2019年5月29日水曜日

悔いなき夏!(安田柔道部⑦)

先週フュージョンを退社し、暫くインターバル。健保を一時的に国保に替えたり、荷物の整理、打合せなど次への準備の期間。のんびり出来ない性分なので丁度よい。

引退した先輩が「大切なのは今日行くところ(きょういく)と今日用事(きょうよう)があることだ」と言ったが、幸い我が家では、家内は飼育で忙殺、娘は卒論でアサリの研究、息子は最後の柔道大会目白押し。どれも目が離せない。

特に気になる息子の高校最後の夏。まずインターハイ予選で鹿児島インハイの東京代表が決定した。代表は各階級の優勝者一人だけだから大変である。東京は激戦だが、まだ関東、ジュニア選手権、国体、金鷲旗と続くので落胆などしていられない。

安田学園は81K級の増地選手が東京代表獲得。この快挙に我々も興奮した。他の階級も取りたかったが、重量級90K級と100K級の息子たちは、国士舘に阻まれた。負けは負け。如何なる言い訳も通用しない。ライバルの研究と練習を怠らず、最良のコンディションで臨む者が勝利する。寮生活で柔道中心の強豪校のそれには敵わなかった。

一筋縄では行かない匂い


体調管理は勝利に重要なファクター。練習以外、万全な予防とケガの克服など総合的過ごし方が問われる。息子は関東予選で鎖骨にヒビが入り、治療と酸素カプセル、練習不足でインハイ予選。しかしそんな選手はごまんといる。これも含めて勝負に負けたのだ

世界のトップアスリートは、才能や努力以上に自己管理力が半端ない。一握りの選手の背景には、その何十倍もの選手がケガや体調不良で諦めている。ところが、選ばれる者は栄光以上の何かを掴んでいることを発見する。

頑張った完全燃焼の先に、己の現実を知った上で選択肢を絞り込む勇気。その生き様を背負う者だけの匂いがある。仕事もスポーツもやり切った人から滲み出る本物のオーラがある。

「悔いのない生き様」は魅力的である。安田学園柔道部の今年の夏、息子は高校最後の夏、娘も大学生最後の夏、私は新会社で最初の夏、誰もが来年の夏は予測不能だが、やり抜く心構えは失いたくない。夫々の生き様は毎日更新のゲームオーバーのない世界である。

「明日を信じて今日を生きる」だ。皆さんにとっても最高の今日であること祈念する。

今年の夏は一度だけ!



2019年5月16日木曜日

忘れえぬ思い出

最近、会社を辞めるのに「退社代行業者」に頼む若者がいるらしい。進退を他人に頼むなと思うが、一方で会社側のマネジメント不備や言えない雰囲気かを疑うことも必要だ。

マネジメント力は簡単には身につかない。前提は人に関心があるかどうか。それが面倒な人は今の立場を離れるか、自己変革するしかない。マネジメント職は機能に過ぎず、偉いからと勘違いすると、人身掌握と配慮を欠いたハラスメントに繋がる。

そして次は組織人事。特に後任選びは人情や優秀性より、組織を纏める適正と周囲の信頼感が重要だ。目的は組織活性化なので、名選手が名監督、名コーチになれる訳でない。

「私が出来たから貴方もやれ」でなく「私は出来なかったが、貴方なら出来る」と、やる気を引き出さないと部下は育たない。「学び成長したい」と本人が望むようにすることだ。

最近、部下から「変化は摩擦を生じるが、摩擦は進歩を生む」と教えられた。今より良くしたいと信じたら、摩擦を恐れず物申すことだ。想いが伝われば絶対に遺恨は残らない。逆に「自分のための主張」は見抜かれ、軋轢を生む。

感謝の日々と新たな挑戦


ここで突然のご報告だが、フュージョン(株)を5月で卒業する。入社以来4年間、貢献できたとは言い難いが、業績向上と後任づくりを目指し、盤石な後任体制も整った。新営業幹部の自立と真価発揮は今と考え、任期途中だが退任を決意した。

会社には無理をいったが経営陣のご理解に深く感謝している。そして社員と取引先様にもお世話になった。4年間楽しく過ごせたのは、豊かな感性と卓越した能力の仲間のお陰だ。幹部にはきつい事も言ったが「より良く・より成長」と念じた由縁とご容赦願いたい。

