2020年10月22日木曜日

ミス・ジャパンに参加して。

 先日「ミス・ジャパン」の地区代表が集うビューティキャンプに参加した。今年はミス・アース大会がコロナで中止となり、ご縁を頂戴してこちらの講師をさせて頂いた。

ミス・ジャパンとは、国内限定のミスコンとして昨年から開催され、土屋炎伽さん(太鳳さんの姉)が優勝したことでも話題となった。

ミスコンとは「容姿・スタイル」だけを競うだけでなく、その方の発言、知性、感性など、総合的に兼ね備えることが重要になる。

私は、本当に美しい人とは、自分以外の人を素直に「美しい」と認められる心を持つ人だと伝え続けてきた。今回も同様のお話をさせて頂いた。

美しさの判断は育った環境で異なる。人は今までに積み上げた価値観や物事の判断基準をベースにする。その概念は、簡単に他を受け入れない。

椿山荘の1時間の講演で、無意識下の行動や、好感の法則、固定概念の見直しなど講義した。皆さん熱心に聴講され、少しでも今後の人間関係の円滑化にお役に立てれば幸いである。

講演後、皆さんに弊社のマキアレイべル化粧品をお配りしたが、たいそう喜んで頂いた。ご愛用の方もいらして、嬉しい限りだ。

翌日はミス・ジャパン審査大会に参加したが、華やかなファイナリスト35名からの自己紹介、スピーチなど厳選な審査の結果、ミス岩手の小川千奈(せんな)さんが優勝された。

小川さんは看護学生で、スピーチ・ウオーキング、ボランティアにも取り組む素敵な方だ。惜しくも選考から漏れた方々も、同様の努力を重ねた情熱溢れるファイナリストたち。これからの活躍を願ってやまない。


企業の真価が問われる時代


弊社の取り組みの一つに「ミスコン」の支援があるが、化粧品会社として「健やかに自分らしく生きる女性」への応援がベースにある。

社内の大半の女性社員の声も反映しながら、乳がん撲滅の「ピンクリボン活動」支援。お子様の将来の為に、地球環境保護、貧困、差別をなくす運動「SDGs」活動への取り組みも外せない。

再生可能なパッケージの検討や配送の纏めによるCO2削減。先日は、桜十字病院福岡と「オンライン乳がんセミナー」を開催。加えて活動に寄付するピンクリボンマーク商品も発売させて頂いた。

これらの活動は、お客様のご理解とご賛同があって成し得る。我が社のような中小企業でも、少しでも社会に貢献出来ることを真剣に考えている。

次の世代の為に、快適で過ごし易い社会を残すつもりで、コツコツと取り組みたいと思っている。

SDGsの第一項目は「貧困をなくそう」。これは発展途上国だけの問題ではない。日本でも7人に1人の子どもが貧困で、一人親の子どもは2人に1人が貧しい生活だという。

給食費を払わない家庭と、払えない家庭。世界では、大量廃棄される食材がある一方で、5秒に1人の子どもが飢えで命を落す現実。

これを機に、ちっぽけな自分に何ができるだろうか、と考えても損はない。


■JIMOS企業サイトSDGs情報ページ

https://jimos.co.jp/sp/sdgs/

■マキアレイベル・ピンクリボン活動

https://www.macchialabel.com/Page/about/sdgs/pinkribon/

■ミス・ジャパン SDGs活動

http://www.missjapan.org/sdgs-1















2020年10月6日火曜日

「遥かなる甲子園」から思う

今までの転居生活で、残り続けた書籍を整理したら、懐かしい本を幾つか発見した。特に感銘したとか希少価値の本でもない。

感激を超えて、これをきっかけに感動「感じて動く」の行動にさせた「感動の本」なのだ。

昔の書籍だが、営業時代に読んだ「遥かなる甲子園」戸部良也氏のノンフィクションと、これを山本いさむ氏がフィクションを加えた漫画本の2作品だ。私が手話に興味を持ち、後に美容部員に手話接客班を設置した原因となる本である。

