2016年1月22日金曜日

夢を諦めるな!

今年はリオでオリンピックが開催されるので、4年後の日本・東京開催は目の前である。
準備も大変だが、開催国としてメダルの獲得必須種目の関係者には相当なプレッシャーである。

この春で中3になる息子は、小学校の卒業文集に「柔道で東京オリンピックを目指す」と書いた。
始めて1年足らずで、随分と無謀な夢を掲げたものだが、本人はひたすら練習に明け暮れている。
親としては、怪我でもした時の心配から「文武両道」を唱え、進学など将来的に潰しの効く道を考えるが、息子は全く意に介さない。

友人の息子さんに、ジュニア日本代表からサッカー選手を目指し、大学でもサッカーに取り組んでいる好青年がいる。彼は昨年、半月板損傷の大手術をして、ほぼ1年間を棒に振る事になった。
友人は、親として「将来のことも考えて、勉強と就職活動、それから人脈作りも大切に」とアドバイスしたらしい。息子さんは「あと1年、頑張らせてくれ」と頭を下げたとのこと。
小・中・高時代は、息子を見守り応援してきたが、大学生ともなると、夢だけでは飯は食えない、という自覚も必要、とつくづく友人から教えられ、私も早々息子に伝えることにした。

その日、道場から戻った息子に、とうとうと、その話をした。じっと耳を傾けていた息子が一言。

「よくわかったよ。結局、夢は諦めるな、ということだね」
「・・・。いやいや違う、夢は大切だが他の道も考えて、今は勉強もしろ、ということだ」
「でも、お父さんの友達の息子さんは、もう1年頑張るんだよね」
「・・・」。

どうしたものか、と困ってしまった。翌朝、友人にラインで報告すると、暫くして返信があった。
何と、日本ジュニア代表でのフランス大会のメダルの表・裏の写真が添付されてきた。
何も書かれていない返信だけに、気持ちが伝わる。


やはり、夢はあきらめられない

『今はとことん努力し、這い上がってでもやり切れ』なのだ。息子は、メダルを見て目を輝かせていた。「やらずに諦める後悔」より、たとえ夢には届かなくても「やりきったことへの満足」のほうが、重いんだろうな。友人もきっと子どもが完全燃焼するまで見守るのだな、と納得した。

そんな息子たちの練習は、当然きつい。部活以外にも須賀道場で夜遅くまで練習である。道場が休みの土日は、部活と塩浜の市川柔道教室にも通う。周りの先生たちの卓越したご指導と練習量のお陰で、息子たちはみるみる強くなった。


昨年秋の千葉県新人戦では、市川七中が男女とも優勝。個人戦でもレギュラーは各階級トップクラスである。息子も81キロ級で優勝でき、千葉県中学強化選手に全員が選ばれた。これで強化練習もプラスされたので、柔道漬けの毎日になってきた。



千葉県の強化スケジュールは、秋から半年間続く。熱心な強化担当の先生たちのご尽力で、地元の大学・高校も協力してくれ一体となって練習して頂ける。
先日の3連休も強化合宿があり、食事と風呂の時間まで惜しんでの練習メニューに、戻ってきた息子たちは「暫く柔道は見るのも嫌だ」と言ったきり、死んだように爆睡していた。
先生たちは、ついてこなければ、いつでも辞めて構わない。強制でもお願いでもない、とはっきりしている。爆睡から目覚めた息子は宿題もやらず「柔道ノート」をつけていた。喜ぶか悲しむか複雑だが、正直ここまで突き抜けると呆れて文句も言えなくなる。

そんな最中、昨年暮れに千葉県団体戦優勝校として、念願の「サニックス旗福岡国際中学生柔道大会」に出場してきた。こんな機会はもうない。レギュラーの家族と須賀道場の岩崎先生も応援団で福岡に出向き、正月前の大旅行となってしまった。世界11カ国の柔道中学生が参加する大会で、ロシア、韓国の選手の体格と強さには驚いた。対戦はなかったが、翌日の練習試合は世界柔道を体感できる良い機会であった。

試合結果のほうは、1回戦目は5-0で圧勝したが、2回戦が昨年優勝校の愛知・大成中に2ー3で敗れ、残念ながらそこで終わった。因みに決勝戦は、東京の国士舘中対福岡の大蔵中で、1-1で代表戦にもつれ込み、延長時間無制限の壮絶な戦いの末、国士舘が優勝した。精魂尽き果てた代表選手2人に、場内惜しみない拍手が鳴り止まなかった。



