2022年12月30日金曜日

2022年の再会に感謝。

本年も皆様のお力添えを頂きながら、無事に越年できそうだ。仕事も家庭もつつがなく過ごせたことに感謝以外の言葉が見つからない。

仕事ではブランド展開の新たな出会いや業界人との再会と刺激的で楽しい一年だった。業界誌の首領・加藤社長もその一人。再会の時「田邊、あと20年は現役でやれ」と言われ、無理と笑うと「何でもええんや、人間、ボケたら終いやで」現役82歳の社長の言葉は重かった。

「再会」は互いの生存が大前提。大切な人を失う度に、会えなかった後悔は増幅する。今だから機を逃さず、大切な人との再会を目指したい。


2022年を振り返る。



さて本年の我が家。仕事に追われた娘が、最近は仕事を追えるようになった。息子は来春の教育実習を控え、就職と柔道の仕上げの4年生になる。大黒柱の家内は多少のガタはきたが、依然元気で我が家の相談役として君臨している。

今年の腰痛事件では、遊びも仕事も苦痛でしかなくなり、改めて健康の有難さを実感した。

皆様もくれぐれもお身体ご自愛頂き、お互い笑顔で再会させて頂きたいと願うばかりだ。

お陰様でこの一年、出会いと再会を喜び、感謝の心で締め括れそうである。来年もそう思えるよう老体むち打ち奮闘して参る所存です。

来たる2023年も倍旧のご厚情をお願い申し上げ、年末のブログとさせて頂きます。再見。







2022年12月22日木曜日

無神経でも神経痛。

年の瀬に恐縮だが痛い話を一つ。実は数か月前から腰が張って左下肢上部が痺れる。整骨院のマッサージを受けていたが痺れは好転しない。

そんな最中、関西イベントの立ち仕事で腰痛が再発、何とか湿布で凌いできたが、師走に入り急に左腰から股関節が動けないほど痛い。これは尋常じゃないと整形外科に飛び込んだ。

結果はどうやら坐骨神経痛のようだ。坐骨、左臀部、左下肢と続く末梢神経が、加齢と腰椎疾患で神経が圧迫され痺れや痛みが現れたのだ。

しかし神経痛がこれほど痛いとは思わなかった。じっとしていても辛くて堪らない。このままでは通常の社会生活が困難かと不安になる。

有明医療大の福田先生からの「電気治療と温める」を守り、電気治療に通いだすと徐々に痛みが緩和され、痛み止めとカイロで、何とか動けるようになってきた。現在、まだ痛みと痺れはあるが、外出に支障がないまでに回復したのは有難いことだ。


腰は身体の要、大事なことは本腰入れて。


これを機に減量で腰の負担を減らし適度な運動だ。『病気になって健康の有難味を知る』とはこのことだ。糖尿と高血圧なのに痩せようとしない罰だ。

ヘルニアの息子も要注意だ。聞くと柔道部にも坐骨神経痛で、もはや痛み止めも効かず乱取りも出来ない部員がいるらしい。学生時代ラグビー漬けだった友人は歩くにも苦労したが、減量し腰回りを軽快にしたら格段に改善したと話す。

「腰」は身体のカナメ。「減量と適度な運動」に何かと理由をつけ及び腰だった私だが、いよいよ脂肪が付いた重い腰を上げる時がきた。筋肉の衰えと腹筋と背筋のアンバランスも原因のようで、肉体改造にも本腰を入れないと先がない。

途中での挫折は「まさに腰砕けだあ」と考えたら、ふと「腰」を使う慣用句が実に多いことに気づく。やはり心技体のカナメは「腰」なのだ。

何事も「志高腰低」。常に志しは高く腰は低くの精神で「腰を据えて取り組む」ことだと腰痛以上に痛感した。皆さんも腰は大切に!





2022年12月7日水曜日

筆司・鉄舟との再会。

現在ジモスでもお世話になる広島熊野の竹宝堂さん。会長の鉄舟先生は化粧筆の巨匠であり、日本が誇る化粧筆は竹宝堂無くしては語れない。

鉄舟さんとの出会いは、カネボウが化粧筆シリーズを「鉄舟コレクション」として発売したくて、著名な「鉄舟」さんの名前と商品コラボをお願いした2004年の18年前に遡る。

そこはブログで紹介したので語らないが、その後の東北時代も仙台に来て頂いたり、花王広島時代は家族ぐるみのお付き合いと思い出は尽きない。

2011年、広島から東京に戻る辞令がおりた。実は「筆の日」に家族で行くと鉄舟さんと約束していたが、異動準備で平日に私だけご挨拶と告げると「ご家族で来ると約束したじゃないですか。あんまりだ、考え直して下さい」と怒られた。

あの温厚な鉄舟さんの頑な態度に、商売抜きで、本当に待ち望んでいた気持ちがヒシヒシと伝わり、実はとても嬉しかった。

私は彼との約束を守り、休日に家族で熊野を訪れた。鉄舟さん達の暖かい歓迎と筆作り体験など家族も大喜び。今では大切な思い出である。

6年前にお孫さんの結婚式でお会いし、今年は広島市内で息子の臣社長と孫の祐太郎さんとは会ったが、鉄舟さんとは会えずじまいだった。


鉄舟さんとの再会と約束


この度、鉄舟先生が長年の筆司の功績が認められ「黄綬褒章」を受勲された。自分のことのように嬉しい出来事だ。私的には遅すぎの感だが、とにかく、これは友としてお祝いしたい。

行くなら今しかない!大阪でのイベントから足を伸ばして熊野の鉄舟さんを訪ねた。現在の竹宝堂は、息子の臣社長と孫の祐太郎専務、地岡常務が脇を固めて鉄舟会長を支えている。

応接間で祐太郎専務と話をしていると、鉄舟さんが入ってきた。あゝ懐かしい、がっちりと握手を交わす。90歳になる鉄舟さんは以前と変わらずお元気で、近況や昔話に花が咲いた。

そのあとご自宅で奥様と三人で楽しい時間を過ごした。来年の9月は家族で筆祭りに行きたいなと話すと「それまで生きとります」と言う。私はすかさず「約束ですよ」と返した。

