2018年5月4日金曜日

お江戸の頃から「読み・書き・そろばん」

大昔より「読み・書き・そろばん」が大切だと言われている。時代でスキルは様変わりしようが、本質は不変である。現代は「入力・出力・判断」ともいえるらしい。

まず最初の「読む」。活字離れが進み、今の若い人は本を読まないといわれる。高速でスマホに文字入力する若者は、ネットで検索したりニュースや本を読むから、辞書と新聞、本の紙媒体は減少しているが、はたして本を読む人は減ったのか。

10年前、日本では年間7.7億冊の本が売れたが、今は6.6億冊に減少。しかし全国の図書館の貸出しは年間2億冊増え、古本も何と2億冊も増えている。本の拡大とデジタル文字を併せ、膨大な活字時代である。つまり、どう「読む」の置き換えなのだ。

「読む・書く」に共通の「文字」とは想像力を養うもの。文章から場面をイメージするから「海と太陽」と書かれても、太平洋側は海から太陽が昇り、日本海側は海に太陽が沈む。環境と経験での既成概念が「想像の元」になるので、当然違いが出る。他人の網膜の像は見ることが出来きず検証も不能だ。

揉めるのは「優先順位」が違うから


組織内で物事を共有化するには、互いの概念の違いを前提に、価値観と優先順位の刷り合わせに苦労しろ!という事だ。ベクトルを一致させたらプロセスと結果を追い求める。商売なら「お客様は神様」が最優先。上司でも部下でもなく、まして自分の都合でもない。

息子は今の柔道成長が最優先で、進路や就職など全く考えていない。夢を追うには大学での柔道も継続する必要がある。その為に、今をどう過ごすかを最優先課題として欲しい。

だから「そろばん」つまり物事を算段するのだ。娘は海洋設計士の取得に追われ、回りが見えない傾向がある。ロービームでやる事とハイビームの視点で「なりたい人物像」に自己研鑽することだ。努力に限界はなく、あるのは自己マネジメントの意識の差である。

「読み、書き、そろばん」は「語学、PCスキル、問題解決能力」に変わり、今はそれも変化する。決済や仕組み化がスマホに押され「PCが苦手」な若手層を出現させている。

しかし、世の中どうなろうが「読み・書き・そろばん」の習得と「相手を思いやる」心の余裕は重要事項。老いも若きも、これを身につけるに越したことはないのだ。

実は「書く」に関して、大いに戒めたいことがある。私自身が日々、PC・スマホが中心の生活とボケが重なり「漢字」を忘れてしまい、手書きの手紙に四苦八苦している。

スマホで漢字検索しながら手紙を書く。この情けなさを恥じるのは、私だけだろうか。


読み書きと、先を読む算段!