やはり全国の強豪校を見ると、「上には上がいる」と実感する。所詮、今は千葉の大将なのだ。
「全国から選手を集める私学と違い、公立の市川七中さんは、仕方ないですよ」と慰めてくれる方もいるが、勝敗にはなんの関係もない。ましてそれを理由に「仕方ない」と他責にしても解決はしない。課題と対策は、自責からしか生まれない。体格、経験、組手のさばき、技のキレ、練習量など、どれをとってもやるべき対策は山積みだ。先生たちは全国中学大会を睨んで、練習を組み立ててくださるが、何より本人が自分の課題を腹に落とし、考え、工夫して自ら克服するしかないのだ。

練習は嘘をつかない

今は、息子が柔道をやってよかったとつくづく思う。小学校で浦安柔道協会で素晴らしい先生に出会い、中学で熱心な顧問先生のいる市川七中柔道部に席を置き、名門須賀道場の門下生となり、その御縁で市川柔道協会の先生たちとも巡り会えた。
柔道の王道を貫く、名だたる指導者に囲まれている奇跡的な出会いに感謝してもしきれない。
中には「強けりゃいいんだ」とばかりに、試合態度も無作法で、挑発や頭突きまがいの試合をする子どももいる。しかし、うちの先生たちは絶対に許さない。
やはり、少年柔道の原点になる教えは「礼儀は僕らの得意技!」なのだ。

当り前として、親と先生と先輩に礼を尽くす。そして夢に向かいひたすら練習に励む。
息子は「大外狩りの打ち込みを1万回やったけど、5000回から変わり始め、1万回で少し分かった気がする」と言っていた。傍観者から見れば凄い練習だと思うが、平然と練習させる先生と、実行する子どもには、それが当然なのである。


「かけた情けは水に流せ。受けた恩義は石に刻め」 須賀先生と岩崎先生の人生訓


「諦めず 気が遠くなるまで 繰り返す」 立花克彦先生の人生訓

「百折不撓」 廣田先生、増田先生から頂いた道着の刺繍





先生から頂戴した言葉も、練習道着も、日々のご指導も、全てに恩師の想いがこもっている。

4年後に、東京オリンピックはやってくる。限られた時間だけに、ただ、ひたすら夢を諦めずやりきって欲しい。挫折しても這い上がれ。よしんば夢敗れてもいいじゃないか。
それ以後も人生は長い。そのためには「やり切る気持ちと諦めない心」を、今こそ養うのだ。

還暦オヤジも、全ての方も、今からでも遅くない、と元気が出てくる。
誰にでも「やる気」と「元気」と「根気」は、まだまだ育つものだから。


知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保

2016年1月4日月曜日

2016年を迎えて

新たな年を迎えて、本格的に街も会社も通常モードに変わり、追われるように動き始めた。

本年も昨年以上に好奇心を持って全力で取り組んで参ります。昨年同様のご厚情を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。

2016年に起こる世間の変化を眺めると、我々の動きにも変化対応を求められそうである。
国内では「マイナンバー制度」が稼働を始める。政府も企業もこの対応に追われるが、抜け道ビジネスの出現や、そのシステム対策を講じたりと世間を賑わしそうだが、新たな事業も生まれそうだ。
何れにせよ、各人のセキュリティ意識はさらに敏感になる事は間違いない。

札幌に本社を置く当社に関係ありそうなのが、「北海道新幹線開通」だ。東京ー函館を4時間で結ぶので、町おこしは北陸の再来を予感させるので期待が持てそうだ。

経済界では電力小売りの全面自由化。価格・サービスともに既に100社以上が事業申請しており、ガスや水道などのセット売りなど競争激化が予想される。
政治では、参議院議員の任期満了に伴い通常選挙が行われる。この年から公職選挙法改正により18才以上が投票できる。若者は、政治に無関心などと言わず、将来の日本に関心を持ち、政治家の高齢社会充実の訴えから、若者社会への活性化にシフトする公約を見極める事が大切だ。

海外では、フィリピン大統領選挙、アメリカ大統領選挙がある。日本の国際的関係性にも影響はあるだろうし、リオのオリンピック、NYのF1開催など、テロ対策のせめぎ合いは激化する一方だ。

不易流行

大きな変化に「変わらなければいけない」ことがあるように「変えてはいけない」こともある。
温故知新も同様の意だが、過去を学びながら大胆に進む、の大切さは以前の会社や実生活でいやというほど学んできた。先人の思いの真理を探る事は重要である。

1887年創業の以前の会社は「正しく行って何人も恐れず」を基本に「愛と正義の人道主義」「社会国家への奉仕」「科学的合理主義」の根本精神を掲げてきたが、同じ創立118年目の「正道を歩む」を忘れず「絶えざる革新」を継続してきた会社に買収されるとは、あまりに皮肉な話である。
経営陣が、創業の精神を忘れた時に、何かの歯車が狂いだす。誰も止められない歯車はその規模が大きいほど修正や制御が効かない。苦しい時や新しいことを追求する時こそ、歴史、知恵、慣習を学び大切にしなければならないのだ。