思い起こすと、株式上場、組織営業の成功、まさかの事態、出会いと別れ、褒め合う仲間など思い出すと涙腺が緩むが、この思い出を糧に次への挑戦に繋げていきたい。

「求められるうちが花・怒られるうちが花」


人間関係での幸せは、愛される・役に立つ・必要とされる・認められるの4つだが、これが満たされると無上の喜びを感じる。逆に人は、嫌悪、罵倒、否定より「忘れられた人」が一番きつい。これは組織内で最悪の事態である。

「求められるうちが花・怒られるうちが花」互いが認め合い、大切に花を育てたいもの。一瞬でなく一筋に咲く花だから、周りの辛抱と期待が太陽と肥料になると心得たい。

今を悩む若者よ、土が合わない、困難かなの不安に負けたらだめだ。愚痴を提言に変え、「本気の人生」を目指すのが正道。人も組織も同じ悩みを抱えているのだ。そして、精一杯の本気のあとは「ケセラセラ」なる様になれ!だ。

フュージョン社員の本気に、私も本気で取り組ませて頂いた。今は感謝の言葉しかない。人に恵まれ、多くを学び、成長の4年間。本当に有難うございました。

そして、新たに歩むこの翁と、大好きなフュージョンに、皆さまの倍旧の御高配を賜りますよう心より祈念申し上げます。

思い出が多すぎて




















2019年4月26日金曜日

令和に思う「激動の昭和」

混乱なく平成から「令和」に変わる。今から30年前、昭和天皇の崩御は社会的影響が大きくて、あらゆる分野に支障が出た。自粛ムード一色で、会社の行事、TVの娯楽番組は一切中止。レンタルビデオ店の在庫は空っぽになった。

今は生活の中心がスマホに変わり、新聞もレンタルビデオもTVも存在自体が影を潜める。若者と年配者の嗜好、思考、指向がこれだけ乖離し二極化するとは思わなかった。

ウチの家族は、私の影響で昭和文化には馴染んでいた。そのお陰か、先日娘に感謝された。と言うのも、就活での2次面接から昭和おじさんが面接官になるらしい。IT企業と違い、建設業界の上位職は年配が多いのだ。娘は全くあがらず普段通りの会話ができたようだ。

おじさんとの会話が圧倒的に少ない同級生は、緊張で戸惑ったらしい。面接で食いつく箇所や突っ込みが父親と同じだそうだ。私との面接官視点での予行練習が役に立ったとご満悦。娘は、私のアドバイスより年配者に慣れているのが主要因とは、私は少し面白くない。

パンタロン キメ顔の母 セピア色


これは「昭和川柳」優秀賞だが少し切ない。国内の65歳以上の構成比は27%で、17歳以下の12%しかない。年配者の市場は年々大きくなり、昭和のレトロ回帰が盛んで、懐メロ番組、昭和の街づくりや書籍など大人気だ。

先日、友人の定年祝いで、贔屓の浅草の虎姫一座「昭和歌謡・シャボン玉ホリデー」を楽しんだ。ザ・ピーナッツの名曲を口ずさみながら、好きだったスターを尋ねたら「酒井和歌子」と「天地真理」。おー俺も!と3人で大笑い。

やはり懐かしいのは昭和30年~50年代、少しの我慢と不便が当たり前で、高度成長を背景に求める物や憧れの対象が同じなので、市場の構造がシンプルで分かりやすいのだ。

あの頃は、親父も先生も怖かった。向こう三軒両隣、近所のおばさんは身内並みの事情通。見舞いのバナナが珍しく、外食なんぞ年一回、緊張の黒電話と手紙が告白の主流。巨大なアメ車と冷蔵庫の米国TVドラマの生活に憧れたものだ。

今の40歳代も20年後には平成を懐かしむ。やはり「今の若い者は」と愚痴る筈。いつの世も不変で大切なことは「人との付き合い」と「未来に期待が持てる」かどうかだ。

そして後悔とは、やったことの失敗より、やらなかったことへの遺恨である。令和には「やらなかった失望」を無くす!と皆でご「唱和」を。

嬉し懐かし昭和の写真!







2019年4月13日土曜日

64歳、健康寿命まで残り8年!

