2024年8月26日月曜日

継続って何だ。

人生で「これは継続した」と言える事はどれほどあるだろう。それは期間もあれば本気度もある。人間関係やビジネスの継続は、双方の合意が前提で断られたら途切れる。会社なら世間からNOと言われたら経営交代か最悪は倒産である。

私の双方合意の継続事項は、会社員47年と結婚28年。これ、双方相手が我慢強い。己の意志での継続はブログ12年目。これ、我ながらマニアック。

ブログは人生の紆余曲折を綴ったので感慨深い。会社買収や美白事件の頃は仕事ネタを控え、私生活と柔道ネタが増えた。しかしどれもが人々とのご縁で成り立つ話ばかりで一貫して「出会いは人生の宝」を綴ってきたつもりだ。

思い出すのは「鐘紡崩壊のリスク管理」と「学ぶ気のない奴に教えても無駄」のブログ。柔道の先生と「子ども教室」の運営は平等でも、公平な指導とは、生徒の才能以上に上達への意欲度に応じた指導分けではと盛り上がった。

本来「やる気」とは自発的なもので、親は熱心でも嫌々な子どもは上達しない。これは社会人も同様で義務感だけで「本気で成長したい」と思えない仕事なら他を探した方が良い。

とかく企業は才能ある人に速攻成果を求めたがるが、遅効性でも成長意欲と学ぶ苦労を知る人に「優れたリーダー」が多いと知るべきだ。


「学び」の継続こそが力となる。


私のブログに今まで無関心だった息子が、最近眺めているらしい。そういえば急に「謙虚に学ぶ」などと宣うから、新人として社会人の心構えや商談の必要性に迫られたのだろう。

向上心に目覚めたら「先人の教え」を深掘りし、自分流に置き換える癖を付けること。それが知見を蓄える体質になる。学ぶとは教えて貰うではなく、自ら学ぶ能動的な行動なのだ。


さてブログのGoogle分析だが、昨年までの閲覧数18万回、月1,500回。僅かな数で恐縮だが、国別とその閲覧比が面白い。日本79%で次が米国10%、ロシア、シンガポール、香港、ウクライナ、ドイツ、英国、仏、オランダと続くのだ。

海外の閲覧は不思議だ。米国在住の武道家と広島の平和教育の英語版しか思いつかない。友人が言う、何やら自動巡回システムもあるらしいが、海外からの閲覧も事実で、海外でこのブログを発見したことには驚くばかりだ。

継続した事で、発見の機会が増えたなら「継続は力なり」の小さな成功かもしれない。

「ローマは1日にして成らず」「石の上にも3年」「雨垂れ石を穿つ」。小さな成功を積み重ね念願を成就する教えだが、最近思うのは、成就への「精一杯の努力」の過程にこそ価値があり、諦めない継続力が最大の成果だということだ。


さぁ、来春の古希70歳にまだ「想いを綴る」意欲があればブログ継続だ。私もやがて老いて書けなくなる。その日がくるまで、私の駄文にお付き合い頂ければ、翁は幸せ者である。







2024年8月7日水曜日

世の中の世界基準。

米国の誹謗中傷の大統領選、悲痛なウクライナにパレスチナ、国内は円安に値上げラッシュと悩ましい中、パリ五輪の日本活躍は真夏の清涼剤だ。累計500個の金は柔道45kの角田夏美だ。あの巴投げは誤審の余地などない芸術品だ。

柔道団体の日仏決勝戦、代表戦がリデールと斉藤立とは出来過ぎだが、痛恨の極み。息子もよく知る斉藤選手には今後の活躍に期待したい。

柔道人口が日本の4.7倍のフランスでは柔道が大人気。因みに世界ではブラジル200万人、フランス56万人、ドイツ15万人、何と日本は12万人と世界4位。既に日本柔道は世界JUDOとなり、日本選手は国内とは異なる戦い方を強いられる。

それでも日本柔道は世界からは驚異の的で、基本は日本で学び、大会は各国が日本選手を研究し尽くしてくるから一瞬も気が抜けない。

昔、息子が16歳対象のロシアでの世界JUDOの決勝戦でロシア選手から未体験「帯取返し」の技を喰らった。身長と長いリーチで上から手を廻し帯を掴み後方へ投げられ、返したが「技あり」を取られ、時間切れまで逃げられて銀で終わった。