ところが約束したのに、鉄舟さんは時折り「もう私の周りには90歳は誰もいません。来年はどうなることやら」と気弱なことを口にする。

昭和20年8月6日、学徒動員で中2生だけ工場にいた事で生き残った彼の死生観は知る由もないが、周囲はいつまでも元気でと願うばかりだ。

確かに人生には終わりがある。だからこそ今を噛み締めるしかない。そして再会を約束したなら、お互いそれまでの時を全力で刻むのだ。

私自身、元気なうちに再会したい筆頭が鉄舟さんなのだ。加えて我が家にとっても大切な思い出は、熊野の鉄舟さんと宮島の海岸なのである。

帰り際にもう一度「来年は家族で訪れるから」と鉄舟さんと固い握手を交わした時、何としても家族での熊野旅を実現させようと決意した。


■筆の世界に生きる竹森鉄舟氏との出会い

http://tanabeshiho.blogspot.com/search/label/%E9%89%84%E8%88%9F?m=









2022年11月20日日曜日

大学柔道物語⑥4回生。

柔道息子が来春で大学4年になる。あっという間に大学柔道もあと1年余りだ。いよいよ社会人としての将来を模索する時期が来た。

実は3ヶ月前、彼の腰に激痛が走りヘルニアと診断された。今までの柔道腰痛に加え、240㌔のデッドリフトが引き金になったようだ。今は相手の技を耐えようと踏ん張るとかなり痛むらしく、無念だが以前のような動きは難しくなった。


椎間板ヘルニアは腰を酷使する柔道家にも多く、手術しても完治は難しい。有明医療大の福田先生の指導で柔軟と血行促進に努めるが、今後は痛みと上手に付き合うことになる。

監督は先日の全日本学生の団体戦メンバーから息子を外した。大事な大会で、腰に爆弾を抱えた力不足の選手の入れ替えは仕方ない。本人はショックだが、これを自分と向き合う機会と捉え、柔道部は後輩に経験を積ませる機会となった。


柔道では飯が食えない。



柔道家なら憧れる世界柔道大会は、全日本代表メンバーから各階級一人しか出場できない。プロアマ問わず、どのスポーツでも一握りの選手に淘汰され、外れた者は今までの鍛錬や上下関係で得た礼節を身体に刻み、新たな道を歩むのだ。

息子も分かっている。体育の教職を選び、来年は母校の安田学園で教育実習だが、体育や社会科の教員は人数も多く空きが少ない。教員資格だけでは先生になれないのが現実だ。

先日の千葉県学生大会では、腰の調子が良く優勝したが、直ぐに事態の好転はない。さすがにお気軽な息子から進路相談したいと言ってきた。

勿論、幾らでも力になるが、一番重要なのは自分はどうしたいか、何をしたいかである。

柔道家に多い警察・消防の公務員だが、今は倍率も高くかなり難関。だからといって、どこかの会社の営業でもの仕方ない発想はダメだ。事前にOBや会社を訪問し、やりたい方向を絞らないと、あとで後悔して転職グセが付くだけだ。

「学生時代を謳歌」とは無縁な柔道漬け生活をやり通した一途さは素晴らしい。しかし柔道と素直と根性だけでは、厳しい世間を乗り切れない。

この3年間、大学柔道も大会中止か無観客試合で見学できずにいたが、ここにきて「柔道息子vs就職」という柔道以外の初試合が始まる。

この真剣勝負は柔道と異なり、私は多少のアドバイスしながら観戦できる。息子には一大事だが、正直、これは見ものである。



2022年11月2日水曜日

時の流れが早すぎ。

早いもので、あと2か月で2022年も終わる。年を追うごとに時間の体感速度は早くなる。

以前、紹介した「ジャネーの法則」。人生のある時期に感じる時間の長さは、年齢の逆数に比例する、つまり年配者ほど時間が早く過ぎる。

学生、恋愛、社会人と20代は新鮮で濃密だから時間も長く感じるが、それ以降は、慣れと経験値で流せるので、刺激も減り時間は短く感じる。

一方、我々は日常生活の合間に入試、冠婚葬祭など人生の岐路となるようなイベントが訪れる。この刺激的場面は若い頃に多くて、加齢と共にその機会は徐々に減少し、やがて平穏な繰り返しの時間が増えていく。

そして引退後、散歩が趣味では寂しすぎる。今、元気な高齢者の「終活」流行りは、目的や機会を失った人々の本番探しなのかもしれない。


その日のまえにやる!


重松清「その日のまえに」は、余命宣告を受け、本当に大切なものを見つける感涙話だが、まだ元気なうちは葬式の心配より、会いたい人、やりたかった事を「終活のまえに」トライすべきだ。

私の父は自分の肺ガンが転移したと知ると、我々の反対も聞かず抗癌治療を中止し、お世話になった方との会食訪問の行脚を強行した。1ヶ月程の行脚だったが、最後にオヤジとお会いした方から「嬉しかった」の感謝を聞くと、これは、これで良かったんだと思っている。

私も皆さんもいつ死ぬか分からない。そう思うと私自身、あの人に会いたいと思いながら放置している人がいる。オヤジのように余命宣告でも受けないと、実際の行動に移せないのかと考えてしまうし、「今さら」とか「今度やる」は実現する気がないと同じである。

一昨年、ブログをみた高校の友が連絡をくれ再会した。今では頻繁に相談し合う仲である。その気になれば実現可能なのだ。要は自分次第だ。

今夏、療養中にコロナに感染し逝去した神戸の恩人とは「また会おう」の口約束で終わってしまった。まさに後悔先に立たずとはこの事だ。

今年もあと僅か。時間に追われ走り回っている今こそ、気になるあの人に会おうと決めた。








2022年10月15日土曜日

よっさんの教え。

 田邊家の仲人でカネボウの大恩人に電話した。ここでは「吉さん」と呼ばせて頂くが、販社から本社時代の上司で、出会いから30年が経つ。

鐘紡解体で、吉さんは化粧品本部長から食品事業に異動、のちにクラシエ食品の社長となる。引退後は奥さんとゴルフ三昧で優雅なものだが、前立腺を患ったと聞き、慌てて連絡を取った。今はホルモン投与で安定していると聞き一安心した。

自分が放射線治療で大変なのに「志保、家族は元気か?お前も歳やから無理すなよ。またゴルフ行こうや」と私を案ずる言葉に涙が出そうになる。


12年前、花王広島から浦安に戻った日。吉さんから「今から嫁さんと行くわ、昼飯食おうや」私が「荷解き中で何もないすよ」と断わると「ええから心配すな」と電話を切られた。

