2021年7月21日水曜日

大谷選手の無我夢中。

 今、米国での大谷翔平の人気は凄まじい。当然だが日本でも大人気。私も大谷選手の異次元のショウタイムを観るのが日課である。

彼の細やかな礼儀作法や、野球と向き合う姿は日本人として誇らしく、我々が最も見習うべきは、彼の夢の実現への計画とその道のりである。

私は、花巻東の佐々木監督が仕掛けた目標設定表が、大谷を怪物にした原点と思っている。

前の会社フュージョン時代、マンダラーチャートがビジネスの目標設定に最適で、社内外の教育メニューにしていた。その際、大谷チャートを研究したので他人事とは思えないのだ。

彼の目標設定表は、何が必要で何をすべきか明確で、これを高校1年で作成したとは驚きだ。彼がこれを一途に追いかけた証が、今に繋がっていると深く納得できる代物だ。

9つのマスの中心に、目標「8球団ドラフト1位指名」と置き、具体的な「小目標」を周囲の8マスに、スピード160K、キレ、運、と設定していく。

次に小目標を中心に置く。彼は「運」を呼ぶ為に、①挨拶②ゴミ拾い③道具を大切に使う④審判さんへの態度⑤応援される人間になる⑥部屋そうじ⑦プラス思考⑧本を読むの8つの行動に設定。そう、彼のゴミ拾いは「運拾い」なのだ。

どうだろう。武道の礼節と心技体の鍛錬で、今の大谷選手の姿は野球を超えた野球道である。高校1年から軸をぶらさず継続する姿に感動してしまう。


無我夢中の姿に魅了される。


類まれな体格と運動能力は勿論だが、彼が更に凄いのは、自分を追い込むのでなく、純粋に野球を楽しみながら積み重ねている点だ。

そして結果的に、人は「無我夢中の姿に魅了される」という真理まで立証してくれた。

無我とは「我」を張らず、自我を捨てる忘我の先に「無我」が得られるという。そして次が夢中。子どもがゲームに没頭だが、夢に日付けをつけ計画に変えての行動を「夢中」としたいものだ。

「無我」は簡単ではない。人は地位を得ると自分を勘違いして「自我」が強まり、独善的で鼻持ちならない人になったりする。そうならない事が「魅力的で慕われる人」への道なのに、我を張り通す権威的心地よさには勝てないのだ。


結局、我々は大谷選手のような「一途で謙虚」が好きなわけで、周りに一途に謙虚に一隅を照らす人は必ずいる。遠くの大谷より近くの人の「無我夢中の仲間」を発見出来たら自分の励みになる。

「一途で謙虚で無我夢中」答えは分かるが、その実現は難しい。凡人は少しでも答えに近づくために、今日も大谷選手を応援するとしよう。




2021年7月7日水曜日

2回接種を終えて。

 ワクチン接種の加速と供給不足は悩ましい話。今は嘆くより速やかな行政連携で、接種率6割の集団免疫化へと進むことを願うばかりだ。

娘は職域、息子は大学で今月に1回目の接種だが子どもから「接種すべきかな?」と問われ「当たり前だろ」とその時は迷いなく答えた。

後日、新婚の医療従事の友人に「私は子どもが欲しいので、遺伝子影響のデータが揃うまで極力接種は待機したい」と言っていた。

あくまで私見だが、医療関係者の接種状況が公表されないのは、接種ステイの方々が意外と多いのではと思ってしまう。

一方、医者は妊婦さんには接種を推奨している。接種したお母さんが「無事の出産と子どもにも抗体を」と祈るしかないのも悩ましい話だ。

リアルな副反応より、何十年後かの影響不明は、この先の人生が長い人には深刻である。子どもが是非を尋ねたのも迷う友が多いからだ。

そんな未来へと繋がる人々も、結局は自分で選択するしかない。あくまで接種は自由。接種拒否がワクチンハラスメントに繋がってはならない。

加えて、路上飲み、陽性隠し、マスク拒否の社会的モラルの逸脱者も現れた。犯罪行為は言語道断だが、集団での差別の発展は避けねばならない。


私には、倦怠感より安堵感!


