2024年6月15日土曜日

よっ 若大将!

 昭和の思い出は数あれど、TVと映画が対峙していた頃、大好きな映画に加山雄三の「若大将」があった。You Tubeの若大将マニアの解説を観て、懐かさに思わずセット買いをしてしまった。

この映画、大学スポーツ万能の若大将(加山雄三)を主人公に青大将(田中邦衛)とスミちゃん(星由里子)との痛快青春コメディ。とにかく若大将がカッコよく観ていて心地良い。

第1作1961年「大学の若大将」6歳の私はその後の再上映でドハマり。話題のシーンは若大将たち水泳部が大学の浄化槽の蓋で焼肉を焼く場面。脚本では公共のマンホールだったが、東宝幹部の「良識ある大学生はしない」と中止。それを逆手にとりマネージャーが便所の浄化槽の蓋を拝借、そこに用務員がハマる設定にして強行撮影。

結果は大受けで、幹部の「次回はマンホールで」の声には制作部を呆れさせた。しかし改めて若大将を観ると彼の破天荒ぶりと人の良さに驚く。

大学の授業料は使い込む、すぐ喧嘩して店は壊す、若大将の為に祖母が家業のすき焼き・田能久の肉や運転資金を流用と、犯罪紙一重なのに毎回父親の「勘当だ」で済むし、果ては若大将の大活躍で全て丸く収まるから不思議だ。

まぁそこは深く考えず、彼の奮闘と高度成長期の勢いを楽しもう。当初の3部までの話は4作1963年「ハワイの若大将」の大ヒットで継続は確定。

しかしこの後、黒澤明「赤ひげ」で加山は1年間拘束され人気低迷を案じたが、5作1965年「海の若大将」で自作の歌もヒットし前作を上回る興行成績となり若大将は確固たる地位を確立した。

同年の6作「エレキの若大将」は彼の音楽的才能に溢れ音楽映画としても大ヒット。突如スミちゃんと歌う「君といつまでも」はあまりに有名だ。このレコードは翌1966年に350万枚のトリプルミリオンセラーとなったのだ。

その後の4作品も人気は続くが、加山30歳の学生服はさすがに不自然で11作1968年「リオの若大将」で彼を卒業させ終了と考えたが、世間は許さず東宝得意のサラリーマン劇場に移行していく。酒井和歌子のせっちゃんも初々しい。

高度成長の自動車メーカーを舞台に13作1969年「フレッシュマン若大将」もはまり役で、それ以降の会社員シリーズも見逃せないが、個人的には大学の若大将シリーズが最高だ。


若大将シリーズの苦悩と再生。


会社は次の若大将を狙い16作1971年「若大将対青大将」は加山主演だが、田能久は登場せず二代目の大矢茂も中途半端で、惨憺たる結果となる。その後の三代目の草刈正雄も振るわず、若大将シリーズは残念だが終焉を迎える。

ところが1975年に突如、若大将のオールナイト興行が爆発。若い人にも大ブームが起き、大学生の私も新宿のオールナイト一挙4本上映で一緒に歌い大声援の観客参加型を体験。その盛り上がりは凄まじく次回作に繋がるきっかけとなった。

それが、彼の芸能生活20周年の記念作品1981年「帰ってきた若大将」だ。全編が若大将のオマージュに溢れたこの作品は、本来の若大将の魅力が満載で大ヒット。加山雄三の若大将は見事に有終の美を飾ることになったのである。


昭和映画のシリーズ化の成功は、若大将、男はつらいよ、釣りバカ、ゴジラなどあるが、共通点は①主人公の強烈なキャラ②配役の魅力③安定のワンパターン。この三つが揃い「主人公の虜」になればマンネリは歓喜の定番化になるのだ。

昭和映画史に輝く若大将こと加山雄三は、湘南生まれの慶応ボーイ、スポーツ万能、シンガーソングライター、画家とまさに異能の87歳。

熟年でも私には永遠の若大将。憧れの彼に長寿祈願と感謝を込め一言「よっ若大将!」。










2024年5月31日金曜日

人不足の先は恐怖。

日本は今どこも人手不足だ。輸送、建設、飲食など深刻で、頼りの外国人は、労働環境の問題や円安の目減りなどで先行きは不透明である。

娘曰く、建設の施工管理者は常に人不足で休日返上当たり前。彼女は工期に追われるのが嫌で、建築資材メーカーに入社したが、施工側の外国人向け取扱説明書の納期に追われる。娘よ、やはり仕事は追われるより追うもんだ。

食品スーパーの裏方も外国人が多いが、特に惣菜の食材カットや調理は技能訓練が必要だ。製造業同様に技能者も高齢化で、先を担う若手と指導役の熟練職人の争奪戦は熾烈らしい。


この先、我々は何処に行く?