やがて奥さんと弁当持参でやって来て、近況話と食事が終わると「これプレゼントと晩飯や」と手作りの薔薇の鉢植えを置き、奥さんが追加の食料を家内に渡し「康代さん押しかけてごめんね。飲み物は冷蔵庫よ、じゃあね」と帰ってしまった。

あっという間だったが、有難味が湧いてくる。引越しは食事に困ると晩飯まで用意し、様子をみたら去って行くとはカッコ良過ぎる。

自分も転居を繰り返したから、心憎い気遣いができる。私も真似して仲間の転居に差し入れると、この心配りが次の後輩へと連鎖していく。


本社では吉さんと何度も修羅場を潜った。当時は本体からの化粧品へ無謀な売上要請の結果、市場に商品がダブつき非取引店での乱売が多発した。

混迷する流通とブランドの護持に、闇マーケット相手に一番苦労した時期で、本体に盾付き「煮るなり焼くなり好きにしろ」と腹を括った仲で、盃を交わした義兄弟のようだった。


吉さんが与えた影響。


吉さんは「仕事に厳しく人に優しく」の権化。言い訳をせず、自己犠牲もいとわない。本社時代「将来、お前の下で俺が参謀の方が上手くいく」と何やら勝手に画策していたようだ。

「自らで部下を上司にする」解釈不要の自己犠牲の組織人事だが、結果は会社自体が解体に追い込まれる事態となり全ては絵空事となった。

彼曰く、仕事の成果は人間力の掛け合わせ。個々の能力を最大化させるのがマネジメント。今は未完でも前向きで向上心ある奴を配置すると、後々格段の差がでると教えてもらった。

そして真摯に「仕える」人にヒゲをつけ「任せる」こと。任せても口を挟まないと相手の成長は止まる。吉さんはそんな事を教えてくれた。


さて、吉さんの近況だが、放射線治療が功奏し元気一杯だ。ただ、女性ホルモン投与で筋肉が落ちゴルフの飛距離がガタ落ちとぼやいていた。私が「今なら勝てるな」と言うと「飛距離じゃ負けるが、まだ勝てるやろ」と嬉しそうな返事。

元気で強気な言葉に、私は思わず笑みがこぼれた。吉さん、いつまでも元気でいてや。










2022年9月16日金曜日

顔パンツを外す。

まだマスクは外せないが、今は自粛も行動制限もなく、せめてコロナ禍での活性化を目指すが、コロナ前に戻るのは到底無理だ。

一方、この2年でリモートの会議や商談が定着。互いに集合は不要になり、大幅な時間短縮を実現したが、私は初会から画面だけの関係は、正直ちょっと怪しく感じてしまう。これはマスク顔だけの付き合いも同様で実在感がないのだ。

我々はマスクの下を、勝手に平均二割り増しの美男美女に想像してしまうらしい。マスクを取ったら、がっかりなんてあり得る話だ。

今、話題の全顔を晒せない「顔パンツ」は言い得て妙だが、本末転倒、何か違う。因みに私はマスク顔の知り合いに、違う場所でお会いしても、同一人物と判別する自信は全くない。

しかしマスクは当面続くから曖昧に付き合うが、早く全顔でお付き合いしたいものだ。


「顔パンツ」を乗り越えて


災害速報や政府の会見で、アクリル越しの素顔や、透明マスクを使うのは、聴覚障害の方が読唇しやすいとの配慮があるそうだ。耳が不自由だとマスク越しの対話は苦手なのだ。

以前も書いたが、全てのゲストに応えるTDLは、耳の不自由な人も歌を楽しめるようミッキーは手話を交えて歌う。車いすスペースや音声/触地図、点字パンフなどTDLの「身体的な機能が低下している方」への通常対応なのだ。TDLのような機能低下の人々への対応が、社会全体にもっと浸透すれば、どんなに素晴らしいか。

私はマスクやリモートを簡単に語るが、視聴覚障害の方々にしたら、素顔に触れる事も、表情や声色を読み取る事も、読唇術も困難となると深刻な事態。ましてリモートでは尚更だ。

しかし、リモートの文字起こしや手話通訳の導入など進んでいないのも現実。

そうコロナ禍で最も苦労されているのは、そんな方々なのだ。想像を超えた彼らの不便さを思うと、自分の苦労など取るに足らない。

願わくはウイズコロナの未来が、全ての人々に「優しい世界」へと進化することだ。

せめて私自身も不便さを愚痴る前に、相手の方に何が出来るかを考えようと思い知った。
















2022年8月28日日曜日

変われたら変わる。

 以前も紹介した言葉。世の中で変わらないのは「他人の心と自分の過去」で、世の中で変えられるのは「己の心と自分の未来」まさに名言だ。

良否問わず過去は戻らない。明るい未来の為には自分をどう変えるかだ。反省多き過去ならば、今までの自分の生き方が間違っていたのだ。

対人関係が原因なら、相手の人間的側面を知り、好感を持つ努力から始める。相手をよく知らないから苦手にしてしまう。(ザイアンスの法則)

社内での提案も、己の都合を優先し相手を変えようとせずに、事前に反論者への根回しや譲歩するのも「突破力」の一つだ。加えて、決めるなら満場一致させないと、推進も責任も提案者に偏り、ヘタ打つと孤立無縁になってしまう。


家内のために自分が変われ!


結婚して25年、未だに「家内の為なら今すぐ死ねる」と周りに言い続けている。とっておきの秘訣は「今日もまた自慢した」と家内に伝える事だ。何を自慢したかまで話すと、家内がその事で進化するから不思議だ。そして、また自慢するのだ。


カネボウ存亡でテンパった事も一度や二度でない。その都度、家内に救われた。ある事態の収拾で奔走した時に血尿まで出た時、もう限界だなぁと音をあげたことがある。

家内に「買ったばかりのマンションを売り払い、田舎に帰ろうか」と相談したら「売るより貸そうよ」と言われ拍子抜け。あれだけ喜んだ持ち家に執着しない(フリ)をしてくれた。あの一言で肩の力がすーと抜けたことは今でも忘れられない。

霞が関での取り調べは「大丈夫、命までは取られない」と思わせてくれた安息場所が我が家だった。玄関でその日の「重く傷んだ鎧」を脱ぎ捨てる動作をしてドアを開けていた。

これは効果的。イメージトレーニングと同じで「背負ったものを脱いだ」と思う事で、オン・オフが切り替わり、気持ちが軽くなるのだ。

仕事のウサを家に持ち込むと簡単に家庭は崩壊する。私には、家族との食事、子どもと遊ぶ、家内との世間話など、何でもない日常が自分をどれだけ救ってくれたか。

時は流れ、今は娘は仕事で息子は別居で食事はバラバラ、世間話は家内と娘、そして重い鎧も無くなった。仕方ないが少し寂しいものだ。今後引退した時に、粗大ゴミにならぬよう家内との接し方を見直さないとヤバいことになる。

先ずは結婚式で、皆様に誓った言葉を思い出せ!