我が社フュージョンは、昨年12月で25年目を迎えている。全社一丸となり、ひたむきに正道を歩み、根本精神を皆で胸に刻んでいる最中である。
入社時に頂いた「FUSION MISSION」小冊子の社員行動指針に、こう書かれている。

抜粋だが、
「知識や経験を惜しみなく伝える人」
「約束を守り最後までやりぬく人」
「相手を思いやり感謝を伝える人」
そして、1番目の指針が「心をこめて人の話を聞く人」である。

この会社がこの先100年経とうが、変えてはいけない行動指針である。

大河が大河であり続ける如く、どんなに会社が変化しようが、その源流には「人のあるべき姿」が流れていると、つくづく感じる。



鎌倉時代の三大随筆「方丈記」も、我々に大切なことを教えてくれるなあ。

知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保

2015年12月14日月曜日

2015年を振り返ると。

2015年もあと僅かとなり、自戒を込めてこの1年で感じたこと、決意したことを棚卸ししてみたい。

当社の社長、佐々木が今年の紅白歌合戦会場客に応募したが、残念ながら1,000名枠から漏れた。応募人数100万人のNHKも凄いが、抽選漏れの返信DMを分析して、市場まで考察する感覚と、何より大晦日に渋谷公会堂に行こうとする社長はもっと凄い。

他にも年の瀬の出来事として「今年の10大ニュース」や「流行語大賞」の話題がでると「もう今年も終わりか、早いものだな」と皆さん口にするが、今年の私は少し違う。

田辺の2015年は例年より長く感じた。以前紹介した「ジャネーの法則」。生涯で、ある時季の時間の心理的長さを論じた法則だが、長さの感じ方は年齢に反比例する。つまり5才の子どもの1年は、人生の5分の1に相当するので、経験が浅く日々の出来事が新鮮である分、時の経つのが遅く感じる。逆に歳を重ねると、過去の経験が多い分だけ「こんなものだな」と判断してしまい、流していくので時の経つのが早く感じるのだ。


しかし私の場合、カネボウを引退し、6月からフュージョン(株)の新入社員となり、毎日が好奇心旺盛で濃密な時間を過ごせているので、昨年と違い長い時間を感じている訳だ。

先日出かけたカネボウOB会で、75才を迎えた先輩が中締め挨拶で、我々の世代に必要なことは、「きょういく」と「きょうよう」と言っていた。よく聞くと、何と「教育」と「教養」ではなく「今日行くところがある」と「今日用事がある」の意味であった。・・そうなんだ、と唸ってしまった。こうして毎日忙しく動き回れることが幸せであり、出来れば生涯現役を目指したいものである。

人生時計

人生を1日24時間に例えると、あなたは今何時?という「人生時計」をご存知だろうか。
自分の生年月から、現在の自分が1日の何時に相当するか、というお遊びだが、これが結構考えさせられてしまう。
因みに私の場合、1955年4月生まれは「午後6時13分」。一般的には仕事が一段落し、もう一仕事するか家に帰るか、飲み会かといったところである。その後も家に帰り風呂に入り、寝る前に趣味の時間も過ごしたい、という微妙な時間である。

中学2年の息子は「午前5時前」で高校3年の娘が「午前5時01分」。2人共「今日も1日頑張るぞ」と元気に飛び起き、限りない可能性に向かって始動開始の時間だ。
思わず「これから始まるのだ、失敗など恐れるな」と子どもたちに叫びたくなる。
45才の家内は「午後12時33分」。午後に向けてもう一仕事するか、新しい夢に向かって挑戦もできる、といった変化を求める時間だろうか。



午後6時13分の私は、フュージョン(株)で新しい仕事に挑戦しているので、まだまだ家路につくには早すぎる。先日も、お取引先様から会社のコーポレートサイトとEC構築のお話を頂戴した。先方様の会社方針、沿革、事業紹介、採用案内などECサイトなどお手伝いにワクワクしている。現在、スタッフと進めているが、学ぶこと多く新鮮な毎日である。

新鮮なのは、フュージョンの社員が、1980年代から90年代生まれの方々。彼らの人生時計は「午前10時前」で、驚くほど早い時間だ。午後の仕事に向けて「やること」も「学ぶこと」も「楽しむこと」も山積みだが、それは無限の可能性への挑戦があるということだ。今以上に臆することなく躊躇うことなく、大暴れして欲しい。


当たり前だが、この世の中、誰でも1日24時間。目覚めて、活動し、何かをなして、何かを掴んで、積み上げる。そして伝承していく。そして、気がついて夕暮れ過ぎて暗くなったら、我が家に戻り、ほっと一息。少しの満足と安堵を枕にして、眠りにつくのだ。

