2022年1月23日日曜日

年配者はSNS好き。

 最近、インスタライブとYouTubeをよく観る。私のスマホは、検索、LINE、カメラ、FB、インスタ、YouTubeが主で出張先はAmazonプライムだ。

今や高齢者の8割がLINEなどSNSを活用、会話はLINEやチャットが主流。もはや置き物の固定電話は2024年にIP電話になるが、我が家は、スマホのない義理母の専用回線だ。

スマホ依存症はTV視聴を激減させ、茶の間でTVは遠い昔。観たい番組は録画、夜のリビングは各自それぞれがスマホを眺めてる。子どもの成長と共に家族団欒は様変わりだ。😭


茶の間のTVと呼び出し電話は遠い昔。


昨年、デジタル広告費がTV広告を超えたのは驚いた。TVでの宣伝効果は減ったとはいえ、まだ年配の方への影響は健在で認知の効果は大きい。

通販会社もチラシ等の紙媒体からデジタルにシフトするが、まだまだカタログや電話の注文が多く、オフ媒体もコールセンターも重要なのだ。

TV通販でも、TV画面のQRからスマホ注文が3割に迫ると聞くと、潮目はデジタル化である。

今はオンとオフの媒体の融合の模索だ。先日我が家はTVの買い替えを止め、全員スマホを買い替えたが、家庭もSNSにウエイトを置いた結果だ。

10年一昔。二昔前は手書きの手紙や対面を求めた。一昔前では手紙や対話の大切さは認識している程度。現在はコロナ禍もありメールとリモートが一番大切との認識に変わった。

しかし、人との間「人間」の相思相愛はリアルな触れ合いでしか成立しない。それさえ肝に銘じておけば、SNSは最高のツールである。

と、ドヤ顔で語る私だが、実はスマホ機種変で、クラウドにLINE履歴を残さず消滅。焦りまくった昭和オヤジでありました。😢






2022年1月5日水曜日

2022年心健やかに。

 謹んで新春をお喜び申し上げます。旧年中は大変お世話になり誠に有難うございました。

今年は「有言実行と無病息災」で頑張るつもりだが、無病息災には少々不安がある。

介護不要の健康寿命は男子平均72歳で、要介護で寿命81歳までの9年間を、どれだけ健康寿命に移行できるかは高齢者の最大の共通課題だ。

理想は81歳でピンピンコロリだが、私は今までの不摂生を後悔するばかり。マジで運動を習慣化しないと、残り5年の健康寿命まで縮めてしまう。

健康寿命は先の話と慢心する貴方、今の過ごし方が後々影響する。今更だが、笑いは人の薬、腹八分目、早寝早起きなど昔の人々は大したもんだ。


感性を磨き、感心・感激・感動を増やす。


生涯学習の会社の友人から面白い話を聞いた。お客様が講座や資格学習を申し込むのは圧倒的に年始らしい。そして途中で挫折し、来年も同じ講座を申し込む方が結構いるそうな。

だから教育業者は年末年始に広告を集中する。最適な需要期への広告投下は業種により異なるが、その需要期も時代によっても変化する。

花王時代、掃除用品は年末大掃除だけでなく、3月の新生活時期も重要だった。冬場の保湿化粧品も夏場のクーラーの寒気乾燥も外せないのだ。

何事も機を逸すると失敗する。「今が旬」では既に遅い。何処まで先読みできるかは、感性を磨くか、感性豊かな方がスタッフにいるかだ。

感性磨きは心の余裕が前提。四季の花に感動したり、些細な事にも関心・感心する気持ちだ。先ずは、心にゆとりを持つことから心掛けたい。

今年は忙中有閑。忙しい時こそ、心を穏やかにして感性を磨き「健康寿命の延長」も年頭の表明だけにならぬよう取り組んで参る所存。

皆さまのご健勝とご多幸を祈念しつつ、変わらぬご厚情を何卒宜しくお願い申し上げます。





2021年12月29日水曜日

感謝の心でしめくくり。2021年

 激動の2021年が終わる。改めて1年の棚卸しをすると、私は濃密で挑戦の1年であった。

コロナは2年越しで仕事と外出を奪い、先行き不安により蔓延したコロナ鬱の自殺者は、コロナの病死者を上回るという悲しい事態となった。

こんな環境下で発売した「シンピュルテ」は「香りで心を切り替える」のスキンケアコンセプトが受け入れられ、お客様から好評を博している。

慶應大・満倉教授の脳波解析でマインドフルフレグランスがストレス軽減や集中力増幅が実証され、お客様の好反応に今までの苦労が報われる。

新ブランドの2年目は忙しくなるが、老体の私は最近、帰宅・風呂・メシ・即寝落ちが、週2もあるのは困ったもんだ。

一方、家内は益々元気で、娘は社会人、息子は大学でそれぞれ3年目突入。そりゃ皆色々あるが、健康であれば申し分なしだ。


来年は運気も味方に!