今月、64歳になった。会社員42年目、さすがに体力は低下したが、まだまだ人との繋がりも楽しいし、子どもの飼育もあるので、もう少し頑張ろうと思っている。私の拙い知見でも、若い世代の方々の役に立てれば本望である。

政府は年金崩壊回避の為、70歳までは現役で働こう提言に、まんまと乗っている。だが問題は平均寿命でなく「健康寿命」。2018年度の健康寿命は、男性72歳、女性74歳と延びている。しかし「平均寿命」とは何らかの要介護期間なので、男性で9年、女性は12年もあるので、健康寿命を延ばして用会議期間を短縮は我々にとって深刻な課題だ。

米国にキープヘルス思想という考え方がある。全ての活動は健康を維持する為にあるという発想。日本でも、身体的、精神的、社会的な健康を学習・実践するサイクル「健康生成論」に発展。健康は、社会的資源であり、組織的にも自分にも最高の財産である。

NNKネンネンコロリより、PPKピンピンコロリ


どんなに健康だろうが、我々は必ず死と向き合う。昔は「死生観」は他人事だったが、身近な人の死や年を重ねると考えるもの。自分が何処で、どんな状態で死を迎えるかの覚悟が大事。周囲に迷惑をかけぬよう無駄な延命行為は不要だ。しかし、その事態にボケ状態は最悪なので、これは家族と事前に共有すべき事だ。

将来、不治の病(癌など)になったら、治療の苦痛だけで治らなければ意味がない。日本は安楽死がご法度なので、尊厳死での持続的な鎮静、できれば在宅緩和ケアだが、周りの迷惑を考えるとネンネンコロリより、そうなる前のピンピンコロリで逝きたいものだ。


当たり前だが、我々は一度しか死ねない。出生時、自分は泣いて生まれ、周囲は喜びに笑った。死ぬ時、自分は穏やかに微笑み、周囲は悲しみに泣く。こうなるはずが、生きざま次第では「やっと逝ったか・」と周囲が笑い、自分は泣く場面の臨終だって在りえる。

そんな、寂しい末路だけは御免だ。ならば、平均の健康寿命までの8年の延長と寿命までの9年を縮めて、人様のために尽くす時間を精一杯増やそうと本気で思う。

「人様に感謝される人生と、なんとめでたいご臨終」はセットなんだ!と思い至った。

ピンピンコロリで頑張るぞ!

2019年3月31日日曜日

怒るより 溢れる笑顔が器量よし。

「溢れる笑顔」は人々を優しい気持ちにしてくれる。自己免疫のNK細胞が「笑い」で増大するのは実証済みだ。逆に「怒りの顔」は気持ちを動揺させNK細胞も減少する。未熟な私は、昔より表情にはでないが、怒ることは減少しない。

怒りの感情は、自分の考えとは異なる言動を相手がした時に起こる。自分への怒りも、それを自身が異なる時に起こる。自分が決めた正解が「大切にしたい」こと。若い時は、正解を侵害されると、感情に任せ随分周りに迷惑をかけたものだ。

この怒りは、第二次感情であり「恐怖」「不安」「悲しみ」「落胆」「妬み」などの第一次感情と絡み膨大なエネルギーを持つ。これを客観的に理解し、怒りを重ねるうちに「正解」に柔軟に対応する事を学ぶ。こうした多様性の受け入れが、怒りの感情コントロールに繋がると思っている。

怒りをコントロールするには


米国大統領のアブラハム・リンカーンの「送らなかった手紙」は有名な話。彼は、怒り、失望、批判などを暴露した手紙を書いたが、それを決して送らなかった。机にしまい込み100年後に発見。手紙の効果・影響を天秤にかけた結果、書くだけで我慢したのだ。怒りを手紙に認めることが、感情コントロールに有効なのだ。私は昔「自分の中で怒りの感情がでてきたぞ、頭を冷やせ、3回深呼吸」と唱えていた。

ここで、自戒も込め感情コントロール「アンガーマネジメント」4つの方法を紹介する。

①怒りだしたら6秒間待つ。私は3回深呼吸だが、これで無駄な怒りを抑えられる。
②6秒間、もし○○だったらと考えてみる。意識をそらし立場の再考は相乗効果ありだ。
③「~すべき」の価値観は捨てる。自分の価値観の強要は無駄、捨てることだ。
④怒りを記録する。手紙と同様怒りを外に出し、何に怒ったかを確認する意味もある。