日本発祥とは言え、国際JUDOは体格も技も異なり一本に拘る日本柔道とは勝ち方も違う。しかし今回の五輪ではフェンシング、レスリング、スケボーと海外発祥でも日本人が大活躍で、最初から世界基準で競い合う重要性を痛感する。


グローバルスタンダードあれこれ。


世界基準はビジネスでも当たり前。その一つに、メーカーと小売業が商品・取引額・販促を先様のトップも参加し年間計画を握る「ジョイント・ビジネスプラン JBP」がスタンダードで、私も花王時代に大手小売業とのJBPを推進した。

トップtoトップ合意は、従来の部門を越えるから商品幅も広がり、商材と売り場と販促担当の新たな連携が加速する。先様のグループ会社のジムの会員にヘルシア年間販売や、めぐりズムと寝具とのコラボなど懐かしいJBPの思い出だ。

今や百貨店も売場の縄張りは無くなり、お客様の未開拓品のLTV獲得を目論むから、水着とUV品や下着と香りなどクロス展開が増えている。


さて、ビジネスより重要で困難な世界基準は「地球温暖化」である。国内は猛暑と豪雨で被害甚大だが、76年後の2,100年には世界各地で海没が起こる危機的状況にあるのだ。

人類が招いた地球温暖化こそ、グローバルスタンダードで取り組むべきがCO2削減は各国任せ、世界は自国優先で我が身良ければの流れ。このままでは「世界の平和」は形骸化されただのお題目に成り下がる。これは共存共栄のモラルが崩壊することだ。

利己主義では、貧富、差別、戦争抑止は生じない。ひと時の我が子、我が部族、我が国のエゴは通せるが「温暖化」に関しては子や孫が直面する。この流れを良しとするのだろうか。

決して利他主義の愚かな自己犠牲を求めるのでなく「他人など関係ない」の「他人」を、自分の子、孫、大切な人に置き換えるだけでよい。

やはり「自分だけ良ければ」を恥とする自分でありたい。「関係ある大切な人の為、自分がいる」の考え方を忘れるなよ!と自身を戒めた。






2024年7月19日金曜日

新人に教えられ。

 弊社新卒が研修を終え7月から各事業部に配属された。以前も述べた「さとり世代」に当るが、見る限り冷めた面子は一人もいない。

新人の日報から不安や期待は窺えるが「誰もが通る道」とは言わない。昔、私はそう言われ「知るか、自分は初めてだ」と反発したからだ。

当時の私は、振り返るどころではなかった。これが、ある程度業務を把握してからの不安と期待次第で、継続への意志を固める第一局面になる。

その後の人材育成は入社3~5年でステップUPを考える。大手なら転属転勤のジョブローもあるが、環境が同じなら後輩の指導や業務の幅を広げ「中堅社員」の自覚と周知を促す。

仮に転職するなら職歴書に記載できる内容が大事。短期間や浅い経験ではあてにならず、面接で知見が深いと判れば好条件でも欲しくなる。

しかし新人のうちは、不満と期待の変化を楽しむつもりで、雑用でも何でも引き受けて、自分の価値を上げる為に全てを吸収する時期だ。


「親思う心に勝る親心」から脱出。


先日、新人の息子が社販購入した車で、金沢から6時間かけ戻ってきた。全日本学生柔道の応援で集結した一期生と泊まり、翌日は仕事で我が家には2時間ほど立ち寄っただけだった。

それでも息子は初任給で購入した家族のサイフにカードを添え置いていった。感激!しかし手弁当を持参する彼の懐を知るだけに、私は大量の冷凍総菜を返礼したのだった。甘い!

そういえば大昔、私も両親にペア時計を贈った事がある。両親が何度も電池交換し大切に使っていた事を、家内に聞いて初めて知った。嫁にまで自慢した親父の気持ちが今はよく判る。今更だが「子を持って知る親心」を実感する。

今までは「親思う心に勝る親心」と嘆いたが、息子から財布を貰った時、私は自分の親に対する不義理を思い出した。殆ど静岡に戻らず随分と心配させた。実家に顔を出さない息子は、昔の自分そのものだ。それこそ因果応報ってやつだ。


そんな親不孝の私が思い知った『いずれは出来なくなる貴重なこと』を共有したい。

一生で、子どもと過ごすのは2,400日、家を出て親と会うのは480日、子どもの行事参加は30回、家族全員での休日は500日。何と少ないか!私は子どもとの休日は期限切れだが、家内とは、従来の「家族にサービス」発想でなく純粋に楽しむ気持ちで過ごそうと思う。