この人手不足の元凶は人口減少にある。2004年の1億2,800万人をピークに2030年に1億1,150万人、2050年は1億を切り9,500万人と予測。高齢化率は2004年19.6%から現在の31.8%、2050年は39.6%と実に4割を占める超高齢社会になる。

そして後期高齢者(75歳~)のピーク2040年に、労働者と高齢者が同人数になる。つまり1人の働き手が1人の高齢者を支える社会。私も生存していれば85歳の迷惑爺いの1人である。

加え、全国の世帯平均人数2.27人は2047年に1.92人まで減少。つまり1人住まいの方が多くなる。全国最下位の東京は1.9名と2名を切って久しいが、いよいよ単身世帯が主流となり、サザエさんのようなホームドラマは傍流になるのだ。

加えて更なる追い打ちが「認知症」の激増だ。来年500万人の認知症が2050年は1,000万人になるいう。政府は予防と医療の見直し(オレンジプラン)を推進するが、このままでは4割の高齢者に認知症が4人に1人の恐怖社会が待っている。

…と、人不足の行方を書き進めたが、話が大き過ぎて、私如きでは結論は出ない。ただ一つ明確なのは、日本を背負う若者が近い将来、この問題に直面するという事実である。


倍賞千恵子【PLAN75】という2022年のSF映画がある。政府は75歳以上になると生死を選択できるPLAN75を導入。この仮想の制度を媒介に「生きる」という究極のテーマを全世代に問う作品だ。高齢者本人の葛藤、市役所の担当と外国人のケア担当の呵責など痺れる話だが、これが全くの絵空事でないから重く切なく怖いのだ。

私なりに今すべきは・健康寿命を1年でも伸ばす努力・どこまで人に寛容になれるかの再考・今一度生きる事に向き合う事かなぁと考えた。

ぜひ家族で「PLAN75」を視聴して、2040~50年の自分と取り巻く人々の姿を想定し「私は何をすべきか」を大切な人と話し合う事が必要だ。

因みに我が家は、私が要介護で重篤な病いは「尊厳死」希望と伝えてある。スイスの「安楽死」が可能な日本になれば再考だが、願うのは私がその時ボケてないことだ。💦




2024年5月14日火曜日

ピカピカの新卒は。

多くの企業は新入社員を迎え、新鮮な風が吹く、一部の新人からは想像した会社と違い「こんな筈じゃあない」と思う頃でもある。

今、退職代行が情けない事は別として「五月病」に悩む方に一言。そもそも完璧な会社などあるわけがない。それより今の会社が、自分に成果と知見を蓄えられる環境かを判断すべきだ。

キャリアアップの転職なら、職歴書に披露できる知見がないと勤めた意味がない。ただ嫌だから辞めますでは、同じことを繰り返すだけだ。


さて息子は新人研修を終え、運営する480店舗から大型の「金沢店」に2名が配属され、快適な社宅と親切な先輩に囲まれ元気に奮闘中だ。

実は私も26歳から5年間を福井で勤務し、最も営業力が培われた地。北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨と雪は多いが、何より人が暖かくて最高の思い出ばかりだ。


昭和の価値観を今に問うTV「不適切にもほどある」じゃないが、昔は馬車馬のように働き、どこにも頼れる熱血上司や教師がいたもんだ。今なら過重労働とパワハラで大炎上である。

1978年(昭和53)私は社歌「鐘紡われら」斉唱して入社、業界一位を目指し火の玉社員ばかりで、それこそ働き詰めだったが不思議と楽しかった。

しかし鐘紡は崩壊した。2004年の鐘紡解散の最後の日、涙ながらに「鐘紡われら」を斉唱、伝統の社章(3Sバッジ)を襟から外した無念さは忘れない。


自分の無限なる可能性を追求せよ。


さて前回、新卒はさとり世代と書いたが、それを物語る息子の話。事前の赴任先希望提出に「挑戦・全国どこでも」は僅かで、大半が安定の地域指定の希望だったらしい。欲も夢もない「さとり世代」が透けて見える。彼らは21世紀生まれ初の大卒で昭和男は理解に苦しむ。