そんな最中、生いさき短い私は高齢者枠でワクチン2回目を終了。感染防止以外に集団免疫化への一員になれた事は、少し嬉しい気がする。

2回目接種後は約半数が発熱と案じたが、高齢者の発熱は1割程度らしい。私の場合は平熱が約36.4度だが接種した夜に36.9度に上がった。

微熱だが、一応市販の解熱剤を飲み早々と就寝。翌朝は平熱に戻り普通に仕事に出かけた。

腕の痛みは2回目がきつく倦怠感と併せ2日後には回復した。しかし、そんなことより最大で最高の感想は、接種後のえも言われぬ「安堵感・安心感」の方が遙かに大きかったことだ。


今、コロナも生存をかけ変異に次ぐ変異。我々も生き方変異を画策するが、敵もなかなか手強い。まさに人類の英知vsコロナの変異の時間勝負だ。

コロナを封じ、以前の経済に戻すのに10年かかると語る学者もいるが、もはやそんな猶予はない。戦後日本が驚異の発展を遂げたように、私達一人ひとりが粉骨砕身する時である。

「七字のうた」と併せ「明けない夜はない。朝がくれば、昨日と違う一日が始まる」。一番に挫けそうな自分自身に、言い聞かせたい言葉である。




2021年6月19日土曜日

新ブランドの挑戦!

新規事業開発は、絶えず新たな販路や新事業を模索する。 この度、ご縁を頂戴して新しい化粧品ブランドを展開することになった。

会社としても大型ブランドは10年ぶり。私も現役最後のつもりで、このブランドが「新たな市場の創造」を成し得るか!本気の挑戦である。


「SINN PURETE」シンピュルテ。ジョンマスターオーガニック社のスキンケアブランドを取得したアナイス社が製造元でジモスが発売元になる。

アナイスとジモスとで、今までにないブランドコンセプトから商品設計を仕込んできた。このシンピュルテのテーマは「マインドフルネス」。

私たちは、自分の判断基準で物事を推し量る。過去に積み上げた概念が邪魔をしたり、その時々の気分次第でも判断が異なってしまう。

そんな先入観や雑念にとらわれず、その場・その時に気持ちを集中して現実を受け入れる手法が「マインドフルネス」である。

今騒がれているスマホ脳とマルチタスク脳。食事中にメール返信などの行動は、一見効率的だが、脳を疲れさせ心身へのダメージと加齢を早める。

重ねてコロナ禍の巣篭もり、リアルコミュニケーション不足、余暇でのストレス発散の場も限られ、常に先行きの不安がつきまとう。

こんな環境下に「瞑想」で心をリラックスさせ気持ちをスイッチしてから「今」と向き合うマインドフルネスは世界中でもブームになっている。

その背景の一つに、11年ぶりの自殺者の急増がある。うつ病で亡くなる方はコロナ死より多い。誰もが精神的に不安定になり「コロナうつ」とその予備軍は深刻な社会問題である。


化粧品の価値を変えたい。


「マインドフルネス」の概念を取り入れ「マインドフルビューティー」をコンセプトに設計した化粧品が「シンピュルテ」になる。

スキンケア前に、香りで気持ちを整える瞑想(メディテーション)、浄化(クレンジング)、巡る(ブースト)スキンケアメソッドを提案する。

義務化したスキンケアを「最高のマインドフルネス習慣」に変えて、疲れた心と脳を整え、厳選した配合成分をより効果的なものにして、芯から美しくなる事を想定している。

それには効果を立証しなければ発売する意味がない。そこで脳科学の第一人者である慶應義塾大学の満倉教授との共同研究で、香りと一連のスキンケアが脳に与える影響を測定した。

満倉教授の開発した世界初「感性アナライザー」は、リアルタイムでストレス、リラックス、好感などがグラフで変化表示される優れもの。

成分効果は立証済みだが、スキンケア時の脳波の測定は前例がない。まして測定が正確すぎて、箱から取り出す手間でもストレス度が上昇する。この正確無比な機器で一連のスキンケアに効果が得られなければ、販売の見直しを迫られる。

測定結果まではスタッフのストレスはマックス状態で、数週間後、満倉教授からの計測結果の報告会は、受験の合否を聞くような心境であった。

「香りもスキンケアも間違いなく脳波が良い状態に変化しています。被験者は確実にリラックスや好感度が得られ、特に香りは瞬時(0.2秒)で脳に好影響を与えています。この化粧品は想定通りで素晴らしいです」と言われたのだ。

予想以上のデータと満倉教授のお墨付きを頂戴し、スタッフが感激感涙した瞬間であった。

シンピュルテチームは、苦難を乗り越え上市までに至った。これは社内の各部署と商品製造のパートナー社との連携と、アナイス社のブランド世界観の制作がなければ為し得ない。


