2021年11月8日月曜日

時間がない!

 2021年もあと一月半で終わる。コロナ2年目に慣れたのか、あっという間に時が過ぎる。

感染激減で自粛も緩むが、すっかり臆病な私は、浮かれもせず飲み会も控える。そもそも正常な生活の定義などなくなり、環境次第で変えるしかない。

それでも、時の流れだけは万人に公平に与えられるが、その時間の価値は本人次第で変わる。足りないと嘆く方、逆に持て余す方のどちらも共通するのは、時間の過ごし方の整理が必要だということ。

例えば、大半を占める緊急で重要な案件に費やす時間。多くは期限付き業務やトラブル。かつて私はトラブルで振り回された。不祥事では幹部が忙殺、商品回収は全社員が辛い時間を経験した。

次のフュージョンでは「アンビシャス上場」までの時間を共有した。2017.2.23会長が五穀豊穣を願い上場の鐘を5回打ったシーンは忘れられない。

ジモスの初年度は、緊急で重要なトラブルに追われたが、今はブランド成長に向けての時間がもっと欲しい。そんな時、つい「時間がない」とぼやいてしまう。忙しいとそれを連発するが、その分ストレスは倍増するので気をつけたい。


時間管理をマトリックスで考える



人格が人生を決める。で著名なスティーブンコビーが「7つの習慣」で提唱した時間管理マトリックスで再度自分自身を見直してみたい。

第1領域①:緊急で重要な業務      
第2領域②:緊急でないが重要 
第3領域③:重要でないが緊急      
第4領域④:緊急でも重要でもない

緊急で重要な①は期限付き業務やクレーム対応でマスト事項。②は事業計画策定や危機管理上の回避対策など。これで①を低減させたい。③は緊急だが重要でない無駄な会議や報告。④は多くの電話や待ち時間なので極限まで減らすべき時間。

次に業務を「目的と手段」に分けると、決めた手段に振り回されるのが分かる。特に①③領域では、手段が目的化して「本末転倒」が横行する。

会社は役割で動くので、幹部ほど刹那的な案件を減らす為、中長期計画、事業方針、危機管理対策に時間をかけるべきだ。一度、自分の時間をマトリックスで捉えるとよく分かる。

現実は①に追われるのも事実。そこで日常をオフにした合宿などで②をスケジュール化するのだ。②の確保には、③④領域の職位毎での縮小を本気で検討したい。効率化と内製化と外部委託の検討、そして非効率の仕事は止める勇気も必要だ。


こうして「先を見据えての今」を認識すると、意識と視座まで大きく変わるから不思議だ。

レンガを運ぶ2人に「今何してる」と尋ねた。1人は「右から左へレンガを移動している」、2人目は「皆のためレンガの橋を作っている」と答えた。同じ作業の捉え方でこれだけ異なる。まさに見据えた先を語ると、本人も周りも意識とモチベーションが変わってくる。

私たちは中長期に影響を及ぼす戦略から、短期の戦術をどう積み重ねるかだ。これは人生と同じで結婚・育児・住居は中長期として検討して、戦術である日々の営みを組み立てる。

因みに、我が家での夫婦円満の秘訣は、中長期の戦略決定権は殆ど奥様に譲ることだ。


いずれ私も引退すると④重要でも緊急でもない時間が訪れる。以前も書いた「今日行く所(教育)と今日の用事(教養)を仕込むため、今のうちに趣味と人脈作りを拡大しないと大変なことになる。実は最も大切で難関な課題である。

さて、今日は「夢の明日へと繋がる一日」であったかどうか、厳しく自問自答してみたい。






2021年10月16日土曜日

心の声をきく。

 「発言」に自分の想いと感情をしっかり乗せて表現すると言葉は「言霊ことだま」に変わりパワーを持つ。それは相手の魂を揺さぶる力を持つ。

決して大きな声で、気負って話すことではない。伝えたい気持ちを強く持ち、相手の反応に合わせて言葉のトーンやリズムを変えるのだ。

言葉を言霊にするコツは、話し方に「間・まをとる」ことを私は講演経験で学んだ。聴く側の「心の声」と対話する想定で語ると間をとる事になる。

例えば「…これで売上は上がります」と言って一呼吸して見渡す。会場の大半が『本当かな』と心でつぶやく。このつぶやきを心で聞く時間を取り「そうです!上がります。但し途中で止めたり、中途半端はいけません」と繋げる。そして反応をみる。