一方、息子は全国どこでものお陰で、金沢を思い切り楽しめる。今後は、知らない街での出会いと経験が積めるラッキーな環境なのだ。


ところで彼は、盛岡研修や金沢移動を立て替えたが給料日まで収入もなく、金沢に旅立つ前日に「当面のお金を貸して下さい」と頼んできた。

そうか、既に息子の仕送りは終了したのだ。健康保険と扶養家族と住民票から外れ、彼は完全な独立独歩。今後は「便りが無いのは元気な証拠」と見守るだけの親は寂しくなるが、いや、待て、息子より私の子離れの時がきたのだ。

さて彼の借金だが、家内は年内返済の借用書を書かせ、相応の額を振り込んだ。家内には甘いと言われそうだが、実は私からの「最後の仕送り」にしようと思っている。💦


さぁピカピカの1年生よ。無我夢中で自己成長する奴がキラキラに変わるのだ。それには先ず肩の力を抜いて仕事を楽しむこと。つくり笑顔でもNK細胞の活性化で気持ちが前向きになり、義務的で嫌々に見えるような態度は激減する。

この先、人間関係で悩んだり成果が出ない時もある。そんな時は自分にパワー充電するチャンスと心得て、この言葉を肝に銘じよう。

『何も咲かない 寒い日は 下へ下へと根を伸ばせ やがて大きな花が咲く』

最後に一言。世の中、未だ昔の価値観のオジサンが幅を利かせているのも事実。さとり世代には面倒だろうが、そのことを忘れてはいけない。









2024年4月19日金曜日

年寄り笑うな 行く道じゃ。

今月で69歳になった。古希(70)までの一年間を大切に過ごすつもりだ。先日は主治医に「のんびり、リラックスして」と言われてしまった。

せっかちでダラダラ嫌いの私には耳の痛い話だ。実は、頭でのイメージと身体のアンバランスが出始めた私へのアドバイスなのだ。

急に立ち上がる時の軽い立ち眩みが、直近何度か「クラっと感がつよい」と相談したら、心電図測定と言われ測定。心拍変動数とかの結果『自律神経の老化』だと言われた。

我々の生命維持機能を調整する重要な自律神経だが、この自律神経の失調はやる気が失せたり鬱化を案ずるが、老化すると不眠、動悸、めまい、疲労などが増えるらしい。

つまり脳と身体のテンポが微妙にずれるので、動作より自律神経が遅れて脳に血が通う前に立つから一時的な貧血で立ち眩みが起こる。先生曰く、立つ途中で「捕まり立ち」して一呼吸おけ。加えて足の屈伸で血流を促し、脳に血が通えばクラっと感は軽減するとのこと。

それ、まさに爺いの緩慢な動作だが、他にも「キレる老人」問題もある。これは怒りを抑える副交感神経が衰えて、交感神経が直ぐに興奮状態になるからだ。ブレーキが遅れる暴走事故も、些細なことで腹が立つのも、自律神経の老化が関与しているのだ。💦


自律神経の老化対策


さぁ注目すべきは「急速に自律神経は老化」という事実。副交感神経は10年毎に15%下降、男性は20~30代、女性は30~40代で急降下するので、アスリートの引退も30代が多い。この減少幅は50代では20代の三分の一というから驚きである。誰もが他人事ではない。

老化現象は色々あるが、生命機能のアクセルとブレーキを調整する自立神経は最重要。この特効薬はなく日頃の生活で改善努力するしかない。

ここで自律神経を整える「7つの対策」を紹介するので、皆さんにも励行をお勧めする。

1.起きたら日光を浴びる(日光でセロトニンが活性化され体内時計を調整)

2.適度な運動をする(疲労回復因子を活性) 3.湯船につかる(ぬるめのお湯)

4.質の良い睡眠をとる。(心身の疲れと細胞の修復。寝る前のスマホ厳禁)

5.しっかり栄養を取る(ビタミン、ミネラル摂取。セロトニンは貯蔵できない)

6.腸内環境を整える(腸は副交感に直結、起床時に水、ストレッチ)

7.首を温める(血流の要で疲労・コリ改善)

この「7つの行動」は忘れずに実行したい。人生100年と言うが、寝たきりでは意味がない。家や車も30年でガタが来て70年経てばガタガタだ。人もメンテナンスが大切なのだ。


