2017年5月29日月曜日

「~のに、なぜ」から「と」を「の」に変える。

先回、マネジメントを面倒と思うな、と書いた。すると、ある方から「面倒でなく怖いのだ」と言われた。「先ず自分がしっかりする」事に自信がなく、相手に嫌われたらを心配する。まして相手のプライバシーは突っ込めない、も前提にあるのだろう。実際の相手の顔を浮かべて考え直してみよう。

「上長に相応しい自分」づくりへの努力は素晴らしいことだ。しかし世の中「努力すれば報われる」わけではない。報われる可能性が高くなるだけだ。スポーツの世界でも、その可能性を高めようと必死に練習するが成果は出ない。当然周りも必死に練習するので、競合との差は縮まらない。ここまでやれば、の判断基準がないから比べようがない。

先のオリンピックで名を挙げた柔道の井上康生監督は、100キロ級で世界TOPの名選手でもある。東海大時代、井上先輩の面倒をみていた後輩という知人が、息子と私に語ったことがある。試合形式の乱取り練習を1本5分を10本もやるとヘロヘロになる。全力疾走を50分続けるようなもので、元立ち以外は順番に当たるので、その間は休めるものだ。

井上先輩は、それを休まず50本、4時間連続でやる。当然終わったあとは身動きできない。死んだようになった彼を、2人の後輩が抱えて宿舎に戻し、自力で風呂にも入れず、後輩がシャワー室で先輩の身体を洗うのだが、ある日、井上先輩が途切れ途切れの声で「すまんが、このまま小便してもいいか・・」「どうぞ」と言うと、なんと血尿が出てきた。

「世界を目指す必死の努力は俺には出来ない、と悟った瞬間でした」そして「田辺くん、世界を目指すとはそういうことだよ。その覚悟でやり続ける決意を持って欲しい」と息子に語った。しかし、その練習とて優勝を保証するものではない。

これだけやった「のに、なぜ」勝てない。相手にこれだけしてやった「のに、なぜ」出来ない。

世の中は「のに」と「なぜ」のセット言葉が多すぎる。練習や努力をすれば達成すると思い込み、上手くいかなきゃ何故だと、自分の努力不足を他に転嫁する。それでは恨み節の繰り返しになるだけだ。

他責から自責に変えて、自分自身でやれることとして、まず心構えから見直すことだ。

柔道の練習をこれだけやった「のに」、この「のに」を捨てる。これは「私と柔道」の関係だから出て来るセリフ。「と」を「の」に変える。私「の」柔道、柔道の私、と改めるのに違和感はない筈だ。
私と会社、私と部下、上司、私と家族、などの対比関係から私の会社、会社の私、友の私、家内の私、に変えると「何故?」も自分の何故になる。

幾ら教えても変わらないは「教えてやる」の発想。相手が「学びたい」に変えられない己を恥じるのだ。師の背中を見て育つは、弟子が師に魅了され学びたい一心で成り立つ。相手が「と」を「の」に変わるのは自分自身から実践するしかないのだ。

2017・サラリーマン川柳に「パパお風呂、入れじゃなくて 掃除しろ」という川柳が入選していたが、井上先生なみの努力で「私の女房・女房の私」を実践し与え続ければ、いつか「私の夫・夫の私」に家内が変わる?も、期待せずに実践するんだな。






2017年5月2日火曜日

すがすがしい人になりたい。

すがすがしい人が貴重な時代


「清々しい」とは何だろう。一般的には爽快、さっぱり、気持ちのよいなどの気分を指すが、同時に人を指す場合も多い。この時期、巷に多く見られる新入社員などは、すがすがしい人となるのだが、果たしてどうだろうか。

先日、友人の会社の入社式で、今年の新入社員の決意表明の半数近くが「この会社と、社会人としても自分が務まるかが不安なんです」と堂々と社長に語ったらしい。
一体これは何だろうかと考えこんだ。社長曰く、嘘でも良いから「頑張ります」と言えないのか、とこぼしていたが、皆さんはどう思うだろう。

子ども時代、親にも先生にも叱られたことがない。学校では平等・公平が原則か、順位も付けられず、中・高で一気に偏差値の競争という枠の中で揉まれ悩む。学閥は影を潜めたとはいえ、将来を思うと「こんなはずじゃない」と現実とのギャップに自信をなくす。
今まで年長者、上下関係、先輩・後輩などの繋がりが無く、学生仲間との付き合いしかない。まして恋愛も面倒で不安なので避けてきた。

