2022年12月7日水曜日

筆司・鉄舟との再会。

現在ジモスでもお世話になる広島熊野の竹宝堂さん。会長の鉄舟先生は化粧筆の巨匠であり、日本が誇る化粧筆は竹宝堂無くしては語れない。

鉄舟さんとの出会いは、カネボウが化粧筆シリーズを「鉄舟コレクション」として発売したくて、著名な「鉄舟」さんの名前と商品コラボをお願いした2004年の18年前に遡る。

そこはブログで紹介したので語らないが、その後の東北時代も仙台に来て頂いたり、花王広島時代は家族ぐるみのお付き合いと思い出は尽きない。

2011年、広島から東京に戻る辞令がおりた。実は「筆の日」に家族で行くと鉄舟さんと約束していたが、異動準備で平日に私だけご挨拶と告げると「ご家族で来ると約束したじゃないですか。あんまりだ、考え直して下さい」と怒られた。

あの温厚な鉄舟さんの頑な態度に、商売抜きで、本当に待ち望んでいた気持ちがヒシヒシと伝わり、実はとても嬉しかった。

私は彼との約束を守り、休日に家族で熊野を訪れた。鉄舟さん達の暖かい歓迎と筆作り体験など家族も大喜び。今では大切な思い出である。

6年前にお孫さんの結婚式でお会いし、今年は広島市内で息子の臣社長と孫の祐太郎さんとは会ったが、鉄舟さんとは会えずじまいだった。


鉄舟さんとの再会と約束


この度、鉄舟先生が長年の筆司の功績が認められ「黄綬褒章」を受勲された。自分のことのように嬉しい出来事だ。私的には遅すぎの感だが、とにかく、これは友としてお祝いしたい。

行くなら今しかない!大阪でのイベントから足を伸ばして熊野の鉄舟さんを訪ねた。現在の竹宝堂は、息子の臣社長と孫の祐太郎専務、地岡常務が脇を固めて鉄舟会長を支えている。

応接間で祐太郎専務と話をしていると、鉄舟さんが入ってきた。あゝ懐かしい、がっちりと握手を交わす。90歳になる鉄舟さんは以前と変わらずお元気で、近況や昔話に花が咲いた。

そのあとご自宅で奥様と三人で楽しい時間を過ごした。来年の9月は家族で筆祭りに行きたいなと話すと「それまで生きとります」と言う。私はすかさず「約束ですよ」と返した。

ところが約束したのに、鉄舟さんは時折り「もう私の周りには90歳は誰もいません。来年はどうなることやら」と気弱なことを口にする。

昭和20年8月6日、学徒動員で中2生だけ工場にいた事で生き残った彼の死生観は知る由もないが、周囲はいつまでも元気でと願うばかりだ。

確かに人生には終わりがある。だからこそ今を噛み締めるしかない。そして再会を約束したなら、お互いそれまでの時を全力で刻むのだ。

私自身、元気なうちに再会したい筆頭が鉄舟さんなのだ。加えて我が家にとっても大切な思い出は、熊野の鉄舟さんと宮島の海岸なのである。

帰り際にもう一度「来年は家族で訪れるから」と鉄舟さんと固い握手を交わした時、何としても家族での熊野旅を実現させようと決意した。


■筆の世界に生きる竹森鉄舟氏との出会い

http://tanabeshiho.blogspot.com/search/label/%E9%89%84%E8%88%9F?m=









2022年11月20日日曜日

大学柔道物語⑥4回生。

柔道息子が来春で大学4年になる。あっという間に大学柔道もあと1年余りだ。いよいよ社会人としての将来を模索する時期が来た。

実は3ヶ月前、彼の腰に激痛が走りヘルニアと診断された。今までの柔道腰痛に加え、240㌔のデッドリフトが引き金になったようだ。今は相手の技を耐えようと踏ん張るとかなり痛むらしく、無念だが以前のような動きは難しくなった。


椎間板ヘルニアは腰を酷使する柔道家にも多く、手術しても完治は難しい。有明医療大の福田先生の指導で柔軟と血行促進に努めるが、今後は痛みと上手に付き合うことになる。

監督は先日の全日本学生の団体戦メンバーから息子を外した。大事な大会で、腰に爆弾を抱えた力不足の選手の入れ替えは仕方ない。本人はショックだが、これを自分と向き合う機会と捉え、柔道部は後輩に経験を積ませる機会となった。


