2018年8月3日金曜日

還暦さんは元気!

東京は連日30℃越えで、さすがにバテバテである。埼玉熊谷は41.1℃を記録したらしい。カリフォルニアの50℃は想像もつかないが、街全体がサウナ状態である。そして西日本集中豪雨は心が痛い。広島の友人とは連絡を絶やせないが、早い復興を祈るばかりである。

この猛暑は、日本の経済成長率を0.2%押し上げるとか、7,000億の経済効果とも言われている。確かに、飲料・食品、クーラー・扇風機の家電、日焼け防止商品など新たな需要は計り知れない。一方、縮小分野は建設の屋外工事数、屋外施設の集客、医療費と温水器など。医療費のマイナスは、老人が病院に来なくなることが大きな理由らしい。

ご高齢の会話で「暑さで具合が悪くて病院に来られない。早よ治して病院で会おう」は笑い話だが、確かに昼間の病院は高齢者で溢れているが、逆に観光地やレストランは、元気で丈夫な高齢者が飛び跳ねている。二極化とその拡大は大きな現象である。

人生100年時代に備えて



わが社では初の還暦社員を迎えるが、カネボウ時代の後輩達は続々と定年を迎える。当時の上司が団塊の世代で既に70歳なので当たり前である。定年時、今の会社で65歳まで再雇用か、他に就職か、独立か、ご隠居さんかを決めなければならない。従来のサラリーマンなら、住宅ローンも子育ても終わり、今までの蓄えと退職金や年金で、年一回の旅行や孫の面倒を楽しみに過ごす老後の筈だった。

しかし現実は65歳まで稼がねばならず、まだ若いし隠居は酷。家内には邪魔者あつかい。ここは年収ダウンで再雇用か、新たな就職先探しだが、これが難儀。良い就職先など簡単に見つからない。なまじ会社で偉かった方が、待遇と役職に拘ったりすると更に面倒だ。肩書き無しでも通用する「実力と人脈」を兼ね備えていないと、勘違いになりかねない。

小説「終わった人」ではないが、所詮、昔の思い出には勝てやしない。全くのゼロベースで、楽しい思い出をつくる意欲を持つことだ。私も「パワポの提案書」も「出張手配」も人任せで使えない男だったが、この会社で少しは使える社員になれた?と感謝している。

現在のフュージョンは平均年齢が30歳代。多くの社員は、自己成長とキャリアアップに真剣である。昔の大会社のような「滅私奉公」に徹し、生涯雇用で退職金で老後は安泰。などは過去の話。今や仕事や生き様から、100歳時代に向けて自分の糧になるのか、周囲が喜ぶのか、そして何より自分が楽しいか、が大事なんだろう。

還暦の仲間達よ「そんな事は分からん」「昔は・・」「誰かに任せる」は禁句ですぞ。

初心も青春も年齢でなく「若い心」










2018年7月15日日曜日

安田学園柔道部 その③本気ふたたび。

安田学園柔道部は、今のところ思うような結果が出せていない。インハイ団体戦では優勝した国士舘に負け、個人戦共に全国大会への道は途絶えた。先日は「国体・東京予選」に出場権をもつ面々は、各階級の代表を賭けて出場した。

安田柔道部主将の金野選手は、前回惜敗した国士舘の選手に一本勝ちで優勝。秋の国体への中堅枠(90K)を獲得した。彼の想いと努力を知るだけに、皆が歓喜した。
国体は、各都道府県の代表選手の団体戦。東京都は先鋒・次鋒が足立学園、中堅が安田学園、副将・大将が国士舘の最強のメンバーで、福井での国体に乗り込むことになる。

他の選手はリベンジ叶わず、課題を残す大会となった。負け試合を分析し相応の変化と成長をしなければ、相手に勝つことは出来ない。息子も国士舘の100K級に勝たないかぎり次に進めない。それには「絶対勝つ!」の強い気持ちと、課題への猛練習が必須だ。