しかし、社会では異次元の年長者、先輩、上司、異性に直面するのだ。かくして、礼儀作法も知らず自己中心の若者は戸惑い、上司は憂慮する。お互い不満と言い訳が増え、心が折れると逃げる。学校では「人は優劣で判断でなく、それは個性」が合言葉だが、社会に出ればそれは通用しない。

「上司力」を身につける


最近「バックレる」新入社員が話題になっている。入社2日目に「この会社、何か違う」と思ったら、昼飯に行くといったまま「バックレて」帰ってしまった事例だ。
会社は大騒ぎだが、当の本人は会社の心配などお構いなしで、違うからいかないとの弁。せめて辞めます、ぐらい言えよとの話だが、笑い話では済まされぬ現象だ。

終身雇用の危機は、定年まで勤めて後は余生のコツ「滅私奉公」精神を終わらせた。
「己のスキルアップとキャリアプラン」を考え、よりよい転職を探す時代になってきたから、好条件転職のコツ「その仕事、私のためになりますか」精神が前に出る。

そんな時代、新人に「すがすがしさ」を求める前に、マネジメントする側が「上司力」を蓄え、マネジメントの在り方を変えて「すがすがしい上司」になるしかない。

部下に対しては「怒る」激情型でなく「叱る」の対策を付加した理論型だ。報告事項は、先ず結果を聞き、次の言葉を待つ。成功時での自慢なら「どこで褒めるか」を、失敗時の言い訳なら「何故?」を探る聞き方に「耳」変える。これが積極的傾聴と心得るべきだ。業績拡大と人材育成は両輪の輪であり、片輪が動かねばまっすぐには進まない。

周囲に嘆く前に、本人との面談を義務化して部下の本質を把握する事が先決。部下の能力の最大化を引き出すための業務コントロールをすることが、マネジメントであろう。
やはりマネジメントの本質は変わらないのだ。

「仕事に厳しく、人にやさしく」は、業務コントロールと、人心掌握のことである。
一昔前の叱咤激励と飲み会の強要ではない。我々はいつしか本来のマネジメントを忘れ、職階、職位、評価基準で逃げてきたかもしれない。実はマネジメントは面倒くさいのだ。

人との繋がりが苦でない「清々しい上司」の下に「すがすがいい社員」が育つのだ。


2017年3月30日木曜日

念願のIPO

サラリーマンの夢って何だろう


サラリーマン人生が40年を迎える。よくここまで続いたと感心してしまう。
その間、転勤、転属、出向、定年、再就職を経験し、転居したのは14回に上る。役職もヒラから始まり社長まで経験させて頂いた。職階が上がる度、孤独になるもので、気楽さと仲間意識が遠くなるのは寂しいものだが、反面、職場以外の人脈が広がるのも事実で、それはそれで嬉しいものだ。振り返って「人生の人財残高」を積み立てることが如何に重要で「男の器量」はこれだと言っても過言ではない。

転居は全て家族同伴で素晴らしい出会いを重ねてきた。本当に感謝している。長女は幼稚園2回、小学校2回、中学2回、息子も幼稚園・小学校を4回も転校した。子どもには「自分の故郷はどこだろう?」と言われたが、皆が「お気楽」なので楽しかったようである。

しかし、会社人生は楽しい事ばかりでなかった。普通では経験出来ないことも遭遇させて頂いた。債務超過、粉飾決算、役員逮捕、上場廃止、整理、再生、買収と、これ以上ない連続攻撃には死ぬ思いをした。当時、病気でもないのに、血の小便が出ることを体験したのは苦い思い出だ。

正直、伝統と歴史ある一部上場の最古参の名門企業が、崩壊し消滅するとは思わなかった。世の中に「絶対に大丈夫」などは存在しない。
それでも定年まで勤められたコツは、ひたすら仲間を信じ、うしろ工程を大切にし、いかなる場面でも己を失わず「無我夢中」で邁進することだと思う。自分が、自分が、の我を張らず「無我」にならねば、誰もついてこない。