落語家は左右の肩で人物を分け、声色と表情を替えて見事に演じるが、講演も商談も相手の反応を観ながら間を取るので、とても参考になる。

話術上達には落語が実に効果的。今更と思わず一つ好きな演目の完コピなら楽しい。私は枝雀の「代書屋」を覚えたが今は忘却の彼方だ。💦

挨拶でも「お早うございます」と言ったら、返事が無くても「お早うございます」と心の声を聞いてから次を続ける。焦って、相手の挨拶の途中で「本日は…」と被せてしまうと、事務的とかヒトの話を聞かないという印象を与えてしまう。


ヒトの話を聞け!


話す側より相手が傾聴モードにさせるのも重要だ。私は初講演は冒頭にプライベートな自己開示をして、先ず私に興味を持って頂くようにする。

もう一つ「オウム話法」も大切。相手の言葉をそのまま反復する話法で、先方が「この人、私の話を聞いてくれる」と認識し心を開く効果がある。

「やってられない」と言われたら「やってられないですか」と受けてから「何がやってられないの?」と続ける。「嫌な事がありましたか」は絶対ダメ。違う言葉に置き換えたら、相手は私の話を聞いてないと思ってしまう。

同じ言葉を、やまびこのように繰り返すから効果的なのだ。別名エコー話法。

お客様が肌が「カサカサ」すると言えば、何処が「カサカサですか」と返す。それを「水分不足」ですね、と返すから立ち位置を替えられ、化粧水を売ろうとされると構えてしまうのだ。

話し上手は聞き上手。積極的傾聴の先には、揺るぎない信頼関係が待っている。

以前日本一の美容部員に同行取材したが、彼女はお客様の心の声を聴く天才だった。相手の仕草から悩みを察知し、絶妙な相槌とオウム話法でしっかり聞き出し信頼されるのだ。

彼女は、お客様の家庭や仕事の話を傾聴し頷くだけ。その間、相手の手を揉み頬に触れ「だからお肌が悲鳴あげてる」と一言。最後は、激励と共に化粧品を並べて「これだけ使ってみて」と、使い方5分の説明で販売終了。まさにカリスマ接客。

私達は、心の声をどれだけ正確に聴けるか。自分判断で相手を推察する以外に、相手の性格とその時の心模様を知ると精度は更に上がる。

その為には相手の「第一感情」を見抜くことだ。例えば、迷子の子どもを発見したお母さんが「あんた、何処行ってたの」と怒る。だが怒りは第二感情で、見つけた時の「安心・喜び」が第一感情なのだ。安心が徐々に転嫁して怒りに変化する。

相手の第一感情の発見は、その場の表情をよく観察するしかない。第一感情は、瞬時に表情に出るのでそれを見逃さないことだ。

さぁオウム話法、傾聴、間をとり、話術を磨こう。くれぐれも気を抜いた間延びや、間・まを抜く「マヌケ」にはならぬようにしたい!



2021年10月1日金曜日

今までの自分が試される。

稚拙なブログだが「出会いは人生の宝」は変わらない。問題なのは、自分には宝の出会いでも、先方様も宝と思って頂いているかどうかだ。

お互い良き出会いなら最高だが、はっきりしているのは自分が「損した出会い」と思えば、相手もそう思っていると考えた方がよさそうだ。

懐かしい再会は嬉しいが、ビジネスや利害関係が絡む再会とは話が別だ。相手先様に、今までの自分が試されることになるから怖い。

当時は深い付き合いでも、会社や肩書きが変わったり魅力も無ければ、相手は洟もひっかけない。初対面も同じで先方様に適当にあしらわれたら、残念だが「不合格」と判断されたのだ。


