2024年3月9日土曜日

国語力 ヤバいって。

最近、若者の国語力の低下を痛感する。彼らは国語の授業の「文中のコレとはどこを指すか」とか「作者の意図を要約せよ」の問題が苦手なのだ。結果、読解力がないから相手の言っている事や、その胸中を的確に把握できないのだ。

加えて語彙力と表現力が乏しいから、的外れの話が多く何を言いたいか分からない。微妙な会話のズレは友人なら愛嬌だが、仕事ではあり得ない。

実際、経済協力機構OECDが実施した国際的学力調査によると、全体的な学力の低下より最大の課題は「読解力の低下」だそうだ。やはり若者の国語力の不安は深刻な問題なのだ。

これは、スマホ社会になりSNSの超短文と絵文字のやり取りばかりで、読書など長文に触れる機会が激減しているからだ。スマホの時間は山ほどあるのに、読書する暇はないのだ。

読書量が圧倒的に足りないと論理的思考力が身につかず、本質を見抜くのが苦手になり文章を書くことも不得手になる。人間模様や心の葛藤を深く詮索するのが面倒になり、楽しくて分かり易いショート動画や音楽とゲームに走る。

因みに年配者との会話は大の苦手。昔からの曖昧な表現やことわざは、残念ながら理解不能だ。「この案件、注文が多くて骨が折れるな」に「え、肉体労働ですか」と、これ本当の話。労力を費やす表現と知らず「骨折」と認識。まさに説明するだけ「骨折り損のくたびれ儲け」だが、まぁこれも間違いなく通用しない。💦


衝撃的な本に出合うまで。


私の本好きのキッカケは、感動の本との出会いからだ。石森延男の「コタンの口笛」は頭を殴られたような衝撃だった。北海道のコタン(アイヌ集落)に住む姉弟が日本人の差別と偏見に耐え、強く生き抜く姿を描いた児童文学の金字塔だ。

小4の私はこの本で、人が人を差別するという事実と、世の中の理不尽に耐える子どもがいる事を初めて知った。これを機に好奇心が沸き、様々な本から多くの価値観を学び、その後の自分に大きな影響を与えたのは事実だ。

「物事の本質を知る」という事を端折ったら軽薄な奴になる。勿論、読書だけで思慮深くはならないが、相手の気持ちを察する力は必ず養える。

人生は「ヤバい」と「まじッ」の2つでは乗り切れない。今からでも遅くないから、誰もが認める名作を読み込み「勉強」することだ。因みに「音読」は読解が深まるからお薦めする。

「学びは一生」人は生きる限り学び成長する。読書に限らず、学ぶ気なら会話や日々の暮らしにも題材は幾らでもある。勉強の苦しさは一瞬だが、勉強をしなかった後悔は一生続く。

「知識は力」で有名な英国の哲学者フランシス・ベーコンが明快に教えてくれている。

『読書は人を豊かにし 会話は人を機敏にし 書くことは人を確かにする』納得の名言だ。








2024年2月23日金曜日

事件と報道の裏側。

能登地震から2ヶ月。その間に様々な事件が報道されたが、その大半が痛ましい事件と企業や政治家と芸能系のモラルハザードとは、被災地で苦労される報道と比べると情けなくなる。

企業や政治家の不正は、倫理観の欠如に組織が絡むと始末に追えない。性加害もガキ大将の鬼畜化だから大将を除くしかないが、これも派閥解消で裏金を幕引きしたい輩と同じで、対症療法を繰り返すだけで根本的に何も解決しない。

一方、報道にも問題ありで、権力に忖度した弱気な報道や、スキャンダル事件は発行部数を獲る週刊誌のスッパ抜きを、マスコミが視聴率や閲覧数を獲りに追いかける図式。必然的に報道は偏り、重要でも地味な事件は飛ばされる。


ペンは剣より強く動画はペンより強い!


