新聞の定期購読をやめて6年だが、ネットで何とかなるものだ。新聞の定期率は2008年89%から58%と30%減少、その大半は5割減の全国紙だ。
カネボウ崩壊の2003年前後、私は全国4紙を定期購読し連日記事を確認してから出社。2005年の粉飾報道は取引先とお客様の対応に振り回され、当時は新聞記事が恐怖だった。
花王に買収された2006年は取引先の反発が強く、企業風土とブランドイメージ、取引条件など両社があまりに違うと言われた。
花王は当初カネボウ体制を大きく変えず、様子見をしていたが、2013年「美白問題」が勃発。新美白成分「ロドデノール」が「白斑」を引き起こし、自主回収へと突き進む。これを機に花王主導の体制が加速されていくことになる。
回収は美白NO.1「ブランシール」と、既存ブランドの美白ラインの8ブランド計54製品に及び、45万個の回収に全社員が追われたのである。
この莫大な損失は、花王傘下でなければ乗り切れなかったろう。社内外でカネボウ社員は辛かったが、それ以上に辛いのは白斑のお客様であり、全国にある美白相談室は、未だ和解できない方々と相対で対応させて頂いている。
幻となる「美白キティ」
当時、私は花王出向から戻り、カネボウOEM会社の社長であった。幸いウチはロドデノール未使用で安堵していたが、美白問題は我々に予期せぬ事態を巻き起こすことになる。
実は丁度その頃、M自動車がキャラクターの「キティ限定車」を発売する予定で、購入されたオーナー様に向け記念品として「キティのフレグランス」を作りたいとM自動車から制作依頼があり、その開発の真っ最中だった。
「キティの香り」はゼロからの開発で、1年以上前からキティ作者、M自動車、弊社開発部で試作を繰り返し、ようやく納得の香りができ覆面調査を実施。この香りのキャラクターは?の質問に大半が「キティ」と回答し遂に処方が決定した。
私は、最終の香り処方・容器包材を確認し、いよいよ生産に入る直前の事である。突然、M自動車の担当役員が私に会いたいという。
処方のお礼かと思いきや、訪れた役員から「今までの費用は全てお支払いするから、この話、無かったことにして欲しい」と言われた。
えっ、耳を疑う「なにゆえに」と私。「実は弊社の役員会議で、美白問題で自主回収のカネボウさんが開発した商品を使うのは問題がある、今回は見送ろう」となったというのだ。
「いやいや、これは香水です。美白とは何の関係もありません」私は納得できない。
よく知る役員だけに「御社もリコールでご苦労されましたよね。全て否定は早急過ぎませんか」と突っ込む。役員は「そうです、ウチも色々ありました。だからこそ、リコールした弊社が自主回収の御社を使うのはマズい。これが取締役会の総意なのです」と頭を下げる。沈黙が続く部屋に、開発スタッフの無念の嗚咽が聞こえる。
これは覆せないと判断した私は「支払いは結構ですから弊社で商品化させて欲しい。私はこれを世に出したい」とお願いした。すると「待ってください。これはウチの依頼ですから弊社の製品として次の機会で必ず使います」と返された。
私は無言、長い沈黙。このままでは平行線と感じた役員から「トドメの一発」が放たれた。
「田邊社長、これは言わずにおこうと思いましたが、私個人の話をさせて下さい。実は私の母親が北九州に居るのですが、ブランシールの長年の愛用者で、今回ひどい白斑になりました。返品はしましたが、お世話になるカネボウさんに余分な迷惑をかけぬよう、被害届けは出していません」
…私は役員の言葉に息を飲む。彼は続ける。
「こんな私の気持ちをどうかお汲みとり頂き、この話、何も言わず納得して下さい」と先ほど以上に深く頭を下げられた。「……」。
私と開発部はその場で立ち上がり「多大なるご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません」…我々は心の底からお詫びした。もはやこれ以上の押し問答など出来るわけがない。
九州本部から返品のみで被害届けのない役員の母親の事実報告を受け、ここに「キティの香り」は完全に幻の商品となったのである。
あれから12年。あの「行き場のない悔しさと無念」は生涯忘れる事はない。元はと言えば、我々が蒔いた種。どうする事も出来ないのだ。
私は社員に「世に出なくても開発の経験は必ず役に立つ。嘆くのは止めて明日から頑張ろう」と伝えながら、坂村真民の言葉を噛み締めた。
『 咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる 』 坂村真民【今を生きる】