『友(家内)の悲しみに我は泣き、友(家内)の喜びに我は舞う』の「友」を「家内」に変えると豪語した25年前を、しんみりと噛み締めた。💦


■「人を知るほどに好きになる」は本当だ。 (ザイアンスの法則)

http://tanabeshiho.blogspot.com/2013/11/blog-post.html?m=1










2022年8月4日木曜日

BADをGOOD変換。

 経験を積むと、腹が立つ事や悔しい事は減るかと思ったら、むしろ以前よりしょうもない事で腹が立つ。最近では日常でムッとする事が多い。

乗ろうとした電車のドアが直前で閉まった。昼飯カレーの夕飯がカレーが出た。朝から大雨。エアコン故障。注文と違うものがきた。欲しいものが品切れ、思いきり脛か爪先をぶつけた、痛。

ムッとする程度でも、自分が原因だと情け無くて悔しいが、外的の原因だと相手に腹が立つ。どちらも精神衛生上よくないのは確かだ。

一方で嬉しい事が直ぐ浮かばない時は、自分のバッドニュースの感度は敏感なくせに、グッドニュースのセンサーは鈍感なのだ。勝手なものだ。

ならば、先ほどのムッとしたBAD事件をGOODの愉快に変換したら、楽しく前向きになれる筈。

電車のドアが閉まったから、駆け込み乗車の危険を回避できた。クーラーが壊れたから節電できる。朝から雨で水不足が解消できた。品切れは節約。ぶつけた箇所が骨折せずラッキー。

ほら、捉え方次第でGOODに変わる。これを機に一つでもプラス思考変換を意識づけたい。


もっと早く言ってよ!


センサーと言えば、若い社員との感覚の違いにも驚かされる。先日、若手が予約したホテルが、本人だけ朝食付きで我々は素泊まり。意図的かと嫌味を言うと、ネットの入力ミスと謝るが、詫びる前に入力画面の確認不足を反省せよ。

こんな段取りミスが取引様への配慮不足になる事を案じ、ついバッドセンサーが稼働する。

もう一つ、バッドニュース・ファースト報告の遅れも課題。これは即対応だから、CMのように「もっと早く言ってよ」と叫びたくなる。

仕事の報告は、グッドかバッドかの結論を先に言ってから、その説明だ。聞く側はグッドの場合は「どこで褒め」バッドは「何が原因か」かと、聴く耳をどちらかに変えるからだ。


さて、バッドな心を少し前向きにする名言は、『雲の上はいつも晴れ』。今は暗雲立ち込めようが、その上空はいつも必ず快晴だよ。

と書いたら、今日もバッドニュースが飛び込む。また仲間がコロナ自宅待機になる。ここは「早く回復し元気倍増で復活」と捉えるしかない。

やはり「コロナに腹が立つ」は変えられそうもない。まだまだ修行が足りませんな。💦






2022年7月15日金曜日

「わたせ せいぞう」の世界。

学生時代、漫画家になりたかったが、イラストは趣味の域でバンド活動や暴走族に明け暮れ、大学も気楽な風来坊生活を送ってしまった。💦

さすがに会社員では、クリエイティブな宣伝部を目指したが、結果はコテコテの営業職。後半の本社で企画やデザイナーのプロをみて、自分には創作の世界は無理だと諦めた。


「わたせ せいぞう」との再会。


先日、大丸東京で「わたせ せいぞう」展示会を見つけて、嬉々として家内と出かけた。

わたせ せいぞうは、80年代の漫画モーニング初の全編カラー連載「ハートカクテル」で出会い、都会的でお洒落なイラストに魅了されたものだ。

今は、東京のカレと京都のカノジョの遠距離恋愛の12か月「暦を巡る冒険」が好評で「東京暦~6月」の東京タワーもステキだ。因みに私のスマホの待ち受けは、オープンカーの2人である。

展示会では、わたせ氏がお客様からの完全オーダーイラストを制作する企画があったが、値が張るにも拘らず残念ながら終了していた。


ブランドは世界観が決め手。


今回、わたせ せいぞう作品に再会して、77歳になる彼が一貫して世界観を変えずに、透明感溢れる作品を描き続けている事に感動してしまった。

現在、私が取り組む「SINN PURETE」もブランドの世界観を守り、その継続の差積化を目指すが、まさにその重要性を彼の作品が教えてくれた。


不易流行。時代の流れで価値の変化はあれども、本質的な事は変わらない。最近、恋愛やデートが億劫で敬遠する人が増えていると聞く。面倒を嫌う臆病な風潮だろうが「人を好きになる」という人間の本質と、自然の摂理に勝るものなどない。

人間が欲する感情は不変。わたせ作品のテーマ「恋愛」のときめきや「純愛」の素晴らしさが、恋愛を躊躇する若者に届け!と願うばかりだ。

恋愛とブランドは永遠に!と願う私には、粋でカッコいい世界観を守り続ける「わたせ せいぞう」に大感謝となる展示会であった。









2022年6月29日水曜日

流行り歌に泣き笑い。

 コロナ以来、行かなくなった場所の一つにカラオケボックスがある。以前は2次会で仲間と騒いだものだが、感染には危険な場所と指摘され、加えて会食もなくなると全く行かなくなった。

昔、取引先の大切な社長が肺気腫になり、歌う事がリハビリらしく度々お付き合いした。隣で拍手する私に「1人カラオケは虚しいから」と感謝され妙に納得した事を覚えている。

取引先様とのカラオケ接待では、盛り上げ役に徹っするが、請われたら歌うことだ。年配女性が相手ならサブちゃん系の男演歌、年配男性は皆で歌える懐メロ、若い世代なら子どもの頃の流行歌と定番曲を決めていた。