皆さんも家内安全と豊かな人生に向け、家族との僅かな時間を大切にと願うばかりだ。




















2024年7月2日火曜日

時と旅とDNA。

今も全国の出張は多いが、インバウンド需要の宿泊費の高騰は凄まじく、社内規定を無視しても予約が取れない事態には困っている。

旅費以外にも交通機関の進化でも行程は見直す。最近は乗り換え不要の北陸新幹線に感謝。他には空港が遠い所は新幹線に変更。例えば広島は新幹線で3時間50分、飛行機は1時間半だが、市内にバス1時間と空港待ちと乗り継ぎの総時間は殆ど変わらずコストも安いのだ。

それに新幹線は乗り換えずに済む。長時間だが気が楽だしPCとスマホで広島到着。故に本州内で新幹線の駅がある出張は基本的に飛行機をやめた。


強い奴より敏感な奴が生き残る。



人は自力の速度以上で移動するほど疲労度が増すらしい。同時間の移動だと『自動車<電車<飛行機』と速いほど身体の負担は大きくなる。

大昔ヒトの移動は徒歩だった。つい160年前の江戸時代は庶民の間で「徒歩旅」が大流行。日本橋~京都の東海道500㌔を14泊15日で歩いていた。宿場まで1日平均40㌔で往復1か月の楽しい長旅だ。今は新幹線で2時間12分、徒歩の50倍速の負担はかなり大きい筈だが、我々はもはや高速に対し身体的支障を感じなくなっている。

ヒトは文明進化に変化対応する進化論なのか。ダーウィンは「強いものが生き残るのでなく、変化に敏感なものが生き残る」と言ったが、同種の劣性遺伝子は淘汰される。つまり足の遅い兎は捕食され逃げ足の速い俊敏な遺伝子が繁栄するのだ。

ではヒトの淘汰はどうか。お互い不足する遺伝子を補完し優秀な子孫を残そうとする恋愛・出産では、俗にいう「美女と野獣(秀才)」の組合せは自然の理に適っていた。

結果、最近の若者は「足長の美男美女」ばかり。次は頭脳まで優秀な人々が出現し、彼らが更に厳選した出産を続けると100年先に「大谷翔平と真美子夫妻」並みの容姿端麗・頭脳明晰の集団が街を闊歩する姿を見られるかもしれない。

それはそれで気味が悪いが、これも淘汰か。しかし、私はエリート集団より個性溢れる「十人十色 それぞれが美しい」の方が好きだ。「たで食う虫も好き好き」だから優劣でなく個性だと学べるし、多様性を認める社会が面白いのだ。


何にせよ技術革新は現在も進行中。リニアなど旅と時間はより便利に効率化される一方で、非効率で不便でも「旅情」が重要になる。散歩する山間の花を愛でたり、海辺でボーとお茶を飲むなど、観光より癒しの過ごし方に魅せられるのだ。

健脚なら徒歩旅に惹かれるが、私は家内とのんびり船旅が最高だ。効果効率で換算する出張でなく「時を忘れた旅」に原点回帰したいのだ。

ところがそんな旅が、一番金と時間が掛かり贅沢なことだ。ヤバ、こりゃ困ったもんだ。









2024年6月15日土曜日

よっ 若大将!

 昭和の思い出は数あれど、TVと映画が対峙していた頃、大好きな映画に加山雄三の「若大将」があった。You Tubeの若大将マニアの解説を観て、懐かさに思わずセット買いをしてしまった。

この映画、大学スポーツ万能の若大将(加山雄三)を主人公に青大将(田中邦衛)とスミちゃん(星由里子)との痛快青春コメディ。とにかく若大将がカッコよく観ていて心地良い。

第1作1961年「大学の若大将」6歳の私はその後の再上映でドハマり。話題のシーンは若大将たち水泳部が大学の浄化槽の蓋で焼肉を焼く場面。脚本では公共のマンホールだったが、東宝幹部の「良識ある大学生はしない」と中止。それを逆手にとりマネージャーが便所の浄化槽の蓋を拝借、そこに用務員がハマる設定にして強行撮影。