本番のイメージを想定し組み手や技を、身体に沁み込むまで繰り返し反復する。それを身体が無意識に反応するまでやれるかだ。当然相手も勝ち続ける為に練習してくるので試合の前から、本気の努力の勝負が始まっている。息子も目の色が変わってきたようだ。

その一方で、安田は部活一辺倒だけでなく、進学校としての日々の小テスト、英語体験の海外修学旅行、勉強合宿、芸術体験などの「カリキュラムと柔道」の共存も求められる。「文武両道」の本気度も問われ、まさに筋肉頭の柔道息子は最大の正念場である。


「本気」になると自分が変わる



「努力すれば報われる」はドラマの話。勝利を信じ必死に練習しても、負ける時は負ける。その時は落ち込んでも「まだ努力が足りてない」と切り替え、乗り越えるしかない。

「努力」とは「報われる・報われない」でなく「自分が納得するか・しないか」が判断の基準。だから努力には「上限・下限」も無ければ、ここで終わりの「期限」も無い。

3年生の多くは「金鷲旗大会」で引退となる。どうか文武両道の努力を加速させ、大学での勉学と柔道に邁進して欲しい。今までの先輩の「本気」は揺るぎない事実。だが真民は、「自分がまだ変わってこなかったら本気でない」という。次の本気へと変えるしかない。

後輩たちは、このあとも学年別、新人戦、選手権と試合は続く。大好きな先輩に恥じぬよう「本気度」を上げ、先生と共に悔いなき一日一日を過ごして欲しい。脈々と続く本気の努力「安田魂」を、息子たちが継承することを期待して止まない。

来週は3年生との最後の団体戦、世界最大規模の福岡「金鷲旗大会」に悔いを残すな!

悔い無き日々を!






2018年6月26日火曜日

娘よ、20才の誓いを。

この6月、民法上の成人年齢の改定が決定した。2022年4月より18歳が成人となるから、今の中学2年生14才が対象だ。酒、タバコ、ギャンブルは除外らしいが、今一度成人を考えるよい機会である。

今春、娘が二十歳になり浦安のTDL成人式に晴れ着で出席した。思い出に浸り写真を眺めて、それで終わった気でいる。晴れの成人式で着飾る気持ちは分かるが、本来の目的は、大人へと成長すべき時期に「成人としての責任」を自覚することである!

現在の民法上の「20歳の成人」で未成年と大きく変わることを列挙してみた。

1.刑事裁判の裁判員になるかもしれない。
 「市民がもつ日常感覚と常識を裁判に反映させる為、当然常識人であれ」
2.酒、タバコが正々堂々と嗜める。
 「自制するも溺れるも自由で、健康管理は自己責任!」
3.競馬、競輪など公営競技で勝負できる。
 「得たお金に感謝し、ギャンブル勝負に使うは本人の自由」
4.国民年金の加入義務が発生する。
 「20~60歳は強制加入の基礎年金。老後・障害・死亡の不安を一考せよ」
5.ローンや賃貸契約など契約行為に親の同意は不要となる。
 「親の承諾要らず自己完結だが、周囲にも影響を与える事を忘れるな」
6.犯罪行為は実名報道される。
 「少年少女Aではないから、今後の進路には前科は生涯つきまとう」
7.結婚は本人の意思で可能になる。
 「親の反対押し切って結婚できる分、責任を痛感することだ」
8.養子を迎えることができる。

保護者の庇護や承諾を卒業して、自分で養親になることもできる成人。こうして並べてみると「大人は自由でいいな」から「大人は色々と背負うな」に変わるはず。2022年の18歳成人で変わることもあろうが、成人に相応しい大人への覚悟はさらに重要になる。

娘は、大学3年でゼミも決まり、海洋設計士と公務員資格取得などを目論んでいるらしい。自立心が目覚めたか、黙々と課題に取り組み、お小遣いはバイトでやりくりし、貯金もしているようだ。しかし家事は全て「親頼み」である。

それより、最大の心配は17才の柔道息子。1日1升と肉1キロの殆どを喰らい、教科書も開かず、朝たたき起こしても目覚めない。柔道以外、親に「おんぶに抱っこに肩車」状態である。この未完の大器?が覚醒するまで、私の体力が持つかどうかの勝負である。