実は、新ブランド「シンプュルテ」が、ECも百貨店様も好調な滑り出しで、当初から考えていた化粧品専門店様での展開をお願いしたくて、経営者の方々にアプローチしていた。

私がカネボウ時代にお世話になった全国有数の企業様だが、こちらは中小メーカーの未知ブランド、まして自分を覚えているかも分からない。

専門店流通から離れて15年。そのあとは違う道を歩んできた。既にカネボウ専門店の責任者は4代替わり、加えて定年退社から7年も経っている。

不安ながら先方にお手紙を発送後、電話をすると、何と嬉しいことに多くの方が覚えていてくれ、近況報告や発表会へと話が弾んだのだ。

思わず「今までの自分」が合格と喜んだが、合格はここまで。取引様となれば今までの自分から「これからの自分」が試されるフェーズになる。決して不合格は許されない。


世の中で一番哀れなのは「忘れられた人」


一体自分は、どれくらいの人を宝として積み上げられ、逆にどれだけの人に自分をそんな存在として記憶に残せたのだろうか。

仏の芸術家マリー・ローランサンの詩「鎮静剤」に、この世で哀れな女とは、退屈な女より悲しい女、悲しいより捨てられた女、捨てられるより追われる女、追われるより病気の女、病気より死んだ女と続き、死ぬより哀れは「忘れられた女」だと言う。確かに忘れられるのは一番切ない。

これは20世紀前半の作品で女性蔑視も甚しいが、本質は男女関係ない。存在があるから嫌われるのであり、忘れられたら好きも嫌いもない。

薄っぺらな付き合いに終始すると、忘れ去られるばかりだ。やがて昔の仲間に忘れられ、家族や友にまで見放されたら、生きる気力を失う。

せめて生きてる間は、相手に良い記憶を残したい。亡くなれば、評価も後悔も喜びも存在しない。突き詰めると「今、この瞬間を精一杯生きる」しかないと痛感する。

敬愛する坂村真民の「今を生きる」を読み返す。

『咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる!』

猪突猛進の人生だったが、老いてくると「自分を見つめる」ことが多くなる日々である。









2021年9月14日火曜日

広島が好きなんよ

 久ぶりに広島に出かけた。花王出向で家族と過ごした広島を離れ10年が経つ。その間、竹宝堂の鉄舟氏のお孫さんの結婚式と、友人と熊野筆を訪れたが、かなり慌ただしかった。

今回は仕事で広島市内を巡ったが、先ず広島駅と駅ビルが改装されていて驚いた。訪問先様も益々お元気で、井口台の大型商業施設アルパークの全面改装の出店に期待で胸が膨らむ。


広島までは空港乗り換えが嫌で、新幹線で4時間揺られたが、車内で読んだ本、広島が舞台の袖月裕子「狂犬の眼」に夢中で退屈しなかった。

映画でも有名な「孤狼の血」の続編である。昭和63年の暴対法施行前の広島極道の抗争と刑事の物語だが、全くの創作なので念の為。

やくざ映画は1970年代「仁義なき戦い」が金字塔だが、10年前の広島時代に映画のモデルの人物の葬儀が呉であり、演じた菅原文太が出る出ないで話題になった記憶がある。

これは獄中の美能幸三の手記が元になっているが、今と違い戦後間もない頃の話である。

映画の孤狼の血では、マル暴の役所広司の「警察じゃけぇ、何をしてもえぇんじゃ」の広島弁は強烈だが、本来は優しい口調だ。特に女子の広島弁は穏やかで「ぶち可愛えぇ」と、映画の印象とは異なるので間違いなきように。


ええとこじゃけぇ きんさい広島


転勤で各地に住んだが、やっぱり広島が好きだ。もし極道映画の印象をお持ちなら、全くの誤解。娘は「老後は広島」と言うほどぞっこんで、家族も素敵な思い出ばかりである。

感動の平和教育とアオギリさん、家内お気に入りの宮島通い、ピザより多い宅配のお好み焼き、熱狂のカープ観戦、ゆったり流れる時間など、他では味わえない貴重な経験だった。