その時は、大好きな「坂村真民」の言葉を噛みしめたい。

         花は一瞬にして 咲くのではない。

         大地から 芽から出て 葉をつくり、

         葉を繁らせ 成長して つぼみをつくり

         花を咲かせ 実をつくっていく。

         花は一瞬にして 咲くのではない。

         花は一筋に 咲くのだ。

過ぐる2015年を振り返り、改めて皆様に感謝申し上げ、来る2016年への期待で胸が膨らむ。皆様の人生時計が、これからの希望に満ちていることを心より祈念しております。


知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保

2015年11月30日月曜日

命のはかなさを乗り越えて

年の瀬に訃報が届いた。驚きとショックで暫く呆然とした。


大げさでなく日本にとっても大きな損失である。2013年10月のブログで紹介した、
「漢字語源研究者・刻字家の高橋先生に教えていただいたこと」前編・後編で、ご記憶の方もあるかもしれないが、私の大切な友人で漢字の師匠でもある、高橋政巳先生が亡くなられたのだ。
8年前、以前の会社の東北地区責任者時代に出会い「人生の宝」とさせていただいた方である。




福島・喜多方を愛し、奥様を愛し、漢字を愛した高橋先生の足跡はあまりに大きい。
古代中国の漢字の研究の第一人者で、刻字家として古代文字の語源をひも解き、それをデザインし「書」と「刻字」に表す希少な方である。
詳細は省くが、ニューヨークでも個展を開かれ、世界に漢字の魅力を伝えた功績も大きいが、私個人は、それぞれの方が持つ名前の「書」が凄いと思っている。
名前の語源を読み取り、自分の名前が己に背負う意味を教えてくれる。文字通り「名は体を表す」だ。自分の名前が古代文字で書かれた「書」は、感激すること間違いない。
今まで多くの方に高橋先生の名前の書を差し上げて、どれだけ喜ばれただろうか。私は、その喜びを深めたくて、高橋先生の解説入りの「書」が届く都度、電話をかけて、名前の語源をもっと深掘りしたくて質問攻めにした。先生はいつでも詳しく丁寧にご説明くださり、いつの間にか私を解説者としても育成戴いた。

我が師・高橋先生は、東京進出のお誘いも断り、故郷喜多方を「漢字の街」として広めることに尽力し続け、喜多方から離れることはなかった。
漢字の語源を語る先生のもとには、全国各地の小学校からも講演が殺到し、時間の許す限り子どもたちの漢字教育にも取り組んでいた。講演で何日も家を空けると、いつも家に帰りたくて仕方なかったようで、「郷土愛ですね」と尋ねたら、「実は、うちの家内に会えないことが理由です」と、信子夫人に会えない寂しさを私にしみじみ語ったことがある。
臆面もなく、奥様のノロケ話をされる先生の一途さと素直さが新鮮で、自分も見習いたいと反省したものだ。



團十郎さんと高橋先生の思い出


「人の命のはかなさを乗り越えて」と題して2013年2月のブログで、敬愛する市川團十郎さんとの別れを嘆いた。舞台おしろいの縁でお会いして親しくさせて頂き、再会をお約束した矢先、公演中の京都で入院され、そのまま帰らぬ人となってしまった。
実は、私は密かに、團十郎さんのお孫さんで海老蔵さんのご長男「勸玄」くんの名前の書を、高橋先生にお願いしていて、團十郎さんにお渡しするのを楽しみにしていた。しかし残念ながら、勸玄くんを待ち焦がれていた團十郎さんにお見せすることは叶わなかった。
高橋先生がお書きになった「勸玄の書」は、弟子が師を超えるのたとえ「青は藍より出でて、藍より青し」の言葉を込められて、藍の染料で書き上げていただいた先生の力作である。
團十郎さんのご自宅にお伺いし、「勸玄」の語源解説を交えながらお渡しすると團十郎夫人と海老蔵夫人は大層喜ばれて、後日ご丁寧にお礼のお手紙を頂戴した。



この時の思い出を、高橋先生と一献傾けて報告する約束も、私の還暦退社と就職のご報告も出来ぬまま、あまりに早く逝ってしまった。こうやって、いくら書いても、いくら語り尽くしても先生の笑顔を見ることは叶わぬのだ。残念で残念で堪らない。

そして、今私が一番案ずるのは、残された信子夫人である。固い絆のお二人だっただけにお悲しみははかり知れず、ただただご愁傷を思うだけである。 ご主人の分までも元気を出されて、一日も早く立ち直ってくださることを願うばかりである。