家内は「あなたの原動力は子どもなのよ」という。そうか、息子は親孝行として敢えて親に心配(親不孝)させているのか?。ここは家内の口車に乗って「生涯現役」を決意しよう。そう、自分のための目標は、単純に決めた方が気が楽である。

しかし、家内からはキツイ一言。
「まず、親が子離れしないとね!」・・まさに!私が「子離れ」していない。しからば、私の原動力を「家内」にするか?!一方、家内のほうは・・?。思わず汗がでる。

成人は楽じゃない。腕の太さでもない。
















2018年6月2日土曜日

安田学園柔道部 その②ケガをするな、させるな!

この春、安田学園柔道部は新人も加わり、息子も高2となった。秋まで関東大会、インターハイ、国体、金鷲旗、全日本ジュニアと大会が続く。全国の大会は予選から長丁場で、他も平行するので、選手のケガの有無と適正を考えながらメンバーを決める監督も大変だ。

ケガをするな、ケガをさせるな


選手は体重と身体管理は勿論、練習中の気の緩みも厳禁である。先日も骨折者を2人出したが、ライバルより「故障」が最大の敵となる。何より稽古を積んできた本人にとって最もつらい事態だ。実力も努力も一瞬にして水泡と化す。

息子も中3で全中千葉予選前に左足首を骨折。治療とテーピングで勝ち抜くも、決勝戦で骨折の左足首を攻撃され、個人代表を逃した経験を持つ。先日は先輩が試合中に肩を強打。痛みで次の相手に惜敗し、関東大会無差別代表を逃した。のちに骨折と判明。続くインハイ個人戦は諦め、団体戦に全てを掛ける。今までの功績など関係ない。

今、世間を騒がす「悪質タックル」などは、卑劣極まりない行為である。以前は柔道も暴力問題に揺れたが、全柔連中心にルール改正や指導者の自浄努力で確実に功奏している。何より、選手生命を左右する事態を、意図的に集団で画策するなど言語道断である。

私も一昔前「けんか柔道」に遭遇している。襟裳を取って引き寄せたら、いきなり顔面に頭突きを喰らわし、フラッとした瞬間に技をかけるのだ。不思議と学校が偏るのは、指導者が容認するのか、血気盛んな選手がたまたま多いのかは、誰も判定できない。

息子は、もろに頭突きを喰らい鼻血を出した。出血は医療班がきて止血し、即試合再開。医療班は3回目を呼ぶと棄権負けになるから、後は自力で止血するのだ。因みに血のついた道着は、相手の要求で取り替えねばならず「代え」が無ければ棄権負けだ。

正々堂々と戦う気持ち


当たりの激しいスポーツは、いずれも凄まじい。だからこそ「故意」と「過失」の判断は難しい。意図して相手をつぶすは、本人しか知らない。正しく戦う心を醸成し、自覚なしの「過失癖」なら、それを指摘する指導者と本人が矯正する努力を忘れてはいけない。


先日のインターハイの支部予選では、個人戦各階級と団体戦も上位で通過。次の東京都の個人戦は、安田の選手は善戦するも残念ながら、軽量級が足立学園、重量級は国士舘にほぼ独占された。幸いなことは、大きなケガがなく次の団体へと繋がることである。

東京都は、全国から猛者が集うだけに優勝は簡単ではない。残るは、インハイ団体戦で東京代表の上位2校に入るしかない。実は、安田学園は支部優勝したので、期待して6月17日の組み合わせをみると、国士舘シード1のベスト4のヤマに安田がいた。