カネボウ迷走時は、粉飾・上場廃止・買収と連日の報道で、私でも地下駐車場から出入りしマスコミ回避、朝は各新聞に弊社の掲載がないと取引先の対応不要で安堵する日々だった。

特ダネを掴んだ新聞社は、週末の売店の新規買いを狙い金土日の3部作を仕込むから金曜は要注意だ。これは報道のデジタル化でも変わらない。

ついでに取材を受ける注意点。様々な角度から質問されるが、答えを一貫させ余分な発言は厳禁。最初と最後の単語を繋いで「見出し」にするのは得意技で、見事に自分の意図から離れるが、それぞれ発した言葉は事実なので尚更厄介だ。

今は活字より映像(動画)。人は外見や態度で相手を判断するから謝罪会見は特に気を使う。マスコミと視聴者の心証次第では、今後の業績を左右するから失敗は許されない。

会社の不祥事会見では、謝罪・原因・再発防止の3点を固めたら、擬似会場で撮影しての想定問答からお辞儀までシュミレーションする。実はこれを請け負う会社があるのには驚いた。

多くの謝罪会見で異物混入のペヤングは、即対応と本気の再発防止策の会見で売上を伸ばした希少な事例。だが大半は囁き女将の船場吉兆、スシロー、日大、健忘症の大臣のように炎上する悪事例ばかり。その原因は、遅い、ごまかす、態度が偉そう(傲慢)で、事態を甘くみた結果である。

傲慢は百害あって一利なしだが、謙虚は良いこと尽くめだ。正直不動産じゃないが、今は正直者はバカを見ず「オネストisベスト」の時代なのだ。

『謙虚を失った確信は、確信でなく慢心になる』やはり松下幸之助は鋭いなぁと実感した。

                   





2024年2月7日水曜日

大学柔道物語⑨就職編

息子の就職だが、年の瀬に本命先がダメになり慌てて就活を始めた。時期的に厳しい筈が、内定辞退の多発で追加採用が多く、息子はこの機を逃さず面接ラッシュでバタバタだ。

しかし春の実業団大会に登録までさせて、梯子を外した県警柔道部には憤りるが、今さら愚痴るより、今後の企業面接で今回の経緯で「口約束でなく契約締結までは安心できない事を学んだ」と語ればよい。

実際面接では就活の話も出たが、質問は総じて柔道話で率直に体験を語ると盛り上がり、その反応に息子の方が驚いていた。やはり12年間の柔道継続は興味深いのだろう。

ある役員から「柔道での学びと今後」を聞かれ、柔道精神「自他共栄・精力善用」と、今後は恩義ある道場で子どもを教え、裾野を広げたいと答えたらしい。ホントかよ、と思ったが、無難な答弁と道場への想いに柔道バカを少し見直した。

軒並み面接の結果、複数社から内定を頂き取捨選択できるまでになり本当に有難いことだ。


この道より我を生かす道なし この道を歩く。


彼は業種別に食品、設備、住宅、物販系の内定先から悩み抜いた結果、物販系の業界大手を選択した。取り敢えずの使い捨て営業と違い、全国展開で社員が数千名の上場企業なら、適材適所の人事や人材育成に長けているだろうとの判断だ。

正解は入社しないと分からないが、業界トップを狙う姿勢と将来性は興味深い。おそらく超多忙だろうがチャレンジ精神は鍛えられる筈。

そもそも「やりたいことを仕事にする」のは難しい。最初からやりたい事など分かる訳なく、好きか、嫌いか、向いてるかを模索し、好きで向いていると思う仕事のスキルと知見を積んだ先に、その仕事をやりたい事としてリンクさせるのだ。

先ずは与えられた仕事を評論する前に、その仕事を好きになる事に全力傾注だ。厳しくとも、石の上にも三年は試行錯誤して向かないなら転職だ。

転職とは「向いている仕事」探しで逃避ではない。そう、20代で汗を流さないと40代で涙を流し、30代で知恵を出し変革せねば50代で部下は持てない。


息子たち柔道部4年生は、新設柔道部一期生として、先輩も歴史もない帝京平成大をAリーグに昇格させ、全国ベスト16入りに誇りを持って欲しい。選手の力は勿論だが、小野監督とコーチ陣の指導のお蔭である事も忘れてはいけない。