販路は、本業のECサイトと並行して、シンピュルテに賛同いただける百貨店、化粧品専門店、バラエティでの店頭展開を推進していく。肝はパートナー様との連携強化だ。

少数精鋭の弊社スタッフは、開発から運営まで一気に担い苦労かけたが、結果的に成長が著しく、最高に頼もしいチームに進化している。

彼らには「今が成長痛」と勝手な言い草を並べたが、本当は感謝のあまり言葉もない。

しかし、ブランドの育成はこれからがスタート。成長への道筋は立てたが、答えを出すのはお客様である。新たな挑戦に、高齢者などと言っていられないと、奮い立つ思いである。


■シンピュルテ公式サイト  

https://sinnpurete.com


■シンピュルテ・インスタ 

https://www.instagram.com/sinnpurete/?hl=ja










2021年6月4日金曜日

大学柔道物語③一部への道。

 多くの柔道大会が、無観客での開催を始めた。息子たちも、ようやく関東ジュニアと全日本学生柔道大会の地区予選が始まった。

関東ジュニア千葉県予選は、帝京平成大の各階級7名が上位を占めた。残念だが息子は敗退し周囲の期待に応えられなかった。これには彼も相当落ち込み、暫く音沙汰もなかった。

関東学生団体戦は2週間後。小野監督から激励と食事のフォローを頂き、息子からの「ありがたかった」の報告には感謝のあまりに言葉もない。

監督とコーチ・仲間のさりげない激励と激辛タンメンのお蔭で、単純な彼は元気になり、闘志漲る団体メンバーの一員として臨めたようだ。


大願成就を成し遂げろ!


「全日本学生柔道優勝大会」は7人制団体戦で、大学日本一を決する大会である。昨年は中止だが一昨年のTV中継「東海大vs筑波大」決勝は代表選となる手に汗握る好試合だった。

新設の帝京平成大は関東2部からスタート。今回の1部昇格条件は2部リーグで優勝するしかない。この1年間、待ち望んだ大会が遂に来た。

当日は無観客で、我々は関東学生サイトの速報を確認するしかない。それも1.2部.女子の試合終了時の更新なので、いつ流れるか分からない。

ふと気づくと「帝京平成大が2部決勝で7-0で勝利」の速報。圧倒的な勝利は本当か⁉…息子からの優勝写真で、ようやく実感。思わず万歳だ!

これで、関東学生1部昇格と同時に全日本出場が確定した。この1年間の猛練習の賜物だ。

小野監督曰く「強豪校はトップ選手が集まるが、二番手のウチは『決して諦めない心』を持つ集団にしていきたい。だから、今回の優勝は何より嬉しいんです」と報告頂いた。

確かに帝京平成大は新設で実績もない。強豪校が柔道のエリートならウチは不屈の雑草魂。勝手に自分の限界を決めてしまい、それ以上の努力を諦める選手がいてはならない。


諦めない奴に誰も勝てっこない。


諦めない心は最強だが覚悟がいる。「諦めない奴に誰も勝てっこない」と野球の神様ベーブ・ルースは言っているが、諦めるから負けるのだ。

自分には無理と思えば「諦めない心を持つ」ことを諦めることになる。それが嫌なら、自分の中に「諦めない心」を育てるしかない。

①成し遂げたい夢や目標を決める!…夢に日付をつけて目標。その手段を小目標にする。

②何でもよいから成功体験を得る!…小さなことでも成し遂げられることから始めよう。

③プラス思考への努力をする!…これは意識の習慣化。転んでのケガは「骨折しなくてラッキー」と、常に最悪の事態よりは幸運と思う回路を、クセになるまで叩き込むのだ。

と書いたものの、そういう私は諦めてばかりで情けない。好きな事なら乗り越えるのに、嫌なことは直ぐ諦めて続かないのが現実。

「好きこそ物の上手なれ」嫌な事を好きに変えて、成功を積み上げろと自分自身を戒める。


何より柔道が大好きな帝京平成柔道部。皆がこの先も「諦めない心」を貫くなら、人生の「技あり一本!」を手にするのは間違いない。






2021年5月14日金曜日

今でも信じ難い事件。

 世の中には信じ難い出来事がある。つまり常識や想定を超えた体験をいう。私もまだ若くて経験不足の頃、ぶっ飛んだ事件に出くわした。

昭和の話だが、友人は「今になっても信じ難い事件」だと言う。若気の至りとご容赦願いたい。

それは大学寮で起きた「隣室の男が殺害された事件」と「学生運動家と暴走族の対峙」の二つの事件で、どちらも身の危険を感じた事態だった。


驚愕の学生寮事件。


1回生の私は法政大学府中寮の寮生だった。広いグランドに鉄筋四階建て、8畳2人部屋、朝晩食事付き月7,500円は格安で、苦学生が多かった。

ある夜のこと、隣り部屋の4回生の「長髪」男が部屋にきて、いきなり私と同室の友人に鉄パイプを渡し「今夜、革マル派が寮を襲撃するとの情報が入った。襲われたら鉄パイプで身を守れ」と言う。あまりに突拍子な話で理解できない。