物語は、沖縄に実在した風疹聴覚障害児の「北城ろう学校」が、高校野球に憧れる少年の為に硬式野球部を作り、高野連の壁と戦いながら、甲子園を目指す野球部16人の記録である。

米国で大流行した風疹が、翌年には沖縄の米軍基地外に広まり、感染した妊婦から多くの耳の聞こえない子どもが生まれた。沖縄県は6年間限定の(1978~1984)ろう学校の切ない背景がある。

聴覚障害は見た目では分かりにくく、誤解と偏見や差別の歴史がある。野球でも打球音や、掛け声が聞こえないと何倍も苦労する。

漫画では「福里ろう学校野球部」が甲子園出場を願い、質素な手作り部室と手縫いの補修ボールで、血の滲む練習を続ける。しかし、高野連は「日本学生野球憲章」を理由に登録を認めず、甲子園はおろか練習試合も出来ない現実。

不条理な扱いは、日本聴力障害新聞の記事に端を発し、地方紙、高校野球主催者の朝日新聞の記事へと広がり、ついに高野連は福里高校の加盟を正式に認める。最初で最後の3年生と先生が、沖縄県予選に参加した喜びは想像に余りある。


感心、感激の次に行動するのが「感動」


本来、差別がないのがスポーツ界。野球の「王貞治」が高校時代、日本一の早実ナインの国体の入場行進に彼だけが台湾籍を理由に外れた事実。しかし、20年後の1977年、日本初の国民栄誉賞に輝くのは、嬉しい歴史の変遷でもある。

王貞治の著書「飛べよ熱球」も感激の本。756号のHR世界記録を放った時、ホームベースで迎えてくれた張本選手の歓喜の姿が一番嬉しかった、と王は書いている。国籍問題の逆境を乗り越える者同士の想いが伝わる。


人々の普通とか通常とは何だろう。障害や差別を抱える方を特別や異常と捉えずに、その人の個性であると、誰もが認識する世界になって欲しい。

手話では、左手の平に右手の人差し指を置いて、ぐりぐりと動かす動作を「一生懸命」とか「努力する」という。手の平に穴を開ける、壁を突き破るという思いを込めた表現である。

そして、諦めないという表現は、否定形ではなく「努力+続ける」努力の動作に、歯を食いしばり、目を見開く動作を加える。全てに人々の思いが込められている。

何と素晴らしい表現だろう。この表現に出会えたお陰で、TDLのミッキーたちが、聞こえない子どもに「手話で歌い語る」ことにも気付けた。

そう、そんな時は、心を込めて左手の甲に右手で軽くたたき、片手で拝むように上げよう。

心から「ありがとう!」の表現である。









2020年9月24日木曜日

諦めない心

総理交代で早々に人事も決まったが、会社のトップ交代も同様で空白は許されない。大手企業は、経営のトップ層が同じ場所に集結する際は、別ルートで移動する。天変地異などで不幸が起きたときに、どちらかが生存する為だ。

花王出向時代、年一度の取引先への展示会の販社社長挨拶の原稿が私に回ってきた。「何故、私に」と尋ねると、西日本会場の社長欠席事態の代替2番目ですの回答。社長欠の事態では先ず関西支社長、次が中四国の私になる。さすが危機管理を徹底する花王。念の為、原稿を熟読したが出番はなかった。


政府は災害時、生存に必要な指定品目の速やかな生産をメーカーに要請している。飲料水、食料、毛布、粉ミルク、おむつ、簡易トイレの他に、衣料、日用品などの指定企業は、生産ラインを分散し、短期間の供給体制を整えている。

コロナは感染予防なので、災害指定以外の物資が不足した。知り合いの医療用品会社の方が、感染を覚悟しての夜通しの病院廻りは疲労困憊だが使命感に燃えている、と話してくれた。医療従事者を取り巻く方々にも頭が下がる。

他にも多くの人が弛まぬ努力を重ねている。共通は「使命感と諦めない心」の持ち主だ。言葉では簡単だが実践は容易でない。プロの使命感は何となく分かるが「諦めない心」は、コントロールが難しい。