今頃、私の果たせなかった「勸玄の書」の思い出を、天上で團十郎さんと高橋先生とで一献傾けて盛り上がっているに違いない。もう少し先ですが、何れ私も参加しますから。

そんな楽しい想像を巡らせて、笑顔で別れたいと思う。

高橋先生、さようなら。

知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保


漢字語源研究者・刻字家の高橋先生に教えていただいたこと。(前編)(後編)
ひとの「命のはかなさ」を乗り越えて。

                                              

2015年11月13日金曜日

ひと時の自由人の思い出

私がフュージョンに勤め始めるまでの僅かな期間だが、初めての自由人を謳歌した。
貴重で充実した時間であり、色々な面白体験もできた。平日、通勤ラッシュ以外の時間帯にラフな格好で電車に乗る。好きなときに散歩をする。絵を描く。平日の午後、海を眺めながら公園のベンチに座る。信じられないほどマッタリできて不思議であった。

正直な感想は、身体が動くうちは「隠居生活も悪くないが長くは続かないなあ」ということと、家内を眺めて「専業主婦も大変なんだな」という気持ちが持てたことである。

家内の朝は忙しい。子どもたちを叩き起こし朝食を与え、娘の弁当、息子の支度と嵐のように過ぎ去ると、次は大量の洗濯物だ。息子は毎日2着の柔道着を汗まみれにする。道着は汗と皮膚ズレで色が変わるので、硬いブラシで襟・背中・袖の汚れを落とし、一晩浸け置きしてから翌日洗濯機に入れる。衣類用漂白剤などダメで、キッチンハイターで道着をブラッシングする。これは深夜の重労働である。明け方から洗濯機を回し続け、干し終えると次は、掃除機が動き出す。
いよいよ私はお邪魔虫なので、楽しい散歩に出かける。



近所の海岸公園には、ご年配者の散歩、リタイヤらしき方のジョッキング、幼稚園児と保母さんのお遊び時間などいたるところに人がいる。公園併設のゲートゴルフ場は、連日満員の盛況ぶりで、皆さんマイクラブ持参である。
我が街を、こんなにゆっくり観察したことがなかったので、マンションが増え、公園が変わり、施設も増えて、それに伴い「人の景色」まで様変わりしていた事に驚いた。

クレーン重機がある街

以前、建築関係の方が教えてくれたのだが、地域の活気度と成長する街は、ぱっと眺めると判るらしい。そのコツは、訪れた街の駅や最寄りのビルから景色を眺めて、まず「移動式クレーン重機」の数を数えるらしい。
大きな建造物や高層マンション建設には、巨大クレーン重機は不可欠だ。クレーン重機には、タイヤ、キャタピラ式など大小あるが、どれも高額な特殊車両だ。当然、操作する運転士も希少価値である。建築会社の自前車両もあるが、多くは専門のレンタル会社から拝借するが、数に限りがあるので、巨大建造物の工事が始まると、国内の移動式クレーン重機と専門家が集結するのだ。
つまり、クレーン重機の種類と数で、工事の規模や完成イメージが判るらしいのだ。
そして、驚くなかれ、希少価値の副産物なのか、移動式クレーン重機マニアが存在しており「てふてふクレーン」というクレーン重機サイトがあるのだ。
贔屓のクレーン車が、どこそこで活躍している、といった書き込みや、クレーンの勇姿を捉えた写真の投稿コーナーまであって、クレーン追っかけマニアには堪らないようだ。



散歩コースの海岸公園も増設のため大きなクレーン重機が4台稼働している。他にも小さなクレーン車まで合わせると、新浦安地区に相当数が集結している。これは4年前の東日本大震災の地下の液状化現象で大打撃を受けたこの街の復興の一環だ。
近所の道路と下水管工事が、この春ようやく始まったので、暫くはクレーン車に目が離せない。
これをお読みの方も、クレーン車を見かけたらどんな変化が訪れるかを想定しながら眺めるのも楽しいかもしれない。

20年後の自分を考える

街の様相は40年周期と云われている。新興住宅地にマイホームを購入した若いご夫婦たちも、40年経つと高齢者に変わる。子どもの泣き声は鳴りを潜め、老夫婦と暮らすペットの鳴き声に代わる。新設の小学校は、先を見据えて老人ホームに転用できる造りになっているので、そこに子どもはいない。先を読む大型スーパーは、40年の減価償却で終わる出店計画になっている。

街の変化と人の変化は一体だ。残念だが、必ずどちらも朽ち果てて新しい時代を作り変えていく。
人も建物も形は変われど「不易流行」の言葉通り、いつまでも変えてはいけないことは、世代を超えても、街も人も「楽しく、いきいきと幸せを謳歌」するためにある、ということ。
当然だが、我が家も20年後は大変化するはずだ。運良く生きていても「80才の老人ボケ」の私と、元気いっぱいの笑顔の家内の姿が見える。子どもたちはそれぞれ独立して、大切な家族を守っている。どこで暮らしているのだろうか。
自分がそうであったように、子どもは「親」や「街」に縛られず自由に生きることだ。