この4年間の「固い絆」は人生の宝になり、流した汗と継続力は、これからの最高の武器になる。まさに自他共栄と精力善用の姿だ。

こうして息子は会社員を覚悟して卒業する。全ては柔道あればこそで、恩師に感謝し次は社会人という団体戦と個人戦で勝利を掴むのだ。

因みに私は、彼が何処に配属され、どんな会社員物語を紡ぐのか興味津々だが、ブログで語れるかは独り立ちした娘と同様で彼と相談だ。

何れにせよ、自分で決めた道を信じて歩み始める息子に、武者小路実篤の言葉を添える。

『この道より我を生かす道なし この道を歩く』



















2024年1月22日月曜日

よっさんとの別れ。

石川の地震で多くの人命が奪われた。その辛く悲しい中での避難生活には本当に心が痛むが、今は1日も早い復興を願うばかりである。

実は、昨年12月に私にも辛く悲しい出来事があった。以前ブログで紹介した大恩人で仲人の「よっさん」が、75歳で天国に旅立ったのだ。

急な知らせに最初は信じられなかった。よっさんの体調に合わせた昨年11月のST杯ゴルフを直前で欠席され心配したが「もう大丈夫、年内に会おうや」と約束したばかりだった。

よっさんが体調不良の頃ブログに「互いに元気は有期限…いつかは訪れるその日まで思い出を積み重ねよう」と書いたが、もう思い出を積むことは出来ない。勝手に逝って「ふざけるな」と言いたいが、直ぐに会わなかった自分にも腹が立つ。

よっさんとの30年の思い出は尽きない。鐘紡の崩壊前を二人三脚で乗り越えた戦友だったが結局、会社は解体・買収され、よっさんはクラシエ食品に私は花王カネボウに別れた。

経営破綻から20年、当時の仲間は年々減り、同じ痛みと悔しさを一番分かち合えるよっさんを失い、私の暗黒時代の幕が降りた気がする。


よっさんとの別れの日。


よっさんは家族に感謝を伝えたあと「昔の仲間に会いたいなぁ」と呟き「俺が死んだら志保に頼め」と言い残した。奥様とのゴルフを何より楽しみにしていたが、私への最後の依頼が「カネボウ仲間に会いたい」と聞き、私は号泣した。

当日は全国からよっさんを師事するカネボウとクラシエの仲間が集まり、今更だがよっさんの偉大な功績と門下生が慕う人徳を痛感した。

家内と火葬場までご一緒したが、ご遺体との別れは辛い。よっさんの無念と傷心する奥様を目の当たりにして、私と家内の涙は枯れた。


「人生は無常迅速」人生はあっという間。実に儚く明日は我が身と思い知る。男子の寿命が81歳で介護不要の健康寿命は72歳だから、もはや私は1日1日が無駄にできないのだ。

「娑婆にいる内は大切な人と過ごせよ、そしてお世話になっている方に常に感謝を伝えろよ」と最後によっさんが教えてくれている。

よっさん、本当に有難うございます。そして、安らかにお眠りください。合掌。


■お互い腐れ縁。「田邊志保のひとりがたり」2023.10.29

http://tanabeshiho.blogspot.com/2023/10/blog-post_29.html






2024年1月6日土曜日

2024年の迎え方。

2024年の新春を迎え、昨年の皆様のお力添えに感謝申し上げ、本年も変わらぬご厚情を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

今年は「甲辰・きのえたつ」の年。生命や物事の始まりの「甲」と、草木が整い活気溢れる「辰」が合わさり「更なる成長」の年となるようだ。

しかし私は成長より老化が怖い。つい手が滑りコップを倒す、ボヤッとして聞き逃す、何を取りにきたか忘れるなど老化は成長し、今年の家族の初詣は、ボケ防止と息子の就職成就も加わりお願いだらけで富岡八幡宮さんも大変である。


会社員は「やりたいことを仕事に出来ない」



この4月で69歳で会社員46年目、やりたいことを仕事にしたのでなく、生活の糧と業務への使命感で「好きな仕事だから頑張る」と納得してきた。そろそろ来年の70歳を機に、マイペースでやりたい事を仕事にしても良い頃だ。