諦め方は様々だが、目的への手段が最適でなければ潔く諦める。私も色々と諦めたが、自責の諦めは自分を不甲斐ないと後悔するし、他責の諦めは人のせいで気楽だが悔しさは倍増する。ならば、諦めでなく次の手を打つだけと、切り替えたいものだ。


諦めきれない思い



「諦めきれない思い」の一つ失恋。一般的に女性は失恋を「上書き保存」するから直ぐに忘れ立ち直りも早いが、男性は失恋を「フォルダー別保存」するので、辛さの足し算でウジウジ引きずるらしい。

諦めない気持ちは大切だが、世の中には努力や反省を超え諦めるしかない場面もある。進学できない子ども、続けられない道、望まない別離、数えたらキリがない。その原因も災害、事故、貧困、倒産、病気といった不条理が大半だ。

しかし、諦めた数だけ違う道が出来るのも事実。これを運命として異なる道を受け入れ、目的を軌道修正しながら切り開くしかない。

16年前の会社崩壊で、逆らえない諦めを嫌ほど味わった。一方で人生の目的に「家族と仲間を守る」を加える余裕ができた。当時、出世頭とおだてられ滅私奉公と承認欲求の私には分からなかった。

それまでのギラギラの自分から、脂が抜けた瞬間だった。会社は崩壊しても、そこにいた仲間も、家族も変わらずに存在してくれる。己の生き様に「何でもない事が幸せ」と「大切な人を守る」を肝に銘じたら、諦めない心も変化した。

「大切な人を守る」には覚悟がいる。我が身より相手の命が重いと決意して始まるからだ。それも、血縁の親子愛以上に、夫婦愛と子弟愛の方が重いと心得るとのこと。

今更、臆面もなく「家内の為なら死ねる」とは言えないが、大切な人を守ることを「使命」と決めたなら、文字通り命を使って全うするしかない。

「使命感とプロ意識と諦めない心」…ええカッコだが、目的を見つけたら、これが必須条件になるのは当たり前なのだな。汗。










2020年9月5日土曜日

勝手にリセットされて。

マスクで口紅は売れないし、旅行の予約も支度も不要。観光・観劇・飲み屋は絶体絶命。在宅でゲームは盛況。巷はコロナより「新型潔癖症」が蔓延、消毒剤のない施設は入れない。

大学は後期も学内授業は中止だが、授業料は払うのだ。未だ大学を知らない1年生。4年生の就活と企業側の運営も深刻の一途。今は、色々並べた現実を受け入れるので精一杯だ。

人々の生活は、従来の常識も価値も通用しない。非常事態宣言は、正常があっての異常だが今は、この状態を正常としてどう過ごすかを考える。

ワクチンや特効薬の量産まで、この生活は続くだろう。加えて、暦ではあと4か月で今年が終ってしまう。コロナの半年は、あらゆる行事を中止にさせ、全てをリセットさせた。


幸せのお裾分けに感謝



そんな中、先日社員の結婚披露宴に出席させて頂いた。新婦は新規事業で大活躍の気が利く「切れ者美女」である。コロナでの延期を経ての準備万端には頭が下がる。

1卓半数の配席と徹底衛生のもと、盛大で素晴らしい披露宴であった。当然、会食やセレモニーはマスクを外したが、全体に気配りされた新たな婚礼スタイルにも感動を頂戴した。こんなステキなお二人に「幸多かれ!」と願うばかりである。


こうした多くのリセットだが、喜怒哀楽の場面で、握手を交わす、時には抱き合う、背中を支えるなど、血の通う行動まで規制するのはあまりに悲しい。私自身、披露宴の帰り際に、ご夫婦と握手を交わしたが、これが過剰なら寂しくなる。

「体温を感じる触れ合い」があるから、仕事も遊びも喜びが高まるのだ。それを忘れず、コミュニケーションと予防の在り方を模索するしかない。


「生産性のヒト」から「生物としてのヒト」へ



実はコロナ禍でも良い話もある。一つ目は、世界中の経済制限でCO2排出が激減、インドで数十年ぶりのヒマラヤ眺望など、地球上の大気汚染が劇的に改善されたことだ。汚染空気で絶滅危惧の生き物には、まさに「救済措置」となる。