老若男女の場では、誰もが分かる歌が無難。上手い下手など関係ない。ただしマニアな十八番でも聞き惚れるほど上手いと、これはこれで盛り上がる。しかし私の定番曲はもはや懐メロ。今さら新曲を仕込むことも無く、突然、持ち歌が再ブレイクするのを待っている。


歌は世につれ 世は歌につれ


学生時代はギターで歌を覚えたが、社会人になると、流行歌がその時々の心に寄り添った思い出の歌として、五感にインプットされるから、いつまでも深く心に残る。


つい先日、公私共にお付き合いのある元宝塚・宙組のトップスター「姿月あさと」の昭和歌謡祭に出かけた。さすがの歌声に聴き惚れれていると、偶然、思い出深い曲が披露され感激した。

それは「Mr.サマータイム」1978年のサーカスのヒット曲。姿月さんの美声に包まれながら、私が入社したカネボウの昭和53年夏のキャンペーンを思い出す。岐阜販社に配属され、セミナー会場にポスターを貼りながら何度も聴いた曲だ。

ライバル資生堂の矢沢永吉「時間よ止まれ」に負けじとばかり、MrサマータイムをBGMに柳ヶ瀬の店頭イベントのビラ配りや、売り場争いを繰り広げた熱い夏を思い出していた。

姿月さんに、その話をしたら「次回は何の思い出を歌います?」と返された。この機転と笑顔に、私は益々「姿月ファン」になってしまった。

”歌は世につれ 世は歌につれ。人生で多くの歌と巡り会い、情景まで浮かぶ思い出曲が自分の「名曲アルバム」になる。自分の泣き笑いの数だけ思い出の流行り歌は増えていく。

湿っぽい話になるが、おふくろが亡くなる前に病院の窓辺でよく歌っていた「ミカンの花咲く丘」。地元静岡の童謡だが、戦後の少女時代の歌であり、窓辺から見える駿河湾を見ながら、昔を思う大切な「名曲アルバム」だとその時知った。


貴方の名曲アルバムはどんな歌だろう。お互い自分にとっての名曲は大切にしたいものだ。

先ずは、髪の毛フサフサの新人時代と、今は亡きおふくろに想いを馳せ、Mrサマータイムとミカンの花咲く丘をカラオケで歌うと決めた。♫






2022年6月10日金曜日

新宿まで揺られて。

 新宿に通い始めて4年目。ドアtoドアで片道90分、往復で3時間の通勤時間は、1日の稼働時間のかなりのウエイトを占める。

以前のフュージョンとカネボウは往復2時間弱だから、ジモスが一番長い通勤時間だ。混雑も戻り今更ながら首都圏の通勤は尋常じゃない。

最近の電車内は新聞や本を読む人が激減し、殆どがスマホと睨めっこ。完全な生活必需品のスマホは、SNSや通話以外に地図、音楽、ゲーム、書籍、カメラを不要にしてしまった。

紙の活字離れも深刻で、出版業界は様変わりだ。月刊誌は雑貨や組み立てキット付きがメインで、本来の雑誌はオマケのような小冊子である。


在宅できない人のお蔭で在宅できる。


それ以上の変化が働き方。在宅拡大が宅配、物流など在宅不可の業界の需要を増大させた。在宅不可の職種の方々がいてこその在宅勤務なのだ。

昨年、花王は新宿の首都圏販社を引き払い茅場町の本社に集結。社員は在宅か近隣営業所にフリー出社する勤務体制とした。花王はやる事が早いが生産・物流の在宅は今まで通りだ。


先日、娘の部署で役員との会食があり、娘は何を話してよいか分からず、ひたすら頷くだけで疲労困憊したようだ。リモートでは「人となり」までは分からない。コロナ入社組のあるある話だ。今の自粛緩和を機に、失われたコミュニケーションと元気な心を取り戻したい。

若者が、スマホとリモートに慣れてしまい、以前のやり取りが煩わしくなる前に、体温を感じるウエットな付き合いを再開したいものだ。

すると娘から「そんな付き合いは疲れるよ」と言われた。ヤバい、コロナ入社組に緊急事態宣言だ。通勤の面倒はあるが、職場仲間や先様とのリアルなやり取りも大切なのだ。

タスク管理の無機質な関係より「相手を知り好感を持つ」繋がりで仕事をした方が楽しいに決まっている。それが嫌なら対人不要な仕事に転職だ。

しかし無人島でもない限り、何処で何をするにも人間関係はついて回る。そして、それには「人間力」次第で全てを左右するのも事実。

私自身も人間力を高めたいと思う一人。そのために忘れてはいけない諺を思い出す。

『魅力ある人は夢を語り、魅力なき人は愚痴をこぼす』

そうか!ここで通勤時間を愚痴ってる暇があったら、与えられた3時間を自分にどう活かすかを考えろ、が結論になるわけだ。お粗末!








2022年5月22日日曜日

ブログは私のボケ防止。

 ブログを始めた2012年暮れ、花王からカネボウコスミリオンに異動して、OEM事業の更なる拡大を目指しHPを刷新し社長ブログも追加開設した。

社長ブログで、團十郎との舞台白粉やカネボウの歴史や技術を紹介すると、かなり引き合いが増えて、私は密かにブログの効果を喜んだ。一方、花王ネットパトロール隊はグループ会社のサイトや私のブログまで逐一チェックしていた。

ブログで、打倒!資生堂を合言葉に夜中も働く「泥棒・カネボウ・消防」と当時のカネボウの自虐ネタを面白おかしく紹介した時のことだ。

すぐに花王からクレームがついた。残業ゼロを目指す花王として、これは誤解を招くと言う。私は「昔の話で、当時の営業魂を伝えただけ」と反論。会話は平行線なので、一旦見直すと返答したが、全く変更せずに今に至っている。

それにしてもブログはよく続いた。最初は文章がくどくて長文なので、修飾語を減らし簡潔なビジネス文章を心掛けてきて、今は何とか人様に読んで頂ける文章になったようだ。

その時々の思考を文章化すると、己の考えが纏り論理的思考力が育つらしい。それが話し方も上達させるし、何より好奇心が旺盛でいられる。まさにブログはボケ防止にはもってこいである。


実はブログで書けない話がある。


常に本音を書いたが、正直、ある重要な過去を「あやふや」にしている。実は当時、私も何度か東京地検特捜部に呼ばれた。勿論、一介の部長が直接関与する訳もないが、2005年の巨額粉飾の経緯、役員逮捕、崩壊までの一連は、地検特捜と再生機構の絡みで、表面化した事実と、当たり障りのない事以外は書けていないのだ。

