を紹介すると、反応も良くブログの効果を喜んだ。一方、花王ネットパトロール隊はグループ会社のサイトや私のブログまで逐一チェックしていた。

昔のカネボウ営業を書いた時である。打倒!資生堂を合言葉に夜中も働く「泥棒・カネボウ・消防」の自虐ネタを面白おかしく紹介した。

すると早速、花王からクレームがついた。残業ゼロを目指す花王として、これは誤解を招くと言う。私は「大昔の事で、当時の営業魂を伝えただけ」と反論。会話は平行線で、取り敢えず見直すと伝えたが、実は全く変えずに今に至る。

それにしてもブログ10年とはよく続いたものだ。最初は文章がくどくて、修飾語を減らし簡潔なビジネス文章を心掛けるうちに、何とか人様に読んで頂ける文章になったようだ。

トレンドや思考の文章化は、己の考えが纏り論理的思考力が向上して、話し方まで上達するし、何より好奇心が旺盛でいられる。まさにブログはボケ防止にはもってこいである。


実はブログで書けない話がある。


本音を語るブログだが、実は重要な過去を「あやふや」にしている。2005年に発覚した巨額粉飾の経緯と役員逮捕、崩壊までの一連は、東京地検特捜部と再生機構の絡みで、表面化した事実と、当たり障りのない事以外は書けていないのだ。

当時は、ことの信憑性より世間がどう捉えるかに振り回された。実際、新聞での粉飾報道から昼のワイドショーに移行した途端、お客様から「嘘つき会社」の烙印を押され、店頭で化粧品の容量まで疑われた時は、本当に辛かった。


お公家様と揶揄された鐘紡は、野武士の如き社員の化粧品軍団が生み出す利益と滅私奉公で、幾多の危機を乗り越えたが、もはや限界であった。

そして上位下達の組織は「迷走する主君を裏切れず」に自制なく崩壊していく。鐘紡は解体され、優秀な野武士社員は会社を去り「落武者は薄の穂に怖ず」の境遇にさせてしまった。

鐘紡は2008年に121年の歴史に幕を閉じた。世界に冠たる鐘紡と言われた名門企業の末路は、私如き者にまで、黙して語らずの重荷を背負わせた。

友人からの出版話も、当時のチェーン店部長が知り得る話は「墓の下まで持っていく」と決めたので丁重にお断りした。その後、鐘紡事件は何冊か出版されたが、渦中の役員から自己弁護と一儲けの暴露本が出たときは、さすがに情けなかった。


きっと巷には「黙して語らず」を背負っている方が他にもいる筈だ。沈黙を守り一刻も早く忘却の彼方へ飛んでいけ!と願っているに違いない。

ボケ防止の話から逸れてしまったが、私はこの事件がずっと消化不良のままである。ブログ10年目の節目で吐露した勝手をご容赦願いたい。

いつか全てを書くか、その前にボケちまうかだが、一つ言えるのは、この事件、今では興味の失せた「昔の哀しい裏話」であることだ。合掌。
















2022年4月30日土曜日

大学柔道物語⑤差し入れ。

 先日、久しぶりに息子の柔道部を見に行った。息子が小学柔道以来、公私ともにお世話になっている増田先生と差し入れの弁当を持参した。

昨年1部に昇格した帝京平成大柔道部は、これからが勝負の筈が大会の大半は中止。ここに来て、ようやく大会が開催され始めた。

先般、全日本Wカレッジ大会が天理大で行われ、帝京平成大も出場したが、上位に食い込めず残念だった。息子は選考会に発熱で自宅待機。大会以前に強敵「体調管理」に敗れた。笑えない話だ。


しかし早いもので、一期生の息子達は3回生だ。新1年10名に小野監督と三戸コーチと、新たに田中コーチが加わり総勢40名の体制となった。

柔道界では、全日本男子の井上康生監督が任期満了で、鈴木桂治氏と交代された。それに伴い帝京平成の小野監督が全日本の重量級コーチに就任。全日本と息子達の監督の両立は大変だと思うが、どちらも益々の活躍を期待してやまない。


一途な練習は噓をつかない!