因みに、赤ん坊はベビーコラーゲンが存在し生命力に満ち溢れ、人格が形成されるまでは、精神的に未熟の為、大人の庇護下で育てられ、我儘な自己中心が許される。

そのうち「花」とか「犬」などの存在を理解し、綺麗や怖いなどの感情が生まれ、人格のベースが形成されてから急速に成長が始まるから、最初の人格形成は大切なのだ。

肉体成長は20代がピークで、精神成長は年輪と共に深みを増すが、ピークは元気な社会生活までで、社会的孤立と高齢により精神は退化して「老人の子ども返り」を引き起こす。

そう、いつの世も「幼少と年寄り」はセットで別人格なのだ。そして我々は自立神経の老化と共に、徐々に衰退していくのである。

『子ども叱るな  来た道じゃ、年寄り笑うな 行く道じゃ』忘れていけない言葉である。




2024年3月30日土曜日

大学柔道物語⑩最終話

息子が大学を卒業した。小5からの「柔道漬け生活」が終わるとなると感慨深い。声を枯らした応援、全国行脚、道場の送迎、毎日の食育と大変だったが、私と家内には楽しかった思い出ばかりで、今となれば感謝しかない。

息子は高校・大学と柔道推薦で引っ張られ、一体どこまで成長するかと勝手に期待した時期もあるが、根本的にそれは間違っていた。

過度な期待は「失望と挫折」と表裏一体だ。彼も自分に期待した筈だが、全国の上位になる厳しさに加え、大学2年後半に腰痛がヘルニアに悪化してからは、戦績より「勇斗(はやと)らしさ」探しが共通の期待に変わっていった。

彼はその期待に応えたようだ。後輩からの慕われ様と、12年、泣き言いわずにやり遂げた継続力は、勇斗らしい魅力的な武器になった。


柔道こぼれ話。


先日、帝京Gの卒業式が「日本武道館」で開催。柔道部にとっての武道館は、地区の代表しか臨めない全国大会の場所だけに、今後は一観客にしかなれない寂しさはあったようだ。

一方、嘉納治五郎が興した柔道の総本山である「講道館」は、やはり柔道家の聖地である。ここには高校柔道の思い出が数々ある。

講道館は「道場」であり、登録の息子たちも練習するが、何より強豪校ひしめく東京都の高校柔道選抜戦が行われ全国出場を賭ける激戦の場。「東京を制する者は全国を制する」と言われ、当時は声を枯らして応援したものだ。

講道館のこぼれ話。講道館近くの食堂には何と「1㎏ハンバーグ」のメニューがあり、それを食らう息子たちに他店の大盛話を聞くと安田学園の両国の「ちゃんこ・飯食い放題」と「すき家キング盛り」には2度びっくり!

すき家の裏メニュー「キング牛丼」とは、並盛の6倍の肉に2.5倍の白飯で一杯1,230円、2,300kcalとコスパ最強のお化け丼だが、重量級の息子たちには強い味方であり、大判振る舞いの「すき家」さんには大感謝なのだ。笑


飾った世界に流されるな。


世間では今年の新入社員を「さとり世代」と呼ぶようだ。その最大の特徴は「欲がない」。夢や希望がなくても今が安定していれば満足で、恋愛に興味がない、旅行に行かない、無駄遣いしない、熱くならない現実派と言われる。

育った環境が不景気とはいえ「枯れた年寄り」と変わらない。一方、息子たちは夢と希望に燃え鍛錬を重ね、大学で坊主頭と不休の練習から解放された。こんな柔道小僧は悟るどころか欲望満載で、彼らがさとり世代とは到底思えない。


さて、息子は研修で発令の赴任地に引っ越すだろう。どこに行こうが赴任先の先輩に喰らい付き無我夢中で仕事を覚え、お客様の心に寄り添うのだ。柔道のように、まず仕事を好きになり、向いていると思うまで全力で取り組め。

そりゃ大変なことは当然。だが大変とは大きく変わるという意味だ。それでダメならやり直せ。長い人生、大した問題じゃあない。

息子よ、勇斗らしさを失うな。今どきの冷めた虚栄の「我」は捨て「無我」となり、己の目標・夢へ「夢の中」に入り込め。これが誰もが認める「無我夢中」の姿なのだ。

願いは「時代遅れ」の唄。不器用でもしらけずに純粋でも野暮でなく、飾った世界に流されず大切な人を思い続ける。こんな男がそのうち判る。

最後に、昔から貴方に唱え続けさせてきた合言葉を、未来の勇斗に贈る。

『執念ある者は 可能性から発想し 執念なき者は困難から発想する』


■安田柔道物語最終編「時代遅れ」掲載

http://tanabeshiho.blogspot.com/2020/03/blog-post_17.html?m=1











2024年3月9日土曜日

国語力 ヤバいって。

最近、若者の国語力の低下を痛感する。彼らは国語の授業の「文中のコレとはどこを指すか」とか「作者の意図を要約せよ」の問題が苦手なのだ。結果、読解力がないから相手の言っている事や、その胸中を的確に把握できないのだ。