当時は事件の信憑性より、世間がどう捉えるかの対応に振り回された。実際、新聞での粉飾報道から昼のワイドショーに移行した途端、お客様から「嘘つき会社」の烙印を押され、店頭で化粧品の容量まで疑われた時は、本当に辛かった。


品格あるお公家様揃いの鐘紡は、根性の野武士社員の化粧品軍団の利益献上と滅私奉公で、幾多の危機を乗り越えたが、もはや限界であった。

そして上位下達の組織は「迷走する主君を裏切れず」に自制なく崩壊していく。鐘紡は解体され、優秀な野武士社員は会社を去り「落武者は薄の穂に怖ず」の境遇にさせてしまった。

鐘紡は2008年に121年の歴史に幕を閉じた。世界に冠たる鐘紡と言われた名門企業の末路は、私如き者にまで、黙して語らずの重荷を背負わせた。

誘われた出版話も、当時のチェーン店部長が知り得る話は「墓の下まで持っていく」と決めたので丁重にお断りした。その後、鐘紡事件は何冊か出版されたが、渦中の役員から自己弁護と一儲けの暴露本が出たときは、さすがに情けなかった。


きっと巷の多くに「黙して語らず」を背負う方が他にもいる筈だ。沈黙を守り一刻も早く忘却の彼方へ飛んでいけ!と願っているに違いない。

ボケ防止の話から逸れてしまったが、私はこの事件が消化不良のままである。ブログ10年目の節目で、その事を吐露した勝手をご容赦願いたい。

いつか全てを書くか、その前にボケちまうかだが、一つ言えるのは、この事件は、既に興味の失せた「昔の哀しい裏話」であることだ。合掌。
















2022年4月30日土曜日

大学柔道物語⑤差し入れ。

 先日、久しぶりに息子の柔道部を見に行った。息子が小学柔道以来、公私ともにお世話になっている増田先生と差し入れの弁当を持参した。

昨年1部に昇格した帝京平成大柔道部は、これからが勝負の筈が大会の大半は中止。ここに来て、ようやく大会が開催され始めた。

先般、全日本Wカレッジ大会が天理大で行われ、帝京平成大も出場したが、上位に食い込めず残念だった。息子は選考会に発熱で自宅待機。大会以前に強敵「体調管理」に敗れた。笑えない話だ。


しかし早いもので、一期生の息子達は3回生だ。新1年10名に小野監督と三戸コーチと、新たに田中コーチが加わり総勢40名の体制となった。

柔道界では、全日本男子の井上康生監督が任期満了で、鈴木桂治氏と交代された。それに伴い帝京平成の小野監督が全日本の重量級コーチに就任。全日本と息子達の監督の両立は大変だと思うが、どちらも益々の活躍を期待してやまない。


一途な練習は噓をつかない!


当日は、出稽古の高校生や女子柔道部も参加した乱取りの真っ最中で、活気に溢れていた。

練習最後は乱取り1本取りで、勝敗がつかない2組の乱取りが延々と続く。その1組が肩で息する息子たち、ついに増田先生から懐かしい檄が飛ぶ。「勇斗!今だ、いけ~!」笑。

昼休憩に入り、1人2種類の弁当を差し入れたが、4個食う猛者もいて、100個の弁当は瞬く間に無くなった。皆が喜ぶ姿は嬉しいものだ。

創部3年目、伝統も実績もない無名柔道部だが、以前、小野監督が「絶対に諦めない雑草魂をもった部員にしたい」と言った言葉を思い出す。

質素な暮らしぶりと、朝晩のハードな練習に一生懸命の彼らを見ると、雑草魂が着々と育まれていると感じるのは、私のひいき目だろうか。

息子たちは午後の練習で、家内と下宿先に寄ったが自炊と洗濯は小まめにやっている様子。穴の開いたボロボロのアンダーウエアを洗濯し、大切に干してあるのを見て、1人暮らしのやりくりで、いつしか経済観念も生まれたようだ。

今回、柔道部の様子をみて少し安心した。息子はやはり柔道が大好きなのだ。これに不屈の雑草魂が備われば、この先、社会人になっても何とかやっていけそうな気がする。

それまでに私ができる事は、息子達の応援と私なりの柔道部の広報活動。少しでも知名度が上がれば良き後輩が集う一助になれるかもしれない。

これからも彼らに差し入れや、自宅に招待する為に、もう暫く引退せず仕事をするか。

さぁ頑張るぞ!柔道部から「元気チャージ」という差し入れを、私が貰った日となった。






2022年4月9日土曜日

天神のSINN PURETE

 昨年上市したマインドフルビューティー「シンピュルテ」は市場評価も高く、公式サイトのお客様もお取扱い店舗も順調に拡大している。

そこで、初の集中プロモーションを福岡で実施した。アンバサダーの「錦戸亮」さんを使い、天神駅を2週間ジャック。福岡3局で錦戸亮CFをTV放映。加えて、香り付き店頭誘致カードを配り、店舗のシンピュルテ売場でお受けする流れだ。


お会いした錦戸亮さんは、礼儀正しい好青年で『ぼくと君のスキンケアは香りではじまる』のイメージにピッタリ。今、世の中はジェンダレス。錦戸さんが男女問わず、香りで心を整える「スキンケア習慣」を教えてくれる。


福岡での2週間は熱かった!