柔道では飯が食えない。



柔道家なら憧れる世界柔道大会は、全日本代表メンバーから各階級一人しか出場できない。プロアマ問わず、どのスポーツでも一握りの選手に淘汰され、外れた者は今までの鍛錬や上下関係で得た礼節を身体に刻み、新たな道を歩むのだ。

息子も分かっている。体育の教職を選び、来年は母校の安田学園で教育実習だが、体育や社会科の教員は人数も多く空きが少ない。教員資格だけでは先生になれないのが現実だ。

先日の千葉県学生大会では、腰の調子が良く優勝したが、直ぐに事態の好転はない。さすがにお気軽な息子から進路相談したいと言ってきた。

勿論、幾らでも力になるが、一番重要なのは自分はどうしたいか、何をしたいかである。

柔道家に多い警察・消防の公務員だが、今は倍率も高くかなり難関。だからといって、どこかの会社の営業でもの仕方ない発想はダメだ。事前にOBや会社を訪問し、やりたい方向を絞らないと、あとで後悔して転職グセが付くだけだ。

「学生時代を謳歌」とは無縁な柔道漬け生活をやり通した一途さは素晴らしい。しかし柔道と素直と根性だけでは、厳しい世間を乗り切れない。

この3年間、大学柔道も大会中止か無観客試合で見学できずにいたが、ここにきて「柔道息子vs就職」という柔道以外の初試合が始まる。

この真剣勝負は柔道と異なり、私は多少のアドバイスしながら観戦できる。息子には一大事だが、正直、これは見ものである。



2022年11月2日水曜日

時の流れが早すぎ。

早いもので、あと2か月で2022年も終わる。年を追うごとに時間の体感速度は早くなる。

以前、紹介した「ジャネーの法則」。人生のある時期に感じる時間の長さは、年齢の逆数に比例する、つまり年配者ほど時間が早く過ぎる。

学生、恋愛、社会人と20代は新鮮で濃密だから時間も長く感じるが、それ以降は、慣れと経験値で流せるので、刺激も減り時間は短く感じる。

一方、我々は日常生活の合間に入試、冠婚葬祭など人生の岐路となるようなイベントが訪れる。この刺激的場面は若い頃に多くて、加齢と共にその機会は徐々に減少し、やがて平穏な繰り返しの時間が増えていく。

そして引退後、散歩が趣味では寂しすぎる。今、元気な高齢者の「終活」流行りは、目的や機会を失った人々の本番探しなのかもしれない。


その日のまえにやる!


重松清「その日のまえに」は、余命宣告を受け、本当に大切なものを見つける感涙話だが、まだ元気なうちは葬式の心配より、会いたい人、やりたかった事を「終活のまえに」トライすべきだ。

私の父は自分の肺ガンが転移したと知ると、我々の反対も聞かず抗癌治療を中止し、お世話になった方との会食訪問の行脚を強行した。1ヶ月程の行脚だったが、最後にオヤジとお会いした方から「嬉しかった」の感謝を聞くと、これは、これで良かったんだと思っている。

私も皆さんもいつ死ぬか分からない。そう思うと私自身、あの人に会いたいと思いながら放置している人がいる。オヤジのように余命宣告でも受けないと、実際の行動に移せないのかと考えてしまうし、「今さら」とか「今度やる」は実現する気がないと同じである。

一昨年、ブログをみた高校の友が連絡をくれ再会した。今では頻繁に相談し合う仲である。その気になれば実現可能なのだ。要は自分次第だ。

今夏、療養中にコロナに感染し逝去した神戸の恩人とは「また会おう」の口約束で終わってしまった。まさに後悔先に立たずとはこの事だ。

今年もあと僅か。時間に追われ走り回っている今こそ、気になるあの人に会おうと決めた。








2022年10月15日土曜日

よっさんの教え。

 田邊家の仲人でカネボウの大恩人に電話した。ここでは「吉さん」と呼ばせて頂くが、販社から本社時代の上司で、出会いから30年が経つ。

鐘紡解体で、吉さんは化粧品本部長から食品事業に異動、のちにクラシエ食品の社長となる。引退後は奥さんとゴルフ三昧で優雅なものだが、前立腺を患ったと聞き、慌てて連絡を取った。今はホルモン投与で安定していると聞き一安心した。