上記以外、有効的な秘策?を紹介したい。第一生命の「サラリーマン川柳」を眺め「みんな一緒だなぁ」と納得し笑い飛ばすのだ。怒りの解消に役立つこと必至。

「上司言う 俺は知らない聞いてない」「空気読め それより部下の気持ち読め」「早くやれ そういうことは 早く言え」ある、あると思わず苦笑、溢れる笑顔?である。

因みに「まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる」は尻に引かれた亭主の川柳だが、以前「ゴミの日に 出したいゴミはまだ寝てる」という傑作があった。セミナーで作者を問うと、女性は休日の亭主だ、男性は命令する妻だ、と真っ二つ。

立場違えば「正解」は、左様に真逆となる。くれぐれも、互いを侵害する事なかれだ!
気遣いを忘れると「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」。笑えないのでご注意を。

https://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/

笑顔こそ「元気の源泉」




2019年3月11日月曜日

春、新たな生活。

この4月が新年度のところは多い。企業の決算年度だけでなく、卒業・入学・就職など新生活のシーズン真っ盛り。花王時代に掃除用品の売り上げが、師走の大掃除から3,4月の新生活時期へとシフトし始めたことを思い出す。

環境変化を乗り切るコツは、少しの覚悟と慣れしかない。私はカネボウ時代に14回転居したが、観光と郷土料理を楽しむぐらいが丁度よい。子どもの学校生活が絡むと家族は急激に馴染む。可哀想な思いもさせたが、その分視野は広がり、逞しくなったと信じている。

感謝と決意の三送会


先日「安田学園柔道部の三送会」があった。在校生、先生、保護者が柔道部の卒業生を送り出す恒例行事である。厳しい練習の日々、大会での激闘、遠征合宿など苦楽を共にした先輩との別れは、感慨深い日となった。

終盤の、保護者への感謝の言葉と花束贈呈は、涙・涙の場面であった。図体のでかい猛者が、母親の前で感涙に咽び、言葉が出ない真っ直ぐな18歳に、司会進行の私も涙腺崩壊。

彼らは大学でも柔道に励む者と離れてしまう者、浪人する者など様々。今は理想の花が咲かずとも、花は一瞬に咲くのでない「花は一筋に咲く」ものだ。一筋に咲かせる花の道程は、これからスタート。そして先生の言葉「柔道から離れても、自他共栄の柔道家精神は生涯背負うのだ。それを忘れるな」も胸に刻んで欲しい。

君たちの根っこに育った「先生・先輩を敬い、後輩を想う心」は、これからの人生の財産となるなぁと喜びつつ、来年卒業する息子への不安と期待を隠せない三送会でもあった。


この時期は、多くの出会いと別れの季節。これも、双方に存在感があればこそ「別れと出会い」を認識できる。相手を認めなければ記憶にも残らない。常に感性を磨き、謙虚を忘れず、成長を求める自分で在りたいものである。

一方「再会が叶わぬ別れ」ほど辛く悲しい事はない。8年前の東北震災の友人や、叱咤激励を頂戴した恩人・恩師も、残念ながら来世でしか会えない方がいる。今はただ、限りある時間を噛みしめて、現世での「一期一会一筋」のお付き合いを全うするしかないのだ。

花は一瞬でなく一筋に咲く
















2019年2月23日土曜日

ご縁が一番!

最近、26年ぶりにお会いした方に「何かのめぐり合わせ、ご縁ですね」と仰って頂いた。
瞬時によみがえる記憶と印象。容姿の変化はお互い様だが、物腰も眼光も変わらない安心感。「出会いは人生の宝」を実感した日である。

「ご縁」とは一体何だろう。人生は「命」という限られた時間を過ごすこと。この多くを、人様との出会いで費やす。生涯にしっかり出会える人は、約2000名程度と言われている。ならば、成長と感謝に包まれた出会いだけにしたいもの。私は、家内を筆頭に、多大な影響や成長させて頂いた出会いを「ご縁」と感じている。


私の人生最初の出会い(ご縁)は両親。深い愛情と恵まれた環境に感謝しかない。振り返ると、友人、先生、上司など良きご縁ばかりだ。良い悪いは自分の価値観なので、嫌悪、恨み、妬みの出会いの方は「反面教師」として感謝に切り替える。

いやいや、そんなに簡単じゃない。「嫌な奴は嫌だし、苦労したよ」もよく分かる。
私はそんな時「人生は一度だけ、そう思ったほうが楽しい」と唱える。相手を変えるより、自分を変えるほうが、よっぽど簡単。世の中で変えられないのは「他人の心と自分の過去」、変えられるのは「己の心と自分の未来」と云うではないか。

固定観念・概念をぶち壊せ!


