2013年11月1日金曜日

「人は、知るほどに好きになる」は本当だ。 

取引先様から、従業員さんやお客様向けのセミナーの講演を頼まれることがある。好き勝手な話をするのだが講演後、次回のオファーを頂戴したり、感謝のお手紙が届いたりするので少しは喜んで頂いているようで、嬉しい。



人は見た目で判断する

「人は初めて出会って最初の10秒間ほどで、相手の値踏みを開始する」
残念なことに、大抵の人は、僅か30秒で、容姿、服装などで「あの人はいい人、感じがいい」と判断し、決め付けてしまうらしい。
しかし、そこで「気に入らない」と勝手に決め付けられたらたまったものじゃない。
「人は見た目で判断してはいけない」と昔の人はよく言った。外見で判断することを戒める裏には、人はとかく見た目で判断しがちだからだ。一度感じた印象は簡単には拭いきれない。
概念とか観念は、今までの経験で得た知識から成り立っているので、どうしても身なりや物腰でその人を判断してしまう。
随分勝手だが、見た目で職業から財布の中身までも決め付けたりするから怖いものがある。

ちなみに私自身が、今でこそ人並みの体重になったが、4年前までは90キロを軽く超えていて、おまけに、スキンヘッド。
世間では、まだ素人さんのスキンヘッドは少なく、「サラリーマンがスキンヘッドなどふざけるな!」と上司によく怒られた。
そういえば以前、ボタンダウンのYシャツまでも駄目だしを受けた。
「田辺、部長になったら、白のカッターシャツ以外は着たらダメだ」と言われた。
「何を言っているのですか。イギリスやアメリカではボタンダウンは、トラッドファッションとして、ビジネスマンの象徴的スタイルですよ」と、猛反論を試みるも
「はあ、そもそもお前は欧米人なのか」と逆襲され、敢えなく沈没。
しばらくボタンダウンシャツはお蔵入りとなった。

スキンヘッドの維持には、毎朝、ひげと一緒に頭部も剃ることが重要で、これがなかなか面倒だ。夏場は5枚刃の剃刀で、ひげと合わせて洗面台で剃り上げて頭部全体を洗顔フォームで洗う、これが実に気持ちが良い。

毎日の鍛錬のおかげで、今では鏡無しでも後頭部の毛を見事に剃れることが私の自慢である。
一般的にサラリーマンには見えないらしく「怪しい奴」と決め付けられたりする。正直、見た目の印象だけで判断されるのは嬉しくない。しかもそんな時は決まって、先方様は私を値踏みするような目付きになり、話し始めても冷静かつ、批判的で冷たい目をしている。
この状態を「熟知性の法則」として発表したのが、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスである。

「熟知性の法則」の3つの法則とは

1、人は、初めて会った人には、批判的で冷淡で攻撃的である。
2、人は、その人のことを知れば知るほど好感を持ち始める。
3、人は、その人の人間的側面を知った時、好感を持つ。

ザイアンスは、著書『熟知性の法則』でこの法則の発見に至る、強烈なある出来事を紹介している。
ニューヨークの地下鉄での出来事である。皆さんも、ケーススタディのつもりで、その場にいる気持ちで読んでほしい。



ある日、地下鉄に1人の男性と3人の子どもが乗り込んできた。
お父さんと思われる男と、12、13歳ほどの女の子、7、8歳の男の子と、3歳ぐらいの元気な男の子の4人連れであった。
地下鉄は、通勤時間を過ぎた昼過ぎで座席半分ほどが空いており車内は静かであった。
ところが、この親子らしき4人が乗り込むや否や車内の雰囲気は一変した。
下の男の子2人の行儀が悪く、騒がしいのである。走りまわる子どもの傍らにいるお父さんらしい男は見ているだけで何も言わない。お姉ちゃんらしい女の子も下を向いたまま、無視しているのだ。

ついに、見るに見かねた一人の女性が「子どもたちを静かにさせて!」と彼らを咎めた。車内の乗客全員が「そうだ、そうだ。よく言った、何と非常識な親子だ」と思った。

誰もが冷たく批判的になるのは当然かもしれない。

この事態をようやく理解した父親は、暫く沈黙し意を決したように口を開いた。
「それは大変申し訳ありませんでした。気が付きませんでした。本当にすみませんでした。こんな話をすべきではないのかもしれませんが、この12歳になる娘も普段はいつも弟の面倒を、よく見る子なのです」
「入院している母親に代わって、毎日毎日、頭が下がるほど家のことをしてくれます。どうか娘は責めないでください」