自分が放射線治療で大変なのに「志保、家族は元気か?お前も歳やから無理すなよ。またゴルフ行こうや」と私を案ずる言葉に涙が出そうになる。


12年前、花王広島から浦安に戻った日。吉さんから「今から嫁さんと行くわ、昼飯食おうや」私が「荷解き中で何もないすよ」と断わると「ええから心配すな」と電話を切られた。

やがて奥さんと弁当持参でやって来て、近況話と食事が終わると「これプレゼントと晩飯や」と手作りの薔薇の鉢植えを置き、奥さんが追加の食料を家内に渡し「康代さん押しかけてごめんね。飲み物は冷蔵庫よ、じゃあね」と帰ってしまった。

あっという間だったが、有難味が湧いてくる。引越しは食事に困ると晩飯まで用意し、様子をみたら去って行くとはカッコ良過ぎる。

自分も転居を繰り返したから、心憎い気遣いができる。私も真似して仲間の転居に差し入れると、この心配りが次の後輩へと連鎖していく。


本社では吉さんと何度も修羅場を潜った。当時は本体からの化粧品へ無謀な売上要請の結果、市場に商品がダブつき非取引店での乱売が多発した。

混迷する流通とブランドの護持に、闇マーケット相手に一番苦労した時期で、本体に盾付き「煮るなり焼くなり好きにしろ」と腹を括った仲で、盃を交わした義兄弟のようだった。


吉さんが与えた影響。


吉さんは「仕事に厳しく人に優しく」の権化。言い訳をせず、自己犠牲もいとわない。本社時代「将来、お前の下で俺が参謀の方が上手くいく」と何やら勝手に画策していたようだ。

「自らで部下を上司にする」解釈不要の自己犠牲の組織人事だが、結果は会社自体が解体に追い込まれる事態となり全ては絵空事となった。

彼曰く、仕事の成果は人間力の掛け合わせ。個々の能力を最大化させるのがマネジメント。今は未完でも前向きで向上心ある奴を配置すると、後々格段の差がでると教えてもらった。

そして真摯に「仕える」人にヒゲをつけ「任せる」こと。任せても口を挟まないと相手の成長は止まる。吉さんはそんな事を教えてくれた。


さて、吉さんの近況だが、放射線治療が功奏し元気一杯だ。ただ、女性ホルモン投与で筋肉が落ちゴルフの飛距離がガタ落ちとぼやいていた。私が「今なら勝てるな」と言うと「飛距離じゃ負けるが、まだ勝てるやろ」と嬉しそうな返事。

元気で強気な言葉に、私は思わず笑みがこぼれた。吉さん、いつまでも元気でいてや。










2022年9月16日金曜日

顔パンツを外す。

まだマスクは外せないが、今は自粛も行動制限もなく、せめてコロナ禍での活性化を目指すが、コロナ前に戻るのは到底無理だ。

一方、この2年でリモートの会議や商談が定着。互いに集合は不要になり、大幅な時間短縮を実現したが、私は初会から画面だけの関係は、正直ちょっと怪しく感じてしまう。これはマスク顔だけの付き合いも同様で実在感がないのだ。

我々はマスクの下を、勝手に平均二割り増しの美男美女に想像してしまうらしい。マスクを取ったら、がっかりなんてあり得る話だ。

今、話題の全顔を晒せない「顔パンツ」は言い得て妙だが、本末転倒、何か違う。因みに私はマスク顔の知り合いに、違う場所でお会いしても、同一人物と判別する自信は全くない。

しかしマスクは当面続くから曖昧に付き合うが、早く全顔でお付き合いしたいものだ。


「顔パンツ」を乗り越えて


災害速報や政府の会見で、アクリル越しの素顔や、透明マスクを使うのは、聴覚障害の方が読唇しやすいとの配慮があるそうだ。耳が不自由だとマスク越しの対話は苦手なのだ。

以前も書いたが、全てのゲストに応えるTDLは、耳の不自由な人も歌を楽しめるようミッキーは手話を交えて歌う。車いすスペースや音声/触地図、点字パンフなどTDLの「身体的な機能が低下している方」への通常対応なのだ。TDLのような機能低下の人々への対応が、社会全体にもっと浸透すれば、どんなに素晴らしいか。

