両国のホテルは既に贔屓筋の方々が集い、若い力士が受付に勢揃い。私は今春場所が初土俵の力士に「おーい光星(こうせい)」と声を掛けた。
光星は、安田学園高校柔道部の息子の一年先輩で、音羽山部屋で「光星竜」の四股名で奮闘中。高校時代は家族共々柔道でお付き合いしていた。特に光星と息子は仲が良く、卒業後も2人は連絡を絶やさず、彼の帰国には会っていたようだ。
光星竜は安田卒業後、NASAを目指し米国大学で宇宙工学を学ぶため留学。米国でも柔道を続けて全米100k級で優勝した強者。その彼が心機一転、元力士の父親と亡き寺尾親方への恩義と、年齢的に最後のチャンスを機に力士の道を決断したのだ。
そして大学を休学。新弟子能力検査を受けて鶴竜が親方の音羽山部屋のもと5月に本場所の土俵。この海外の大学から大相撲への転身は異例である。
昔から一途な彼を知るだけに絶対応援したくなる。彼は律儀に毎場所の番付表を送ってくれ、祝賀会には何をさておいても出席と決めていた。
相撲道こそ実力と人間力の世界。
そもそも相撲道とは、礼儀と品格、伝統と文化、精進と鍛錬、勝負の潔さと公平性で成り立つ。品格のみならず強くないと昇進しない険しい道だ。
25歳、光正竜の覚悟と勇気。それだけで心が躍るが、加えて本場所6勝1敗で勝ち越したのだ。
当日は光星竜が初髷・ちょんまげを結った記念日。力士の生涯一度の初髷には「こんぱちの儀」を行うと言う。光星竜が後援の方々から祝儀とおでこにデコピンを貰うという独特な儀式だ。神妙に額を差し出す彼に我々も気合注入のデコピン3発!
今の序二段から関取までが厳しい道。三段目180名幕下120名を経て、次の「十両」の定員28名からを関取と呼び、十両給与110万と個室が与えらる。
つまり総力士700名から十両と幕内の70名だけが関取であり、幕下力士はひたすら上を目指すのだ。
そして夢の幕内の前頭から横綱までの関取42名の争奪戦をTVでも見られるのだ。(写真参照)
まぁ会社の幹部組織図と同じだが、各界では品格・鍛錬は前提として、そこからは白星の数の実力主義。これは恐怖でもあるが潔く厳しい世界だ。
光星竜が転身を決めたのは「やらない後悔より、やって後悔」を選んだという。確かにやらなかった後悔は一生禍根を残すのものだ。
光星竜は私に色々教えてくれる。私も迷ったら、幾多の失敗を恐れず突き進もう。昔、息子の初黒帯に刺繍した「百折不撓」の言葉を思い出した。
「百折不撓 光星竜!」私と息子も百折不撓!