父親は、静かに語り続けた。
「実は、先程入院中の妻が息を引き取ったのです。家族揃って彼女を天国に見送ることができました。
6歳と3歳の息子は、久しぶりにママに会えた、と喜んでいます。痛み止めの薬のせいで、安らかに眠るように息を引き取った母親を見て、『ママ、ぐっすり眠ったね』と言って喜んでいます。きっと眠ったから明日は元気になるね、と信じているようです」
父親は、車両の隅で嬉しそうに手を取り合ってはしゃいでいる息子たちを見つめた。
「私は、息子たちの嬉しそうに、はしゃいでいる姿を見たら、『ママは眠ったのでなく、もうこの世にいないんだよ』と言わなければならないのですが、言えません。もし伝えても今の彼らには理解できないかもしれませんし・・・」

はしゃぎまくる子どもたちの声が車内に響く。
「そして私は漠然と、残された親子4人の、これからの事を考えていました。お恥ずかしい話ですが、息子たちの行動に気がつきませんでした。本当にすみませんでした」
父親の目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れてくる。
その涙を拭う事も忘れて、彼は傍らに座る娘の肩を抱きしめると、こう続けた。
「お姉ちゃんは、母親の死を理解しています。今まで、気丈に振舞い、泣き言一つ言わず、私や弟の為に、家事を引き受けママの代わりをしてくれました。
しかし、母の死によって、先程から下を向いたままです。普段は弟の面倒を良く見る娘です。どうか娘は責めないでください」

親子を咎めた女性を含め、この車両に乗り合わせた全ての乗客は、その時思う。
「この親子のために、我々は何か出来ないだろうか」と。
まさに、批判的、攻撃的感情から、一転して同情から愛情を、この親子に抱くのである。

これが、「人は、その人のことを知れば知るほど好きになり、その人の側面まで知ると好感を持ってしまう」という、ザイアンスの法則である。

未だに、「世の中が気に入らない」と言って、通りすがりの人への殺傷事件が後を絶たない。もしも被害に合われた方が、一人息子の誕生日を祝うために家路を急いでいるお母さん、だと知っていたら加害者は犯行に及べるだろうか。

きっと「相手を知る」ことで、人は優しくなれるはずである。

「嫌な人」とは知らない人のこと

私達は、仕事でもプライベートでも必ずといっていいほど、苦手と思う人がいる。
どうも気が合わない。自分のことを判ってくれない。いちいち癇に障る。
「憎い」「妬む」「嫌い」など全ての気持ちの前提は、相手の本質を知らない事が殆どだ。
表面的に知っているつもりでも、本質的なことや本当の姿を知らない。
無論、それは相手も同じ。相手も自分も鏡のように呼応する。
そこには「優しい気持ち」が存在しない。
これは、「自己開示の法則」と言うが、この理解と実践で、誤解してはいけないのは、自分を開示して好きになってもらうのではなく、相手を開示させて、その人を好きになるということだ。
そうすると、必ず相手もこちらの自己開示に耳を傾けてくれる。
会社組織でのマネジメント手法として「積極的傾聴」がある。深く聞き取ることができると、統一されたマニュアル応酬はできなくなる。ビジネスで成功した報告を聞く時は、その手柄話の何処を褒めようか、と思いながら聞き、逆に失敗談ならばどこに課題があってどう対処するか、と考えながら聞く。

疲れて帰宅した私は、その日の出来事を報告する家内の話を聞く時も、決して面倒くさいなどと思って聞いてはいない。根掘り葉掘り尋ねながら聞いている。
下手なテレビのホームドラマよりよっぽど面白いので、楽しみになってくる。

勿論、全ての人のことを理解して好きになれなどと言うつもりはない。
せめて、自分の周囲の方々だけでも好きになってみませんか?というだけである。
そして、これから出会う人には、好奇心を旺盛に、興味を持つことから始めると、いろいろと聞きたくなる。聞いていくうちに、好きになる。そうなればしめたもの。
知人は友人に、カスタマーはファンへ、そして最後は自分の「サポーター」へと変わっていく筈だ。

人は、どんなに活躍した方でも一生に2000名前後の人との出会いしかないそうで、死ぬ間際に、顔と名前が思い出せるのはわずか100人前後とのこと。

「嫌な人」とか「憎い奴」との100人の思い出よりも、大好きな人との楽しい思い出100人の方がよっぽどいいじゃないかと思う。

この夏を振り返りながら、以前「女性の魅力とは」をテーマにした講演で触れた「ザイアンスの法則」を自分自身の中でかみ締めてみた。
                               
田辺 志保