組み合わせの不運と「個人戦では重量級が国士舘に玉砕したが・」と嘆いたら、息子から「だから優勝するしかない」と返された。今、弱気な発言は厳禁だ。自分が恥ずかしい。

頑張れ、安田学園。気持ちで負けず、正々堂々と戦えよ!そして、インハイ2018の開催地「三重」へのキップを手に入れろ!・・最後に一言、「ケガだけはするなよ」。

正正堂堂こそ威武堂堂



















2018年5月19日土曜日

思い出には勝てやしない。

先日、ドキドキして読んだ文庫本がある。定年後の生き様を描き、映画化された内館牧子の「終わった人」だ。年配者用の大文字が気になったが、それより色々考えさせられた。

文中の「思い出と戦っても勝てやしない」のセリフに思わず共鳴。美化された思い出は、現状に不満がある場合は絶対に勝てやしない。小説では、肩書き、権力を失った主人公が引退後、悲壮感と虚無感に苛まされ「栄光の思い出」を乗り越えようとする。

恋愛や結婚も同じで、冷めて「熱愛の思い出」を引きずるのは辛い。逆に辛辣化された思い出は、破局を納得して元気になる。以前も書いたが、女性は恋愛を上書き保存する方が多く、思い出を消去するので、立ち直りも早い。別保存する男は、とかく引きずる。

つまり、良かったと認識する思い出ほど未練タラタラとなり、現状を憂い、懐かしむばかりで、前へと進ませてくれない。人生の終わりの回顧なら結構だが、次へ進むなら回顧主義に浸るのを止め、比較の不可能な「新たな思い出」を作ろうと決意することである。

決意しないと、延々と昔の自慢話をする人になる。聞いている方は閉口し、結論は何かと聞きたくなる。同じ話でも、教訓の事例集のように話される人は素晴らしい。客観的に分析し、相手に役立つ何かを伝えようとされるので、思わず聞き耳を立てたくなる。

知識や経験を惜しみなく伝える人


「自慢だけのめんどくさい人」と「知識や経験を惜しみなく伝える人」の別れ目は、本人の「心のあり方」で決まるもの。「自慢を聞かせたい」から「何かを伝えたい」へと自分自身を「主客転倒」できるかどうかだ。自分は伝言係と心得ると簡単である。

ちょっとしたコツから、成功・失敗まで「人から得た知見」を、他の人に伝えていくだけ。この巡りが思い出だから、魅力ある高品質の「伝道者」に切磋琢磨したいものだ。

少子高齢化の45年後には、18~65歳の働く人が、2人に1人になってしまう。今、自分たちがすべきは、「知識や経験を惜しみなく伝える人」の実践者になることだ。結果的に「強い個人」の拡大と連鎖が、如いては「強い集団」へとなるはずだ。

実は、弊社のマーケティングパートナーへの「社員としての宣言」の一つに「知識や経験を惜しみなく伝える人」とあるのだ。手前味噌だが、着実に強い集団に成長している。
ちょっと自慢に聞こえたならば「お伝えしたいが故」とご容赦願いたい。

「終わった人」URL
https://news.yahoo.co.jp/byline/torusaito/20180516-00085052/

新たな思い出を重ねて









2018年5月4日金曜日

お江戸の頃から「読み・書き・そろばん」

大昔より「読み・書き・そろばん」が大切だと言われている。時代でスキルは様変わりしようが、本質は不変である。現代は「入力・出力・判断」ともいえるらしい。

まず最初の「読む」。活字離れが進み、今の若い人は本を読まないといわれる。高速でスマホに文字入力する若者は、ネットで検索したりニュースや本を読むから、辞書と新聞、本の紙媒体は減少しているが、はたして本を読む人は減ったのか。

10年前、日本では年間7.7億冊の本が売れたが、今は6.6億冊に減少。しかし全国の図書館の貸出しは年間2億冊増え、古本も何と2億冊も増えている。本の拡大とデジタル文字を併せ、膨大な活字時代である。つまり、どう「読む」の置き換えなのだ。

「読む・書く」に共通の「文字」とは想像力を養うもの。文章から場面をイメージするから「海と太陽」と書かれても、太平洋側は海から太陽が昇り、日本海側は海に太陽が沈む。環境と経験での既成概念が「想像の元」になるので、当然違いが出る。他人の網膜の像は見ることが出来きず検証も不能だ。