加えて語彙力と表現力が乏しいから、的外れの話が多く何を言いたいか分からない。微妙な会話のズレは友人なら愛嬌だが、仕事ではあり得ない。

実際、経済協力機構OECDが実施した国際的学力調査によると、全体的な学力の低下より最大の課題は「読解力の低下」だそうだ。やはり若者の国語力の不安は深刻な問題なのだ。

これは、スマホ社会になりSNSの超短文と絵文字のやり取りばかりで、読書など長文に触れる機会が激減しているからだ。スマホの時間は山ほどあるのに、読書する暇はないのだ。

読書量が圧倒的に足りないと論理的思考力が身につかず、本質を見抜くのが苦手になり文章を書くことも不得手になる。人間模様や心の葛藤を深く詮索するのが面倒になり、楽しくて分かり易いショート動画や音楽とゲームに走る。

因みに年配者との会話は大の苦手。昔からの曖昧な表現やことわざは、残念ながら理解不能だ。「この案件、注文が多くて骨が折れるな」に「え、肉体労働ですか」と、これ本当の話。労力を費やす表現と知らず「骨折」と認識。まさに説明するだけ「骨折り損のくたびれ儲け」だが、まぁこれも間違いなく通用しない。💦


衝撃的な本に出合うまで。


私の本好きのキッカケは、感動の本との出会いからだ。石森延男の「コタンの口笛」は頭を殴られたような衝撃だった。北海道のコタン(アイヌ集落)に住む姉弟が日本人の差別と偏見に耐え、強く生き抜く姿を描いた児童文学の金字塔だ。

小4の私はこの本で、人が人を差別するという事実と、世の中の理不尽に耐える子どもがいる事を初めて知った。これを機に好奇心が沸き、様々な本から多くの価値観を学び、その後の自分に大きな影響を与えたのは事実だ。

「物事の本質を知る」という事を端折ったら軽薄な奴になる。勿論、読書だけで思慮深くはならないが、相手の気持ちを察する力は必ず養える。

人生は「ヤバい」と「まじッ」の2つでは乗り切れない。今からでも遅くないから、誰もが認める名作を読み込み「勉強」することだ。因みに「音読」は読解が深まるからお薦めする。

「学びは一生」人は生きる限り学び成長する。読書に限らず、学ぶ気なら会話や日々の暮らしにも題材は幾らでもある。勉強の苦しさは一瞬だが、勉強をしなかった後悔は一生続く。

「知識は力」で有名な英国の哲学者フランシス・ベーコンが明快に教えてくれている。

『読書は人を豊かにし 会話は人を機敏にし 書くことは人を確かにする』納得の名言だ。








2024年2月23日金曜日

事件と報道の裏側。

能登地震から2ヶ月。その間に様々な事件が報道されたが、その大半が痛ましい事件と企業や政治家と芸能系のモラルハザードとは、被災地で苦労される報道と比べると情けなくなる。

企業や政治家の不正は、倫理観の欠如に組織が絡むと始末に追えない。性加害もガキ大将の鬼畜化だから大将を除くしかないが、これも派閥解消で裏金を幕引きしたい輩と同じで、対症療法を繰り返すだけで根本的に何も解決しない。

一方、報道にも問題ありで、権力に忖度した弱気な報道や、スキャンダル事件は発行部数を獲る週刊誌のスッパ抜きを、マスコミが視聴率や閲覧数を獲りに追いかける図式。必然的に報道は偏り、重要でも地味な事件は飛ばされる。


ペンは剣より強く動画はペンより強い!