そして何より人が優しい。近所のご年配が「私ら一度死んだんよ。あとはオマケで生かされとるんよ。だから皆んなに感謝せんといけんのんよ」。

こんな心根を持つ方々が築いた街である。広島に家族で住んでくれるだけで嬉しいと喜んでくれ、我々を本当に温かく包んでくれた。

隣り近所、竹宝堂、花王仲間、子ども同士も未だ交流が続くのも、広島ならではである。

井口台からのんびり眺めた景色、静かな瀬戸内と遠くに浮かぶ宮島の赤い鳥居を思い出すと、娘と同じでまた広島に住みたくなる。

そんな想いにさせる懐かしい広島の旅であった。




2021年8月30日月曜日

ゴジラざライド!

感染の話は重要だが、緊急事態は気が重くなる。こんな時は気分転換に気楽な話と思い、不謹慎ながら宣言前の私のワクワク体験を取り上げた。


実は、春から気になるスポットがあった。それは「新・西武園ゆうえんち」。1960年代の昭和の商店街とゴジラ大怪獣頂上決戦など、昭和オヤジには泣けてくる内容なのだ。しかしコロナ禍での開園となり成り行きを見守っていた。

昭和レトロ市場は年配者だけでなく、若者には非日常の新感覚らしく80年代ダンスミュージック、ラジカセ専門店、レコード、純喫茶の人気など新たな市場が生まれている。

昭和の64年間は戦前・戦後、バブル・崩壊と背景と変化が大きく異なり、簡単に一括り出来ない。

私の青春は昭和30~50年。東京五輪、万博、マック上陸と高度成長真っ最中。この頃が市場的にも最大ボリュームで、西武園も例外ではない。

当然、別の世代も古き良き時代がある。昭和45年(1970)生まれの家内は、ファミコンの昭和50年から昭和終焉のバブルと崩壊が青春時代。

故に15年差の家内と西武園は少しズレるが、以外に平成組の子どもが乗り気で、緊急事態の前がチャンスだと家族で西武園に出かけた。

夫婦は懐かしく子どもは興味深々の1日だった。話題のゴジラ・ザ・ライドは凄かった。体験型アトラクションとして必見の価値ありだ。

商店街は専用紙幣「拾圓と百圓札」を使う設定も面白い。昔のライスカレー七拾圓也が、高いか安いかは世代別で意見の分かれるところだ。

ポン菓子や街頭テレビの前で、ポン菓子オヤジがリアカーで作り売りに来たことや、街頭TVのプロレスに人が群がる話をしたが、家族には理解不能とスルーされた。💦


モノよりコトを大切に!


当時はスマホもPCもなく、不便でずっと質素だったが、周りの温かい価値感に包まれていた。我々には本来、助け合い励まし合う「向こう三軒両隣り」の精神が根っこにある。

震災時のように、向こう三軒両隣りの心配りで、今こそ地域が一丸となる局面にいる。昔の町内の事情通のお節介おばさん登場だ!


昔の三種の神器はTV・洗濯機・冷蔵庫。今はドラム式洗濯機・スマートスピーカー・ロボット掃除機らしいが、所詮不要な人には無用の長物。

今は「物より事」の時代。モノは多様だがコトの価値は変わらない。何に幸せを感じるかで、今は心の在り様や自然回帰へと変容している。

物質的な豊かさでは、心の平穏や安らぎは得られない。深呼吸して立ち止まる事も重要。

交通網の急拡大に「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」の73年全国交通標語と「気楽に行こうよ♪俺たちは」の71年モービル石油CMを思い出す。

これは、働き過ぎで「日本株式会社」「経済アニマル」と揶揄された頃の作品。当時のモーレツ社員に「たまには肩の力を抜こうよ」と問いかけて話題になったが、気分の重い今こそ、肩の力を抜き一息つくのが必要かもしれない。

因みに、このCMをYouTubeで再視聴したが、今ならコンプラ的に絶対流せないなと思う。

やっぱり「昭和」は、おおらかな時代である。







2021年8月11日水曜日

デルタに負けず!