2つ目は、在宅でのいざこざが増え「離婚率」が上昇と懸念されたが、4月以降の離婚は何と3割も激減している。衝突した時間以上を共にすれば「修復の時」になると信じたい。

私も家内との会話が増えた。この機に仲が深まるコツは、自分が話すより「聞き上手」になること。さて、その成果だが「傾聴力」次第なので、お互い努力を怠ることなかれだ。


心底憎きコロナだが見方を変えると、経済視点の人の在り方「生産性の人」から「生物としての人」に立ち戻れ!の啓示を込めた「自然界」の仕業なのか?と妄想してしまう。

ならば肝に銘じますから、酷な神のご意思よ、コロナリセットを!…合掌。

今を楽しむ生活を!









2020年8月22日土曜日

機を見るに敏!

「機を見るに敏」はビジネスには必須のスキル。特に新規開発には欠かせない。市場動向やマッチングのチャンスに目端が利くことで、ここと思えば一気に行動に移る。躊躇すると機を逸する。

最近「機を見るに敏」案件に出会いスタッフ総出で奮闘中。昨年は守りに終始したが、新たな模索は気持ちが高揚する。面白ネタは時期が集中するので、機敏な対応に追われる。


うまい話にゃ裏がある?



私の拙い経験だが、色々動いてビジネスに成就する確率は高くない。過去連続成就の奇跡もあったが、通常はヨタ話も含め100件中2~3件程度が可能性あり。それに話が大きすぎると成就は難しい。国家間の案件、産官学や利権絡みの話は尚更だ。

以前、ある発展途上国の方から、漁獲の魚が自国でうまく流通しない。漁師が海上で捕獲した魚を、日本漁船に高値で直接取引してしまい、港に卸さない。そこで何とか「漁業組合」を作りたいが手を貸してくれと相談された。なぜ私に?と面食らった出来事だった。

私への要望はディレクション。本来の業務もあり、何やら横やりも入りそうでお断りした。中東の産油国の場合は、おにぎりと寿司の握りマシーンを繋いだが、工場建設、レシピ開発と話は広がる一方。不得手は介入せず繋ぐだけにする。

この手の話は、総合力の大手商社に集まるが、出所次第では私にまで飛んでくる。中東の話もスポンサーは皇太子でも、遣わされた使者は、先ず親しい日本の知り合いを頼る。問題は、使者に決定権もなく、事業の理解不足から丸投げするので、遅々として進まない場合が多いことだ。


ことを成すには、一点突破!



物事は、大きく一気に成功させようと欲張らず、小さくても確度の高い事に絞り「一点突破」で成功させることだ。成功で得た信頼関係で、点から線、面へと広げる。大物狙いの投網より、小魚でも一本釣りで捕獲しないと意味がない。

新たな商売を本業にプラスで、0か1の世界に踏み込むのは容易でない。それには「何を考えるか」より「誰と話すか」が最も重要だ。ネットワークが成功の鍵。異業種や事業に精通した方との情報交換から、新規ネタを拾う。そして決め手は、ご縁を喜び合える関係性の有無だ。

その為には、深く広いネットワークを築くべきだ。出会いを大切に「生涯の友」として付き合う。友の頼みなら損得なしで汗を流せる。手に余れば迷わず他の方に繋ぎ、お任せする。不思議と繋いだ方が新たなネットワークに加わる。


私の嫌いな言葉は「やったことがない」「ダメだと思う」「無理」…困難からの発想の答は「諦め、止める」しかない。逆に好きな言葉は、可能性からの発想の言葉。

成功者の歴史をみても「絶対に諦めない」が共通項。当たり前だが、諦めないから失敗しない。失敗しないから成功の可能性が残るのだ。

ネットワークは大切だ!