さて、感染激減の安堵も束の間、今はオミクロンに怯える。3回接種の前倒しと特効薬待ちの我々は、当面は臆病なままで過ごすしかなさそうだ。

ところで来年の干支は寅年。寅は「動く」の意味で新しい息吹き。特に来年は36年ぶりの「五黄の寅」に当たり、運気に満ちた年になりそうだ。

生活は自粛でも来年は「雲外蒼天」を信じ、新たな挑戦と飛躍の年にしたい。曇り空の困難を越えた先には、青空が広がっているのだ。


謹んで、本年のご厚情とブログのお付き合いに深く感謝致します。そして来年も倍旧のご指導ご鞭撻を、何卒宜しくお願い申し上げます。

皆様の穏やかな越年を心よりお祈りします。






2021年12月12日日曜日

学ぶのは自分だよ。

昔から 「学生の本文は勉強」と言われ、私も子どもによく言った。大概この勉強とは、受験生が一喜一憂するテストや偏差値の学力値を指す。

しかし本来「勉強」とは、努力して困難に立ち向かうという意味で「未来の自分」に身につけたい事を学びながら、果敢に成長する事である。

高校生ゲーマーがプログラマー目指し、自主的に学び始めたら「そんな事より受験勉強」と親が言う。専門校や工学部受験はプログラマーへの手段であるが、学びたい芽を摘まないようにしたい。


最も案ずるのは、安易に偏差値で選んだ学部で、単位以外の学びもせずに、将来像もフワッとしたまま就職。これは社会に出てから苦労する。

先ず、社会人の常識や人間関係を学ぶのは必須。そこからスキルや専門分野を習得する。入社2年目の娘も、幅広く学ぶのに苦労している。

途中で嫌になったら転職サイト。転職がキャリアアップに繋がるなら結構だが、嫌だから辞めようは、この先も進歩なき転職を繰り返すだけだ。


人生が夢を作るんじゃない。夢が人生を作るんだ。


さて我が息子。大学柔道で上達しているが、今の戦績ではトップレベルには遠く及ばない。関東でも上位に抜きん出る壁は厚いのが現実だ。

先日家内に「貴方が柔道に固執してる」と言われドキッとした。息子が選考会で負けたと聞くと、勝てた相手になぜ?と本人以上に悔しがる私がいる。「親がヤキモキしたら何か変わるの」とも問われ、己の心情を冷静に考えてみた。

私は大学時代、広告宣伝の世界を諦めメーカーを選んだ。心のどこかに夢を諦めた「悔恨」を息子の夢に重ね、初志貫徹を息子に託していた気がする。

息子の応援はいつしか「我が夢」になっていた。しかし、今の実力ではこの先柔道でメシが食えない事を、一番分かっているのは本人で、今後の夢を本気で模索し始めたようだ。

今こそ、私の身勝手さや息子への負荷を解き放ち「子離れ」する時である。そう、柔道にどう向き合うかは息子であり私ではないのだ。

大谷翔平も記した「人生が夢を作るのでなく、夢が人生を作る」は深い。夢で作れた人生だから、夢を修正した事を悔恨するより、その先の生き方に悔恨を残さない事が大切なのだ。

柔道の強い子弟関係、敗北を越えた経験、新設ゆえの道程もこの先必ず役に立つ。そんな彼が掴んだ夢の変化も「信じて見守ろう」と思うに至った。

偉そうに人に学べと言う前に「お前が学べ」は、私に向けた言葉であった。








2021年11月26日金曜日

大学柔道物語④非日常の世界。

 大学柔道も延期された大会が始まっている。各大会に出場する選手は練習に熱が入る。

大学日本一を争う7人団体戦「全日本学生柔道優勝大会」の帝京平成大の初戦は、何と天理大学。金メダルの大野将平を輩出した強豪である。

男子1回戦、帝京平成大は残念だが天理大に敗れてしまった。初の全国出場での負けも貴重な経験だ。決勝戦は東海大が筑波大を下し、男子も東海大学が柔道日本一の座を堅持した。