カネボウ迷走時は、粉飾・上場廃止・買収と連日の報道で、私でも地下駐車場から出入りしマスコミ回避、朝は各新聞に弊社の掲載がないと取引先の対応不要で安堵する日々だった。

特ダネを掴んだ新聞社は、週末の売店の新規買いを狙い金土日の3部作を仕込むから金曜は要注意だ。これは報道のデジタル化でも変わらない。

ついでに取材を受ける注意点。様々な角度から質問されるが、答えを一貫させ余分な発言は厳禁。最初と最後の単語を繋いで「見出し」にするのは得意技で、見事に自分の意図から離れるが、それぞれ発した言葉は事実なので尚更厄介だ。

今は活字より映像(動画)。人は外見や態度で相手を判断するから謝罪会見は特に気を使う。マスコミと視聴者の心証次第では、今後の業績を左右するから失敗は許されない。

会社の不祥事会見では、謝罪・原因・再発防止の3点を固めたら、擬似会場で撮影しての想定問答からお辞儀までシュミレーションする。実はこれを請け負う会社があるのには驚いた。

多くの謝罪会見で異物混入のペヤングは、即対応と本気の再発防止策の会見で売上を伸ばした希少な事例。だが大半は囁き女将の船場吉兆、スシロー、日大、健忘症の大臣のように炎上する悪事例ばかり。その原因は、遅い、ごまかす、態度が偉そう(傲慢)で、事態を甘くみた結果である。

傲慢は百害あって一利なしだが、謙虚は良いこと尽くめだ。正直不動産じゃないが、今は正直者はバカを見ず「オネストisベスト」の時代なのだ。

『謙虚を失った確信は、確信でなく慢心になる』やはり松下幸之助は鋭いなぁと実感した。

                   





2024年2月7日水曜日

大学柔道物語⑨就職編

息子の就職だが、年の瀬に本命先がダメになり慌てて就活を始めた。時期的に厳しい筈が、内定辞退の多発で追加採用が多く、息子はこの機を逃さず面接ラッシュでバタバタだ。

しかし春の実業団大会に登録までさせて、梯子を外した県警柔道部には憤りるが、今さら愚痴るより、今後の企業面接で今回の経緯で「口約束でなく契約締結までは安心できない事を学んだ」と語ればよい。

実際面接では就活の話も出たが、質問は総じて柔道話で率直に体験を語ると盛り上がり、その反応に息子の方が驚いていた。やはり12年間の柔道継続は興味深いのだろう。

ある役員から「柔道での学びと今後」を聞かれ、柔道精神「自他共栄・精力善用」と、今後は恩義ある道場で子どもを教え、裾野を広げたいと答えたらしい。ホントかよ、と思ったが、無難な答弁と道場への想いに柔道バカを少し見直した。

軒並み面接の結果、複数社から内定を頂き取捨選択できるまでになり本当に有難いことだ。


この道より我を生かす道なし この道を歩く。


彼は業種別に食品、設備、住宅、物販系の内定先から悩み抜いた結果、物販系の業界大手を選択した。取り敢えずの使い捨て営業と違い、全国展開で社員が数千名の上場企業なら、適材適所の人事や人材育成に長けているだろうとの判断だ。

正解は入社しないと分からないが、業界トップを狙う姿勢と将来性は興味深い。おそらく超多忙だろうがチャレンジ精神は鍛えられる筈。

そもそも「やりたいことを仕事にする」のは難しい。最初からやりたい事など分かる訳なく、好きか、嫌いか、向いてるかを模索し、好きで向いていると思う仕事のスキルと知見を積んだ先に、その仕事をやりたい事としてリンクさせるのだ。

先ずは与えられた仕事を評論する前に、その仕事を好きになる事に全力傾注だ。厳しくとも、石の上にも三年は試行錯誤して向かないなら転職だ。

転職とは「向いている仕事」探しで逃避ではない。そう、20代で汗を流さないと40代で涙を流し、30代で知恵を出し変革せねば50代で部下は持てない。


息子たち柔道部4年生は、新設柔道部一期生として、先輩も歴史もない帝京平成大をAリーグに昇格させ、全国ベスト16入りに誇りを持って欲しい。選手の力は勿論だが、小野監督とコーチ陣の指導のお蔭である事も忘れてはいけない。

この4年間の「固い絆」は人生の宝になり、流した汗と継続力は、これからの最高の武器になる。まさに自他共栄と精力善用の姿だ。

こうして息子は会社員を覚悟して卒業する。全ては柔道あればこそで、恩師に感謝し次は社会人という団体戦と個人戦で勝利を掴むのだ。

因みに私は、彼が何処に配属され、どんな会社員物語を紡ぐのか興味津々だが、ブログで語れるかは独り立ちした娘と同様で彼と相談だ。

何れにせよ、自分で決めた道を信じて歩み始める息子に、武者小路実篤の言葉を添える。

『この道より我を生かす道なし この道を歩く』