結果は大受けで、幹部の「次回はマンホールで」の声には制作部を呆れさせた。しかし改めて若大将を観ると彼の破天荒ぶりと人の良さに驚く。

大学の授業料は使い込む、すぐ喧嘩して店は壊す、若大将の為に祖母が家業のすき焼き・田能久の肉や運転資金を流用と、犯罪紙一重なのに毎回父親の「勘当だ」で済むし、果ては若大将の大活躍で全て丸く収まるから不思議だ。

まぁそこは深く考えず、彼の奮闘と高度成長期の勢いを楽しもう。当初の3部までの話は4作1963年「ハワイの若大将」の大ヒットで継続は確定。

しかしこの後、黒澤明「赤ひげ」で加山は1年間拘束され人気低迷を案じたが、5作1965年「海の若大将」で自作の歌もヒットし前作を上回る興行成績となり若大将は確固たる地位を確立した。

同年の6作「エレキの若大将」は彼の音楽的才能に溢れ音楽映画としても大ヒット。突如スミちゃんと歌う「君といつまでも」はあまりに有名だ。このレコードは翌1966年に350万枚のトリプルミリオンセラーとなったのだ。

その後の4作品も人気は続くが、加山30歳の学生服はさすがに不自然で11作1968年「リオの若大将」で彼を卒業させ終了と考えたが、世間は許さず東宝得意のサラリーマン劇場に移行していく。酒井和歌子のせっちゃんも初々しい。

高度成長の自動車メーカーを舞台に13作1969年「フレッシュマン若大将」もはまり役で、それ以降の会社員シリーズも見逃せないが、個人的には大学の若大将シリーズが最高だ。


若大将シリーズの苦悩と再生。


会社は次の若大将を狙い16作1971年「若大将対青大将」は加山主演だが、田能久は登場せず二代目の大矢茂も中途半端で、惨憺たる結果となる。その後の三代目の草刈正雄も振るわず、若大将シリーズは残念だが終焉を迎える。

ところが1975年に突如、若大将のオールナイト興行が爆発。若い人にも大ブームが起き、大学生の私も新宿のオールナイト一挙4本上映で一緒に歌い大声援の観客参加型を体験。その盛り上がりは凄まじく次回作に繋がるきっかけとなった。

それが、彼の芸能生活20周年の記念作品1981年「帰ってきた若大将」だ。全編が若大将のオマージュに溢れたこの作品は、本来の若大将の魅力が満載で大ヒット。加山雄三の若大将は見事に有終の美を飾ることになったのである。


昭和映画のシリーズ化の成功は、若大将、男はつらいよ、釣りバカ、ゴジラなどあるが、共通点は①主人公の強烈なキャラ②配役の魅力③安定のワンパターン。この三つが揃い「主人公の虜」になればマンネリは歓喜の定番化になるのだ。

昭和映画史に輝く若大将こと加山雄三は、湘南生まれの慶応ボーイ、スポーツ万能、シンガーソングライター、画家とまさに異能の87歳。

熟年でも私には永遠の若大将。憧れの彼に長寿祈願と感謝を込め一言「よっ若大将!」。










2024年5月31日金曜日

人不足の先は恐怖。

日本は今どこも人手不足だ。輸送、建設、飲食など深刻で、頼りの外国人は、労働環境の問題や円安の目減りなどで先行きは不透明である。

娘曰く、建設の施工管理者は常に人不足で休日返上当たり前。彼女は工期に追われるのが嫌で、建築資材メーカーに入社したが、施工側の外国人向け取扱説明書の納期に追われる。娘よ、やはり仕事は追われるより追うもんだ。

食品スーパーの裏方も外国人が多いが、特に惣菜の食材カットや調理は技能訓練が必要だ。製造業同様に技能者も高齢化で、先を担う若手と指導役の熟練職人の争奪戦は熾烈らしい。


この先、我々は何処に行く?