この地獄の渦中にいたことを、今では感謝出来るようになった。生意気だが、常に「無我」を忘れず、愚痴らずに夢を追う「夢中の姿勢」の大切さを教えてくれたからだ。


夢の「上場」を果たした喜び


先日ついに、サラリーマンの夢である初体験を味わうことが出来た。
我が社「フュージョン株式会社」がアンビシャスに上場したのだ。創業25年の社員の努力が念願の上場を果たしたのだ。入社2年の私は、この場面に遭遇できたことだけで感謝、感激である。お取引先様のご支援と社員一人一人の汗と涙の結晶である。先に述べたが、会社が傾くのは簡単だが、社会的に認められた会社を継続・拡大するのは容易ではない。
弊社会長が「五穀豊穣」を願い、5回上場の鐘を鳴らす場面は荘厳であり、居合わせた我々は身が引き締まる思いであった。

FBにも書いたが、誰もが一番大切なことは「夢」を持ち続けることだ。当たり前と言われそうだが、絶えず夢に日付を付けて邁進する「夢中」の姿は難しい。
私も62歳、浅学非才な爺であるが、この先いたずらに歳を重ねた爺にはなりたくない。

「頑張る奴は、夢を語り 怠ける奴は、言い訳を語る」

夢の上場経験は「いいか、言い訳と愚痴を重ねた数だけ、嫌な爺になるのだぞ!」と、己に戒める出来事でもあった。





2017年1月5日木曜日

2017年を迎えて。

2017年を迎え、新春をお喜び申し上げます。
皆様も穏やかな新年を迎えられ、本年も健やかに過ごされんことを祈念申し上げます。

昨年は、お陰さまで家族も会社も順調に過ごすことが出来ました。息子は進学先での高校柔道も決まり、娘は相変わらずマイペースでやっております。家内は子どもの飼育に奮闘しております。

弊社フュージョンは、順調に業績を上げております。この2月決算に向けて着地も見えてきましたし、米国DMA公認のファンダメンタルマーケター資格取得のeラーニングも、お客様からご支持頂戴しております。これも皆様のご支援、ご鞭撻のお陰と、深く感謝申し上げます。


本年やりたいこと



昨年品切れで入手できなかった「逆算手帳」を手に入れ来年は活用したいと思っている。
既にご活用の方もいると思うが、この手帳は通常の日々のスケジュールをこなす為のものでなく、「こうありたい」を実現するために、ビジョンから逆算して計画を立てることに特化した手帳らしい。

残念ながら本年も私の手帳は目先のやるべきことを記入した「行動確認ツール」である。やはり、今を乗り切るロービーム視点中心になりそうだ。
中長期事業計画や採用計画、子どもの進学など、会社や家族のハイビーム視点での将来像はあるのだが、そこへの自分の関わりと当事者意識や自身の具体的行動は忘れがちです。

「明日ある姿を思い浮かべて、今日を生きる」の姿勢の積み重ねの日々とその日暮らしの行動の365日の有り様は、1年で大きな差になる。「逆算手帳」はなくても、仕事では決算までにやる事と、2017年、2018年そして2020年度へのハイビームの行動チェックをしようと思う。
東京オリンピック2020年度は、フュージョンは29年目を迎え社員も経験を重ね、更に飛躍を目論む。家族では息子は大学?、娘は就職している筈である。私は65歳を迎える。
誰にとっても、まる4年の大切な1,460日を有意義に過ごしたいものである。

有意義な行動の大前提は「健康体」であること。多くを望むにも、まず「健全な精神は健全な肉体に宿る」があればこそだ。古代ローマのユウエナリスのこの言葉の真意は、富や名声を求める前にこの考えを全うせよ!との事。まずは、平和で、無事に衣食住も整い、そして何より生きる目的がある、ことに感謝することから始めよう。

以前紹介した80歳を迎えた大先輩の言葉を思い出した。
「俺たちが一番悲しいのは病気になること。そして一番虚しいのは「きょういく」と「きょうよう」を失うことだ。「今日行くところがある」と「今日、用事がある」これが生きる価値だ。と教えてくれた。

さあ、本日も元気に「今日行く」と「今日の用事」を、明日に向かって頑張ろう。





2016年12月20日火曜日

2016年の漢字「金」。取った後が勝負。

早いもので今年も終わろうとしている。
年の瀬恒例の今年の漢字一文字は「金」に決まった。リオでの金メダルの影響か、皆様の身近の「金」が話題になろう。因みに我が家の「金星」は、娘が建築家を目指し大学進学したことと、息子が全国中学柔道大会に出場したことが、そうかもしれない。