だから古希までに①自分の過ごし方を決める②やりたい仕事を決める。この2点をやりたいが、どうやら①の家庭内の過ごし方が難問だ。

春に息子が就職したら父親の役目は一区切りとなる。あとは夫の立ち位置だが、どう考えても「夫の役割」が思いつかない。組織は交代人事で済むが、家庭は離婚しない限り交代はないから、従来の関白亭主の行動を変えるしかない。

仕事面では私を必要と仰る方、現役では手が回らない案件、自分でもやりたいこともある。それらを週2.3日の活動内で絞り込めれば①②がセットで完成だが、やはり問題は夫の役割だ。「三食喰らい家でゴロゴロ」の厄介者にはなりたくない。

大先輩が「元気の素は、きょういく&きょうよう。今日行く所と今日用事がある事」と言ったが、確かに仕事を絞っても休日の過ごし方に困るのはマズい。引退後「男の料理教室」に通う友がいたが、私は昔のバント活動の復活か。

やはり今後の自分に合った「得意技と趣味」がポイントだ。何をやるにせよ坐骨神経痛の回復と共有仲間が必要だから、今年は真剣に減量と趣味と仲間探しに奔走しようと決めた。

そんな訳で、本年も倍旧のご支援ご鞭撻に加え「得意技のご助言」を心よりお願い申し上げ、念頭のご挨拶とさせて頂きます。
















2023年12月28日木曜日

一番若い日と2023に乾杯!

自粛が明け小売業が盛況だが、値上げラッシュが止まらない。原材料、物流費の大幅な高騰で、弊社も一部値上げせざるを得なかった。

それでも会社は計画通りの越年だが、我が家の息子の就職は来年に持ち越しだ。実は隣接の県警柔道部の監督が大学に来て指名で勧誘され本命として後期に臨んだが、結果は地元の選手が採用され息子は外れた。ここに来て酷な話だが白紙で進路を探す羽目となった。💦

大学と息子はショックだが今さら仕方ない。むしろ、今まで何も考えず柔道推薦で来た息子に「この先どうなりたいか」を真剣に考える機会を与えられたと捉えるとしよう。

早速、息子は今も採用中の企業を調べ始めた。実は内定辞退で追加募集している企業が結構多いらしく、年明けから本格的に面接訪問になる。


今日が人生で一番若い日。


因みに、私的に今年は時の経つのが特に早い。当たり前だが、今これを書く瞬間も時間は過ぎ去り、書き終えたブログも過去の産物となる。

『今日が人生で一番若い日と心得ろ』は最近感心した言葉。普段は「今が一番若い」などと考えないから若い日と言えば、つい青春を懐古してしまう。しかし変えられない過去を振り返るより、今が人生で一番若いと捉えれば、無限の未来に向け行動的になれる気がする。

故に、私は一番若かった68歳の2023に乾杯!だ。そして来春は一番若い69歳の最年長を迎え、2025年の古希に向け一日一日を計画的に過ごそう。

息子は柔道の知見を携え社会人としての一番若い日が始まる。変わらない過去より、変えることのできる未来に向け「今の紆余曲折を楽しむ」ぐらいが丁度よい。私は「彼の顛末」を楽しめるか怪しいが、刺激的であるのは間違いない。💦

ぜひ、皆さんも「今日が一番若い日」と捉え、一日一日を刺激的に過ごされたら幸いです。

結びとなりますが、皆様のご厚情に重ねて感謝すると共に、穏やかな越年をご祈念申し上げ、2023年最後のご挨拶とさせて頂きます。

「今日という一番若い日に乾杯!」









2023年12月10日日曜日

富裕層って何?

毎年師走になると、あゝ1年も終わってしまうと嘆くが、特に今年は夏が居座り「爽やかな秋」が飛んでしまい妙に損した気分になる。

季節の移ろいは無くても、この1年が無事に過ごせたなら周りに感謝し、そうでなければ、当然の事と自戒して来年に備えるしかない。

「感謝」の反意語は「当然」。普通では有り得難き事に「有難う」と感謝すると、相手は当然の事をしたまでの「どういたしまして」と返す。

この感謝と当然の応酬は「謙虚を育む」美麗な文化だ。これが逆転すると最悪で、やってもらって当然、やってやっから感謝しろ!では、美麗どころか醜悪な人間関係になる。

因みに私は大過なく過ごせた事に感謝である。唯一の心配事は息子の就職だが、結果が感謝か当然なのかは真摯に受け止めるしかない。


富裕層とは何だろう?