揉めるのは「優先順位」が違うから


組織内で物事を共有化するには、互いの概念の違いを前提に、価値観と優先順位の刷り合わせに苦労しろ!という事だ。ベクトルを一致させたらプロセスと結果を追い求める。商売なら「お客様は神様」が最優先。上司でも部下でもなく、まして自分の都合でもない。

息子は今の柔道成長が最優先で、進路や就職など全く考えていない。夢を追うには大学での柔道も継続する必要がある。その為に、今をどう過ごすかを最優先課題として欲しい。

だから「そろばん」つまり物事を算段するのだ。娘は海洋設計士の取得に追われ、回りが見えない傾向がある。ロービームでやる事とハイビームの視点で「なりたい人物像」に自己研鑽することだ。努力に限界はなく、あるのは自己マネジメントの意識の差である。

「読み、書き、そろばん」は「語学、PCスキル、問題解決能力」に変わり、今はそれも変化する。決済や仕組み化がスマホに押され「PCが苦手」な若手層を出現させている。

しかし、世の中どうなろうが「読み・書き・そろばん」の習得と「相手を思いやる」心の余裕は重要事項。老いも若きも、これを身につけるに越したことはないのだ。

実は「書く」に関して、大いに戒めたいことがある。私自身が日々、PC・スマホが中心の生活とボケが重なり「漢字」を忘れてしまい、手書きの手紙に四苦八苦している。

スマホで漢字検索しながら手紙を書く。この情けなさを恥じるのは、私だけだろうか。


読み書きと、先を読む算段!





2018年4月14日土曜日

虎姫キャンディーズで思うこと

久しぶりに友人と「虎姫一座」に出かけた。5年ほど前に、このブログで紹介したことがあるが、浅草で昭和歌謡ショーを楽しませてくれるショーレストランである。

以前は「シャボン玉ホリデー」ザ・ピーナッツを絶賛したが、現在は「キャンディーズ微笑返し」編である。虎姫一座が踊りながら歌う「年下の男の子」を、とんでもない年上の中年の男の子が拍手喝采。当時を懐かしむオヤジ達には堪らない演出である。

ここの客層も少しずつ変化している。「虎姫一座」は当初、エノケン、笠木シズコの昭和初期ファンから、1950年代、1970年代へと戦略的にターゲットをシフトしている。TV業界の懐メロ番組も同様で、今は50代以上へと変化している。

当時、爆発的人気の「キャンディーズ」は、アイドルファンを大学生まで拡大し、ヒット曲を連発した。虎姫一座で知ったのだが、解散宣言後、ランちゃん、スーちゃんの後押しで、ミキちゃんがセンターをつとめた曲「わな」の誕生エピソードも3人の絆を感じる。

最後のシングル「微笑返し」は、楽譜初見でリハなしという実力勝負で、見事な出来栄えと惜別するスタッフ一同は涙、涙の収録だったそうだ。

3人は前もって絶頂期での解散を決めていて、その人柄と、わずか4年半の生き様も潔く、いまだに多くのファンを魅了し続けている。そのキャンディースが解散して40年が経つ。1978年昭和53年4月、彼女達は惜しまれながら「普通の女の子」に戻っていった。

楽しく迎える老後の世界


私は当時大学4年も終わり、友人といった「合歓の里」で、キャンディーズの解散コンサートの合宿に出くわした記憶が鮮明だ。そこから会社員人生が始まったが、案の定、仕事漬けとなり、完全に浮世の世界とは隔離され、芸能関係は無知となる。

36年の激動のカネボウ時代を経て、現在は成長著しい「フュージョン株」で充実の41年目を迎えている。優秀な社員たちからも優しく敬老?頂き、幸せ者だと感謝している。

皆さんにとっても重要なシニア市場、東京オリンピックの2020年には65歳以上の33%が一人住まいとなってしまい、2025年には国民の3分の一が65歳以上で、75歳以上は五分の一になる。これは人類史上経験のない「超高齢化社会」に突入することになるのだ。

楽しい超高齢化社会に向け努力すべきは、以前にも述べた「今日、行くところがある・きょういく」と「今日、用事がある・きょうよう」への探求心と、その実現なんだな。

昭和53年風景と岐阜配属時代