 デルタ株猛威もあり、感染拡大が止まらない。一方ではワクチン2回終了者も増えてきた。

職場接種の娘は39度で会社を休んだが、息子と合わせ子どもは2回目完了。家内が済めば一段落。気になるのは若者の接種率がまだ低い事。

しかし現在はデルタの脅威、2回接種者が感染、医療見直し、海外では3回目接種、集団免疫は8割以上と課題は山積みだが、今は現実を自分事として冷静に受け止めるしかない。

感染拡大は我々の気の緩みが大半。自戒も込めて今一度、気を引き締めて、更なる感染防止対策を徹底するしか他に手がないのだ。


身近な感染に気を引き締める!


最近は身近での感染が恐怖だ。先日は息子の柔道部の出稽古先で陽性者。幸い、息子たちは濃厚接触者とならず、部活1週間停止ですんだ。

初参加「全国大学柔道団体戦」は秋に延期。もうすぐの個人戦関東予選も延期になり、モチベーションを維持し本番に向け調整するしかない。

友人の話だが、同居の娘さんが発症。ところが病院が空かず家族で自宅隔離。その後、彼女は指定ホテルに移動したが、治療の先行きは不安だ。

いつ我が身にも降りかかるか分からない。今感染爆発で東京の自宅療養二万人。医療は機能不全だが、保健所は濃厚接触者の基準を厳しくした。現状では安全を担保できないのだ。

未だに若者で賑わう新宿・渋谷は何とかしないと大変なことになる。マスコミで政治家や見識者がいくら自粛を訴えても、若者には届かない。

彼らはスマホ中心でTV・新聞は蚊帳の外。SNS発信やYouTubeなどデジタルも多用しないと、危機感が希薄な人々の心は掴めない。


そんな最中の東京五輪。賛否両論あったが、始まれば日本の活躍に一喜一憂。私は柔道で不在だった階級のメダル獲得に歓喜した。

残念なのは注目選手の予選敗退。大会延期の緊張感の維持、コロナ禍ルール、加えて優勝への重圧が重なり、本来の自己管理が難しかったようだ。逆に、目立たずマイペースで当日に臨んだ選手が活躍したと思うのは私だけだろうか。

やはり外野に邪魔されず、淡々と臨むにかぎる。羽目を外さず細心の注意を心得たい。

税金で五輪委員のお粗末人事や他人のメダルを噛んでるならば、若者に刺さるカリスマ人物を使い「自粛ガンバレ」の訴求動画やインスタライブを配信しろ!と叫びたい心境である。

絶叫並みの蔓延だが、デルタに勝つには2回接種で安閑とするな!と自分に言い聞かせた。







2021年7月21日水曜日

大谷選手の無我夢中。

 今、米国での大谷翔平の人気は凄まじい。当然だが日本でも大人気。私も大谷選手の異次元のショウタイムを観るのが日課である。

彼の細やかな礼儀作法や、野球と向き合う姿は日本人として誇らしく、我々が最も見習うべきは、彼の夢の実現への計画とその道のりである。

私は、花巻東の佐々木監督が仕掛けた目標設定表が、大谷を怪物にした原点と思っている。

前の会社フュージョン時代、マンダラーチャートがビジネスの目標設定に最適で、社内外の教育メニューにしていた。その際、大谷チャートを研究したので他人事とは思えないのだ。

彼の目標設定表は、何が必要で何をすべきか明確で、これを高校1年で作成したとは驚きだ。彼がこれを一途に追いかけた証が、今に繋がっていると深く納得できる代物だ。

9つのマスの中心に、目標「8球団ドラフト1位指名」と置き、具体的な「小目標」を周囲の8マスに、スピード160K、キレ、運、と設定していく。

次に小目標を中心に置く。彼は「運」を呼ぶ為に、①挨拶②ゴミ拾い③道具を大切に使う④審判さんへの態度⑤応援される人間になる⑥部屋そうじ⑦プラス思考⑧本を読むの8つの行動に設定。そう、彼のゴミ拾いは「運拾い」なのだ。

