先月70歳の古希を迎えた。昔、70歳は半ボケ老人だったが、いざ自分がなるとピンとこない。しかし老害の仲間入りは間違いない。
実は以前から「会社員の節目は70の古希」と決めていたから6月の取締役任期満了を以て、ジモスを退社、長かった会社員を引退する事にした。
現在、親会社ナックG役員の最高齢でもあり、次世代へのスムーズな交代のため、昨夏には二事業部長を後任に譲り新体制を進めてきた。
1978年に鐘紡入社、カネボウ花王、フュージョン、ジモスと会社員48年目。その間カネボウでは躍進と崩壊。FUSIONでは株式上場、JIMOSはブランド上市と様々な感動や苦難もあったが、概ね芯食った仕事が出来たかと信じている。
それにしても70歳までのフル勤務は感慨深い。これは勤めた私より、受け入れた各会社の「懐の深さ」と「我慢強さ」に感謝するばかりだ。
今後は組織に属さず、依頼された会社の顧問やコンサル業務で週2~3日ほど働こうと思うが、それより問題は週休4~5日の過ごし方である。
変化は摩擦を生み、摩擦は進歩を生む。
実は数年前に退社を考えたが「SINN PURET」があり継続を決意。EC以外の取扱店は百貨店、専門店、バラエティと380店舗。bestコスメ大賞も84冠と認知も売上も好調である。
内田理央やAlexandrosとのコラボ、香りで生理前後の体調改善を脳波立証したフェミテックなど、独特の世界観「SINN PURUTE」の成長は気になるが、後任に託したら見守るだけだ。
やはり組織交代は早期人事に限る。組織は替えるから変わる。何事も変化に多少の摩擦はつきものだが、その摩擦が進歩を生むのだ。
会社員は名刺で成長する一方で、評価者パワーを己の力と勘違いした我儘上司も出現する。上長とは後任を育て次に託す役回りであり、立場の固執は組織の後退に繋がると心得たい。
古希になって頑張る事。
老後が自分事となり、年金事務所と市役所を尋ねたら、住民税、国保、介護保険など到底年金だけでは暮らせない事を痛感。70歳まで厚生年金は払っても、今までの支給停止分は消滅する不条理など、今更ながら老後の厳しさを知った。
今後は個人事業主として確定申告するつもりだ。先ず生活の安定、そして身体を鍛えながら、如何に楽しむかという難関が最後に待っていた。
さぁ70オヤジの生活は如何に。女優・樹木希林は『年齢を脱ぎ 冒険を着る』と言ったが、さて私の冒険リストは、旅行、ライブ、サックス、友と再会、そして合間に仕事なら最高だが、その冒険もやってみなけりゃ分からない。
まぁ幾ら冒険しても、いずれ私も「人生の潮時」が訪れるわけで、その日が来るまで「好々爺」で居続けたいものだ。そう目下の最大の冒険は「笑顔一杯、仏の田邊」である。笑。
先ず、今までの亭主関白ぶりを反省し、この引退の節目で幕を下ろすことにした。💦