大学柔道はレベルが違う。高校に比べ体格も試合の攻防戦も一段と長けてくるので、試合が緻密で面白くなる。大学生が一般の国際大会でも活躍するので、考えれば当然である。


息子たち柔道部の日常は、指導者の支えもあり、みな楽しそうだ。1回生が下僕と化す大学もある中で新設は悪しき慣習もなく、最上級生が優しい2回生なので真面目で平和なもの。

しかし平和とは言え、一般人には耳の潰れたマッチョは異質に映る。電車内で人に避けられると少し落ち込む柔道部。彼らの日常を知ると印象も変わるかもしれない。


柔道部の日常は非日常か。


先日、仲間が楽しそうにバリカンで五厘坊主にしている動画を見た。聞くと柔道部員の総意で、練習に遅刻3回で坊主頭!と決めたらしい。今更と笑ったが、丸坊主からやっと解放された彼らだから、大学生での丸刈り罰則は効果的なのだ。

帝京平成大の練習は小野監督と三戸コーチのもと、日曜以外は朝7時の朝練と授業後の夜練の一日2回にプラス筋トレと充実した日課である。

学生寮がない為、皆アパート住まいの自炊生活で、ちゃんこ鍋は肉の取り合いで揉めるらしい。息子は学食では足りず、タッパに白米と増田先生ご提供のハンバーグや牛丼を詰め、朝と昼2食分の手弁当を持参している。マメな行動に驚いた。

1回の練習だけで、体重はかなり落ちるので毎日が飢餓状態だ。まるで排気量は多いが、燃費の悪い重量級の戦車と軽量級はジープのようだ。

柔道部は皆がこんな生活。金と時間に余裕があれば、お洒落や女性の話に花も咲くが、今は「食欲」に支配されている?が真相は不明。

そんな柔道部5人が我が家に宿泊。一升半の酢飯と大量具材で手巻き寿司、寸胴の豚汁と唐揚げと肉団子も瞬時に無くなる。翌朝もしっかり平らげ嬉しそうに帰ったが、片っ端から食べ尽くす姿に、家内シェフが一番嬉しそうで「又いつでもおいで」と言っていた。💦


因みに帝京平成の女子サッカー部は日本一。何事もサッカー部優先で新米の柔道部は肩身が狭かったが、1部昇格で筋トレ利用時間が増えたと喜んでいた。更に戦績をあげ予算獲得して「柔道部、ここにあり」の存在感へと繋げるしかない。


宿泊した日、彼らは我が家から覗くスカイツリーを「初めて見た」と喜んだ。練習で夜遅くに帰宅、自炊、道着洗濯に追われ帰省も東京見物も叶わない。側からは非日常でも、彼らには当たり前の日常には感嘆するが、少しだけ切ない。

新設で無名の柔道部だが「雑草魂」は育っている。一期生の息子達は来春3回生。大学柔道界に少しでも痕跡を残し、将来も固める時期がきた。

私の願いは一つ。負けて心折れるより、ケガでの挫折だけは絶対するな!である。












2021年11月8日月曜日

時間がない!

 2021年もあと一月半で終わる。コロナ2年目に慣れたのか、あっという間に時が過ぎる。

感染激減で自粛も緩むが、すっかり臆病な私は、浮かれもせず飲み会も控える。そもそも正常な生活の定義などなくなり、環境次第で変えるしかない。

それでも、時の流れだけは万人に公平に与えられるが、その時間の価値は本人次第で変わる。足りないと嘆く方、逆に持て余す方のどちらも共通するのは、時間の過ごし方の整理が必要だということ。

例えば、大半を占める緊急で重要な案件に費やす時間。多くは期限付き業務やトラブル。かつて私はトラブルで振り回された。不祥事では幹部が忙殺、商品回収は全社員が辛い時間を経験した。

次のフュージョンでは「アンビシャス上場」までの時間を共有した。2017.2.23会長が五穀豊穣を願い上場の鐘を5回打ったシーンは忘れられない。

ジモスの初年度は、緊急で重要なトラブルに追われたが、今はブランド成長に向けての時間がもっと欲しい。そんな時、つい「時間がない」とぼやいてしまう。忙しいとそれを連発するが、その分ストレスは倍増するので気をつけたい。