まず、娘の「海洋設計士」という聞きなれない選択が想定外である。海辺の建造物や、川にかかる橋の設計士らしい。需要があるのかと聞いたら、耐震や津波などを考慮した橋の建替えや新築には各都道府県の土木課など、就職率100%だよ、と言われた。その為、高校時代に化学専攻から物理学に変えたので、課題に追われ苦労してるが楽しそうである。

最近は、バイトにも燃えていて、今では近所のスーパーの「野菜カット」部門の顔のようである。野菜の鮮度や、カット技術は相当で、かぼちゃや大根カットは初心者向きで、スイカのカットは熟練者なのだと自慢していた。確かに大根など大きさが違うが、スイカは正確さを要求される気がする。
皆さんも、スーパーでカット野菜の大きさを比較すると、結構面白い。

それに比して、息子は全く先を見ない。柔道以外、眼中にないので困っている。
以前、「夢を諦めるな」とブログで書いたが、彼の場合、高校・大学も柔道を続けるがセットである。中学以上は学校の柔道部所属で全柔連に登録されるので、多くの大会や高校総体などは学校参加になる。どこの柔道部で切磋琢磨し、選抜されるかが重要になる。
高校は関節技、階級など一般と同じ柔道スタイルになるので、息子はそれを見据え、練習と体づくりに余念がないが、頭の中は退化の一途だ。

仕事に目を転じると、米国で権威ある「DMA協会」公認の「ファンダメンタルマーケター資格」DCFM取得のeラーニング教育を、フュージョンで日本版にし、国内で紹介する独占契約を結んだことだ。これは英語版以外では世界初である。

企業は、経理・人事や営業の教育は充実しているが、マーケッター教育はまだまだ不十分である。そこで、米国の最新のマーケティング概要を10のモジュールにし、それをPCで学習することで、あらゆるメディアを体系的に学び「オールラウンドマーケッター」を育成しようとする狙いである。
メーカーなどの社内のマーケ人材がレベルアップすると、今までの広告代理店や分析屋への丸投げ是正や、最先端のソーシャルネットワークを学びレベルが向上することで、より良いものが提供できる機会になる。ひいてはコスト見直しにも繋がる、は受講する企業様からの声でもあった。


人それぞれ、道を極めるために。



設計士も、柔道で世界に羽ばたくも、カット野菜も、一流のマーケッターになるのも、自分自身が継続的に努力するしか無い。その際の最大の敵は「弱い己」である。

「今日は止めとこう。もう、いいか」と自分に囁く「くじける心」と闘う気持ちが大切。
スティーブン・コビーは7つの習慣で「感情を習慣に服従させる」と書いている。
例えば、本来、歯磨きは面倒くさいと思う感情を、毎日毎日幼少期から歯磨きを励行させることで、歯磨きしないと気持ち悪くて寝られない、朝の目覚めのクセ、と習慣化させてしまうことである。目指すは生涯精進を実践する「自己啓発の習慣化」である。

来春62歳になる私は、もはや手習いをする機会など無いと思っていた。しかし、年齢関係なく経験と知見でやり過ごす仕事は、自分の成長を阻害してしまう。

上司が部下育成と称して与える「権限委譲」とは、決して丸投げのことでない。「責任は俺が取る」の発想はかっこいいが、部下の判断だけで任せるは部下が成長しない。プロセスを共有し、口を挟み、部下に他の方法や応用を指導することで部下の成長を促すものである。こんな当たり前のことを、自分に当てはめてみれば一目瞭然、弊社が推奨する教育を、私も受講し成長するのだ。

2017年、私の漢字は「学」である。禁止事項は「太」だな。




※米国DMA公認ファンダメンタルマーケター資格(DCFM) 
教育プログラムがリリースされました!