私はマスクやリモートを簡単に語るが、視聴覚障害の方々にしたら、素顔に触れる事も、表情や声色を読み取る事も、読唇術も困難となると深刻な事態。ましてリモートでは尚更だ。

しかし、リモートの文字起こしや手話通訳の導入など進んでいないのも現実。

そうコロナ禍で最も苦労されているのは、そんな方々なのだ。想像を超えた彼らの不便さを思うと、自分の苦労など取るに足らない。

願わくはウイズコロナの未来が、全ての人々に「優しい世界」へと進化することだ。

せめて私自身も不便さを愚痴る前に、相手の方に何が出来るかを考えようと思い知った。
















2022年8月28日日曜日

変われたら変わる。

 以前も紹介した言葉。世の中で変わらないのは「他人の心と自分の過去」で、世の中で変えられるのは「己の心と自分の未来」まさに名言だ。

良否問わず過去は戻らない。明るい未来の為には自分をどう変えるかだ。反省多き過去ならば、今までの自分の生き方が間違っていたのだ。

対人関係が原因なら、相手の人間的側面を知り、好感を持つ努力から始める。相手をよく知らないから苦手にしてしまう。(ザイアンスの法則)

社内での提案も、己の都合を優先し相手を変えようとせずに、事前に反論者への根回しや譲歩するのも「突破力」の一つだ。加えて、決めるなら満場一致させないと、推進も責任も提案者に偏り、ヘタ打つと孤立無縁になってしまう。


家内のために自分が変われ!


結婚して25年、未だに「家内の為なら今すぐ死ねる」と周りに言い続けている。とっておきの秘訣は「今日もまた自慢した」と家内に伝える事だ。何を自慢したかまで話すと、家内がその事で進化するから不思議だ。そして、また自慢するのだ。


カネボウ存亡でテンパった事も一度や二度でない。その都度、家内に救われた。ある事態の収拾で奔走した時に血尿まで出た時、もう限界だなぁと音をあげたことがある。

家内に「買ったばかりのマンションを売り払い、田舎に帰ろうか」と相談したら「売るより貸そうよ」と言われ拍子抜け。あれだけ喜んだ持ち家に執着しない(フリ)をしてくれた。あの一言で肩の力がすーと抜けたことは今でも忘れられない。

霞が関での取り調べは「大丈夫、命までは取られない」と思わせてくれた安息場所が我が家だった。玄関でその日の「重く傷んだ鎧」を脱ぎ捨てる動作をしてドアを開けていた。

これは効果的。イメージトレーニングと同じで「背負ったものを脱いだ」と思う事で、オン・オフが切り替わり、気持ちが軽くなるのだ。

仕事のウサを家に持ち込むと簡単に家庭は崩壊する。私には、家族との食事、子どもと遊ぶ、家内との世間話など、何でもない日常が自分をどれだけ救ってくれたか。

時は流れ、今は娘は仕事で息子は別居で食事はバラバラ、世間話は家内と娘、そして重い鎧も無くなった。仕方ないが少し寂しいものだ。今後引退した時に、粗大ゴミにならぬよう家内との接し方を見直さないとヤバいことになる。

先ずは結婚式で、皆様に誓った言葉を思い出せ!

『友(家内)の悲しみに我は泣き、友(家内)の喜びに我は舞う』の「友」を「家内」に変えると豪語した25年前を、しんみりと噛み締めた。💦


■「人を知るほどに好きになる」は本当だ。 (ザイアンスの法則)

http://tanabeshiho.blogspot.com/2013/11/blog-post.html?m=1










2022年8月4日木曜日

BADをGOOD変換。

 経験を積むと、腹が立つ事や悔しい事は減るかと思ったら、むしろ以前よりしょうもない事で腹が立つ。最近では日常でムッとする事が多い。

乗ろうとした電車のドアが直前で閉まった。昼飯カレーの夕飯がカレーが出た。朝から大雨。エアコン故障。注文と違うものがきた。欲しいものが品切れ、思いきり脛か爪先をぶつけた、痛。