仕事では業績好調で、話題のSINN PULETEは新宿伊勢丹の日本一の香りの祭典「サロンドパルファン」の初出店が成功した事で、ブランドの存在感を内外に示す事もできた。

ウチの売上も群を抜く新宿伊勢丹だが、全館で新旧の富裕層を囲い込み業績は絶好調。年間300万以上の顧客拡大で外商部も忙殺らしく、やはり成功のカギは富裕層と言えそうだ。

巷は本物志向の流れだが、価値感の多様化で何が受けるか難しい。更に自分に価値あるモノに金を惜しまない「部分的金持ち」も多い。ブランド品に囲まれカップラーメンを啜る、高級外車を乗り回す六畳一間の住人、推し活に稼ぎを捧げる人など数え上げたらキリがない。


そもそも「富裕層」とは負債を除く「純金融資産」が1億円以上の方々で、今や149万世帯で364兆円というから驚きだ。一方で資産3千万未満のいわゆるマス層は4,230万世帯もいて、貧富の比率と格差は想像以上に広がっている。

私には別世界の富裕層だが人生の幸福度はどうだろう。我々は贅沢はたまにするから嬉しくて、ローンの家も車も一生モノだから宝物になる。

昔から、贅沢と幸福は別物と言われ、精神が満たされないと「幸せの満足」は得られない。私は年一の家族旅行や友との居酒屋、家内と買い物で大満足だが、それには人生の伴侶も同じ価値観で「分相応の幸せ」を共感し合える事が大前提だ。

この世のどんな金持ちも「時間」だけは買えない。1日24時間と生きる時間は平等なのだ。

これを「貧乏人のやっかみ」だと言われようが、やっぱり私は、家族揃って越年し初詣にいく「幸せ時間」が待ち遠しくて堪らない。💦









2023年11月18日土曜日

記録は塗り替える!

先月、大分の武田市が「流しそうめん」の流れる距離を500m更新して4,301mと最長になり、ギネスに公式認定されたと報道されていた。

何とも平和な町おこしだが、挑む側は真剣である。高原から竹筒を繋ぎ1時間かけて流したそうめんがゴールで25g以上あり、それを食べて認定されるようで結構ハードルが高い。

今までの長野県がリベンジするか気になるが、そもそも記録とは破られるもの。あの大谷翔平や藤井聡太も前人未到の偉業達成の瞬間から記録を守る側になり、いつか誰かに更新されるか、それが嫌なら自身で記録を上書きするしかない。

ビジネス界でもシェアを守るトップ企業は、競合を突き放そうと業界初の商品や仕組みを目論み、攻める側は相手の弱点に絞った差別化で、局地戦を挑むか新市場を創出するかだ。


更新した記録を攻め続ける。


「攻めの姿勢」と言えば、ある小売業のオーナーを思い出す。「去年の自分を越える」と決め、今年の販促催事の成功記録を捨て、ゼロから来年を考える試練を自らに課す人だった。


「記録は破られるためにある」リチャードブラウンの名言だが、実は記録には前向きと後ろ向きがある。後ろ向きとは「憎しみ、恨み、妬み」の感情が潜在意識に記録されたもの。表向きの記録更新以上に、負の感情更新を忘れてはならない。

これを機に自分の記録を考えたら『商談でNOと言われたことがない』と、カネボウ福井の『私の売上が37年間未だ記録』だが、売上記録が破られないのは嬉しいより情け無い。

何れにせよ、この2つは表向きな記録で単に自慢にしかならず、後ろ向き感情の記録更新がない事を反省だ。仕事を言い訳に身勝手な過去の過ち、多くの犠牲、憎いままと憎まれたままの関係など、放置してきた不名誉な記録がよみがえる。

負の感情こそ「記録より記憶に残る」ものだが、自分の思いと相手の認識を確かめてから、感情の記録更新が出来たら最高だ。

良くも悪くも「記録は破る」ためにあるのだ。