子ども 叱るな 来た道じゃ
年寄り 怒るな 行く道じゃ

この先20年の道のりを、楽しく暮らすコツは、いかなる時も相手の立場で考えて、自ら歩む前向きエンジン「感謝」と「熱意」のアクセルを踏み続け、なるべく「愚痴」や「期待」「諦め」といった後ろ向きブレーキを掛けずに走ることだ。

そして、一番避けたいことは「整備不良」で走れなくなること。健康第一!これしかないか。

                                知識融合化法認定法人フュージョン株式会社
 東京オフィス長 田辺志保

2015年9月25日金曜日

新たな「田辺志保のひとりがたり」



縁あって、私を受け入れてくださる会社にめぐり合い、6月から新入社員となった。
札幌に本社を構えるダイレクトマーケティングの頭脳集団の会社である。正式な名称は
FUSION知識融合化法認定法人「フュージョン株式会社」という。ビッグデータの管理分析から
ダイレクトメール制作まで手がけるダイレクトマーケティング全般を業務としている。
私は、麹町の東京オフィスに勤務している。

カネボウ人生37年、メーカーとして化粧品の開発・製造、そして販売会社の流通営業ではお取引先の小売業様への拡販活動をしてきた。顧客データ分析や市場調査・分析、販売促進策の企画運営など、CRM全般は経験がある。しかし、自前以外にも社内担当者が外部業者の協力を得て展開していたし、私自身実務もせずスタッフにお任せしていた。ましてや退社前までは売り上げ・利益・決算など経営が主な業務であったので、フュージョン業務は門外漢といっても良い。
当然、田辺は見習い生である。そもそも社内言語の習得中の身である。
まさに60の手習い?である。

会社に慣れてくると、この会社が取引先様から高い評価と信頼を勝ち得ていることが判ってきた。
とにかく社員が優秀で、よく働くので当然だと思う。

若さ溢れる社員に囲まれ、不思議と心地よい懐かしさを感じている。
何故かな?と考えたら、まず社員一人ひとりが一生懸命であること。若い彼らが一心不乱に業務に打ち込む姿は、その昔カネボウ社員が
「いつか化粧品業界のナンバーワンになるぞ!」と唱え打倒Sで戦ってきた姿と重なるのだ。

「お取引先様のために」の使命感をもち、絶えず新たな挑戦をする。という開拓者精神も魅力のひとつだ。ゆえに向上心が高いので、私も日々刺激的で新鮮な毎日を送らせていただいている。

ついでに、心配で目が離せない我が家の面々も相変わらず元気である。
娘は大学進学に向け、奮闘中だ。大学の付属校では2年生から理系クラスにいるのだが、目指す学部の推薦はそう簡単ではなさそうだ。
この9月末に全国付属校生の統一試験があり、そこで学部推薦が決まるようだ。学校も付属校自体の学力レベルも試されるので、先生も生徒も必死である。

柔道一直線の息子は、この夏、中学柔道部の憧れ「全国中学柔道函館大会」を目指してきたが、残念ながら千葉県大会・個人戦73K級は、ベスト4で終わった。団体戦こそ、と市川七中柔道部レギュラーは優勝を狙ったが、大方の予想を裏切り3位で終わった。涙も枯れた選手たちは「来年の新潟全中に出場!」を合言葉に、3年生引退後の1.2年生は練習を始めた。
負け犬の遠吠えかもしれないが、優勝校が頂点を守るプレッシャーより、失うものがない市川七中は、トップを狙う挑戦者でいられる分だけ気持ち的に有利である。



仕事も家族も挑戦者たれ!

「上には上がいる」を知る者は、謙虚で貪欲なので成長しやすい。ひたすら上を目指し、人が寝ている時間まで鍛錬を重ね、一日一日を悔いなく過ごすしかないのだから雑念や不安がない。
来月から始まる新人戦で答えは出る。見守る親も目が離せない。

これは、会社も仕事もプライベートも同様である。トップに立ったときや目的達成のときは要注意である。喜びと同時に「自信」と「慢心」をうまく手玉に取り、継続達成のプレッシャーや不安感に勝たねばならない。
チーム単位の勝者の場合は「当事者意識の希薄化と油断」は各自に分散するので、チームリーダーのマネジメントが重要になる。

フュージョン(株)の前途を担う若い社員が、挑戦者としての意識を常に持ち、一丸となって精進すれば、業界のリーディングカンパニーは目の前だ。
私が、今やるべきは、新入社員として謙虚で貪欲さを忘れず、一営業マンとして成果を出し、己のいままでの拙い経験や知見が皆様のお役に立てる。を無常の喜びとして日々過ごすことである。
結構、高みの目標だが、還暦オヤジの新たな挑戦である。燃える。