2020年8月8日土曜日

教えを貫けるか。

思えば会社人生42年、実に16回の転勤と職歴を重ねた。カネボウ化粧品静岡販売の代表取締役就任で正社員籍を外され、嘱託社員として退職金を精算された。入社19年の退職金ではと落胆したが、逆に42歳には破格の年俸契約に驚いた。

当時は、選抜者1か月の合宿教育を経て正課長、次に全国事業場長と本社部長の嘱託化がカネボウ流の幹部育成。経営者の視座を培うには最適だ。

まず、月次支払いの最初の承認が己の費用。「〇月度経営指導料」と書かれ、私の報酬と係る経費も記載されており、この書類に自分が自分に支払いの印鑑を押すのである。

毎月、経営指導料に値する行動と成果なのかを自問自答させるのだ。これはきつい。新米の私は、業績の未達月度の押印を拒否したことがある。

数日後、財務役員から電話「タナベ、何かっこつけてんの、支払いが出来ずに困ってんだ。嘱託は年度更新だから通年での評価。月度で一喜一憂するな」と一喝。中長期での成長を仕込んで、足元をどうするかの視座を持ったのもこの頃だ。

こうして、化粧品は昼夜を問わずの達成軍団として、驚異的な数字を挙げていく。しかし、これも労働環境の変化と花王へのグループ化に伴い嘱託社員制度は廃止となる。



次第に鐘紡は「正しく行って、何人も恐れず」の教えを忘れていく。上場を維持するため債務超過を隠し粉飾決算に手を染め、2001年の発覚から崩壊の道を突き進むことになる。

繊維部門を筆頭に業績悪化の流れは、縦割りの弊害と合流し怒涛の濁流となり、鐘紡は漂流し飲み込まれた。徹底教育された「論語の規範」は一体何だったのか。悔しくて涙が出る。


速やかにならんを欲するなかれ、小利を見るなかれ。



鐘紡幹部の致命教室・論語の教え。事を急げば達せず、小さな利益にとらわれると大事成らず。目先に惑わず先を見据えた視点を持て。この教えを、我々は単に知識だけに留めてしまい、結果的に絵空事となったのは、皮肉な話である。

迷走からの学びは、経営者が「将来のビジョン」を語り続ける大切さ。若手の帰属意識の希薄を嘆くより、させられない経営者が課題なのだ。

社員が時の権威に屈せず、正道を貫ける風土を作り、その風土を「社風」にする評価制度にまで進化させられるか。せめて老兵は、これを伝え続けなければならない。

コロナ禍の「まさかの坂」はまだまだ続く。故に多くの教えを胸に、目先の小利に惑わされない将来像を、繰り返し語り続けたいものである。

「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」…深くて重いビスマルクの教えである。











2020年7月22日水曜日

今は、謎の会話を楽しむ!

今、東京が怖い。夜の新宿は以ての外だ。私の会社が新宿と分かると、相手は少し不安な表情を浮かべる。私は「会社は都庁前で、歌舞伎町ではないですよ」と笑う。すると相手は少し困った顔で「いや、全然、大丈夫ですから」と苦笑いする。

私は、何が大丈夫なんだろうかと考える。…感染者かと疑っていませんから、怖いけれど我慢しますから、わたし絶対に感染しませんから…どれが本意か分からない。

そもそも「大丈夫」の意味が分からない。嫌なの、遠慮なの、任せろなのか理解に苦しむ。最近の会話で連発する「大丈夫」という表現が謎だ。

上司が部下に「今晩、飲みに行くか?」すると「大丈夫です」と部下が答えた。「お誘いには感謝だが、イヤ」なのか「予定がないので、行きます」なのか、私には分からない。

娘に聞くと、大丈夫の前に発する言葉次第かも。「あ、大丈夫」「い、大丈夫」う、え、お、と並べるが、やはり判断不能。「いや、大丈夫です」なら嫌だと察する。断りの気遣いか知らんが、頼むから曖昧な「大丈夫」は止めてくれ。

こんな曖昧さで「ありよりのなし」などの若者言葉が出現したのか。有り寄りの無しは、肯定寄りの否定らしく、優柔だが「大丈夫」よりは理解できる。そう、今後は「今晩飲もうか?」と聞いたら「無し寄りの有り」と答えて欲しいもんだ。