当日は、出稽古の高校生や女子柔道部も参加した乱取りの真っ最中で、活気に溢れていた。

練習最後は乱取り1本取りで、勝敗がつかない2組の乱取りが延々と続く。その1組が肩で息する息子たち、ついに増田先生から懐かしい檄が飛ぶ。「勇斗!今だ、いけ~!」笑。

昼休憩に入り、1人2種類の弁当を差し入れたが、4個食う猛者もいて、100個の弁当は瞬く間に無くなった。皆が喜ぶ姿は嬉しいものだ。

創部3年目、伝統も実績もない無名柔道部だが、以前、小野監督が「絶対に諦めない雑草魂をもった部員にしたい」と言った言葉を思い出す。

質素な暮らしぶりと、朝晩のハードな練習に一生懸命の彼らを見ると、雑草魂が着々と育まれていると感じるのは、私のひいき目だろうか。

息子たちは午後の練習で、家内と下宿先に寄ったが自炊と洗濯は小まめにやっている様子。穴の開いたボロボロのアンダーウエアを洗濯し、大切に干してあるのを見て、1人暮らしのやりくりで、いつしか経済観念も生まれたようだ。

今回、柔道部の様子をみて少し安心した。息子はやはり柔道が大好きなのだ。これに不屈の雑草魂が備われば、この先、社会人になっても何とかやっていけそうな気がする。

それまでに私ができる事は、息子達の応援と私なりの柔道部の広報活動。少しでも知名度が上がれば良き後輩が集う一助になれるかもしれない。

これからも彼らに差し入れや、自宅に招待する為に、もう暫く引退せず仕事をするか。

さぁ頑張るぞ!柔道部から「元気チャージ」という差し入れを、私が貰った日となった。






2022年4月9日土曜日

天神のSINN PURETE

 昨年上市したマインドフルビューティー「シンピュルテ」は市場評価も高く、公式サイトのお客様もお取扱い店舗も順調に拡大している。

そこで、初の集中プロモーションを福岡で実施した。アンバサダーの「錦戸亮」さんを使い、天神駅を2週間ジャック。福岡3局で錦戸亮CFをTV放映。加えて、香り付き店頭誘致カードを配り、店舗のシンピュルテ売場でお受けする流れだ。


お会いした錦戸亮さんは、礼儀正しい好青年で『ぼくと君のスキンケアは香りではじまる』のイメージにピッタリ。今、世の中はジェンダレス。錦戸さんが男女問わず、香りで心を整える「スキンケア習慣」を教えてくれる。


福岡での2週間は熱かった!


開催まで時間はないし失敗も許されない。それには製造元アナイス社の卓越したコンテンツに、店舗商談、イベントの段取りと、やること満載だったが、関係先のお力で無事当日を迎えられた。

嬉しい驚きはファンの方の「錦戸亮巡り」で、各店舗の錦戸パネルを撮りながら巡回される光景。毎日、SNS投稿の拝見が私の楽しみになった。

錦戸ファンの方は勿論のこと、商品を使用された方からの品質の良さの発信も多数頂戴し、我々に最高の喜びと元気を与えてくれた。

期間中の一部品切れは、本当に申し訳なかった。今は解消したが今後の課題と心得ている。

色々あったが、福岡企画は無事に終了した。お蔭様でセッション数と店舗の集客は記録更新させて頂き、成長へのインパクトは間違いない。


今回、SINNPURETE公式サイトと店舗の売場が上手く連動され「ブランド観」がリンクできた。今は錦戸さんとグリーンカラーに包まれている。

香りで始まるラインだけに、サイトでのご購入と、店舗で試してからご購入の相互を大切に、商品開発や宣伝活動を展開していきたい。

これからも、シンピュルテの世界観をブラさず、マインドフルネスを貫きたい。提唱する化粧習慣が、お客様に定着されるまで発信し続けることで、ブランドエクイティが確立して、結果、多くのお客様がご満足いただけるのだ。