開催まで時間はないし失敗も許されない。それには製造元アナイス社の卓越したコンテンツに、店舗商談、イベントの段取りと、やること満載だったが、関係先のお力で無事当日を迎えられた。

嬉しい驚きはファンの方の「錦戸亮巡り」で、各店舗の錦戸パネルを撮りながら巡回される光景。毎日、SNS投稿の拝見が私の楽しみになった。

錦戸ファンの方は勿論のこと、商品を使用された方からの品質の良さの発信も多数頂戴し、我々に最高の喜びと元気を与えてくれた。

期間中の一部品切れは、本当に申し訳なかった。今は解消したが今後の課題と心得ている。

色々あったが、福岡企画は無事に終了した。お蔭様でセッション数と店舗の集客は記録更新させて頂き、成長へのインパクトは間違いない。


今回、SINNPURETE公式サイトと店舗の売場が上手く連動され「ブランド観」がリンクできた。今は錦戸さんとグリーンカラーに包まれている。

香りで始まるラインだけに、サイトでのご購入と、店舗で試してからご購入の相互を大切に、商品開発や宣伝活動を展開していきたい。

これからも、シンピュルテの世界観をブラさず、マインドフルネスを貫きたい。提唱する化粧習慣が、お客様に定着されるまで発信し続けることで、ブランドエクイティが確立して、結果、多くのお客様にご満足いただけるのだ。

売上げ至上の安易な妥協は、ブランドが短命で終わる事を、私は過去に痛いほど学んだ。

最後に私のこだわり話。「だから何」だが、今年のトレンド色で、SINNPURETEでも使用のグリーンカラーの小物や雑貨を、さりげなく身なりに挟み込み一人悦に入る事が、密かなブームである。

ところが、買い込み過ぎて「こだわりへの出費」に拘れなかった自分を少し反省した。💦


■SINN PURETE 公式サイト   https://sinnpurete.com

■SINN PURETEインスタhttps://www.instagram.com/sinnpurete/?hl=ja





2022年3月21日月曜日

悩み多き者よ。

 小学生の頃「自分は何処から来て、何処に行くのか」と考えたが答えは出なかった。誰もが抱く成長期の謎かと思っていたが、ウチの子どもには「考えたこともない」と一蹴された。

この疑問は人間の持つ「意識」から派生するが、我々は意識を感覚的にしか理解できない。小難しい話になるが、生物学的には生存に必要なエネルギーとの関連が深い。

もともと「意識」とは、生物が不足したエネルギーを補うために、移動する目的で備わってきた機能だと言われている。小さくシンプルな生物は、ただ食物を取り込むだけで「意識」は必要としないが、ヒトはそうはいかない。

言語を使い五感を駆使し良質な食物を求め、狩猟や農耕など集団意識を形成し、膨大な時をかけ意識と感情を複雑化させてきた。

言語の進化は同時に「嫉妬・優劣・差別」などの感情も育て、意識的に嘘をつく生物にもなった。これが無毛な争いの始まりでもある。

突き詰めると、人類の文明や産業などあらゆる活動はエネルギーを巡る歴史に他ならない。


悩み多き者、肩の力を抜いて。


要するに「ヒト」は面倒くさくて貧欲で厄介な存在なのだ。故に「悩み多き者」になる。

自分が存在する答えなど無いと思えば「なるようになれ」の達観と、飾った世界に流されず今日を精一杯生きる一途さも好きになれる。

ところが悩む時は、簡単に割り切れない迷路にいる。その時こそ「まっいいか」のノリが、乗り越える術になる事を、頭の隅に留めるのが大切。


江戸時代の佐賀鍋島藩士で「葉隠」で有名な「山本常朝」は、武士道とは死ぬことと見つけたりと唱えた一方、短い人生、好きな事で暮らし嫌な事をするのは愚かなり。と今時の若者が曲解するような名言を残している。

先日、友人から「葉隠」の真理を教えられ、誤解に気づいた。死ぬことなりとは「決死の観念」で己の死と向き合い、今を死人と解釈すれば、何も怖い物はなく「死ぬこと」を超える苦しみなどないと達観して、今の辛苦を乗り越えるそうな。


人間の一生は、誠にわずかな事なり。

好いた事をして暮らすべきなり。

夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして

苦しみて暮らすは愚かな事なり。


好きな事だけは魅力だが、決して好き勝手に過ごすことではない。死ぬ以外は全て楽勝だから「〜せねばならない」の義務化など些細なこと。まさに人生を楽しく過ごすコツである。

しかし私は、やるべき事が億劫になる。ここは「明日への好奇心」になる関心事を探し「命までは取られない」の気楽さを身につける事だ。

いや、こうして愚痴ること自体が、恵まれた環境だ。もし、今日やる事も好奇心も無くしたら、生きる目的を失い、エネルギー補充だけの「意識不要」の生き様しか残らないのは悲しい。

そう考えると「文句を言ってるうちが華」であり「言われるうちも華」なのである。そして、しんどい時は「まっ、いっか」で笑うとしよう。







2022年2月25日金曜日

娘が遅くなる理由。

前回の健診結果だが、腫瘍検査も異常なかった。ホッとして急に食が進む単純な私だが、課題は脂肪肝で減量を厳命された事。💦


実は娘の健診結果も良好だったが、娘のお疲れモードが気になる。連日帰宅が遅い理由を聞くと「仕事が終わらない」と一言。

そこで業務を詳しく尋ねてみた。娘は建築資材メーカーの開発部にいるが、化粧品の開発と勝手が違い、フローや時間の比較が出来ない。

娘の会社の資材が国立競技場に使われたと聞き、天井・床・壁の資材が主力商品と分かっていたが、オペレーションや市場の相関が分からない。

娘曰く、開発部は資材の開発の他に、カスタマイズした資材の製品化も並走する。体育館なら種目や観客数の用途に応じ、パーツと資材を組み合わせ提供する。つまり受注次第で忙しくなり、且つ失敗は許されず常に気が抜けないのだ。


巨大地震に備える努力!


娘の神戸出張の話も興味深かった。神戸にある地震実験所で大型地震を再現して、資材の影響を調査したという。同時に大手の電化製品や家具なども検査に参加していたようだ。

写真を見ると、巨大な地震発生装置に本物の建物と人形を配置したかなり大掛かりなもの。当日、NHKが取材していたほどだ。実験は人形や資材を替え、震度を強めながら調べるので時間もかかり、娘たちは夜遅い新幹線での帰宅になった。

この実験、かなりの費用だと思うが製品化には欠かせない重要な投資の筈。建築業界も凌ぎを削りながら日進月歩の世界だなと感嘆した。

娘に「入社2年での参加は凄いな」と言うと「新人は毎年行くよ」と返され、「ならば尚更、会社の開発部への期待と熱意を感じるよ」と戻すと、さすがに神妙に頷いていた。

建築業界は「人命を守る」使命を担う。同じ作業でも「目的と使命」を自分事として捉えれば、それは作業から仕事へと変わるもの。以前話した右から左へレンガを運ぶ作業と考える人と、皆が喜ぶ頑丈な橋を造ると考える人との違いだ。