この人手不足の元凶は人口減少にある。2004年の1億2,800万人をピークに2030年に1億1,150万人、2050年は1億を切り9,500万人と予測。高齢化率は2004年19.6%から現在の31.8%、2050年は39.6%と実に4割を占める超高齢社会になる。

そして後期高齢者(75歳~)のピーク2040年に、労働者と高齢者が同人数になる。つまり1人の働き手が1人の高齢者を支える社会。私も生存していれば85歳の迷惑爺いの1人である。

加え、全国の世帯平均人数2.27人は2047年に1.92人まで減少。つまり1人住まいの方が多くなる。全国最下位の東京は1.9名と2名を切って久しいが、いよいよ単身世帯が主流となり、サザエさんのようなホームドラマは傍流になるのだ。

加えて更なる追い打ちが「認知症」の激増だ。来年500万人の認知症が2050年は1,000万人になるいう。政府は予防と医療の見直し(オレンジプラン)を推進するが、このままでは4割の高齢者に認知症が4人に1人の恐怖社会が待っている。

…と、人不足の行方を書き進めたが、話が大き過ぎて、私如きでは結論は出ない。ただ一つ明確なのは、日本を背負う若者が近い将来、この問題に直面するという事実である。


倍賞千恵子【PLAN75】という2022年のSF映画がある。政府は75歳以上になると生死を選択できるPLAN75を導入。この仮想の制度を媒介に「生きる」という究極のテーマを全世代に問う作品だ。高齢者本人の葛藤、市役所の担当と外国人のケア担当の呵責など痺れる話だが、これが全くの絵空事でないから重く切なく怖いのだ。

私なりに今すべきは・健康寿命を1年でも伸ばす努力・どこまで人に寛容になれるかの再考・今一度生きる事に向き合う事かなぁと考えた。

ぜひ家族で「PLAN75」を視聴して、2040~50年の自分と取り巻く人々の姿を想定し「私は何をすべきか」を大切な人と話し合う事が必要だ。

因みに我が家は、私が要介護で重篤な病いは「尊厳死」希望と伝えてある。スイスの「安楽死」が可能な日本になれば再考だが、願うのは私がその時ボケてないことだ。💦




2024年5月14日火曜日

ピカピカの新卒は。

多くの企業は新入社員を迎え、新鮮な風が吹く、一部の新人からは想像した会社と違い「こんな筈じゃあない」と思う頃でもある。

今、退職代行が情けない事は別として「五月病」に悩む方に一言。そもそも完璧な会社などあるわけがない。それより今の会社が、自分に成果と知見を蓄えられる環境かを判断すべきだ。

キャリアアップの転職なら、職歴書に披露できる知見がないと勤めた意味がない。ただ嫌だから辞めますでは、同じことを繰り返すだけだ。


さて息子は新人研修を終え、運営する480店舗から大型の「金沢店」に2名が配属され、快適な社宅と親切な先輩に囲まれ元気に奮闘中だ。

実は私も26歳から5年間を福井で勤務し、最も営業力が培われた地。北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨と雪は多いが、何より人が暖かくて最高の思い出ばかりだ。


昭和の価値観を今に問うTV「不適切にもほどある」じゃないが、昔は馬車馬のように働き、どこにも頼れる熱血上司や教師がいたもんだ。今なら過重労働とパワハラで大炎上である。

1978年(昭和53)私は社歌「鐘紡われら」斉唱して入社、業界一位を目指し火の玉社員ばかりで、それこそ働き詰めだったが不思議と楽しかった。

しかし鐘紡は崩壊した。2004年の鐘紡解散の最後の日、涙ながらに「鐘紡われら」を斉唱、伝統の社章(3Sバッジ)を襟から外した無念さは忘れない。


自分の無限なる可能性を追求せよ。


さて前回、新卒はさとり世代と書いたが、それを物語る息子の話。事前の赴任先希望提出に「挑戦・全国どこでも」は僅かで、大半が安定の地域指定の希望だったらしい。欲も夢もない「さとり世代」が透けて見える。彼らは21世紀生まれ初の大卒で昭和男は理解に苦しむ。

一方、息子は全国どこでものお陰で、金沢を思い切り楽しめる。今後は、知らない街での出会いと経験が積めるラッキーな環境なのだ。


ところで彼は、盛岡研修や金沢移動を立て替えたが給料日まで収入もなく、金沢に旅立つ前日に「当面のお金を貸して下さい」と頼んできた。

そうか、既に息子の仕送りは終了したのだ。健康保険と扶養家族と住民票から外れ、彼は完全な独立独歩。今後は「便りが無いのは元気な証拠」と見守るだけの親は寂しくなるが、いや、待て、息子より私の子離れの時がきたのだ。