もう一つ、息子のLINEの「り」「りって何だ?」「了解の意味だよ」…すかさず、了解とは目上や上司が使い、部下や年下は「承知しました」だと説明。すると一呼吸置いて「承知しました」の返信。これで「り」なら「ぴえん」だ。


多勢に無勢は昔の話だ



こんな認識の違いから格差や差別は助長される。コロナ禍の「東京差別」のように、未だ収まらぬ感染者に、東京生活者は肩身の狭い思いをする。少数派の排除は差別の現象だが、戦時中の平和論者のように少数派が正しいという歴史もある。

マスクをしない人、陰性の濃厚接触者、自粛しない飲食店、医療従事者に対し、危険を遠ざけたい多数派。それが高じて過剰な排除行動が、差別に発展する怖さ。

先日、そろそろ福岡に行きたいと伝えたら「無理しないで下さい。リモートでも大丈夫です」私「それって来るなってこと?」福岡「そんなことないです、GoToキャンペーンも使えませんし…」私「俺、浦安だから関係ないよ」「…」この会話。福岡の彼は東京差別でなく、私の身を案じての発言と信じたい?笑。


人種、民族、障害、貧富など、単なる個性であり多様性と心得たい。現実は多数派をターゲットにする社会だが、マイノリティーを尊重する社会にすることが最も重要だ。

スキンヘッドで頑固、口だけ達者な高齢者、私はまさにマイノリティ。せめて私に出来るのは、これ見よがしに「SDGs」のバッジをつけて、声高に格差是正を標榜するとしよう!

若者とご満悦の翁








2020年7月4日土曜日

未見の出会いに乾杯!

私の知る限り、大学は前期の学内の授業はなくなった。リモート授業、レポート提出、テストなどが単位取得となり、自己管理に苦労する。

スポーツ科の息子が、毎日、課題提出に追われる姿に、正直驚いた。柔道部は練習を開始したが、校内の滞留時間の縛りもあり、本格的な練習は少し先の話。この機に息子は、市川の泉澤先生のピラティスで体幹強化にも励んでいる。

大学柔道も大会は全て中止。三密の少ない屋外種目は救済の試合もあるが、組み合う競技は望めない。小野監督率いる柔道部は暫く辛抱だが、一日も早いガチ練習が始まって欲しい。できれば創部「帝京平成柔道部物語」を掲載したい。

娘は、先月下旬から出社開始して本業の耐震天井の実験法を3日目に理解したらしいが、それ遅すぎ。リモートとはいえ学校と違う。教えを待つのでなく能動的に質問しまくれ!と。

原則は入社1年目は疑問を残さない。そもそも疑問すら湧かない、2年目もショボい質問しか浮かばないなら、早く辞めた方が良い。弊社も新入社員が見習い中だが、今の仕事に興味と好奇心があるかが最大のポイント。


「有難う」の反対語は「当たり前」



選んだ会社で将来何をしたいか、その為に何を身に付けるかの絵図を描き、仕事に取り組まないと楽しくない。楽しくなければ続かない。これは大学生も同じで「あすの姿を思い浮かべて、今日を生きる」という考えを忘れてはいけない。

思い通りにならずとも成長の努力は、間違いなく自分への保険となる。そして、理想と現実のギャップのストレスと上手に付き合うことだ。

医学的なストレスとは「こうなりたいのに、そうならない」状態。昼、カレーを食べたら、家の晩飯もカレー。これもストレス。つまり「よくある話」と捉えるしかないのだ。

コロナはストレス以外の何物でもない。先日のTDLの再開に、狂気乱舞のファンを見ると、昨年は当たり前の開園が、感謝に転じる。ストレスを感謝に変えた好事例。激混みが当たり前の京葉線に戻るのは少し怖いが?。

自粛こそ、当たり前を感謝にチェンジ。人生の前半は習得期間で積み上げの足し算で、後半は得たものを使うだけの引き算と言う方がいるが、冗談じゃない。死ぬまで、失う以上の足し算だらけだ。

この1年、ジモス社員との泣き笑い、前職の友との付き合い、再会からの進展、そして新たな出会いと、喜びが続く限り、テーマの「出会いは人生の宝」の足し算は終わらない。

明日に向かって撃て!