時間管理をマトリックスで考える



人格が人生を決める。で著名なスティーブンコビーが「7つの習慣」で提唱した時間管理マトリックスで再度自分自身を見直してみたい。

第1領域①:緊急で重要な業務      
第2領域②:緊急でないが重要 
第3領域③:重要でないが緊急      
第4領域④:緊急でも重要でもない

緊急で重要な①は期限付き業務やクレーム対応でマスト事項。②は事業計画策定や危機管理上の回避対策など。これで①を低減させたい。③は緊急だが重要でない無駄な会議や報告。④は多くの電話や待ち時間なので極限まで減らすべき時間。

次に業務を「目的と手段」に分けると、決めた手段に振り回されるのが分かる。特に①③領域では、手段が目的化して「本末転倒」が横行する。

会社は役割で動くので、幹部ほど刹那的な案件を減らす為、中長期計画、事業方針、危機管理対策に時間をかけるべきだ。一度、自分の時間をマトリックスで捉えるとよく分かる。

現実は①に追われるのも事実。そこで日常をオフにした合宿などで②をスケジュール化するのだ。②の確保には、③④領域の職位毎での縮小を本気で検討したい。効率化と内製化と外部委託の検討、そして非効率の仕事は止める勇気も必要だ。


こうして「先を見据えての今」を認識すると、意識と視座まで大きく変わるから不思議だ。

レンガを運ぶ2人に「今何してる」と尋ねた。1人は「右から左へレンガを移動している」、2人目は「皆のためレンガの橋を作っている」と答えた。同じ作業の捉え方でこれだけ異なる。まさに見据えた先を語ると、本人も周りも意識とモチベーションが変わってくる。

私たちは中長期に影響を及ぼす戦略から、短期の戦術をどう積み重ねるかだ。これは人生と同じで結婚・育児・住居は中長期として検討して、戦術である日々の営みを組み立てる。

因みに、我が家での夫婦円満の秘訣は、中長期の戦略決定権は殆ど奥様に譲ることだ。


いずれ私も引退すると④重要でも緊急でもない時間が訪れる。以前も書いた「今日行く所(教育)と今日の用事(教養)を仕込むため、今のうちに趣味と人脈作りを拡大しないと大変なことになる。実は最も大切で難関な課題である。

さて、今日は「夢の明日へと繋がる一日」であったかどうか、厳しく自問自答してみたい。






2021年10月16日土曜日

心の声をきく。

 「発言」に自分の想いと感情をしっかり乗せて表現すると言葉は「言霊ことだま」に変わりパワーを持つ。それは相手の魂を揺さぶる力を持つ。

決して大きな声で、気負って話すことではない。伝えたい気持ちを強く持ち、相手の反応に合わせて言葉のトーンやリズムを変えるのだ。

言葉を言霊にするコツは、話し方に「間・まをとる」ことを私は講演経験で学んだ。聴く側の「心の声」と対話する想定で語ると間をとる事になる。

例えば「…これで売上は上がります」と言って一呼吸して見渡す。会場の大半が『本当かな』と心でつぶやく。このつぶやきを心で聞く時間を取り「そうです!上がります。但し途中で止めたり、中途半端はいけません」と繋げる。そして反応をみる。

落語家は左右の肩で人物を分け、声色と表情を替えて見事に演じるが、講演も商談も相手の反応を観ながら間を取るので、とても参考になる。

話術上達には落語が実に効果的。今更と思わず一つ好きな演目の完コピなら楽しい。私は枝雀の「代書屋」を覚えたが今は忘却の彼方だ。💦

挨拶でも「お早うございます」と言ったら、返事が無くても「お早うございます」と心の声を聞いてから次を続ける。焦って、相手の挨拶の途中で「本日は…」と被せてしまうと、事務的とかヒトの話を聞かないという印象を与えてしまう。


ヒトの話を聞け!


話す側より相手が傾聴モードにさせるのも重要だ。私は初講演は冒頭にプライベートな自己開示をして、先ず私に興味を持って頂くようにする。

もう一つ「オウム話法」も大切。相手の言葉をそのまま反復する話法で、先方が「この人、私の話を聞いてくれる」と認識し心を開く効果がある。

「やってられない」と言われたら「やってられないですか」と受けてから「何がやってられないの?」と続ける。「嫌な事がありましたか」は絶対ダメ。違う言葉に置き換えたら、相手は私の話を聞いてないと思ってしまう。