さて彼の借金だが、家内は年内返済の借用書を書かせ、相応の額を振り込んだ。家内には甘いと言われそうだが、実は私からの「最後の仕送り」にしようと思っている。💦


さぁピカピカの1年生よ。無我夢中で自己成長する奴がキラキラに変わるのだ。それには先ず肩の力を抜いて仕事を楽しむこと。つくり笑顔でもNK細胞の活性化で気持ちが前向きになり、義務的で嫌々に見えるような態度は激減する。

この先、人間関係で悩んだり成果が出ない時もある。そんな時は自分にパワー充電するチャンスと心得て、この言葉を肝に銘じよう。

『何も咲かない 寒い日は 下へ下へと根を伸ばせ やがて大きな花が咲く』

最後に一言。世の中、未だ昔の価値観のオジサンが幅を利かせているのも事実。さとり世代には面倒だろうが、そのことを忘れてはいけない。









2024年4月19日金曜日

年寄り笑うな 行く道じゃ。

今月で69歳になった。古希(70)までの一年間を大切に過ごすつもりだ。先日は主治医に「のんびり、リラックスして」と言われてしまった。

せっかちでダラダラ嫌いの私には耳の痛い話だ。実は、頭でのイメージと身体のアンバランスが出始めた私へのアドバイスなのだ。

急に立ち上がる時の軽い立ち眩みが、直近何度か「クラっと感がつよい」と相談したら、心電図測定と言われ測定。心拍変動数とかの結果『自律神経の老化』だと言われた。

我々の生命維持機能を調整する重要な自律神経だが、この自律神経の失調はやる気が失せたり鬱化を案ずるが、老化すると不眠、動悸、めまい、疲労などが増えるらしい。

つまり脳と身体のテンポが微妙にずれるので、動作より自律神経が遅れて脳に血が通う前に立つから一時的な貧血で立ち眩みが起こる。先生曰く、立つ途中で「捕まり立ち」して一呼吸おけ。加えて足の屈伸で血流を促し、脳に血が通えばクラっと感は軽減するとのこと。

それ、まさに爺いの緩慢な動作だが、他にも「キレる老人」問題もある。これは怒りを抑える副交感神経が衰えて、交感神経が直ぐに興奮状態になるからだ。ブレーキが遅れる暴走事故も、些細なことで腹が立つのも、自律神経の老化が関与しているのだ。💦


自律神経の老化対策


さぁ注目すべきは「急速に自律神経は老化」という事実。副交感神経は10年毎に15%下降、男性は20~30代、女性は30~40代で急降下するので、アスリートの引退も30代が多い。この減少幅は50代では20代の三分の一というから驚きである。誰もが他人事ではない。

老化現象は色々あるが、生命機能のアクセルとブレーキを調整する自立神経は最重要。この特効薬はなく日頃の生活で改善努力するしかない。

ここで自律神経を整える「7つの対策」を紹介するので、皆さんにも励行をお勧めする。

1.起きたら日光を浴びる(日光でセロトニンが活性化され体内時計を調整)

2.適度な運動をする(疲労回復因子を活性) 3.湯船につかる(ぬるめのお湯)

4.質の良い睡眠をとる。(心身の疲れと細胞の修復。寝る前のスマホ厳禁)

5.しっかり栄養を取る(ビタミン、ミネラル摂取。セロトニンは貯蔵できない)

6.腸内環境を整える(腸は副交感に直結、起床時に水、ストレッチ)

7.首を温める(血流の要で疲労・コリ改善)

この「7つの行動」は忘れずに実行したい。人生100年と言うが、寝たきりでは意味がない。家や車も30年でガタが来て70年経てばガタガタだ。人もメンテナンスが大切なのだ。


因みに、赤ん坊はベビーコラーゲンが存在し生命力に満ち溢れ、人格が形成されるまでは、精神的に未熟の為、大人の庇護下で育てられ、我儘な自己中心が許される。

そのうち「花」とか「犬」などの存在を理解し、綺麗や怖いなどの感情が生まれ、人格のベースが形成されてから急速に成長が始まるから、最初の人格形成は大切なのだ。

肉体成長は20代がピークで、精神成長は年輪と共に深みを増すが、ピークは元気な社会生活までで、社会的孤立と高齢により精神は退化して「老人の子ども返り」を引き起こす。

そう、いつの世も「幼少と年寄り」はセットで別人格なのだ。そして我々は自立神経の老化と共に、徐々に衰退していくのである。

『子ども叱るな  来た道じゃ、年寄り笑うな 行く道じゃ』忘れていけない言葉である。