一般的に4歳までが生得的概念づくりといわれ「大きい・小さい・人・花・動物」などを認識、概念化する。人は優しい、動物が可愛い、花がきれいなどは、ここから始まる。そして、4歳過ぎに「自我」に目覚め、無数の概念の分別が本格的に始まる。

「真・美・善」と「偽・悪・醜」は成長過程での重要な分別。経験と脳の感覚機能の連合体で勝手な判断をするので、その環境次第で人それぞれ異なってくる。所詮、固定観念での「虚論」。善悪の概念は社会的秩序のために「法律」が生まれたが、これも国と歴史で変化するから、不変の概念の正解など存在しないのだ。

感性を磨き、本質を深く理解して、素直に観念と概念をリセットすると、もっと色々なことが見えてくる筈。そうなると素敵な「ご縁」も飛躍的に増える気がする。

歩道上の自転車を、突然なぎ倒す人をみたら「怖い人」と思ってしまうが、実は盲人用黄色ベルトを邪魔する自転車を排除して道案内したら「心優しい人」に変わってしまう。

小学生の理科テストの実話。固体の氷が解けたら「水になる」が正解だが、1人の子どもが「春になる」と応えた。これって、不正解?こんな素敵な感性には100点満点あげたい。

改めて、私の誕生日は祝って貰う日でなく、この世に生を授けてくれた最初のご縁「亡き母に感謝する日」にリセットしようと決意した。

楽しいご縁を





2019年2月2日土曜日

安田学園柔道部⑥武道館の壁

高校柔道「3大タイトル」とは、①全国高校選手権大会(春の武道館)②金鷲旗大会(夏の福岡)③全国総合体育大会(インハイ)である。高校柔道部が目指す憧れの大会である。

3月の武道館・全国選手権大会を賭け、4地区の選抜による東京都予選が開催。個人戦が60.66.73.81Kと90以上の無差別の各優勝者と、勝ち抜き団体上位3校が武道館に進む。

安田学園は、81K級で増地選手が見事優勝し東京代表となった。加えて秋の国体の階級別予選参加者5名(ベスト8)が選出された。しかし、最大のヤマ場は団体戦である。

実は、昨年の実績でシードされた団体組み合せ表をみて、安田が東京代表へのチャンスと色めき立った。周到な準備で望んだが、結果は力及ばず敗退。勝ちを目の前にしながらの惜敗である。悔しいの一言しかない。選手も応援者も、茫然自失。

勝敗を分けたのは「勝ちへの執念」の差なのか。力量以上に気持ちで負けたとしか思えない。心の糸が切れたか、その後の3位決定戦の不甲斐なさにも唖然。完全な気持ち負けである。どこかに油断や、諦めの弱い気持ち、自信喪失を感じたことが残念至極である。

息子には、最後の1秒まで攻め続けず、受けに回ったことを責めた。詰めでの迷いが勝敗の分かれ道だからだ。すると息子から「この負けを活かして、次回はガツガツいきます」との返事がきた。いやいや違う「しなかった」から「次はする」の回答は願望に過ぎない。

本気で変化を具体化しない奴は、掛け声だけ。
本気で学ぼうとしない奴は、教えてもムダ。
本気で意識した練習をしなければ、成果なし。

と、息子に返した。自分で何が足りず、どうするかを考えて行動するしかない。努力すれば報われるはドラマの世界。本気の努力で得るものは、後悔しない納得感だけだが、振り返って、悔しさや「たら・れば」が出るうちは納得の努力ではない。

かく言う私も「あの場面でこうしていれば」が渦巻くのも事実。未練一杯だ。
「後悔先に立たず」しか浮かばない凡人だから、坂村真民を読み返してみた。


「咲くも無心 散るも無心 花は嘆かず 今を生きる」


そうか・・無心で嘆かずか・・後悔と未練を乗り越えるのも本気の努力だな。

納得の努力まで