「何ですか急に。襲撃とか理解できません。それに私は学生運動とは無関係ですが」「お前が無関係かは奴らに分かるわけない」「ですが…」「だから防戦しないと死ぬぞ」信じ難いが、今夜は鉄パイプを抱いて寝た方が良さそうだ。

結局、何もなく朝を迎えた。なんだ、ガセかと思ったら長髪が「寮の手前で夜中に革マルが凶器準備集合罪で一斉検挙され未遂に終わった」と。

半信半疑が食堂のTVから「国分寺で学生集団が一斉検挙」には鳥肌がたった。次の驚きは、長髪は全共闘の大幹部で、彼を狙っていたことだ。

長髪は速攻行方をくらまし潜伏。2週間ほど経った頃、警察が隣りの部屋を家宅捜索に来た。何と、身元不明で公開中の神田川の撲殺死体は「長髪」だった。1974年の夏である。

学生運動は、1971~72年の狂気の連合赤軍事件がピークだが、赤軍の流れをくむ全共闘と中核派は、敵対する革マル派との抗争を「法政大vs中央大」闘争として継続していた。


新入生を舐めんなよ!


寮の自治会は寮長、副寮長、各階の階長で、自主運営されていた。入寮した1年生に役職が割り振られ、私は4階の階長になっていた。

入寮暫くは、金曜のカレーを全員が食べられる対策を議題にするなど自治会は平和だった。ところが、徐々に寮の実態が判明してくる。

数年前、府中寮が主体の「学費値上げ粉砕運動」は超過激で、これを止める替りに大学側から寮の自主独立を勝ち取ったと聞く。

寮を牛耳る全共闘は、無垢な1年に自治会幹部をやらせ、何かあった時の人柱にしていたのだ。

責任と雑用に追われる1年は、冗談じゃないと思いながら、このまま我慢するのか!

悶々とする私に、後輩の暴走族総長から近況報告の電話が入り、ピンと閃いた。「横暴な寮の先輩に会いに、特攻服で全車両グランドに集合してくれ」「押忍、事情は分かりました。派手に行きます」ここは阿吽の呼吸だ。

土曜の夜8時、遠くからゴッドファーザー愛のテーマのクラクションが聞こえる。爆音を響かせ、正門から続々と入りグランドに隊列を組む。横一列に4輪の前に2輪が並び、車両から降りた特攻服が前列に揃う姿は、さすがの迫力だ。

寮生達は窓を開け「何事か」と顔を出す。私は隊列中央に歩み寄り直立の特攻服に一礼。片手を上げ「よーし、ご苦労」全員を見まわし「これにて解散!」と叫び、手をおろす。

一同「オス」と頭を下げると車両に乗り込み、順に派手な音を響かせグランドを一周し正門から消えていく。二度と見られぬ闘争家と暴走族が対峙した光景は、今だに忘れられない。


変化は摩擦を生み、摩擦は進歩を生む。


30分の出来事だったが、寮生には強烈な出来事で全共闘リーダーの死も重なり、彼らのトーンは急速に下がり始める。こうして、大学と対立してきた寮の自主独立は変化していく。