ムッとする程度でも、自分が原因だと情け無くて悔しいが、外的の原因だと相手に腹が立つ。どちらも精神衛生上よくないのは確かだ。

一方で嬉しい事が直ぐ浮かばない時は、自分のバッドニュースの感度は敏感なくせに、グッドニュースのセンサーは鈍感なのだ。勝手なものだ。

ならば、先ほどのムッとしたBAD事件をGOODの愉快に変換したら、楽しく前向きになれる筈。

電車のドアが閉まったから、駆け込み乗車の危険を回避できた。クーラーが壊れたから節電できる。朝から雨で水不足が解消できた。品切れは節約。ぶつけた箇所が骨折せずラッキー。

ほら、捉え方次第でGOODに変わる。これを機に一つでもプラス思考変換を意識づけたい。


もっと早く言ってよ!


センサーと言えば、若い社員との感覚の違いにも驚かされる。先日、若手が予約したホテルが、本人だけ朝食付きで我々は素泊まり。意図的かと嫌味を言うと、ネットの入力ミスと謝るが、詫びる前に入力画面の確認不足を反省せよ。

こんな段取りミスが取引様への配慮不足になる事を案じ、ついバッドセンサーが稼働する。

もう一つ、バッドニュース・ファースト報告の遅れも課題。これは即対応だから、CMのように「もっと早く言ってよ」と叫びたくなる。

仕事の報告は、グッドかバッドかの結論を先に言ってから、その説明だ。聞く側はグッドの場合は「どこで褒め」バッドは「何が原因か」かと、聴く耳をどちらかに変えるからだ。


さて、バッドな心を少し前向きにする名言は、『雲の上はいつも晴れ』。今は暗雲立ち込めようが、その上空はいつも必ず快晴だよ。

と書いたら、今日もバッドニュースが飛び込む。また仲間がコロナ自宅待機になる。ここは「早く回復し元気倍増で復活」と捉えるしかない。

やはり「コロナに腹が立つ」は変えられそうもない。まだまだ修行が足りませんな。💦






2022年7月15日金曜日

「わたせ せいぞう」の世界。

学生時代、漫画家になりたかったが、イラストは趣味の域でバンド活動や暴走族に明け暮れ、大学も気楽な風来坊生活を送ってしまった。💦

さすがに会社員では、クリエイティブな宣伝部を目指したが、結果はコテコテの営業職。後半の本社で企画やデザイナーのプロをみて、自分には創作の世界は無理だと諦めた。


「わたせ せいぞう」との再会。


先日、大丸東京で「わたせ せいぞう」展示会を見つけて、嬉々として家内と出かけた。

わたせ せいぞうは、80年代の漫画モーニング初の全編カラー連載「ハートカクテル」で出会い、都会的でお洒落なイラストに魅了されたものだ。

今は、東京のカレと京都のカノジョの遠距離恋愛の12か月「暦を巡る冒険」が好評で「東京暦~6月」の東京タワーもステキだ。因みに私のスマホの待ち受けは、オープンカーの2人である。

展示会では、わたせ氏がお客様からの完全オーダーイラストを制作する企画があったが、値が張るにも拘らず残念ながら終了していた。


ブランドは世界観が決め手。


今回、わたせ せいぞう作品に再会して、77歳になる彼が一貫して世界観を変えずに、透明感溢れる作品を描き続けている事に感動してしまった。

現在、私が取り組む「SINN PURETE」もブランドの世界観を守り、その継続の差積化を目指すが、まさにその重要性を彼の作品が教えてくれた。


不易流行。時代の流れで価値の変化はあれども、本質的な事は変わらない。最近、恋愛やデートが億劫で敬遠する人が増えていると聞く。面倒を嫌う臆病な風潮だろうが「人を好きになる」という人間の本質と、自然の摂理に勝るものなどない。

人間が欲する感情は不変。わたせ作品のテーマ「恋愛」のときめきや「純愛」の素晴らしさが、恋愛を躊躇する若者に届け!と願うばかりだ。

恋愛とブランドは永遠に!と願う私には、粋でカッコいい世界観を守り続ける「わたせ せいぞう」に大感謝となる展示会であった。