2018年1月18日木曜日

故郷を思う。

毎年、富岡八幡宮で初詣が恒例だったが、暮れの悲惨な刺殺事件のニュースに、我が家は満場一致で、富岡八幡宮初詣は中止となった。

他で初詣となり、スポーツの神として有名な「亀戸の香取神社」に出かけた。「勝ち守り」を求めるスポーツ選手も多く、家族それぞれに打ち勝ちたい祈願に最適であった。思えば、全国色々な処で初詣をしている。

広島時代は「厳島神社」によく行った。「パワースポットって本当にある!」と実感した場所で、いつ行っても不思議と心地よいので、家族で年に10回は宮島に出かけていた。

娘は、広島の生活が大層気に入ったようだ。ゆったりと時間が流れ、人は優しく、気候も穏やかで、小学卒業と中学入学での広島生活は、彼女のおっとりとした素朴な性格を醸成したと思う。浦安に戻り中2年で転校すると、かつての親友は理由があり学区外に通っていた。皆、偏差値は高いのだが、大人びた女同士の妬みや競争世界に戸惑っていた。

完全マイペースの娘は、大学の建築科で海洋設計士の道を選びコツコツとやっている。全国都道府県の土木課が建設する「橋」には欠かせない資格で「就職にも困らず、将来は大好きな広島に住めるから」と言われたのには正直驚いた。


故郷は遠きにありて思ふもの




途中転勤で居は変われども、新浦安に家を持ち15年、夢の国は年間パスポートで楽しい思い出が一杯だ。先日、娘は念願のミッキーたちとのTDLの成人式にも出席できた。ところが、娘の感激をよそに下の息子は、柔道理由に住所変更して過ごした市川七中が好きで、成人式は市川市で出たいという。どうやら現在、彼の地元は「市川」のようだ。

思えば、15歳で静岡を離れ高校・大学・会社と延べ48年間の内訳は、全国行脚で23年、東京勤務で25年だ。転居も17回もすれば完全な風来坊である。どこが地元か分からない。地元の認識が、娘と息子と家内とそれぞれ異なるのも当然かもしれない

年輪と共に「地元の認識」も変わったり、増えたりするのかもしれない。共通点は「良き思い出が多くて、後に郷愁を感じる処」が、現在の自分の故郷になるのだろう。私などは忘れがたき故郷は、いまや4箇所はくだらない。

ずっと故郷の方には関係ないが、離れて暮らす我々は、異郷の地で、つらくて故郷に帰りたいは避けたいもの。故郷は何かを頼るところでも、逃げ帰る場所でもない。自分を育んでくれた人々への感謝が、昇華され「大切な思い出」として、いつまでも懐かしむ場所として存在してほしいものだ。

さて、皆さんの「心の故郷」はいかがでしょうか。

思い出の数が故郷