当時の私は大した信念もなく、ただ「俺たちを舐めんな!」だけだった。軽率な行動だが、何かをせねば、何も変わらないと思ったのは事実。

「変化は摩擦を生み、摩擦は進歩を生む」の言葉を思い出す。この事件が進歩を生んだかは怪しいが、行動を起こす原点にはなった。

何れにせよ、血気盛んな府中寮は徐々に落ち着き、2010年には老朽化で廃寮となった。今では信じ難い思い出が残るだけである。長髪に合掌。










2021年4月26日月曜日

迷走から瞑想へ。

 多くの企業と学校が、コロナ禍での新年度に突入した。在宅勤務が半々の娘は2年目に、柔道息子は無事に2年生に進級できた。

仲間と会えずに2年目を迎えるリモート環境。期待のキャンパスライフが消滅して、中退してしまった大学生は本当に気の毒である。

本年度は多くの式典・行事が予定されているが、感染拡大が開催を不透明にした。企画運営側は、従来の不安とは全く質が異なると頭を抱える。


ニュースタンダードを求めて


コロナが人々の習慣と価値観を変えたことで、生き方も大きく変わった。人々は、溢れるデジタル情報をじっくり吟味し、自分に有用な情報を得る選択眼を急速に進化させた。

ビジネスでは市場変化の大激震だ。化粧品市場はマスク多様でメイクが激減。スキンケアは好調だが、ここは各メーカーが争奪戦を展開中だ。

大手化粧品会社は広告をデジタルにシフトし、昨年はTVの広告料を超えた。デジタル集中は広告単価を上昇させ、中小の通販企業は四苦八苦だ。

化粧品には精神的効用として、オフの自分時間のスキンケアが「癒し」を与え、オンの戦闘モードはメイクで「励み」を与えると考えている。ところが、コロナ禍のリアルなコミュニケーション不足は「励み」の機会を減少させてしまった。

ゲームやお取り寄せの癒し需要は増えたが、健康、生活の不安は、満足、期待の「励みスコア」を下げた。まして在宅勤務はオンとオフの切り替えが難しく、ストレスは継続する。


マルチ・スマホ脳の迷走から瞑想へ


悲しい話だが、昨年の自殺者は女性が1.4倍も増え、11年ぶりに前年を超えた。心の不安定は生きる力を奪うので、心のケアは常に欠かせない。

洗濯機を回しメールを確認。PC睨みながら食事。こんなマルチタスク脳の酷使で疲弊すると、癒しと励みを求め、瞑想、ヨガ、座禅で穏やかな心や、漲る活力を得ようとする人が急増している。

脳科学でも実証された「マインドフルネス」の考え方は、世界的なブームへ拡大している。

瞑想のリラックスには、右脳からのアルファ波と「1/Fゆらぎ」が深く関わる。揺らぎ(リズム)は自然界の全てに存在し「万物は揺らぐ」だが、突発や意外性の揺らぎを除く、心地よい周期が「1/Fゆらぎ」だと言われる。

海の寄せては返す波の音、小川のせせらぎ、バロック音楽、ろうそくや焚火の炎など、生命の起源である地球の揺らぎと連動されている。

人は生を受けると、胎内で母親の血液の流れを耳にして育つ。この「ザー…ザー」という血流音は海の波と同じ1/Fリズム。海を眺めて癒されるのは、生命の起源に包まれるからだ。

当然、人の心音は1/Fだが、人工物や人口音の空間だけでは瞑想は得られにくい。たまには自然の中に身を置き、心音と同期させるのも必要だ。

休日は家内と裏手の公園から、のんびり海を眺めるとしよう。皆さんも、人混みを避け「1/Fゆらぎ」に包まれてみてはどうだろうか。







2021年4月9日金曜日

就活は悩まず見直せ。

 就活に悩む学生の話。巷では新入社員らしきスーツ姿の若者を見かけるが、既に企業も学生も来年に向けての活動が始まっている。

今はコロナ禍で、採用計画を見直す企業が増えている。通常なら事業計画と退社数を見越して採用するが、採用を控えると数年後に人材不足がボディブローで効いてくる。

ところが、今はそんなことを言ってられない。好調な企業は、求めるスキルと採用枠にも限度があり、全体は就職氷河期に突入している。

一方、学生側も苦労する。希望の業界を諦め、取り敢えずの選択では、お互いが後悔する。

先日、就活する学生から「そもそも何をしたいか分からない」と相談された。当時自分も明確な将来像など無かったが、基本的心構えは伝えた。

先ず、自分のテーマを見つける。やりたいことが無ければ、業種より大手企業の安定型か、業界劣位でトップを目指す挑戦型。安定と貢献なら公務員型、起業や資格取得なら学び重視のキャリアアップ型と、自分の志向するテーマを探ることだ。