2016年11月16日水曜日

本末転倒

弊社でも、今やっている業務の「目的は何か」を確認する場面がある。今一度、目的を明確にし、その手段を講じたときに、いつの間にか手段が目的化してしまい、本来の成果が疎かになる事を危惧する。

以前在籍した販売会社の時代に「新規取引先の獲得作戦」を掲げ新規取引店の開拓運動をやった。空白エリアから化粧品を取扱いできそうな小売店をリストアップしたり、競合メーカー取扱店の有力先一覧、商業店舗出店計画を調査して、新規開拓リストを作成した。

マーケのスタッフは、アタックリストが完成したら、仕事が終わったような顔をしている。「手段」の役割分担は、手段を目的化してしまう。総じて本末転倒現象は多い。
「目的」は新規の獲得。大元の目的は売上・シェア拡大である。当然リストから「行動計画」を営業部に繋げ、営業部は訪問先での効果的な営業話法、興味を引く情報等の準備。そして、訪問活動開始、プロセス管理。これ全て手段である。相当なコストでもある。

準備万端、実行の結果は、プロセス管理の徹底もあり計画以上の成果が得られた。しかし、獲得第一号が、普段の営業に新規獲得をデイリーにしていた営業マンが、リスト以外の職種の小売店との取引契約書を獲得。用意した手段は役に立たずショックだった。

完璧な手段と実行より先に、新規を取る「熱意」と、常識に問らわれない「発想」と果敢な「行動力」こそが最重要だと、思い知らされた。



総じて、我々は本末転倒に陥りやすい。


面白い歌がある。少し前に流行った子ども向けの歌だが、妙に気に入っている。

「ホンマツ テントウ虫」

買ってもらった 新しいスパイク
こんなに ピカピカだと 汚したくなくなる
んで、泥にまみれたボールよけて走る
試合に負けたけど 汚れなくてすんだ

それじゃあ それじゃあ 本末転倒
ボールの模様 テントウ虫
それじゃ それじゃ 本末転倒
ありゃ りゃ ホンマツテントウ虫

こんな調子で、鍵を失くした場所が暗いので、離れた街灯の下で探す、とか寝坊できない日に目覚まし時計が鳴るか心配で、朝まで起きて確認したら安心して眠ってしまった。
と続くのだが、笑える歌詞だが笑えない話である。

来春高校生になる柔道息子は、この歌を知っている。将来を大きな視野で捉えると、高校選びも変わるはず。確かに「柔道選手での夢」を追いかける完全燃焼の姿は素晴らしい。
しかし先をみて「文武両道」と人間形成の大切さを気づけば、夢の追いかけ方も変わる。

出稽古で、彼は「やらされる」練習より、自発的に考えて「やる」練習の違いを痛感したらしい。先生不在での手抜きが嫌で、自発的に練習をする高校を目指したいという。

実は、学問も仕事も「自発的」と「当事者意識」は、目的を腹に落とし、明確な手段を自らに課し、やり続けるので、成果を出す絶対条件だと思う。
何事も「やらされる」と「やる」とは、大いに異なる。今、やっていることが目的達成の手段と認識すれば、本気に手段に打ち込める。そして本来、手段は当事者が決めるべきと思っている。

「1 : 1.6 : 1.6²」 

やれ!と言われてやるときの成果を「1」とすると、何故やるのかを理解すると「1.6」で、どうやるかを自分で考え実行すると「1.6の二乗、2.56」の成果をだすそうだ。

この法則、本社に転勤した日に、前任者の方の机上にも同じメモが残されていた。
尊敬する上司からの教えを頂いた、生涯忘れられない出来事である。





2016年8月5日金曜日

試練は突然やってくる(後編)


前編で紹介した柔道全国大会の予選直前の息子の骨折は、まさかの試練の大波乱となった。


周囲は想定外の事態に「仕方ないさ」などのセリフは出てこない。千葉を背負って全国へ行くんだ!を合言葉に、皆必死の練習を重ねてきたので腑に落ちない。主将としての甘さと、仲間たちが気遣って言葉を飲み込んでいるのが判るから、息子は相当落ち込んでいた。

有明医療大学の福田先生は自分の診察時間、研究、指定選手の治療の合間に息子との時間を調整し、それこそ寝る間も惜しんでの治療をして頂いた。同時に柔道家として半端ないリハビリ用トレーニングメニューを息子に課せた。

息子は、松葉杖片手に道場の隅で、黙々とハードメニューをこなす日々。福田先生は、時間がなく試合がぶっつけ本番になるので、ケガ前より強くなれ、と目論んでいるようだ。

息子の希望で「酸素カプセル」にも通った。サッカーのベッカムが自宅に置いてある代物で、疲労回復や骨の成長に効果があるらしいが、10日で身長が1cm伸びたのは驚きの事実である。そして2週間目には松葉杖も不要になった。先生曰く、食事と睡眠のバランス、酸素など全てが結集したとしても、驚異的に早いです、と感心された。