坂村真民「念ずれば花開く」の詩集のひとつ「今」が心に響くなあ。

2015年3月11日水曜日

「田辺志保のひとりがたり」を振り返る

201212月、カネボウコスミリオン(株)のホームページ刷新時に開設した社長ブログ「田辺志保のひとりがたり」。今回が最終回となりました。
4月の還暦でカネボウを引退することになったからだ。。居座るより新しい流れが肝要!との思いご理解頂きたいと思っている。3月11日付けでカネボウコスミリオン(株)に加瀬敬広社長を迎えた。

2年前、ブログ開設時を振り返ると、当初のタイトルは「海坊主のひとりがたり」だった。が、広報のウェブパトロールの方から『海坊主』は不漁を招く妖怪の一種で漁師が忌み嫌うので、社長ブログには不適切では」と指摘を受けた。そもそも私の風貌と洒落の意味合いで「海坊主」としたが、真面目な指摘に内心「細かいな~」と思ったが公のブログとしての考え方もあると思い直してタイトルを考えた。

次に選んだのが「志保のひとりがたり」。ところが「志保」が女性と勘違いされて怪しい。で落ち着いたのが「田辺志保のひとりがたり」である。社長ブログとなると何かと気を遣うものである。

ブログ開設以降、社員をはじめ多くの方にお世話になった。文章を書くにあたっては、編集の仕事に携わる知人から「何を書くかを決めたら、書かないことを決めること」とアドバイスされた。私は講演で横道に逸れまくるから、身に染みるご指摘であった。書いているうちに原稿が膨れ上がり、削除した文章は半端な量でなかった時もあった。

文章中の言葉の使い方にも、多方面からご指摘を受け、読み手の気持ちを考えて変えたことも多々ある。例えば「子供」。子は「親の供」ではないから「子ども」を使用しよう、と。一人の人格を持つ人として扱うことが大切、「子供」だとご不満をもつ方がいるらしい。また、化粧品業界の表現も、ファンデーションの色を一昔前「自然な肌色」としたこともあったが今ではダメ。グローバルに多くの人種を考えると「自然な肌色」など存在しないのだ。

こうしたワードの再考、置き換えなどをしつつ、己の気持ちに正直に書き綴った。たいした経験ではないが、私なりの人生体験を通して得たことを、良いも悪いも全て晒し、読んだ方が何かを感じれば、と紹介してきた。有難いことにお取引先様にも「田辺志保のひとりがたり」の読者がいて、応援していただいた。息子の柔道話、家内の自慢、会社の実情などオネスト(!?)すぎて大丈夫?と心配の声も届いた。ただ、公人を意識し、表現は真面目に多少硬くなったが、内容は自由に書いてきたつもりである。
海坊主の指摘以降、このブログを容認してくれた会社の懐の深さと、度量に感謝している。

思えば、2011年4月にカネボウコスミリオンにきて4年間、その前のカネボウ入社以来37年間、まさに激動のカネボウ時代を過ごしてきた。人を育てる社風を学んだことや、カネボウが平坦な歩みでなかったことも、普通のサラリーマンでは味わえない経験もさせて頂いた。しかし、これが結果的に計り知れない自己の成長に繋がったことは、間違いない。

そんな想いが凝縮されて「社長ブログ」のテーマは「出会いは人生の宝」と即決した。
手前味噌だが、読んでいただいた方からは「良かったよ」と激励されたりご指摘も頂戴したりと多くの反応に触れることもできて、満足している。
そして何より、自分自身が楽しませて頂いたことに心底感謝している。

カネボウ引退にあたり最後に思うこと、それはすべての方に共通する避けられない事実。ヒトは一人で「この世に生まれ」、一人で「この世を去る」。人生、紆余曲折ある中、この事実を正面から受け止め、育ててくれた方々の御恩に報い、残された限りある人生を悔いのないように過ごすことが一番大切なことではないだろうか。その為には「出会いは人生の宝」を忘れず、毎日を精一杯過ごしたい。

今後は全く違う分野に立ち位置を変えるが、自分らしさを忘れず次なるステージに挑戦し、努力を重ねて奮闘するつもりだ。個人的には機を見てブログ「田辺志保のひとりがたり」を新たに再開出来ればと考えている。多少なりともご関心をお持ちの方にはウォッチ頂けると嬉しい。

カネボウコスミリオンは、後任の加瀬社長が更なる飛躍と成長を実現するのご安心頂きたい。



これまでのご支援とご厚情に、深く、深く感謝申し上げ、皆様の益々のご活躍とご健勝を心より祈念申し上げます。本当に有難うございました。


田辺 志保

2015年2月16日月曜日

引き継いだ旧鐘紡の「カネボウストッキング」が快進撃!