それには、知り合いやOBからの情報収集が肝要。企業のHPでは掴めない生の声を聴き、方向性を幾つか絞り込むことをお勧めする。


小さく纏るな、大器晩成であれ。


私ごとだが、当初TVCM制作が希望で、広告代理店の大学OBを手当り次第訪問。すると「代理店より広告主の宣伝部を狙え」と皆が言う。

そこで、広告に投資する企業のOBに職種問わず、片っ端から会うと、何故か、業界のトップを目指している会社のOBが活き活きとしている。

ならば、果敢に広告を打つ各業界2位の会社に絞り、願書、面接。そして、トップ資生堂に「追いつけ追い越せ」のカネボウと巡り合う。

法大就職課は、カネボウは慶應学閥、成績も悪く無謀だと言われたが、カネボウ化粧品が頭脳より気力・体力・挑戦を求めたことも功奏した。

私見だが、トップは守りの姿勢が強く、優秀でそつがない人材を、劣位の企業は攻めの姿勢が強く、冒険をおそれない人材を求める傾向がある。

私も採用側になると、頭脳明晰以上に伸びしろがある覇気のある人材を求めた。質問や依頼に、虚勢を張らず真摯に応える姿が重要で、完璧より未完の大器に魅力を感じる。


頑張る奴は夢を語り、怠ける奴は言い訳を語る。


最後に入社後に自己成長するコツを一言。成長は育成されるのでなく、自ら掴み取るもの。その為には「教えがいがある」と思って貰えるような自分になれるかだ。嫌な先輩・上司は必ずいるし「反面教師」の教えと思えば気が楽だ。

要は「謙虚・好奇心・正直」があれば他は要らない。頑張ってるアピール、分かってる自慢、あれは嫌だの不平不満は、何の役にも立たない。

「頑張る奴は夢を語り、怠ける奴は言い訳を語る」は名言だ。常に夢を語り、言い訳や愚痴だけの生き方は、絶対にしたくない。








2021年3月26日金曜日

半世紀ぶりの友に。

 先日、驚きの出来事があった。突然、50年前の友人から連絡が来たのだ。広報に私宛のメールが届いているとの連絡を受け、開けてみる。

相手からはブログで私の所在を知った経緯と、友人だけの内容に友人と確信し連絡した。

やはり、高校時代の国分寺の仲間だ。私は上京し吉祥寺に下宿していたが、友人宅に入り浸りの日々だったので、懐かしくて泣けてくる。

ワクワクで彼の会社に出向く。チョコレートのOEMで有名な製菓会社だ。現れたオヤジを見た途端「おぉ一郎」時が戻り、固い握手を交わす。

現在、現役で専務として活躍中。お互い、半世紀の空白を埋めるような報告会となる。

一郎の米国でのブルーグラス三昧の放浪生活、大学卒業後、大手企業で管理系の経験を積み、今の会社は10年目とのこと。真面目で頭が切れ、ギターが大好き男だったが、さすが手堅い経歴だ。

私といえば、暴走族にうつつを抜かした赤面の時期があり、さすがに彼はその頃、距離を置いてしまったようで、まぁ考えれば当たり前の話だ。

一気に時が戻り気持ちまで若返る。総じて高校時代は、メンクラの街のアイビーリーガースに憧れて、フォークの大御所より加川良が好きで、VANとギターに夢中だった。

そんな仲間との日々も変わるもの。私は暴走族を抜け、真面目に大学を目指す。その頃から、皆とは疎遠になってしまった。


今や全員が後期高齢者、元気でいるかだ。しかし、なぜ最高の仲間が音信不通になったのか。絶えず何かが引っ掛かっていた。今回の事がなければ、そのままだった筈だ。

カネボウでの全国転勤を経て、本社時代は崩壊・再生に振り回され、心に余裕もなくクラス会も家族サービスも忘れ、旧友と会うこともなかった。

しかし、それも言い訳。仕事しか見えず、大切なことから逃げて、まして多感な時期の大切な思い出を忘れ、現実に流され放置したのだ。

もうすぐ66歳。生涯に2,000名と出会い、死ぬ間際に100名の顔しか浮かばないなら、半世紀ぶりに交友を温める機会をくれた友に感謝である。

これからは、時々彼と会うことにした。柵も上下もなく、あの頃の不器用で危うい生き方を反芻しながら飲む酒は格別だろう。

旧友との再会は、絶大な信頼を前提に、また違った友人関係に変わるなぁと実感する。ぜひ皆さんも旧友へのご機嫌伺いをお勧めする。

「ニッティ・グリッティ・ダートバンド」のフォーギー・マウンテン・ブレイクダウン。当時、一郎と信一に倣い、マニア気取りで聴いたブルーグラスが、今のほうが心地良いのは何故だろう。…やはり、出会いは人生の宝である。