娘には『今は成長痛!崇高な使命は手間暇が掛かるもの』と伝える一方、開発部の末席の娘から、建築業界の奮闘を垣間みれた事を、少し喜ぶオヤジであった。






2022年2月8日火曜日

健診の結果が怖い。

先日、会社の定期健康診断を受けたが、結果が気になる。健康自慢だった私だが、53歳で糖尿病で入院してからどうも勝手が違ってきた。

それまでは社内一会食も多く、肥満へと暴飲暴食を重ねてきた。遂に初の入院で糖尿・高血圧・高脂血症が押し寄せ、健康体は一刀両断された。

それを機に食生活を変えスリム化したが、老化には勝てず65歳前にガクッと体力が落ちた。

実は健診当日、私にはショックな事があった。それは身長が縮んだことだ。調べたら、40歳以降は平均10年で1㎝縮むそうで、①加齢による水分減少②骨粗しょう症による背骨の圧迫や変形③生活習慣の不良姿勢が主な原因との事。

そう、80歳には4㎝も低くなってしまう。加速度的に縮む前に、水分とカルシウムを充分摂取し、普段の姿勢も気をつけようと真剣に思った。

そんな訳で検査結果の数値が怖い。血糖以外の機能も正常域から外れると心臓にも悪い。とは言え、ラクして健康になりたいは虫のいい話だ。


変化に鈍は命取り。


昨年は大腸ポリープを内視鏡で摘出。以前もポリープで胆のうを全摘したが、どちらも良性で一安心。因みに、胆のうが無いと肝臓が胆汁を出すので、生活に変化はないので念の為。

やはり、後手を早期の治療に変えることだ。すると友人に「腫瘍マーカー検査」は追加しろと勧められ、今回それを加えたから尚更ドキドキだ。

私の元上司は忙しいからと健診を飛ばし、翌年に発見された癌は既に手遅れだった。すい臓癌で亡くなった母も発見時には余命1年。腰痛かと湿布を貼って我慢したのが仇となった。

車でも10年乗れば、至る所にガタがくる。まして人間様は何十年と走り続ける。普段のメンテナンスを怠り「後の祭り」になったら最悪だ。


実は会社の組織でも、ヒトを定期診断しないと崩壊を招く。ヒトは車と違い簡単に部品交換できない。車の振動・音・ブレーキの効きの如くヒトを観察し、対人予防と早期治療を施す。「心の健康」も身体のそれと全く変わらないのだ。

さてドキドキの健診結果だが、気持ちの明暗は別として、サラッと報告したいと思う。

世間はステルス・オミクロンが恐怖だが、今の私は診断結果の方が怖いかもしれない。💦






2022年1月23日日曜日

年配者はSNS好き。

 最近、インスタライブとYouTubeをよく観る。私のスマホは、検索、LINE、カメラ、FB、インスタ、YouTubeが主で出張先はAmazonプライムだ。

今や高齢者の8割がLINEなどSNSを活用、会話はLINEやチャットが主流。もはや置き物の固定電話は2024年にIP電話になるが、我が家は、スマホのない義理母の専用回線だ。

スマホ依存症はTV視聴を激減させ、茶の間でTVは遠い昔。観たい番組は録画、夜のリビングは各自それぞれがスマホを眺めてる。子どもの成長と共に家族団欒は様変わりだ。😭


茶の間のTVと呼び出し電話は遠い昔。


昨年、デジタル広告費がTV広告を超えたのは驚いた。TVでの宣伝効果は減ったとはいえ、まだ年配の方への影響は健在で認知の効果は大きい。

通販会社もチラシ等の紙媒体からデジタルにシフトするが、まだまだカタログや電話の注文が多く、オフ媒体もコールセンターも重要なのだ。

TV通販でも、TV画面のQRからスマホ注文が3割に迫ると聞くと、潮目はデジタル化である。

今はオンとオフの媒体の融合の模索だ。先日我が家はTVの買い替えを止め、全員スマホを買い替えたが、家庭もSNSにウエイトを置いた結果だ。

10年一昔。二昔前は手書きの手紙や対面を求めた。一昔前では手紙や対話の大切さは認識している程度。現在はコロナ禍もありメールとリモートが一番大切との認識に変わった。

しかし、人との間「人間」の相思相愛はリアルな触れ合いでしか成立しない。それさえ肝に銘じておけば、SNSは最高のツールである。

と、ドヤ顔で語る私だが、実はスマホ機種変で、クラウドにLINE履歴を残さず消滅。焦りまくった昭和オヤジでありました。😢






2022年1月5日水曜日

2022年心健やかに。

 謹んで新春をお喜び申し上げます。旧年中は大変お世話になり誠に有難うございました。

今年は「有言実行と無病息災」で頑張るつもりだが、無病息災には少々不安がある。

介護不要の健康寿命は男子平均72歳で、要介護で寿命81歳までの9年間を、どれだけ健康寿命に移行できるかは高齢者の最大の共通課題だ。

理想は81歳でピンピンコロリだが、私は今までの不摂生を後悔するばかり。マジで運動を習慣化しないと、残り5年の健康寿命まで縮めてしまう。

健康寿命は先の話と慢心する貴方、今の過ごし方が後々影響する。今更だが、笑いは人の薬、腹八分目、早寝早起きなど昔の人々は大したもんだ。


感性を磨き、感心・感激・感動を増やす。


生涯学習の会社の友人から面白い話を聞いた。お客様が講座や資格学習を申し込むのは圧倒的に年始らしい。そして途中で挫折し、来年も同じ講座を申し込む方が結構いるそうな。

だから教育業者は年末年始に広告を集中する。最適な需要期への広告投下は業種により異なるが、その需要期も時代によっても変化する。

花王時代、掃除用品は年末大掃除だけでなく、3月の新生活時期も重要だった。冬場の保湿化粧品も夏場のクーラーの寒気乾燥も外せないのだ。

何事も機を逸すると失敗する。「今が旬」では既に遅い。何処まで先読みできるかは、感性を磨くか、感性豊かな方がスタッフにいるかだ。

感性磨きは心の余裕が前提。四季の花に感動したり、些細な事にも関心・感心する気持ちだ。先ずは、心にゆとりを持つことから心掛けたい。

今年は忙中有閑。忙しい時こそ、心を穏やかにして感性を磨き「健康寿命の延長」も年頭の表明だけにならぬよう取り組んで参る所存。

皆さまのご健勝とご多幸を祈念しつつ、変わらぬご厚情を何卒宜しくお願い申し上げます。