どうだろう。武道の礼節と心技体の鍛錬で、今の大谷選手の姿は野球を超えた野球道である。高校1年から軸をぶらさず継続する姿に感動してしまう。


無我夢中の姿に魅了される。


類まれな体格と運動能力は勿論だが、彼が更に凄いのは、自分を追い込むのでなく、純粋に野球を楽しみながら積み重ねている点だ。

そして結果的に、人は「無我夢中の姿に魅了される」という真理まで立証してくれた。

無我とは「我」を張らず、自我を捨てる忘我の先に「無我」が得られるという。そして次が夢中。子どもがゲームに没頭だが、夢に日付けをつけ計画に変えての行動を「夢中」としたいものだ。

「無我」は簡単ではない。人は地位を得ると自分を勘違いして「自我」が強まり、独善的で鼻持ちならない人になったりする。そうならない事が「魅力的で慕われる人」への道なのに、我を張り通す権威的心地よさには勝てないのだ。


結局、我々は大谷選手のような「一途で謙虚」が好きなわけで、周りに一途に謙虚に一隅を照らす人は必ずいる。遠くの大谷より近くの人の「無我夢中の仲間」を発見出来たら自分の励みになる。

「一途で謙虚で無我夢中」答えは分かるが、その実現は難しい。凡人は少しでも答えに近づくために、今日も大谷選手を応援するとしよう。




2021年7月7日水曜日

2回接種を終えて。

 ワクチン接種の加速と供給不足は悩ましい話。今は嘆くより速やかな行政連携で、接種率6割の集団免疫化へと進むことを願うばかりだ。

娘は職域、息子は大学で今月に1回目の接種だが子どもから「接種すべきかな?」と問われ「当たり前だろ」とその時は迷いなく答えた。

後日、新婚の医療従事の友人に「私は子どもが欲しいので、遺伝子影響のデータが揃うまで極力接種は待機したい」と言っていた。

あくまで私見だが、医療関係者の接種状況が公表されないのは、接種ステイの方々が意外と多いのではと思ってしまう。

一方、医者は妊婦さんには接種を推奨している。接種したお母さんが「無事の出産と子どもにも抗体を」と祈るしかないのも悩ましい話だ。

リアルな副反応より、何十年後かの影響不明は、この先の人生が長い人には深刻である。子どもが是非を尋ねたのも迷う友が多いからだ。

そんな未来へと繋がる人々も、結局は自分で選択するしかない。あくまで接種は自由。接種拒否がワクチンハラスメントに繋がってはならない。

加えて、路上飲み、陽性隠し、マスク拒否の社会的モラルの逸脱者も現れた。犯罪行為は言語道断だが、集団での差別の発展は避けねばならない。


私には、倦怠感より安堵感!


そんな最中、生いさき短い私は高齢者枠でワクチン2回目を終了。感染防止以外に集団免疫化への一員になれた事は、少し嬉しい気がする。

2回目接種後は約半数が発熱と案じたが、高齢者の発熱は1割程度らしい。私の場合は平熱が約36.4度だが接種した夜に36.9度に上がった。

微熱だが、一応市販の解熱剤を飲み早々と就寝。翌朝は平熱に戻り普通に仕事に出かけた。

腕の痛みは2回目がきつく倦怠感と併せ2日後には回復した。しかし、そんなことより最大で最高の感想は、接種後のえも言われぬ「安堵感・安心感」の方が遙かに大きかったことだ。


今、コロナも生存をかけ変異に次ぐ変異。我々も生き方変異を画策するが、敵もなかなか手強い。まさに人類の英知vsコロナの変異の時間勝負だ。

コロナを封じ、以前の経済に戻すのに10年かかると語る学者もいるが、もはやそんな猶予はない。戦後日本が驚異の発展を遂げたように、私達一人ひとりが粉骨砕身する時である。

「七字のうた」と併せ「明けない夜はない。朝がくれば、昨日と違う一日が始まる」。一番に挫けそうな自分自身に、言い聞かせたい言葉である。