登りきれ、まさかの坂

試合の2日前、打ち込み600回と組み手の練習後、帰宅した息子は、初めて弱音を漏らした。
「この3週間、一度も投げ込みも乱取りもしていないけど、大丈夫かな」とつぶやく。
「不安は当然。今は先生を信じ自分を信じるしかない、練習は嘘をつかないんだろ」と私。

地区予選当日、福田先生はわざわざ会場に来てくださり、息子の足にがっちりテーピングをしてくれた。そして息子に一言「これで大丈夫!」。息子はこの3週間で最高の笑顔を見せた。心のカンフル剤にもなったのか、一瞬で戦う形相になる。

結果は、息子81キロ級で選ばれ、他にも60キロで2名、73キロ、90キロ級と、七中主力が県大会に駒を進めた。そして団体戦でも市川七中は県大会進出となった。まずはひと安心だ。

試練は続く

10日後の県大会当日、周囲の応援と福田テーピングを味方に勝ち進んだが、決勝戦でテーピングの足をピンポイントで払われ、まさかの敗退となった。先生も周りも試合判定の心残りはあれど、もはや勝敗は決したのだ。それでも、男子レギュラー2名が60、90キロ級で全国進出を果たせた事がせめてもの救いである。

こうして彼の全国個人戦出場の夢は途絶えた。今更、言っても仕方ないが残念無念である。
茫然自失の息子に、慰めの言葉もかけられない。まして明日の団体戦への気力は自力で奮い立つしかない。我々家族は見守るしかないのだ。

翌朝、彼は私に「今日の団体戦は必ず優勝するよ。市川七中全員で全中にいくから・・」
私は、『よくぞ、いったと内心感激した。昨夜、黙って足首を冷やしていたが、痛かったかもしれない。思えば、治療中の言い訳も、痛めた左足首への小内攻めで負けた悔しさも、彼の幻の「有効」も、指導3取り時間切れなど、後悔も愚痴も一切語らず、黙って「負け」を受け止めて、今日に気持ちを切り替え、前へ進み始めた。

私は何も言わずに拳を突き出した。彼は照れ笑いを浮かべて、黙って拳をぶつけてきた。

こうして、市川七中が団体戦・男女ともに見事優勝を果たせたのだ。中学の団体戦は、体重順に5人が戦い、3勝した方が勝ちである。選抜43校を順調に勝ち進み、決勝戦を迎えた。
先鋒、次鋒、中堅戦が2勝1分で、副将の息子に回ってきた。あと一つ勝てば優勝だ。

大声援が飛ぶ。『勇斗!お前が決めて、優勝を勝ち取れ!』。開始2分、攻め続けた息子は、大内から踏み込んで渾身の大外刈を決めた。1本勝ちの瞬間、息子と同じ個人戦で全中を逃した次鋒の選手が歓喜の涙で立ち上がる。そのまま市川七中全員が抱き合い涙を流している。

3年前の入学依頼、全中出場の悲願を果たした瞬間だ。主将のケガ波乱のこの1ヶ月は、おそらく選手全員が不安を彷徨いながら、心を一つにしてようやく勝ち取った優勝である。
子どもたちも、先生も父兄も涙腺崩壊の試合となった。


神の手福田先生と


市川市も七中も男女とも初優勝


市川七中団体メンバー



「七柔魂」よ、永遠に

先日、市川七中の関東・全国への壮行会を須賀道場で開催して頂いた。大騒ぎしていた子どもたちが、最後に市川七中の校歌を歌った。そう、来年は、2度とこのメンバーの団体戦はないのだ。先輩との残り僅かな日々を惜しむ後輩たちがボロボロ泣き始めた。

先生の叱咤激励「泣くな、まだ関東、全国があるぞ。後輩たちは、先輩の道を繋げろ!」

子どもたちよ。この先どう変わろうが「市川七中柔道部」も「須賀道場」も、でんと構えていつまでも変わらない。君たちは一生、七中柔道部OBであり、この道場の門下生なのだ。
「子どもたちの柔道人生はこれからです。負けるも、ケガも、挫折の壁を超えて、集う子は生涯の弟子ですから」と、先生たちは言ってくださる。何と有難いことか。