同じ言葉を、やまびこのように繰り返すから効果的なのだ。別名エコー話法。

お客様が肌が「カサカサ」すると言えば、何処が「カサカサですか」と返す。それを「水分不足」ですね、と返すから立ち位置を替えられ、化粧水を売ろうとされると構えてしまうのだ。

話し上手は聞き上手。積極的傾聴の先には、揺るぎない信頼関係が待っている。

以前日本一の美容部員に同行取材したが、彼女はお客様の心の声を聴く天才だった。相手の仕草から悩みを察知し、絶妙な相槌とオウム話法でしっかり聞き出し信頼されるのだ。

彼女は、お客様の家庭や仕事の話を傾聴し頷くだけ。その間、相手の手を揉み頬に触れ「だからお肌が悲鳴あげてる」と一言。最後は、激励と共に化粧品を並べて「これだけ使ってみて」と、使い方5分の説明で販売終了。まさにカリスマ接客。

私達は、心の声をどれだけ正確に聴けるか。自分判断で相手を推察する以外に、相手の性格とその時の心模様を知ると精度は更に上がる。

その為には相手の「第一感情」を見抜くことだ。例えば、迷子の子どもを発見したお母さんが「あんた、何処行ってたの」と怒る。だが怒りは第二感情で、見つけた時の「安心・喜び」が第一感情なのだ。安心が徐々に転嫁して怒りに変化する。

相手の第一感情の発見は、その場の表情をよく観察するしかない。第一感情は、瞬時に表情に出るのでそれを見逃さないことだ。

さぁオウム話法、傾聴、間をとり、話術を磨こう。くれぐれも気を抜いた間延びや、間・まを抜く「マヌケ」にはならぬようにしたい!



2021年10月1日金曜日

今までの自分が試される。

稚拙なブログだが「出会いは人生の宝」は変わらない。問題なのは、自分には宝の出会いでも、先方様も宝と思って頂いているかどうかだ。

お互い良き出会いなら最高だが、はっきりしているのは自分が「損した出会い」と思えば、相手もそう思っていると考えた方がよさそうだ。

懐かしい再会は嬉しいが、ビジネスや利害関係が絡む再会とは話が別だ。相手先様に、今までの自分が試されることになるから怖い。

当時は深い付き合いでも、会社や肩書きが変わったり魅力も無ければ、相手は洟もひっかけない。初対面も同じで先方様に適当にあしらわれたら、残念だが「不合格」と判断されたのだ。


実は、新ブランド「シンプュルテ」が、ECも百貨店様も好調な滑り出しで、当初から考えていた化粧品専門店様での展開をお願いしたくて、経営者の方々にアプローチしていた。

私がカネボウ時代にお世話になった全国有数の企業様だが、こちらは中小メーカーの未知ブランド、まして自分を覚えているかも分からない。

専門店流通から離れて15年。そのあとは違う道を歩んできた。既にカネボウ専門店の責任者は4代替わり、加えて定年退社から7年も経っている。

不安ながら先方にお手紙を発送後、電話をすると、何と嬉しいことに多くの方が覚えていてくれ、近況報告や発表会へと話が弾んだのだ。

思わず「今までの自分」が合格と喜んだが、合格はここまで。取引様となれば今までの自分から「これからの自分」が試されるフェーズになる。決して不合格は許されない。


世の中で一番哀れなのは「忘れられた人」


一体自分は、どれくらいの人を宝として積み上げられ、逆にどれだけの人に自分をそんな存在として記憶に残せたのだろうか。

仏の芸術家マリー・ローランサンの詩「鎮静剤」に、この世で哀れな女とは、退屈な女より悲しい女、悲しいより捨てられた女、捨てられるより追われる女、追われるより病気の女、病気より死んだ女と続き、死ぬより哀れは「忘れられた女」だと言う。確かに忘れられるのは一番切ない。

これは20世紀前半の作品で女性蔑視も甚しいが、本質は男女関係ない。存在があるから嫌われるのであり、忘れられたら好きも嫌いもない。

薄っぺらな付き合いに終始すると、忘れ去られるばかりだ。やがて昔の仲間に忘れられ、家族や友にまで見放されたら、生きる気力を失う。

せめて生きてる間は、相手に良い記憶を残したい。亡くなれば、評価も後悔も喜びも存在しない。突き詰めると「今、この瞬間を精一杯生きる」しかないと痛感する。

敬愛する坂村真民の「今を生きる」を読み返す。

『咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる!』

猪突猛進の人生だったが、老いてくると「自分を見つめる」ことが多くなる日々である。