売上げ至上の安易な妥協は、ブランドが短命で終わる事を、私は過去に痛いほど学んだ。

最後に私のこだわり話。「だから何」だが、今年のトレンド色で、SINNPURETEでも使用のグリーンカラーの小物や雑貨を、さりげなく身なりに挟み込み一人悦に入る事が、密かなブームである。

ところが、買い込み過ぎて「こだわりへの出費」に拘れなかった自分を少し反省した。💦


■SINN PURETE 公式サイト   https://sinnpurete.com

■SINN PURETEインスタhttps://www.instagram.com/sinnpurete/?hl=ja





2022年3月21日月曜日

悩み多き者よ。

 小学生の頃「自分は何処から来て、何処に行くのか」と考えたが答えは出なかった。誰もが抱く成長期の謎かと思っていたが、ウチの子どもには「考えたこともない」と一蹴された。

この疑問は人間の持つ「意識」から派生するが、我々は意識を感覚的にしか理解できない。小難しい話になるが、生物学的には生存に必要なエネルギーとの関連が深い。

もともと「意識」とは、生物が不足したエネルギーを補うために、移動する目的で備わってきた機能だと言われている。小さくシンプルな生物は、ただ食物を取り込むだけで「意識」は必要としないが、ヒトはそうはいかない。

言語を使い五感を駆使し良質な食物を求め、狩猟や農耕など集団意識を形成し、膨大な時をかけ意識と感情を複雑化させてきた。

言語の進化は同時に「嫉妬・優劣・差別」などの感情も育て、意識的に嘘をつく生物にもなった。これが無毛な争いの始まりでもある。

突き詰めると、人類の文明や産業などあらゆる活動はエネルギーを巡る歴史に他ならない。


悩み多き者、肩の力を抜いて。


要するに「ヒト」は面倒くさくて貧欲で厄介な存在なのだ。故に「悩み多き者」になる。

自分が存在する答えなど無いと思えば「なるようになれ」の達観と、飾った世界に流されず今日を精一杯生きる一途さも好きになれる。

ところが悩む時は、簡単に割り切れない迷路にいる。その時こそ「まっいいか」のノリが、乗り越える術になる事を、頭の隅に留めるのが大切。


江戸時代の佐賀鍋島藩士で「葉隠」で有名な「山本常朝」は、武士道とは死ぬことと見つけたりと唱えた一方、短い人生、好きな事で暮らし嫌な事をするのは愚かなり。と今時の若者が曲解するような名言を残している。

先日、友人から「葉隠」の真理を教えられ、誤解に気づいた。死ぬことなりとは「決死の観念」で己の死と向き合い、今を死人と解釈すれば、何も怖い物はなく「死ぬこと」を超える苦しみなどないと達観して、今の辛苦を乗り越えるそうな。


人間の一生は、誠にわずかな事なり。

好いた事をして暮らすべきなり。

夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして

苦しみて暮らすは愚かな事なり。


好きな事だけは魅力だが、決して好き勝手に過ごすことではない。死ぬ以外は全て楽勝だから「〜せねばならない」の義務化など些細なこと。まさに人生を楽しく過ごすコツである。

しかし私は、やるべき事が億劫になる。ここは「明日への好奇心」になる関心事を探し「命までは取られない」の気楽さを身につける事だ。

いや、こうして愚痴ること自体が、恵まれた環境だ。もし、今日やる事も好奇心も無くしたら、生きる目的を失い、エネルギー補充だけの「意識不要」の生き様しか残らないのは悲しい。

そう考えると「文句を言ってるうちが華」であり「言われるうちも華」なのである。そして、しんどい時は「まっ、いっか」で笑うとしよう。