恩師と仲間を信じ、己を信じ、懸命に過ごした経験は、振り返ったときに「試練」となり、それを克服して「得難い経験」になり、やがて彼らの「財産」になる、と信じている。

人生「まさかの坂」は迷い坂ではない、ひたすら登り切るしかない坂なのだ。
試練という脇道で少し遠回りして克服し、上り坂・下り坂のある「元の道」に戻すのだ。

七中校歌。須賀道場

2016年7月8日金曜日

試練は突然やってくる(前編)

この夏、柔道中学生が目指す「全国中学総体柔道大会」が、8月17~20日に新潟県上越市で開催される。昨年の北海道大会は、3年の上級生に負け千葉県代表になれず全国を逃した。新潟大会は、3年生の息子には最後のチャンスで、負ければそこで引退となる。

7月から各都道府県毎で予選会を勝ち抜き、階級別代表選手と代表団体校が「全中大会」への出場権を得る。千葉県は各14ブロックを経て、7月下旬の千葉県大会で各階級優勝者1名と、優勝校一校が千葉代表として全中大会の切符を手にする訳で、そう簡単ではない。

春の千葉県大会では、息子たち市川七中が団体戦で優勝し、個人でも81KG級で優勝した。七中レギュラーは各階級別でもトップクラスで、最強メンバーと評価されているようだ。
そのために、彼らは部活と道場で猛練習を重ねてきたから、全国大会で上位を狙う!の夢を叶えてやりたいと願うばかりだ。

ただひとつ、この時期に絶対にあってはいけないのが、怪我と病気。試合に出ない、は幾ら過去強かろうが関係ない、不戦敗でその場で終わるのだ。
今、柔道の先生たちと選手の合言葉は「絶対にケガはするな!」である。

人生、上り坂と下り坂の合間に「まさか」の坂がある

市川・浦安地区予選を3週間後に控えた部活の練習中、学校から「息子さんが練習中ケガをした」と連絡が入った。歩けないので迎えに来て欲しいとのこと。家内は保健室で寝ている息子を見て真っ青。乱取りの最中に、後輩の重量級の相手が投げられまいと、息子にしがみつき、左足首が絡んだまま上に乗った形で倒れこんだらしい。最悪の事故である。まさか、何故、この時期に・・心をよぎるが気を取り直し、パンパンに腫れた足首の息子を乗せて、そのまま救急医療センターへ。

診断結果は、左足首脛骨骨折。夜遅くにギブスで固められ、沈痛な息子をみて正直、彼の最後の大会は終わったと落胆した。しかし、それではあまりに悲しいし、諦めきれない。

柔道の先生たちも案じてくれ、整骨で全国屈指の先生を紹介して頂いた。柔道家でもあり、国内有力選手の奇跡の回復や、指定選手のメンテナンスもしている方である。
先生は快く診察に応じくれ、翌日深夜に指定された医療大学の先生の部屋にお邪魔した。

先生はギブスを外し、足首を触りながらレントゲン写真を睨む。

「心配していたとおりです、脱臼したまま固定されてますよ」
「えー・・」私たちはただ驚くばかり。
「昨夜は痛かったでしょう、まず脱臼を直しますが、骨折部位の反対の靭帯も伸びているので、回復には時間がかかります」それを聞いた息子が一言、
「先生、3週間後の予選会にどうしても出たいのです」
「・・・・・」。

柔道歴20年の先生は、この予選会の重さを知っているだけに、先生の沈黙は怖い。やがて意を決し「何とかやってみます」と仰った。先生は、骨折・脱臼・靭帯の回復だけでなく、試合感、左足筋肉の衰え克服のトレーニングなど、並行しての復帰である。息子にすれば、先生の指導を守り必死でトレーニングを重ね、出場できたなら「勝つ」しかない。

この日から、先生の昼夜を問わぬ献身的治療と、息子の1日4時間に及ぶリハビリトレーニングが始まった。救急医療で全治一ヶ月半と診断された息子が、治るどころか3週間後の試合出場という記録的復活が果たせるかどうか、先生と息子の戦いが始まった。

柔道先生と仲間たちと家族は、この3週間をひたすら見守るしか無い。
無関係の皆様には面白くなくて恐縮だが、この行方は、次回に掲載したいと思っている。


神の手