花王グループは、1~12月の決算である。わが社も2014年度は昨年12月で終了したが、お陰様で、計画以上の売上と利益を達成させて頂いた。社長就任以来4年間、従業員の総力で増収増益を続けている。本当にありがたいことである。お取引先様とお客様のご愛顧の賜物と、深く感謝している。今後も「良きものづくり」で更にご恩返ししたいと思っている。

そうしたわが社の実績を支える商品の一つに、女性の必需品であるパンティストッキング(パンスト)がある。コスミリオンがパンスト?と思われるかもしれないが、カネボウ化粧品の販売会社を通してカネボウ取引先様に美装品カテゴリー「カネボウエクセレンス」というブランド名で展開頂いているパンストである。これが信じられないほど売れていて、今やお化けブランドになってきた。

実は、この「エクセレンス」は旧鐘紡時代の中核であった繊維事業のひとつ「カネボウストッキング」。その後傘下に収めた豊田通商と当社とで共同開発、生産している商品である。



わが社が「エクセレンス」開発・生産を引き受けて4年。販売数は4倍近くまで拡大しあた。<DCYストッキング><タイツ80D><タイツ110D><ショートストッキング>の4カテゴリーで年々、愛用者が増え続け業界でも驚異的数字だと関係者から伺った。

カネボウ販売会社とお取引先様の販売力に脱帽である。そして、その高い販売力は、圧倒的に優れた品質だから叶うこと。手軽な価格もお客様の高いリピート率となって表れ、ドラッグ流通では専業メーカーを抑えトップシェアにまで育ってきた。



想定外の快進撃に、一昨年「何故こんなに売れるのか?」を解明するため、マーケティング調査をした。この種の調査は化粧品ではお手の物だが、繊維製品となると知見が無いので、調査法の一つである覆面での「消費者座談会」のフリートークはドキドキした。その結果が、品質、カネボウ名、パッケージ、価格のすべてが支持されている、という理想的なお応えを頂戴した。品質は「丈夫で綺麗」と絶賛された。

もともと繊維の鐘紡がオリジナル原糸を有しており、加えて織(おり)の技術も群を抜いているうえ、シンプルで真四角のパッケージと、化粧品のイメージを融合した自信作である。「良きものづくり」とは、そこに市場があり、競合に勝る商品力、タイミングと販売力が一致すると必ず売れる、という証明でもある。只、全てが揃うのは簡単なことではない。

わが社の主幹事業は化粧品のOEMであるが、お取引先様へのご要望や市場を見据えて、ストッキング以外の繊維品、化粧用具、雑貨など多くのメニューを増やしてきた。
その中には、当時総合メーカーの鐘紡が築いた知見や、技術の物も多く含まれている。

家庭品・化粧品の品質管理は熟知する花王・カネボウグループだが、繊維の品質検査、品質管理などの知見はなく、わが社の合言葉「可能性から発想する」の精神で「美装品」に取り組んできた。難産ゆえに、「エクセレンス」の成功は、嬉しくて仕方ない。

そして、この2月、新たにエクセレンス5つ目のカテゴリー、大型の新商品「カネボウエクセレンス<BEAUTY>」を投入した。化粧品メーカーらしく「履けるファンデーション・美脚メイクアップ」としたコスメティック発想で作りこんだパンティストッキングである。



レッグウエア業界(パンスト・タイツ類)の最大の市場である、オールサポート(ゾッキタイプ)市場に向けて、満を持しての発売である。

ゾッキタイプは伝線しやすいという課題と新たな付加価値を試行錯誤しながら時間をかけ、カネボウと豊田通商グループ(元カネボウストッキング事業)がタッグを組んで、新たに進化させたカネボウだけのオリジナル原糸と技術を開発。伝線しにくい「ノンラン設計」に加え「糸と編みのオリジナル設計」により、美しさと丈夫さを実現出来たと自負している。

私は繊維出身ではないが、いつしか「交編編み」とか、「デニール」の違いや「ハイゲージ設計」などと、口にするようになった。何とも感慨深い。少々おこがましいが、鐘紡の発明や技術をしっかりと受け継ぎ、カネボウコスミリオンで形を変えて、守り、大きく成長させることに深い感謝と喜びを感じる。と同時に、私は鐘紡人であることを実感する。

「エクセレンス<BEAUTY>」を市場に送り出すことは、大切なわが娘を世に送り出す思いだ。お取引先様と共に「製品」を生み、お取引先様に渡って「商品」となる。その商品をお客様が購入され、使用されて満足すると「愛用品」に変わる。そして、そのお客様がリピートしてくださった時に「私の逸品」に昇格すると思っている。

多くの女性たちから「私の逸品」とご評価を賜わることができれば、無上の喜びである。

田辺 志保